88はシーヴの翼と共に空を舞う   作:怪盗218

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3話 新たなREX

空母エンデュランス艦内の副長室。旧式空母ゆえに決して十分とは言えないまでも、部下からの報告を受ける事の出来る程度の広さは確保されていた。その無機質な部屋に唯一存在する簡素な椅子にこの部屋の主である副長のジェシカ・パイクは腰を降ろし、手に持った書類に目を落としていた。

 

彼女が書類に視線を落としている間、デスクを挟んで彼女の向かい側に立っているD・Dは、物珍しそうに部屋の中を見渡している。その彼の舐めるような視線が、壁に備え付けられている本棚の一角でピタリと止まった。戦闘機や艦船、あるいはそれらを運用する事について検討した文献がほとんどを占めている本棚の中に異彩を放つ本が一冊。

 

本棚のガラス面に顔を近づけたD・Dは「なになに……、ケーキ作りのアレンジ――」

とその本のタイトルを口にしかけるが、突如「――D・D!」と彼を呼ぶ声。

 

D・Dが背後を振り返ると、ケーキ作りが趣味と噂に聞くジェシカが彼を半目で見つめていた。「いや、失礼しました」とわざとらしく敬礼し本棚から離れた彼に、ジェシカは「まったく……」とため息交じりに呟き再び書類に目を落とした。

 

 

 

一通り書類に目を通したジェシカが独り言のように呟く。

 

「……撃墜数には特筆すべきものはないが、被弾率は極端に低い。エンデュランス合流前の漂流も、整備済みの自機を受け取りにヘリで移動中の所を撃墜されたもの……か」

 

「ええ、コープ中佐が死亡したのは痛恨の極みですが、ちょうどタイミングよく彼が来てくれた。彼は航空仕官大学校卒業以来、大小合わせて14の空戦を経験していますが、一度たりとも撃墜されていない。これは特筆すべき数値です。彼ならきっと新しいシーヴの翼になれる」

 

嬉々として語るD・Dを冷めた目で見つめながら、ジェシカは書類を机の上に放りなげる。

 

「だが、彼はそのヘリ撃墜時に長い間海中に沈んで意識不明の状態でゴムボートに引き上げられたと、ジェンキンズから報告を受けた」

 

「ええ、それは私も聞いています。ですが、彼は直ぐに意識を取り戻したとも聞いていますが?」

 

「それよ。アデリナによれば、ヘリ撃墜から救出までの長時間意識不明だった人間が、それほど急激に回復するはずが無いとの事よ。彼にもし後遺症が残っていたら、シーヴの翼としては不適合なのでは?」

 

「……そのために今検査をしているのでは?」

 

減らず口をやめないD・Dを鼻白んで見つめていたジェシカだが、目の前の机に備え付けられていた受話器が突然けたたましく鳴ったことで、彼女の視線はそちらに移る。小さなモニターに表示されている番号が医務室を示している事を目で確認しながら、受話器に手を伸ばすジェシカ。

 

「ジェシカよ。――そう、分かったわ。ありがとう、今からそちらに向かうわ」

 

受話器を戻し、再びD・Dに視線を投げる。

 

「彼の検査結果が出たようよ。一緒に来るでしょう?」

 

「もちろん! ですが副長。この件は、FCU上層部も了承済みという事を――「分かっているわよっ!」」

 

ジェシカとしても、不本意ではあるが上層部の意向には従わなければならない立場である事を十分分かっている。彼女は、(分かっていれば良いのです)と言いたげな顔で頷くD・Dを眼光鋭く睨みつけ、今しがた報告を受けた医務室へ向かった。

 

 

