「――ちぃっ! ばっかやろう!!」
中東の石油国家 アスラン王国の上空でプロジェクト4陣営のMig-21とすれ違った瞬間、俺の乗機であるクフィールの狭いコックピット内に白煙が充満する。一瞬だが乗機であるクフィールの左翼が破損するのを視界に捉えていた俺は、悪態を言い終える前から
白煙でもう
――カキンッ!
(――!! 作動しない!?)
ドォォーーーン!!
視界を染め上げていた白煙が一瞬で真っ赤な紅蓮の炎へと変容する。炎の蛇が幾筋も暴れ乱れる中、どういうわけか俺は、自身の身体が
やれやれ、ウォーレン・コールドマンの死地はここだったか。まあ、金のために多くのパイロットを死に誘ってきた俺だ。その代償を支払う順番がやっと俺にも巡って来たと言うだけの事だろう。
ケン……。シン……。ミッキー……。皆……。俺は一足先に行くぜ。お前達はせいぜいゆっくりこちらに来るんだな。それまで俺はグレッグと酒盛りでもしているさ……。
####ユージア大陸 ユージア連邦首都シーヴ沖合の海上####
ザザーーン、ザザーン……。
「見ろよ。これ以上の眺めはねえよ」
……何だ、誰の声だ。グレッグか? 目を開けて確認したいところだが、瞼越しにでも強い日の光をはっきりと感じる。俺は右手を目の上に掲げ僅かに身を捩る。その拍子に俺の身体は大きく傾く。いや、違う。何かの要因で俺の身体は不規則に揺れ動いているのだ。唐突にそれを感じた俺は、誰ともなく一人呟いた。
「……おかしいな。なあ、グレッグ。俺はこんなに酒が弱かったか? なんだか身体が揺れている気がするぜ」
「ようやくしゃべったかと思ったらそれかよ。そりゃー、海上を遭難していたら揺れるのは当たり前だろう? それとグレッグって誰だよ? 俺の名前はジェンキンズ。デイビッド・ジェンキンズだ。もう忘れたのか?」
「……誰だ?」
至近で投げかけられた言葉で俺の意識は急速に覚醒していく。覚醒するにつれて五感も戻ってくる。随分と潮っ気があるな。おい、どういう事だ、俺はアスラン上空で墜とされたはずだろう。これじゃあまるで……。
不審に思いながらうっすらと目を開けていくと、目の前には見覚えの無い髭面の男。しかしそれを不審に思ったのは一瞬だった。直ぐにその男の背後に広がる広大な海原が視界に入り、思わず俺は息をのむ。
「……どこだ、ここは?」
俺の呟きに、目の前の男がわざとらしいジェスチャーで呆れたように両手を広げる。
「おいおい、俺の名前を忘れただけじゃなくて、記憶まで無くしちまったのかよ? ここはシーヴ沖合の海上。陸地からは……あー、何海里かはもう分からなくなっちまったな。丸1日以上流されちまったから。まあ、とにかく陸地からはずいぶんと離れた海上だよ。最初に俺が一人このゴムボートで漂流していて、墜落したヘリのプロペラに捕まって漂流していたお前を引き上げたのが数時間前。引き上げた時に言葉を交わしただろう? 大丈夫か、お前?」
呆れた物言いながら俺を気にかけているのは確かなのだろう。最後は俺を覗き込む様に顔を近づけて確認するジェンキンズと名乗った男。
そうか、漂流していたのか、俺は。アスラン上空で墜とされた俺だが、どういう訳か意識不明なまま海上まで身柄を移送され、そこで放置された……と。
そう考えればあり得る話だ。……いや、ありえるか?
いやいや、アスラン王国かその周辺の何かの死刑執行の儀式を執行されたと考えたらない事も無いか。……いや、やはりそれもおかしくないか?
気づくと目の前の男は本気で俺を心配するように見つめていた。
まあ良い。どうしてこんな所にいるのかは問題じゃない。他に確認するべき事はたくさんある。
「ああ、すまない、ジェンキンズ。それよりアスラン上空の戦局がどうなったか知らないか? ああ、つまりサキ達はプロジェクト4に勝ったかどうかが気になるのだが……」
既に太陽は俺達の真上にある。俺が墜ちたのは夜だった。少なくとも半日以上は経過している事になるが、もう戦争の勝敗はついたのだろうか? しかし、ジェンキンズの答えは俺の期待したものでは無かった。
「アスラン上空って、アスランという地名の事を言っているのか? サキ? プロジェクト4? 何を言っているんだ、ヴェルナー?」
……? アスランを知らないだと? サキの名や戦争の陰で暗躍していたプロジェクト4の名を知らない事は考えられない事も無いが、中東の雄であるアスラン王国の名を知らないなどと言う事はありえるのか?
