33歳のウマ娘は娘と同じG1を目指す   作:Lagavulin

6 / 18
同じところから

 ステラが、残り600mの目印へ近づいていた。

 

 秋の重賞だった。客席の柵に手を置き、娘を目で追う。少し外へ出ると、前の選手の横に走る場所が開いた。

 

「行ける」

 

 つぶやいた隣で、夫も身を乗り出した。

 

 ステラが速くなる。前にいた選手との距離が、みるみる縮まった。すぐに肩が並ぶ。

 

 そこで、少しだけ息を止めた。

 

 追いつくのが早い。けれど、娘の腕はもう大きく動いていた。横にいる先頭の選手は、まだ走り方を変えていない。

 

「そのまま、ステラ」

 

 直線に入る。一度、娘の肩が前へ出たように見えた。

 

 次の瞬間、隣の選手が速くなった。

 

 半歩、また半歩と先へ行く。ステラも追う。すぐには離されなかったが、もう並び直すことができない。

 

 娘の歩幅が、少しずつ小さくなっていった。

 

 外から別の選手が来た。追い抜かれ、ステラの姿がその後ろへ隠れる。

 

 もう一度名前を呼んだ。

 

 娘は最後まで腕を振っていた。それでも、先へ行く選手たちには届かなかった。

 

 5着だった。

 

  *

 

 戻ってきたステラは、父親が持つ端末を見なかった。

 

 水を飲み、蓋を閉める。隣へ腰を下ろすと、ボトルの胴を両手で押した。

 

「負けた」

「うん」

「途中、抜けたと思ったのに」

 

 夫も座る。

 

 娘はようやく父親のほうを見て、端末へ目を移した。

 

「今、見る?」

 

 聞かれて少し考え、首を振る。

 

「家で見る。お母さんのも」

「私の?」

「同じところから行ったのに」

 

 先週、一緒に見た映像を思い出した。

 

 私が前へ出るところを、娘は何度も見返していた。あの場所から動いて、そのまま最後まで走ろうとしたのだ。

 

 帰りに寄った店では、ステラはよく食べた。

 

 黙々と口へ運んでいるので、水を近くへ置いてやったら、「食べられるよ」と言われた。

 

 少し、世話を焼きすぎた。自分の皿へ手を戻すと、夫が次の練習の話を始めた。娘も顔を上げ、食べながら聞いていた。

 

  *

 

 家に帰ると、夫が2つの映像を並べた。

 

 先週の私の重賞と、今日のステラのレース。同じくらいの場所で止め、順番に再生する。

 

 ステラは唇を結び、私が前へ出るところを見ていた。

 

「ここから行ったよ」

「うん。動いた場所は同じくらいだったね」

 

 夫が娘の映像に切り替える。

 

「でも、前の選手に並ぶまでが、ステラのほうが早い」

「じゃあ、いいんじゃないの?」

「早く並ぶために、一度に速さを上げてる。そのあとも長く走るのが、今日はきつかった」

 

 私は自分の映像をもう一度見せてもらった。

 

 少しずつ前へ近づいている。その横で娘の映像を見ると、追いつくまでの速さがずいぶん違っていた。

 

「お母さんは、あんなに急には速くなれないの」

「でも、最後は勝つじゃん」

「少しずつ上げて、その速さで長く走ってるから。今日のステラは、並ぶまでに頑張りすぎたんじゃないかな」

 

 娘に自分の走りを見せながら、ここから上げる、と何度も話していた。走り方が違うことまで、ちゃんと伝えていなかった。

 

 夫が、ステラの加速するところを再生した。

 

「ここは、やっぱり速いよ。これを使える場所を探そう」

「最後まで残すってこと?」

「まずは、前の人が動いても、すぐには追わない練習をしてみようか」

 

 娘が私を見た。

 

「お母さんが行っても?」

「うん」

「離れちゃうかも」

「練習なら、もう一度確かめられる」

 

 その返事を聞き、ステラが画面へ向き直る。

 

 娘が悔しがっているのを見て、私まで焦っていた。すぐに次の話をしたくなっていたけれど、まずは今日の走りを最後まで見た。

 

 先頭の選手が、並びかけた娘を振り切っていく。

 

「この子、私が来ても慌てなかった」

 

 ステラが言った。

 

「うん。最後にまだ速くなったね」

「抜いたと思ったけど、向こうはそう思ってなかったのかな」

「そこは分からないけど、走るのはやめなかった」

 

 娘が少し口を尖らせた。

 

 その顔を見て、ようやく私も肩の力が抜けた。

 

「次の練習、お母さんが前を走る」

「ほんと?」

「ステラが追わなかったら、どうなるか見てみよう」

 

 娘はうなずいて、2つの映像を最初へ戻した。

 

 ひと息ついたところで立ちかけると、袖をつかまれる。

 

「もう1回、一緒に見て」

 

 座り直した。

 

 夫が空のカップを持っていく。娘に袖をつかまれたまま、空いているほうの手で再生を押した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。