アデア海峡 2029年10月31日 14時26分 空母エンデュランス 甲板上
「さっきまで気を失ってたって? 脳に問題があるなら精密検査をパスするまで――」
俺の瞳孔にペンライトの光を当てていた女性船医の言葉に、俺は心の内で(脳に問題があるどころか、俺の存在そのものに問題があるんだが?)と呟く。
しかし彼女は俺のその心の呟きに何も反応する事無く、今俺が降り立っている空母エンデュランスの副長を名乗った女性将官を振り返り、簡潔に報告する。
「――操縦を許可する事はできない」
随分と甘い組織なんだな。俺がかつて所属していた外人部隊『エリア88』では、気を失っていたから出撃を辞退するなんて言おうものなら、問答無用で罰金5千ドルが科せられるところだ。
「ならばナビゲーターを。最悪、気を失っても大丈夫でしょ」
……前言撤回。サキほどではないが、この副長もなかなかだ。それが彼女本来の気性からくるものなのか、FCU軍の置かれている状況がさせるものなのかは分からないが。
「人手が足りないのよ」
俺の心を読んだのか、彼女は俺を真っすぐに見つめてそう宣告する。そして彼女は、隣に随伴していた兵士に目配せした。
その兵士はそれだけで彼女の意を悟ったのか、俺に無地の武骨なヘルメットを放る様に手渡す。ズシリと掌に伝わるそのヘルメットの確かな重みを感じた俺は、ほんの少しだけ口角を上げる。懐かしい……。実感としてはつい先ほどまでクフィールのコクピット内で被っていたはずのそれを随分と懐かしく感じる俺だった。
「さあ、彼こそが首都陥落の際、撤退する全軍の時間を稼ぎ出した伝説の撃墜王 シーヴの翼さ!」
やたらとキンキンと耳に触る声で騒ぐD・Dという男に紹介されたのは、サングラスをかけた黒髪の普通の男だった。
こいつが伝説の撃墜王だって? あの世界で俺が強者と認めた男達に共通する雰囲気をこいつからは何一つ感じないが? この世界とあの世界では、強者の纏う空気が異なるのだろうか?
俺が内心そんな事を考えていると、伝説の撃墜王と紹介されたその男は右手を胸の前に当てる変わった動作をした後、俺に手を差し出してきた。
へぇ、依然俺が所属していた外人部隊ではこんな挨拶はまずお目にかかれなかったが、さすがは正規軍だ。お上品な事だ。嫌いではないが。
「ジャン・コープだ。よろしく頼む」
「ああ、こちらこそ。ウォ……いや、ヴェルナー・フォスだ。フォスで良い」
「分かった、フォス。俺のTACネームはレックスだ」
俺は彼の差し出した手を握り返す。そして柔和な笑みを浮かべ踵を返した撃墜王の後に俺は続こうと一歩を踏み出すが、彼の向かう先にある物に気づき、思わず足を止める。
「……どうした?」 撃墜王が不思議そうに俺を振り返る。
「F/A-18……」
ホーネット……。まさかこの世界で俺の知っている戦闘機に出会うとは……。だが、何故?
「なあ、レックス。この機体はどこのメーカーが開発した奴だ?」
F/A-18。俺の記憶が確かなら、こいつはアメリカ合衆国のマクドネル・ダグラス社が開発した艦上戦闘攻撃機のはずだ。アメリカ合衆国の存在しないこの世界でいったいどうしてこの機体が……。
「これかい? こいつは多国籍企業体を構成する複数の企業が出資しあって開発した機体だったはずだが?」
多国籍企業体……。ダグラス社では無いのか……。だが、この機体そのものは、俺のよく知っているあの世界の機体だ。俺はアイドリング状態のF/A-18に近づき、その機首にそっと手を触れる。この鋼の装甲の内側から伝わる確かな鼓動。それはまるで、早く俺を空へ導けと催促する鋼鉄の意思のようだった。
どうやら神様とやらはまだ俺を、この血塗られた戦闘機乗りとしての罪咎の檻から解放するつもりはないらしい。
良いさ、お前さんがそのつもりならどこまでも乗ってやるよ。今度はどのような形で最後を迎える事になるかは分からないが……。
「なあ、俺からも一つ聞いても良いかな?」
「……何だい?」 背後から投げかけられた問いかけに、俺はF/A-18に手を置いたまま返事をする。
「あんた、フォスと言ったよな。もしかしてFCU軍に入る前は、サヴィア伯国にいたって話は無いか?」
サヴィア伯国……。漂流していたゴムボートの上でジェンキンズがその名を口にしていなかったか。そう、確か国を挙げての傭兵稼業で外貨を稼いでいるとかどうとか。
「……何故そう思うんだい?」
「ん……、いや、なんとなくお前の所作が傭兵っぽいな、と感じてな。いや、すまない。詮索するつもりはなかったんだ。それより、そろそろ哨戒任務に就かないと副長にどやされちまう。行こう、フォス」
今度こそレックスは、F/A-18のコックピットへと伸びたタラップを登っていく。俺もレックスに続き、F/A-18の後席に身を置いた。
早々に哨戒任務に就く必要があると言うレックスの言葉は嘘では無かったようだ。前席のレックスはコックピットに着くなり計器の確認に余念がない。後席の俺はその様子をただ静かに見つめる。
……レックス、お前が俺に感じた傭兵の匂いは所作からくるものではないよ。共に命を鋼鉄の翼に預けている点では同じでも、俺は……俺達は金のために命を張っていた。だが、お前達は国と信念のために戦っている。
お前はその違いを感じとったのさ……。
「――スタンバイ! エンジンスタート!」
「……
キィィィィィーーーン!! ドドドドドドッ!
