33歳のウマ娘は娘と同じG1を目指す 作:Lagavulin
有馬記念の控室で、娘と並んで立った。
鏡の中に、同じ色の勝負服が2つ映っている。
目元も鼻筋も、娘は私によく似ている。けれど、並ぶとさすがに年の差が分かった。娘が肩につかない髪を下ろしている横で、私は長い髪を後ろでまとめている。
私のほうは、同じ服でもずいぶん落ち着いて見える。落ち着いた顔に、大きなリボン。今さらだけれど、なかなか思い切った格好をしていた。
ステラが私を見て、それから2人の胸元へ目を落とした。
「ちゃんと違うね」
「星があるからね」
「間違えられないかな」
「それは、大丈夫でしょう」
娘が笑った。
「お母さん、応援してね」
「うん。先にゴールして、待ってるから」
夫が前へ来ると、娘の顔が少し真面目になる。私もそちらへ向き直った。
私には、いつもどおり少しずつ上げ、長く速さを保つこと。
ステラには、前が動いたからと追わず、自分が抜きに行けるところで行くこと。
それぞれに話してから、夫は2人を見た。
「準備はできてる。行こう」
娘が先に手を出した。
父親の手を強く握り、離す。それから私も手を伸ばした。
夫が、まっすぐこちらを見る。
「トレーナー。今日も、見てて」
「うん」
「私もね」
「もちろん」
手を離し、ステラと並んで部屋を出た。
*
パドックへ出ると、思っていた以上に声が大きかった。
自分の名前も、娘の名前も聞こえる。
ステラが一度、客席へ手を上げた。私も同じように手を上げる。
歩きながら横を見ると、娘はもう前を向いていた。
初めて、同じGⅠを走る。
そう思っていたら、すぐ前にいる黒い勝負服が目に入った。宝塚記念で、最後まで抜けなかった相手だった。
こちらへ向けられた声にも振り返らず、同じ調子で歩いている。
今日、勝たなければならない相手は、娘だけではないのだ。
もう一度前を向き、その背中について歩いた。
ゲートが開いた。
『有馬記念、スタートしました!』
外からステラが前へ出た。内側の選手が進んだところで、その少し後ろへ入る。
私も自分の走る場所を探した。
前のほうへ落ち着いたが、横には別の選手がいる。少し前へ出ようとすると、向こうも来る。ここで競ってはいられないので、むやみに位置を変えるのはやめた。
『リラステラは先団の後ろ。リラフィオーレも前につけました!』
観客席の前を通る。
声が大きくなった。けれど、まだ先は長い。
ステラはどこにいるのだろう。見ようとすれば探せたかもしれないが、今は前の選手を見ることにした。
途中、外から1人が上がった。
その後ろを追う選手もいる。一瞬、肩へ力が入った。
『外から上がっていきます! 後ろも続いて、少しずつペースが上がってきました!』
息を吐き、脚の動きを変えずに進んだ。横の相手も、まだ動かなかった。
コーナーをひとつ過ぎると、前との間隔が変わった。
そろそろだった。
追いやすくなるのを待ちすぎず、自分から少しずつ速度を上げた。残り600mの目印が見えるころには、もう脚が速くなり始めていた。
前の選手の外へ出る。
『リラフィオーレが動いた! 外へ出して、前へ迫っていきます!』
内側から、すぐに足音が強くなった。相手も速くしている。後ろにも、ついてくる足音があった。
一度で離そうとはせず、そのまま走り続けた。
並ぶまで、思ったより時間がかかった。
それでも外から進み、ようやく相手を抜いた。
前にいたのは、黒い勝負服だった。
近づくと、向こうも速くなる。コーナーの内側を守られ、こちらはその外を回らなければならない。
並びかけても、まだ少し前にいる。
焦らず脚を動かした。外から、少しずつ差を詰めていく。
直線に入った。
ここまで長く動いてきた。けれど、まだ身体はついてきていた。無理に歩幅を広げなくても、前へ進める。
黒い服へ肩を並べた。
そこから、もう少し上げる。
先頭へ出た。
『リラフィオーレが先頭に立った! 天皇賞・秋に続いて、ここも押し切るか!』
相手の足音は消えなかった。すぐ後ろから追ってくる。ゴールを見たまま、次の一歩を出した。
まだ行ける。
近づきかけた足音が、また少し後ろへずれた。そのまま次の目印を過ぎる。
今度は、外から別の足音が来た。
近づくのが速かった。
少し後ろにいたはずなのに、次にはもう横で聞こえている。
視界の端に、星が入った。
ステラだった。
『外からリラステラ! 母リラフィオーレを捕らえにくる!』
一瞬、名前を呼びそうになった。
飲み込み、ゴールへ目を戻す。
私の肩が、まだ少し前にあった。
もう少し脚を速くした。娘の足音も速くなる。離れない。すぐ隣で、腕が大きく振られている。
あと少しだった。
『リラステラ、リラフィオーレ! 2人並んでゴールへ向かう!』
息を吸いながら、次の一歩を出した。
ステラも来る。
横にあった娘の肩が、半歩先へ出た。
追って、もう一歩。
先にゴールを越えたのは、娘だった。
『リラステラ、ゴールイン! リラフィオーレをかわしました! 初めてのGⅠ制覇は、この有馬記念です!』
*
半バ身。
走り終えたあとも、その距離が目の前に残っていた。
すぐには脚を緩められず、もう一度追いつこうとしてしまう。ゴールが後ろにあるのを確かめてから、ようやく速度を落とした。
負けた。
大きく息を吐く。
最後まで走った。それでも、娘のほうが先に行った。
ステラが振り返った。
私を探していた目が、こちらで止まる。まだ何も言わないまま、少しずつ口元が緩んでいった。
掲示板を見た。
1着、リラステラ。2着、リラフィオーレ。
娘も自分の名前を見ていた。
もう一度確かめ、それからこちらへ来る。
「勝った」
うなずいた。
「うん。見たよ」
「お母さんに、勝った」
そこで、声が少し揺れた。
腕を広げた。
ステラが近づき、そのまま胸へ来る。勢いを受け止め、私も強く抱きしめた。
「おめでとう」
娘の腕が、背中へ回った。
花と星が触れそうだったので、少しだけ顔を上げる。そのまま、娘の肩をもう一度抱き寄せた。