とある学者の日記帳! in テイワット 作:セニョール・大介
「本当にありがとう、ベギダー!」
少女、いや蛍は俺に飛びつき、開口一番感謝を伝えてくる。思わず抱き留めてしまったが、あまりの衝撃に馬から転げ落ちそうになったのは後で文句を言うとして……。
まずは彼女の謝罪を受け入れよう。いや、もっと感謝してほしいものだ。
本当に焦ったのだ。だって蛍を追ってきたはずなのに、目の前には炎の海が広がってたんだもん。
どうにかこうにか火勢の弱いところ、燃え尽きてしまった場所、風上側を通り進んでいたところ、なんか遠くに巨大な炎の塊が見えた。不思議に思って目をよく凝らしてみると炎の塊の目の前で座り込む蛍が見えた。
見捨てようかとかなり悩んだ。が、やるだけやってみようと、失敗を恐れずに変わった行為に及んでみようと、熱に浮かされていた私は炎の中を愚直に突っ切る決断をした。
貴重な、旅においてはちゃんと管理しなければならない水を自分や馬にぶっかけて少しでも燃えないようにする。荷物には……、中の資料など名残惜しいものもあるがすべて燃え尽きてしまっては意味がない。断腸の思いで水を吸わせる。
まあ……俺の覚悟もむなしく水はすぐに蒸発して服に火がつくわ、荷物も結構焦げるわで散々だったんだけどね。
そんなことはさておき……だ。
「蛍、これはどういう状況だ?」
俺は何もわかっていない。なぜ炎をまとった女性が蛍を追いかけまわしていたのかも知らない。そもそも目の前の女性は誰なのか。
少しでも疑問を解消するため蛍に事情を聴くのだが──
「歩いてたら突然襲われた。漆黒の獣よりもかなり強い!」
「あれよりかぁ……」
帰ってきた言葉はあまり芳しくなかった。あの漆黒の獣より強いとかなんだよ! 俺なんか一対一でさえ全治三週間のけがを負わされてんだぞ? それよりもかなり強いだぁ?
「それと何か言ってた──『ルースタン……ルースタン……憎い……モンドが……風神が……』──みたいなことを」
「……ルースタン? モンド?」
どっかで聞いたことがある。モンドのルースタンって言ったらついこの間殉職したモンドの英雄、狼騎士だろう。漆黒の獣や狂暴化した魔物を対処するため西風騎士団が遠征をおこなっていたことは有名だ。実際、教令院からも俺の先輩たちがついていって調査を行ってたから、いろいろ情報は来ている。
ルースタンにやられた悪党の一人かなんかか? でも、ルースタンに関する話の中でこんなすごいやつと戦ったなんて話はない。というより、ルースタンはこの前引退した西風騎士団の前団長のエレンドリンと二人で一つみたいなもんだ。大体の話は二人がセットで出てくるくらいだもん。ルースタンだけ強調される筋合いはないはず。
もう何が何だかわからん。だって、さっきまで蛍を追い散らかしてたのに今では俺たちのことを見つめてんだもん。
「ねえベギダー」
「ん?」
「ベギダーは十分頑張ってるよ」
「は?」
蛍はいきなり何を言い出してんだ? 俺が頑張っているのは当たり前だろ。というか、今更気づいたのか? 遅すぎるだろ。
「だから忘れないでほしいんだ。私みたいに──」
──
ベギダーとの再会による余韻に充分浸った私は、ベギダーに抱き着くことを辞めた。
本当にうれしかった。こんなところまで私のために追いかけてきてくれて。
もしかしたらこのまま二人で旅ができるんじゃないか浮かれてた。でも、目の前には炎の魔女がいる。周りは火の海だ。
私のせいでベギダーを危険なところに連れてきてしまった。なら、私が責任を取るしかない。
「ベギダーは十分頑張っているよ」
本当はいろいろ話して、もっとしっかり肯定してあげたい。それでも、変に修飾するよりも、本当に伝えたいことだけを伝えるだけにとどめる。
私は本当に救われたんだ。一か月以上、誰もいない場所で、独りぼっち生きてきた。唯一の肉親はどこにいるのかさえ分からなくて、出会う生き物はスライムやヒルチャールばかりで喋る相手さえ期待できなかった。
そんな中でベギダーに出会えてうれしかった。
こんな危険な場所にまで私を助けに来てくれてうれしかった。
私は……。
「だから忘れないでほしいんだ。私みたいにベギダーに救われた、ベギダーのことを凄いって誇りに思う人もいるんだよ」
これから囮になって炎の魔女を引き付ける。その間にベギダーを絶対に逃がすのだ。
ベギダーのおかげで心が決まった。覚悟ができた。恐怖で震えてた脚はしっかりと地面を踏みしめることができるだろう。炎の中でも熱さにひるむことなく動けることだろう。
私は晴れ晴れとした身分で馬を降りようと──
「ベギダー?」