「ザザッ……。後席、聞こえるか?」
俺のヘルメットに備え付けられているイヤホンから前席のレックスの声が届く。
「ああ。通信環境、良好」
「よし、良いぞ。エアボス、こちらジョーカー1。音声に問題は無いか?」
『明瞭だ』
「航法システム及びレーダー良好。燃料フル」
国家存亡の危機らしいが、腐っても国軍だな。俺は機体にフルで燃料を喰わせられた事なんて、数えるほどしかなかったんだが……。
俺のそんな僻み根性を無視してレックスは管制と通信を続け、ほどなく発艦の許可が出る。甲板上では複数の兵士が、発艦に備えて黙々と作業を続けている。
空母エンデュランス。旧式艦とは聞いていたが、甲板員の練度は悪くない様に見える。もっとも、俺はミッキーほど艦上での乗務経験がないから、確かな事は言えんがね。
……? バスケットゴール? 何故空母の甲板にあんなものが?
甲板上に視線を走らせていた俺は、空母に似つかわしくない遊具の存在を認め、僅かに首を傾ける。ちょうどそのタイミングでレックスの通信が届いた。
「開戦の日、ちょうど一般客を招いたイベントを甲板で行っていてね。その名残だよ。ターシャがあれでよくコスターと遊んでいる」
「ターシャ? コスター?」
「ああ、ジョーカー隊の隊員だよ。戻ったらちゃんと紹介するが、コスターはあそこだ」
前席のレックスが右手で右前方を指し示す。そこには、もう一機のF/A-18が。……なるほど、僚機という訳か。
レックスはF/A-18をゆっくりとカタパルト位置へ移動させながら俺に話しかける。彼は自身がダブルエースでもなく、エースでもないと俺に語る。そして自身を『情報が駆け巡る狭間で作り出された幻』に過ぎないと。
「……撃墜数はゼロだが、発着艦くらいは安心してくれ」
まったく、ナビゲーターとしてこれからお前に命を預けようというのに、言うに事欠いてこれか。どこに安心できる要素がある。……まあ、良いさ。お前が幻のエースなら、俺だって
そして俺達はジョーカー4ことコスターの発艦に続き、空に舞った。
これがユージア大陸か。俺は視界に映るユージア大陸に視線を奪われる。見渡す限りの砂漠に覆われた中東の国々を見慣れていたからか、ひと際眼下の緑が目に眩しい。
しかし、直ぐに陸地と陸地を結ぶ長大な橋が落橋し、至る所で火の粉が待っている光景を目にした俺は、なるほど、確かに戦争中だと納得する。
……ん?
「レックス、3時の方向。旅客機だ」
視界に捉えた機影の存在をレックスに伝える。
「旅客機? ああ、本当だ。眼が良いな、フォス。ジョーカー4、旅客機だ。これより接近する」
眼の良さは生存率に直結する。これでも激戦続きのエリア88で生き残ってきた古参兵だ。旅客機のような
旅客機は当初俺達の接近に恐れを抱いていたようだが、レックスが目的地までエスコートすると伝えるとようやく警戒心を解いた。
「……こちら難民支援団。貴機の護衛に感謝する」
レックスは機体を操り、コスターの機体と共に旅客機を守る様に左側につく。避難民を乗せていると言うのは嘘では無いようだ。旅客機の窓からは、多数の女子供の姿が見える。窓の向こうの乗客の一人、何かよく分からないキャラクターのぬいぐるみを大事そうに抱えた幼い女の子が、その小さな手を振ってくる。
操縦に忙しいレックスの代わりにその可愛らしい挨拶に応えるのは俺の役目だろう。俺も左手で振り返そうとしたが、途中でその手を止める。
いや、違う、止められたのだ。
……何にだ?
