33歳のウマ娘は娘と同じG1を目指す 作:Lagavulin
「お母さん、私が最後まで後ろにいたら、どうする?」
空の皿を受け取りながら、娘を見た。
「それは教えない。あなたは、どこで来るの」
「教えない」
「じゃあ、お皿は持ってきてね」
「今、持ってきたじゃん」
ステラが笑って、残りのコップを取りに戻った。
有馬記念まで、あと少しだった。
家の中では、普段と同じことをしていた。私は出勤し、娘は学校へ行き、夫が帰りに買い物へ寄る。食事をしながら、年明けの仕事や返ってきた課題の話をした。
ただ、ときどき、聞いても答えてもらえない話が混ざるようになった。
「お母さん、内側にいるかな」
「それも、まだ分からない」
「お父さんには言った?」
「それも教えません」
テーブルを拭いていた娘が、夫のほうを見た。
夫はすぐに首を振る。
「お母さんの相談は、お母さんのもの」
「分かってるよ。聞いただけ」
娘と夫が相談を始めたので、私は台所へ行った。
水を出して皿を洗う。声は聞こえるけれど、何を話しているかまでは分からない。
つい耳を向けそうになり、自分で笑ってしまった。
娘がどのくらい速いのかは知っている。前へ出てくるところも、何度も見た。それでも、本番でどこから来るつもりなのかは気になった。
「終わったよ」
ステラが布を持って隣に立った。
洗った皿を渡すと、水気を拭いて棚へ戻していく。
「私、先にお風呂入るから」
「うん。お母さんはその間に話してくる」
「長くなっても知らないよ」
娘が笑った。
*
居間へ戻ると、夫が私の練習映像を出していた。
速度を上げてからも、そのまま長く走っている。距離が延びることは、以前ほど怖くなくなっていた。
「フィオは、ここから少しずつ上げていい。今なら最後まで保てる」
「途中で並ばれても?」
「うん。そこで急に変えないで、長く走れるほうを使おう」
画面には、相手役のステラも映っていた。
娘のほうを見かけて、自分の姿へ目を戻す。
「私のところ、もう少し見たい」
夫が巻き戻した。
前は上がっていた肩が、今日は楽そうだった。前の選手が動いた瞬間も、すぐには力を入れていない。
説明を最後まで聞いてから、夫の横顔を見た。
「あなた、最近ずっと楽しそうね」
「うん。楽しい」
「有馬、困らない?」
「困るよ。2人とも勝たせたいから」
夫がこちらを向いた。
「でも、フィオが勝つつもりで走ってくれるのは、すごく楽しみ」
少し笑って、その腕へ手を置いた。
「ちゃんと、私のことも見ててね」
「見てるよ」
手の上に、夫の手が重なる。
そのまま、もう片方の手で映像を戻そうとしたので、重なった手を少し引き寄せた。
「今のは、返事だけでもよかったの」
夫が笑ったところで、扉が開いた。
「まだ作戦? もうお母さん褒めてるだけ?」
ステラが髪を拭きながら立っている。夫の腕から手を離さずに答えた。
「両方」
「じゃあ、そろそろお母さんもお風呂。私、ドライヤー使うから」
夫が先に笑い始めた。
肩を軽く押してから、私も立ち上がった。
*
有馬記念前、最後の練習でも記録はよかった。
ステラはもう、私が動くとすぐ追うような走り方はしなかった。どこなら外へ出られるか、どこからなら前を抜きに行けるかを確かめている。
少し離れたところで水を飲んでいると、夫の声が聞こえた。
「抜きに行けるところで、自分から行こう」
娘がうなずくのを、横目で見た。
帰り道、ステラは私に何も聞いてこなかった。自分の記録を確かめ、鞄にしまっている。
私も渡されていた記録を見直し、夫へ返した。
「これで、行こう」
夫がうなずいた。
*
前夜は、2人で勝負服を着て最後の確認をした。
ステラの花飾りが少しずれていたので、手を伸ばす。娘はそのまま立って待った。
直し終えて離れると、今度はこちらの服を見てくる。
「お母さんの、リボン大きいね。やっぱり」
「今さら変えません」
「うん。私は、こっちの星が好き」
「お母さんも、こっちの花が好き」
荷物を置きに来た夫が、こちらを見た。
「俺も、フィオの服が好き」
「服だけ?」
夫が答える前に、ステラが間を通っていった。
「はいはい。明日は私が勝つからね」
「お母さんも、そのつもり」
娘が振り返って笑い、そのまま部屋へ戻る。
夫が手を差し出したので、つかんで隣へ行った。もう片方の腕が腰へ回り、額に口づけられる。
「しわになるよ」
そう言いながらも、すぐには離れなかった。夫の胸へ頬をつけてから、居間に残った荷物を2人でもう一度確かめた。