33歳のウマ娘は娘と同じG1を目指す 作:Lagavulin
「もう撮ったでしょう」
「今の、星がよく見えなかった」
「同じ向きに立ってるんだけど」
ステラに言われても、もう1枚撮った。
秋華賞当日の控室だった。
娘の勝負服ができていた。私の勝負服とよく似ている。白と淡いピンク、薄紫色。そして私と同じ花の中に、ステラの星がある。
リボンは少し小さい。それでも娘が振り向くと、背中でちゃんと揺れた。
「可愛い」
「でしょ」
ステラは迷わずうなずき、自分でも鏡を見た。
横からも見ようと立つ場所を変えたら、娘が前へ回ってくる。
「お母さん、今度は何?」
「横からも見たい」
「見るだけにして。写真はあとで」
夫が来ると、今度は娘がそちらへ向き直り、少し顎を上げた。
その姿も撮ろうとしたら、手で止められた。
「お母さんの服とも並べて撮りたいね」
「それは帰ってきてから。今は、私の」
「分かってる」
ようやく端末を下ろした。
ステラはもう一度鏡を見て、胸元の星へ触れた。
「これで初めて走るんだ」
さっきより小さな声だった。
顔を見たら、娘はすぐに手を離す。
「緊張する?」
「するよ。GⅠだもん」
「うん」
「でも、出たい」
うなずいて肩へ手を置いた。
夫が隣に来ると、ステラは自分から今日の走り方を確かめ始めた。
*
娘を送り出し、観客席へ向かうと、メイプルシフォンも来ていた。
隣で、手を握ったり開いたりしている。
目が合うと、少し照れたように笑った。
「ステラ、朝から普通に返事してくるんで」
「何て?」
「今日の帰り、ゲームの新曲できるかなって」
「いつものステラね」
「でも、こっちだけ緊張します」
私もうなずいた。
夫が戻ってくるころには、2人とも娘の名前が聞こえるたびに顔を上げていた。
スタートすると、ステラは集団の中ほどへ入った。
春の重賞で勝ったときのように、相手が動いても追いかけない。走る姿には余裕がありそうだった。
前に何人もいるけれど、これでいいのだと思った。
最後のコーナーへ近づく。
先頭の選手が、後ろを待たずに速くなった。すぐ後ろの選手も続く。娘の前にいた集団が、少しずつ離れ始めた。
ステラの外側には、走る場所が開いている。
そこへ出られる、と思った。
けれど娘は動かなかった。
思わず手を上げかけて、下ろした。前のレースでも、私は早く行ってほしいと思っていた。あのときは娘の判断が正しかったのだ。
ステラが外へ出る。
そのあいだにも、先頭との差は広がっていた。
直線が見えたところで、ようやく娘が速くなった。
「ステラ!」
メイプルシフォンと声が重なる。
娘は速かった。前の選手に追いつき、次々に抜いていく。
『外からリラステラ! 前をまとめて抜いてくる! 先頭まで届くか!』
先頭だけが、まだ遠い。
ステラを見て、ゴールを見た。もう一度娘へ目を戻す。
届きそうだった。並ぶまで、あと少しだった。
その前に、先頭の選手がゴールを越えた。
『先頭、押し切ってゴールイン! リラステラ、最後は猛然と迫りましたが、わずかに届かず!』
僅差の2着だった。
*
戻ってきた娘は、しばらく私の顔を見なかった。
夫から水を受け取り、ひと口飲む。胸元で星の飾りが揺れていた。
隣へ行くと、ようやく顔を上げた。
「最後まで、走れた」
「うん。見てたよ」
「でも、勝てなかった」
うなずいた。
何か言おうとする前に、ステラが夫の端末へ目を向けた。
「次、勝つ話したい」
夫がすぐ隣へ座り、映像を開く。
「待てたのはよかった。今度は、もう抜きに行ける場所を探そう」
先頭が速くなった場面まで戻した。
娘の外側にあった空間を指そうとして、一度やめた。こちらから見ているのと、走っている娘が見ていたものは違うかもしれない。
「ここ、前は見えてた?」
「見えてた。でも、まだコーナーだったから」
「うん。待たなきゃって、思いすぎた?」
ステラがうなずいた。自分でも少し巻き戻し、前を見ながら走っている自分を確かめた。
*
家に帰ってからも、娘は同じ場面を見ていた。
夕食の皿を置くと、端末をこちらへ向けてくる。私も座り、一緒に再生されるのを待った。
「同じレースで、私がここから来たら嫌?」
娘に聞かれ、画面を見た。
自分が前を走っているところを考える。まだ後ろにいると思っていた娘が、この場所から急に追いついてくる。
「すごく嫌」
答えると、ステラの口元が少し緩んだ。
「じゃあ、ここでもいいんだ」
「お母さんが前なら、そのつもりで離すけどね」
「今、教えてくれた」
「今のは、言わなくても分かるでしょう」
娘が笑った。
夫が料理を運んできたので、映像を止める。ステラは止まった場所をもう一度確かめてから、端末を自分の皿の隣へ伏せた。
食後、ウマッターで秋華賞の記事を見つけた。
『リラステラ 初GⅠは僅差の2着 母と同じ色の勝負服で猛追』
娘の写真を開き、その下に並んだ返事も読む。
『あそこから2着まで来るのか』
『最後の脚すごかった 次も見たい』
『お母さんと似てるけど、走り方は全然違うね』
『星の飾り、走っててもちゃんと分かる』
隣へ来たステラに画面を向けると、娘は写真より先に記事の見出しを読んだ。
「次は、勝ったって書いてもらう」
「うん。お母さんも、そういうのが読みたい」
娘が少し笑い、自分の端末でも同じ記事を開いた。