決まっている。急速にこの空域を侵食し始めた殺気にだ。
そう、殺気がこの空域を侵食していく。それも尋常ではないほどの殺気だ。この世界に墜ちて初めて俺の肌が泡立った。
どこからだ……? 俺はその殺気の発生源を探す。
――北!
俺がそれを感じたのと、前席のレックスが「北方向から超音速 2基編隊が接近」と発するのはほとんど同時だった。
そして俺はほどなく、自身の命運を他者に預けた
「――レックス! 斜め下! ――突っ込んでくるぞ、躱せっ!」
「――了解」
敵機を視認した俺の言葉に従い、F/A-18を捩じる様にして黒い機体の突っ込みを躱すレックス。
「まだだっ! 今度は直上! こいつが本命だっ!」
「――それも了解」
ダラララララッ!
2機目から放たれた機銃掃射が至近を掠める。だが、俺が指示するまでもなくこれが本命と悟っていたレックスはギリギリで機銃の射線から外れていた。既に
『警告。警告。ミサイル接近』
ギュオオオ……!
その警告音が発せられる前からミサイルの回避動作に移っていたレックス。その回避運動は大きな宙返り。その判断は正しい。おそらくこのミサイルは、腕の立つ2機目が機銃掃射と同時に俺達の回避方向に放っていた本命弾。これほどの距離まで接近したミサイルを躱すには宙返りしか無かった。そしてレックスは、その宙返りを逆宙でやってのけている。
「ぐうぅぅ……」
身体全体にかかるGに悲鳴を上げる俺の身体。頼むぜ、フォス。この程度のGで根を上げる身体であってくれるなよ。強烈なGで血液が頭部に集中し俺の視界が真っ赤に染まっていく。レッド・アウトだ。ふっ、さぞかし今見る月は赤く見える事だろうな。
「――おい、レックス! 起きているんだろうなっ!」
「ああ、もちろん。そちらこそよく起きているな」
「――当り前だっ! それよりこのオープンチャンネルから流れてくる喧しい音楽はいったい何なんだっ!?」
そう、オープンチャンネルからは2基編隊をレーダーに捉えた瞬間から『オーオーオーオー……』という不気味な民謡のような歌が途切れ途切れに流れている。
「……それはソトア空軍の精鋭飛行部隊が戦場に現れた証拠の歌さ。――宙返り終わり。ミサイルのロックが外れた。――アフターバーナー全開」
レックスはF/A-18の推力を最大まで上げる。徐々にレッド・アウトが解消され、紅の世界が消えていくのを名残惜しく感じる俺。
それにしても良い腕だ、レックス。発艦前は『作られた撃墜王』だなんだと言っていたからどうなるものかと思っていたが、回避の腕は確かだ。確かどころか、エリア88のトップエース達と比べても遜色ないぜ。今も背後から追いすがってくる2機編隊の機銃射線を際どい所で躱しながらスロットルを吹かしている。
ただし、それはあくまで回避機動に関してのみだ。こいつは何故か攻撃をしない。俺ならさっきの大宙返りを極めた瞬間、置き土産代わりにミサイルをお見舞いしてやるのに、こいつは逃げのみの一手を打った。もしミサイルを撃っていたら、あの腕のいい方はともかく、もう1機の随伴機の方は墜とせたかもしれないのに、こいつは撃たなかった。
だからこいつには、シンやミッキー達が
――!
「――レックス! 直上2機! 新手だっ! こいつら2機じゃないぞ!