何故かベギダーが手を放してくれない。もしかして私との別れを惜しんでくれているのだろうか。少しうれしくなる。でも、私はもう決めちゃった──
「蛍!!!」
「へ? なに!?」
ベギダーがいきなり私の名前を呼んでくれた。いきなりのことで驚いちゃった。
「俺は戦闘では足手まといだ! 危機に瀕した際、俺のせいで迷惑を被ることになる!」
違うよ。そんなことない。私が好きで守るんだもん。
「俺は極度な負けず嫌いだ! 何かしらで敗北感を感じたら拗ねて面倒だ!」
それはそう。私がせっかく言語について教えてあげてたのに、そっぽ向くんだもん。
「俺は捻くれてる! 自分が間違っているとか思わないし、相手のことを慮ることはない!」
それもそう。日記を見ればわかるよ。他責思考ばかり、自分擁護ばかりで笑ちゃったもん。
「これが俺との二人旅のデメリットだ! それでもお前は一緒に旅がしたかったのか!」
そんなの──
「当たり前じゃん。したいよ……。一緒に旅をしたかったよ!!」
涙がとどめなく溢れてくる。せっかくかっこいい姿を見せて安心させようとしてたのに、これじゃかっこ悪いじゃん。こんなのがベギダーの記憶に残るなん──
「──それじゃ、二人で逃げようか!!」
「へ?」
ベギダーが私を抱えながら、炎の魔女に背を向けて馬を走らせる。
「ちょ、ちょっと待って! 私を抱えて逃げれるわけないじゃん! このままじゃ二人とも──」
「うるせぇ! 俺の乗馬技術を舐めんな! お前が時間をどれだけ稼いでくれてもこっちは追いつかれる自信があるんだよ!」
「はぁ!?」
「それと、もう俺とお前はバディだ。どうせなら、一緒に泥臭く足掻こうじゃないの」
「バディ……」
──ごめんお兄ちゃん。決して、お兄ちゃんのことが嫌いになったとかじゃないの。
──お兄ちゃんは私にとって一番大切な存在。何年かかっても何百年かかったとしても探し出すから、この惑星の何処へだって探しに行くから、だから……今だけは、この人の、ベギダーといるこの瞬間だけはこの人と一緒に旅することを許してほしい。
私とベギダーの逃亡中、炎の魔女からの、予想していたような苛烈な追撃や妨害はなかった。むしろ、炎の海が割れていく。燃やし尽くしたはずの草木に炎の蝶が溶け込み、青々とした、瑞々しさを備えた草原が再生される。
ベギダーの背中越しに見えた炎の魔女はこちらを追いかけるでもなく、ただじっと見つめ、小さく手を振ってくれた気がした。微笑んでくれた気がした。
──
「いやぁ、熱かった!!!」
「そうだね。もうあんなとこはこりごりだよ」
蛍を回収した俺は炎の魔女の領域を抜け、そのまま一途スメールを目指した。
理由の一つは、俺の道具や物資をそろえるためだ。なにせ、さっきの炎の魔女の領域への突貫で貴重な資料は燃えるわ実験器具とかもお釈迦になるわで散々だったんだもん。
まあ、モラが燃えたり溶けたりするようなことがなかったのが唯一の救いかな。一応実家に隠してるへそくりや、クソザンディクに俺が旅から戻ったら返せよって貸してやったモラ(8桁)もあるけどモラはあるに越したことはない。
で、理由のもう一つが世界樹で蛍の兄について情報を収集してやるためだ。普段は冷静沈着で頭が切れてイケメンの俺がなんかノリと勢いでスメールまで一緒に旅しようって感じで誘ってしまったのだ。最低限は蛍に協力してやらないと利害関係が崩れる。蛍の人間関係論、変数を変化のきっかけを得るも一理あるが、それでも大前提として利害関係がある。何らかの利益をもたらさねば、後で何と言われるのか分かったものじゃない。
それと、一つ気になることができた。
例えば移動の際、休憩をとっていたときに─
「ねぇベギダー。もうちょっと近くに来てよ」
例えば野営の際、食事にしようとしたときに─
「あ、料理? 私も手伝うよ!」
例えば俺の日課でとなっている日記を書く時に─
「へぇ、炎の魔女についても考察してるんだ。やっぱりまじめだね!」
何か距離感が近くなっている気がする。どうしてだろうか。
気になった俺は蛍が目を離している隙に一度無言で離れてみたことがある。いや、正確には離れようと試みた、が正しいか。まあ、面白半分で蛍のそばを離れようとすると─
「どこ行こうとしてるの? 私もついていくよ!」
すぐに気づいて俺の方に近づき、肩を掴んで引き止める。それでも離れようとすると─
「私もいっしょに行くよ!!!!」
肩を掴む力がすごいことになる。これで表情は変わらず笑顔のままなのだから不思議なものだ。いや、少し瞳孔が開いている? 心なしか瞳が光を反射していない気もする……?
