33歳のウマ娘は娘と同じG1を目指す 作:Lagavulin
鏡の前で横を向くと、背中のリボンも一緒に動いた。
もう少し身体をひねり、後ろも見てから正面へ戻る。
白と淡いピンクに、薄紫色。胸元には、昔の絵と同じ形の花がついている。
「……可愛いけど、いまさら似合うかしら」
大阪杯に出ることになり、勝負服を用意した。昔の案を見せるときは少し迷ったけれど、ほかの服を考えても、結局はこの花とリボンがよかった。
実物になると、やっぱり嬉しい。
「お母さん、見ていい?」
扉の向こうから声がした。返事をすると、入ってきたステラが足を止める。
「ほんとに、写真と同じだ」
「少し変えてるけどね。どう?」
「服は、可愛い」
鏡から娘へ目を移した。
ステラは大きなリボンを見て、私の顔を見て、また服へ目を戻している。
「それで、本当に走るの?」
「そのために作ったんです」
「私が着る分には可愛いけど、お母さんには、ちょっときつくない?」
もう一度鏡を見た。
私もちょっとそう思う。今も服は可愛い。けれど隣にステラが立つと、自分がその子の母親なのだと、妙にはっきり分かった。
「やっぱり、そう思う?」
「思う。お父さんには聞いた?」
「まだ」
「聞いてみたら」
声をかけると、夫が来た。
私を見るなり、すぐに嬉しそうに笑う。
「似合ってる」
「まだ何も聞いてない」
「うん。でも、似合ってる」
娘が少し呆れた顔になった。
「お父さんに聞いたら、そりゃそうなるでしょ」
「あなたが聞けって言ったんでしょう」
ステラは答えず、私の横へ並んだ。鏡の中に3人が映る。
夫は、まだこちらを見ていた。
「落ち着いた形に変えてもらおうかな。リボンとか、もう少し」
「小さくしたい?」
「……自分では、このままが好きだけど」
「俺は、フィオがその服を着てるのが好きだよ」
夫の顔を見た。
「あなたの好みを聞いたんじゃなくて」
「うん。でも、今の君がそれで走るところを見たい」
夫が隣へ来た。
鏡に並んでいる私たちを見る。
「せっかく、ここまで来たんだから」
そうだった。
今度は写真を撮るだけではない。あの時着られなかったこの服を着て、本当にGⅠのコースへ出られるのだ。
ステラがリボンを指先で少し持ち上げた。
「私のは、もうちょっと小さくするけどね」
「どうぞ。お母さんは、これで行く」
「うん」
娘が手を離した。
鏡へ向き直り、もう一度、花の飾りを確かめた。
*
数日後、学園で大阪杯前の取材を受けた。
私は勝負服、ステラは制服で、夫も同席した。初めてのGⅠについて聞かれ、仕事のことを聞かれ、普段はどう練習しているのかを話す。
母娘でも別々の指導をしていると夫が答えると、記者がステラへ向いた。
「ステラさんも、お母さんと似た勝負服を考えているんですね」
「私がお母さんの写真を見て、真似しました。昔のやつ」
娘が持ってきた絵を広げた。
前に見たときより、星の周りが描き込まれている。花も残っていた。横からのぞくと、こちらにも見えるよう紙を傾けてくれる。
「ここ、まだ変えるかもしれないけど」
「可愛いね」
「私が着るからね」
記者が笑った。
私も笑って、次の質問を待つ。
「フィオーレさんは、今回もそのデザインを選ばれたんですね」
「今も好きなので。でも、実際に着ると少し迷って」
「迷われたんですか」
「夫に似合ってるって言われて……」
答えながら、つい隣を見てしまった。夫が笑っている。記者までそちらを向いたので、自分が今何を答えたのか、頭の中で聞き直した。
「俺は、すごく似合うと思ってます」
夫は普段と同じ声で言った。少しだけ肩を寄せると、娘に腕を叩かれる。
「はいはい。前向いて。写真撮るって」
慌ててカメラへ向き直った。
ステラは絵を胸の前へ持ち、私は花を触りかけた手を下ろす。夫が隣に立つと、また自然に笑ってしまった。
*
その写真を使った記事が、後日ウマッターで紹介された。
初めてのGⅠへ挑む会社員選手、初公開の勝負服。見慣れない言葉で紹介されている自分の写真を、家のソファで大きくしてみた。
娘は制服姿で絵を持っている。私のリボンは、やっぱり大きかった。夫はカメラよりも、私のほうを見ていた。
娘は自分の部屋で課題をしていた。何となく、投稿についた返事も開く。
『娘さんの星の案も可愛い』
『お母さん、30代で魔法少女デビュー……?』
『むしろお母さんのほうが気になる』
『旦那に似合うって言われたら着るしかないな』
しばらく画面を見ていた。
台所から夫が戻ってきたので、端末を向ける。
「ほら。こう言われる」
夫は受け取って読み、少しうなずいた。それから写真へ戻して、こちらへ返す。
「俺は、この写真も好きだな」
「あなた、さっきからそればっかり」
「だって、そうだから」
顔を見たけれど、困って取り繕っているわけではなさそうだった。
みんなも似合うと思っている、とは言わない。ただ、自分は好きなのだと、何度でも言ってくれる。
画面へ目を戻し、写真を保存した。
「あなたが言ったんだからね」
「うん。見てる」
「何かあったら責任取ってくれるの?」
「もう取ってるよ」
夫が隣へ座る。
記事を閉じて、保存した写真だけを出してみた。娘の絵も、自分の服も、さっきよりよく見える。
「俺にも送って」
「今の記事、見られるでしょう」
「写真だけのほうがいい」
少し笑って、送った。
夫が自分の端末で開く。その肩へ寄り、同じ写真を一緒に眺めた。
しばらくすると、夫が端末を膝へ置き、空いた腕を私の腰へ回してきた。引き寄せられるまま顔を上げると、頬に唇が触れる。
「そんなに気に入った?」
「うん。実際に走るところは、もっと楽しみ」
夫が膝の端末へ目を落とし、もう一度こちらを見た。
「レースじゃない日にも、着てくれる?」
「……走らなくてもいいの?」
夫がうなずいた。
夫の服を軽くつかんだ。もう一度顔が近づいてきたので、今度は目を閉じた。