最初に現れたのが2機だったから
流石のレックスも返事を返す暇が無かったと見える。だが、奴の卓越した操縦技術は、この突然の戦術の誤認にも見事に応えた。
――うまいっ。シャンデルだ。水平飛行中から45度バンクし、そのまま斜めに上方宙返りし速度を高度に変える特殊な
ゴォォォォォッ! 躊躇なく、今度は方向を変え再びアフターバーナーを全開にするレックス。
やはり逃げの一択か、レックス。まあ良い、撃墜する事だけが戦闘機乗りの仕事じゃない。ましてや、お前は撃墜しないと金にならない傭兵では無いのだから、なおさらだ。あのうさん臭い男。そうだ、D・Dだ。奴ならきっとこういうだろう。
『何機撃墜したかなんぞより、生き帰って来てくれた方が宣伝になって良い』
僅かに余裕が出来たのか、レックスが無線で話しかけてくる。
「助かった、フォス。後から来た2機。レーダーに映っていなかった所を見るとおそらくステルスだ。よく気が付いたな」
「レーダーに映っていなくても殺気は駄々洩れだったからな」
「……殺気……と言ったか?」
ああ、殺気だ。正直に言って、この殺気と言うものを感じ取れるかどうかが、眼より重要だ。それが出来るパイロットは、精鋭ぞろいのエリア88でも限られた連中だけだった。シンにミッキー、グレッグにグエン、それにケン、他にも数名いたか。いずれにしても両の手で数えられる程度の数でしかない。
「言った」
「そうか。よほどの死闘を生き延びて来たんだな、お前は」
……だろうな。周囲何処を見渡しても敵だらけという死線を何度も潜り抜けてきたからこそ身に着けた能力だという自負がある。正直、この力がこの世界、この身体でも通用するかどうかが一番不安だったが、昔取った杵柄とやらだ。助かったぜ……。
……。
いや、そう断ずるには早いようだ。
「追いつかれるぞ、レックス。何だ、あの黒い編隊は? ちょっと練度が高すぎじゃないか? 特に1番機だ」
ちょっとどころではない。4機とも恐ろしく練度が高い。特にあの1番機がやばかった。1番機は最初の攻勢を躱された後は、他の3機の攻撃を見守る様な動きを取っていたが、あれからは、絶対にこの広げた蜘蛛の糸の上からは逃さないと言う鉄の意思を感じる。
『いつもの逃げ方だ、シーヴの翼。いや、今日はいつもより勘は鋭いな』
突然オープンチャンネルで発せられる声。
「なんだ、これ?」と呟く俺にレックスは「かまうな」と応える。
『しかし、それでも所詮は勘のいい老いぼれの羊に過ぎない』
「またあいつか……」というレックスの呟きを無線機が拾う。どうやらあの腕の良い機体のパイロットとは因縁があるらしいな。俺の疑問に答える様にレックスが呟く。
「22だ」
「……22?」 レックスの言葉の意味が分からず、その数字を繰り返す俺。
「見てみるが良い。お前の言う黒い1番機の機体に“22”の番号があるはずだ」
……本当だ。俺が肩越しに背後を振り返り目を細めると、俺が特にやばいと感じている機体の
「なるほど、理解した。それで、どうするつもりだ? 向こうの方が機体性能が上だぞ。逃げきれない」
機体性能だけではない。4匹の猟犬が1匹の羊を追い込む様に、それぞれが微妙に軌道を変化させながら追って来ている。シャンデルの
「分かっている。だから、こうする」
――うおっ! 突然の急降下。再び脳に血液が集中し、更に血液が沸騰したかのような錯覚を起こすが、今回はその視界が真っ赤に染まるのではなく
だが、レックスはそれも織り込み済みだったようだ。雲の外に飛び出た瞬間、今度はエアブレーキを開き急減速をする。
「急減速」 強烈なGに耐えている最中、レックスの言葉が無線機を通じて俺の耳朶に届く。
遅いんだよっ。そういう事は減速する前に言うものだ。漂流してからこれまでろくに食い物を喰っていなかったのが幸いした。胃の中のものが口から出そうになるが、どうにか僅かな胃液だけで済んだ。
しかし敵もさるもの。22の番号をつけた機体が、向こうでもめったにお目にかかった事の無い
「6時方向。食いついてきたか」
白波が機体に触れそうなほどの海面すれすれの高度を飛びながらレックスが呟く。淡々とした口調をこれまで崩さなかった彼にしては珍しく、感情が言葉に乗っている。
高度を捨てたのが裏目に出たか。いや、22の技術がレックスの想定を超えてさえいなければ、今頃は悠々と
徐々に追い詰められていく俺達。ここにかつての仲間達がいてくれたら攻めの一手も打てたかもしれないが、攻撃をしない1機だけではできる事は限られている。
「ミサイルが飛んで来たらフレアを頼む」
「――了解」
これまで俺を
追いすがる黒の編隊から放たれたミサイルを数度フレアで躱す。だが、ミサイルを自機から逸らす役割を果たしてくれるフレアにも弾数に限りがある。
「あれを使おう」
目まぐるしく天地が入れ替わっていく最中、レックスの言葉を俺の耳朶が拾った。先ほどよりミサイルアラートが鳴りっぱなしでよく聞こえたものだと思う。視線を機首の方に向けた俺は直ぐにレックスの考えを察する。
目の前には寸断されて通行出来なくなっている長大橋。トラス構造のメインケーブルを高い位置で支える主塔と主塔の間には、ちょうどバンクしたF/A-18なら通り抜けられそうなほどの隙間が空いている。
「――了解」
そう返事を返しながら、俺は後席に備え付けられているフレアの発射装置に指をかける。
グォォォォォ!