まあいい。蛍の文明では相当人と人との距離が近かったのだろう。
ただ、少し束縛を感じるというか、監視されている気がして気が休まらないのは厳しい。昨日なんか、夜間にふと目が覚めた時に蛍が真顔でこっちをじっと見つめていた時は叫びかけたものだ。
まあ、スメールまでの我慢だ。世界樹は大抵のことを記録しているし、運よくマハールッカデヴァータ様に謁見が適いさえすれば何らかの手掛かりは得られることだろうし。
スメールまでは一緒に旅をして、そこから兄弟探しの旅と学術修行の旅に分かれればいい。もしかしたらどっかで行き先が被ることがあるかもな。
──
「ここがベギダーの故郷か!」
「ああ。知恵の国、スメールへようこそ。逃げ出してきた身で恐縮だが歓迎するぞ!」
二人で旅すること一週間。私たちはようやくスメールに、スメールシティーに到着した。
今回の旅は、それはもう順調だった。いつかみたいに変なベギダーは現れなかったし、何より一緒に料理したり、寝たり! 何度か私から離れようとしてて困っちゃったけど、私は捻くれたベギダーだって好きだから大丈夫!
まずは何しようかな? ベギダーの実家にお邪魔してお母さんに挨拶するのはマストでしょ? その次は……。ベギダーの死域の研究を手伝ってあげよう、そうしよう。私がベギダーを守って、ベギダーが研究する。これはもう大発見間違いなしだよ!
「そういえばベギダー、この各地に建ってる像はなに?」
「ん? ああこれか。これは7天神像って言ってな。七神を模した像なんだよ。誰が建てたとかはまだ研究中でわかってことないことばかりだけどな」
「へぇ……神を模した像かぁ」
今まで気になっていた謎の像についての疑問がようやく解消された。そんなすごいものだったなんて、と何気なく触れてみると──
「え? なになに?」
神像が光りだしたかと思えば、私の中に光が入っていく。一瞬危ないものかと思ったけれど、むしろその逆だ。なんだか気になっちゃって体内の新たなエネルギーだけに集中してみると──
「ほへ?」
「へ?」
なぜかはわからないが、緑色のエネルギーが手を向けたほうへと飛んで行った。
「へ? なんで? どうして? 神の目もなしにこんなことあり得る?」
すごく困惑しているベギダーにこれは何かと聞いてみると、草元素エネルギーというらしい。通常は神の目というものを持っていなければ元素エネルギーを扱うことなぞできないが……。
これはあれだ! 神様も私とベギダーの旅路を祝福してくれてるってことだよね!
……ベギダーの顔が引きつって見えるが気のせいだよね?
「じゃあ、一旦俺は草神様に謁見できないか掛け合ってくる」
あ、持ち直した。気のせいだったんだね!
「草神様に謁見して情報収集、若しくは世界樹でお兄さんの痕跡を調べてみようか」
「うんうん!」
「その次は物資だったりを揃える」
「うんうん!」
「で、それぞれの旅へ向かうって感じだな」
「は?」
私はベギダーと『お話し』することにした。
──
ベギダーの錯乱は一時間の『お話し』で漸く治った。途中、二人で旅するっていうのはスメールまでの旅だろ、とかほざいていたけど誤解が解けたようで何よりだ!
一応草神様への謁見はできそうとのことだが、しばらく時間がかかるそうだ。そのため、私は暇つぶしにベギダーと釣りを楽しんでいた。けど──
「こんなのおかしいよ! 何でベギダーはたくさん釣れるてるのに、私は全然つれないの!?」
「……いや、だから言ったじゃん。餌を変えたほうがいいって。モンドとスメールじゃ水が違うから魚の種類も違うって」
「う……ウッ、ベギダーに諭されるなんて屈辱だぁ」
「おま、俺のことなんだと思ってんだよ!」
私でもなけりゃ見向きもしない、受け入れもしないようなダメ人間ですけどなにか?
「ん? なんか来た? 来たよベギダー! やっぱり私が正しかったんだ!」
「まじかよ……。俺の知識が負けた?」
やっぱりベギダーは私がいないとダメダメ……なん……だから?
「……」
「……ザンディクか?」
私たちの間に沈黙が流れる。それもそのはず。だって──
「……ゴホッ」
釣れたのは人間大の、人間みたいな姿をしたものだったからだ。
「生態系破壊はよくないし、放流しようぜ」
「ソダネ」
私たちは何もみなかったのだ。
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