俺が目の前の男を不審に思い目を細めていると、再びジェンキンズが口を開く。
「な、なんだよ、ヴェルナー? 俺の顔に何かついているか? 言っておくが、お前が眠っている間に勝手に
何を言っているんだ、こいつは。
「……今、何て言ったんだ?」
「だ、だから勝手に
俺の荒げた声にジェンキンズはびくりと、身体を強張らせる。
「その前だ。ジェンキンズ。さっきお前は俺の事を何と呼んだ?」
「な、何だよ、ヴェルナーって呼び捨てたのが気に入らなかったのかよ? そりゃあ、お前は確かに少佐だが、俺だってこう見えても一応は少佐だぞ。同じ階級だし……、というより今はお互い漂流者じゃないか。硬い事は言いっこなしだぜ」
「……ヴェルナー。……少佐。なあ、誰がヴェルナーだ? 誰が少佐だ?」
俺の名はウォーレン・コールドマン。階級は中尉。死んで二階級特進して少佐になったとでも言うのか?(もっとも、傭兵に二階級特進なんてものは無いが……)
俺のその問いにジェンキンズは呆れた表情を顔に浮かべながら、ただ無言で俺を指差す。いや、違う。正確には、その指先は俺の胸元を指していた。その指先を追いかけると、そこには俺が首からぶら下げていた
震える手でその
「え……、これ、誰の
「……誰って、お前の
「……え?」
「……え?」
あれからどれほど時間が経っただろうか。少なくとも俺が状況を把握するには十分な時間だった。どういう理由だかさっぱり分からないが、どうやらここは俺の知っている世界では無いようだ。どれほどジェンキンズに尋ねても彼の口からは、アメリカや日本、フランス、イギリス等という子供だって知っている国名が全く出てこない。代わりに彼の口から出て来たのは、FCU(中央ユージア連合)やソトア共和国、エルジア、サンサルバシオンなどという、聞いた事も無い国名ばかり。
いくら俺が無学だと言ってもさすがにこれは無い。理由は分からないが、どうやらウォーレン・コールドマンという男の精神は、この世界のヴェルナー・フォスという男の精神を上書きするように乗り移ってしまったようだ。
「もしかして俺はヴェルナー・フォスという男に詫びる必要があるのかな……?」
「また訳の分からんことを……」
俺が嘆息と共に吐いた言葉をジェンキンズが拾い、彼もまた深くため息をつく。俺から質問攻めにされた事で明らかに疲れが見て取れる。
いけないな、さすがにこれ以上は気が狂ったのかとこの男に思われてしまう。多少は撃墜されたショックで精神が錯乱しているのだろうと思ってはくれるだろうが、これ以上無知を晒すのは控えておこう。
しかし……、と俺は、今度は心の内だけで嘆息する。俺が胸にかけていた
(まさかこの世界でもパイロットをしていた男の精神に乗り移る事になるとは……。これも何十人もの命を空戦で屠ってきた俺への神様の意趣返しなのかな)
バリバリバリバリッッ!
俺がそんな事を一人考えていた時、突然俺達の上空を1機の救助ヘリがホバリングしながら現れた。
「まさかな。なあ、ヴェルナー! これは神様を信じていいのか? はは、どうやら神様は俺達を見捨てていなかったようだぜっ! さあ、行こう!」
まさに天の助けとも言える救助ヘリの登場に、ジェンキンズは不安定なゴムボートの上で立ち上がって歓喜の声を上げる。
しかし俺は、そんな彼の背中を冷めた視線で見つめていた。
ああ、ジェンキンズ。お前は確かに神様に見捨てられていなかったんだろうよ。だけど、俺は……。
俺は風にたなびく髪を手で押さえながら、救助ヘリから身を乗り出して何かを張り上げている男を静かに見上げていた。
出し惜しみはしない。ジョーカー1、全弾発射だっ!
本日中に全4話投稿予定。