傾斜したF/A-18が長大橋の主塔と主塔の間を抜ける。瞬き一つで100mはすっとぶ音速の領域でよくやる。味方も、敵もな。そうだ、追いすがってくる4機も同じ軌道をついて来ていた。そうしないと主塔に阻害されて必殺の射線が確保できないからだ。
ダララララ――ビシッ! 後方より放たれた機銃が掠めたか、
オーバーシュート。突っ込み過ぎた1機が機体の制御を誤り主塔に接触する。あの損傷ではもう追いかけてはこられまい。
残るは3機。
レックスにはミサイルを撃つ気がなさそうだが、俺は違うぞ。何度目かの主塔の間を通り抜ける寸前俺はタイミングを見図りながら、フレア発射のスイッチを押す。フレアは、金属の粉末を空中で燃焼させることで、機体周辺に強い熱と光を放つ。本来は赤外線を感知するミサイルからの追尾をかく乱する目的で使用するものだが、俺は別の意図をもってそれを放っていた。
白煙を上げながら狂ったように後方にばらまかれるフレアという名の火炎弾。そのうちの一つがトラス橋を構成しているケーブルの一つにぶち当たり、鉄線を編み込んだ直径1mにも及ぶそれが、まるでのたうつ蛇のように宙を舞った。
頼む、虎の子のフレアはこれで全部だ。当たってくれ。出来るなら22が良い。22さえ墜ちてくれれば、残る2機は機体性能で負けていても、レックスなら降り切れるはずだ。
だが、やはり俺は神様とは相性が悪いようだった。
『――こいつっ! すみません、大佐っ!』
『――くっ!』
最も至近に喰らいついていた1機は右翼にケーブルの直撃を受け急速にスピードを緩める。更にその後方の1機も味方機を避けようとスピードを落とした。だが、最後の3機目が飛び出してきた。22だ。
『……興味深い戦法だ。脱出のために橋を破壊するとは。使える物は何でも利用する。まるで傭兵だな』
ああ、傭兵だよ、悪いか22! できればその声を聞かずに済めば良かったんだがなっ!
「約束の地に向かうがいい」
機体性能に物を言わせて一気に俺達の前方に飛び出る22番。そして再びの“コブラ”。
同時に『ミサイル接近』を伝える無機質な音声が届く。
――ちぃっ! こいつ、コブラを行いながらミサイルまで発射しやがった。瞬間的な挙動と急減速に伴う苛烈なGにより超高難度で知られるコブラ・マニューバをいともたやすく。その上ミサイルまで。
認めてやるよ、22。お前ならエリア88でもトップに手が届くと――!
ドォォォォーーーン!!
次の瞬間、激しい衝撃が俺を襲い、前後不覚のまま俺達の機体は海面に激突した。
「――くっ!」
ミサイルの直撃を喰らったためだろう。頭がくらくらしやがる。おまけに……、おいおい、漏らしたのかと思ったらこいつは海水じゃないか。――沈むぞ、これは!
深海の底へ、浮かぶには重すぎる鋼鉄の翼が引きずり込まれていく。
「――おい、レックス! ――聞こえないのか、レックス! ――コープ! 脱出す――」
最後まで言葉を発する事が出来なかった。何故なら前席の
「……コープ」
急速に沈んでいく機体。もはやその目が開く事は無いかもしれないが、その遺体だけは太陽の下に引っ張り上げてやりたい。
(浮かべ そして生きて帰れ)
――!? 何、誰だっ!? 突然耳元で発せられた言葉に驚いた俺の指は、思わずF/A-18のコックピットから剥がれていた。
――ちっ。駄目だ、一度離れてしまってはあの降下速度に追いつけるはずも無い。
すまない、レックス。すまない、コープ。
徐々に視界から消えていくF/A-18を見つめていると、剥がされた指先に何かが引っかかっている事に気づく俺。それが何かは海上に浮上してから分かった。
俺はそれを見つめながら、束の間命を預けた相棒に心の内で別れの言葉をかける。
(コープ、短い間だったがお前の機動、なかなか楽しかったぜ。今度はお前の僚機として飛んでみたかったが、また、いつかな)