 

~~~~空母エンデュランス 艦内 医務室~~~~

 

「検査の結果、脳波は正常の範囲内」

 

俺は検査結果を聞きながらゆっくりと体を起こす。だろうな、ベッド脇のモニターに映っている脳波の動きを示している測定器で、俺の置かれているこの不可思議な状況を説明できたとしたら、そちらの方が驚きだぜ。

 

ベッドの端に腰を掛けて足を下ろすと、副長(確かジェシカという名だったはずだ)が「書面での報告は後で良いから、まずは口頭で構わないので哨戒任務中に起こった事を説明して」と俺を促す。

 

特に隠す必要も無いので、俺はたんたんと旅客機と遭遇した所から、黒い4機編隊との追いかけっこを出来る限り詳細かつ正確に報告する。俺の報告を聞いたジェシカはこくりと頷く。

 

「旅客機の件はコスターから受けた報告と同じね。あなた達が生き延びるために最善を尽くした事は分かった。フォス、コープの事は残念だったけれど、あなたは後席観測員として十分に働いてくれたわ。自分を責めないで」

 

……責めてはいない。やれるだけの事はやった自負はある。ただ、後悔は残っている。それは、何故俺は後席ではなく、コープの僚機としてついて行かなかったのか、という後悔だ。逃げ上手のコープだが、腕は確かだった。あいつを囮にして俺が仕留める2機編成(ツーマンセル)で22……、いや、影22と言ったか。2機編成(ツーマンセル)で影22と相対していればまた異なる結果が生じていたかもしれない。

 

「それと、書面報告の際には、君がフレアで橋を破壊したと言うくだりは削除するように」

 

「……?」 指示の意味が分からず首を傾げる俺に、ジェシカは補足説明する。

 

「既に大破していた橋とは言え、FCUのインフラ施設には違いない。撤退のために必要な措置だったと言う事は理解できるが、上の方ではそれが理解できない御仁もいる。……私の言っている事が分かるな?」

 

……了解。彼女は余計な火種を作るなと言ってくれているのだ。まだ彼女の事をよく分かっていないが、意外に人情味のある上官なのかもしれない。

 

「了解です、副長」と返事をした俺にジェシカは満足げに頷き、続けた。

 

「よし、ではフォス少佐。以後の飛行を許可する。今後の配置はジョーカー隊1番機。コールサインはコープが使っていたものを引き継いで使う事」

 

ジョーカー隊1番機? いきなりコープの後釜に座るのか? いや、しかしコールサインまで同じというのは……。それでは、事情を知らない奴らからすれば、まるで俺がコープその人のように捉えられるのでは?

 

俺のその疑問が顔に浮かんでいたのだろう。ジェシカは続ける。

 

「コープ中佐の戦死は最高機密。情報資格A-5以上の軍関係者を除いて口外は絶対に禁止」

 

……なるほど。むしろ、俺がコープその人のように捉えられるように振舞えと言う事か。

 

「レックス。これからはあなたが“シーヴの翼”。彼らの希望を繋ぎとめるために、“シーヴの翼”を存続させ続けることを命令する」

 

ふっ、命令か。さて、ジェシカが知ったらどう思うかな? 実は俺は、がわは愛国心溢れる正規軍の仕官でも、中身は外人部隊の傭兵崩れと知ったら。

 

「……了解」

 

俺の返事に僅かに何か言いたげな視線をジェシカは投げかけたが、結局彼女は何も言わずに医務室を退室する。その後、彼女と入れ違いのように医務室に入って来たD・Dにヘルメットを手渡される。そのヘルメットは以前手渡された物とは違い、白地に赤い翼のエンブレムとREXの文字が躍るヘルメットだった。やれやれ、こいつらは見た目まで俺をレックスに仕立て上げようとしている。

 

「さあ、今この瞬間から君がこの戦争最大の撃墜王だ」

 

俺が撃墜王……ね。王かどうかはさておき、前世での俺の所業をカウントすると、コープのダブルエース(10機撃墜)どころかデキャプルエース(50機撃墜)という事になるのだから、その門戸を叩く資格ぐらいはあるのかな。

 

俺はヘルメットのREXの文字を見つめながらそんな事を考えていた。

 

「……? どうした、まだ何かあるのか?」 妙な視線を感じヘルメットから顔を上げるとD・Dが俺を見つめていた。

 

「いや、先ほどの副長との会話を聞いていたんだが、やけに素直にコープの代わりをする事に納得されたと思ってね。嘘をつき続ける事になるわけだが、抵抗は無いのかな?」

 

嘘……ね。それを言うなら俺の存在そのものが嘘のようなものなんだ。嘘に嘘を上書きする事に、今更抵抗なんて感じないさ。そして、俺自身がこの嘘のつく先に何が待っているのかを知りたくなっている。

 

「命令だろ? 軍人なら従うのが当然ではないのか?」

 

「素晴らしい。君なら完璧な“シーヴの翼”になれるよ」

 

やはり胡散臭い男だ。こいつにはジェシカに感じない腹黒さを感じるぜ。

 

「ただし、いくら書類でごまかし、見た目も整えた所で、俺の飛び方は変えようがない。空では自分の飛び方を変えた奴から死んでいく。俺は生き延びるために俺の飛び方をするぜ。……そして、それはコープの飛び方ではない。それだけは言っておく」

 

暗に、俺は逃げるだけの飛び方はしないと伝えたつもりだ。撃たねばやられるだけだ。金のために撃つ必要は無くなっても、生き残るために撃たなければならないのは変わらない。

先ほどから俺達に背を向けてデスクに向き合っていた船医が、ちらりとこちらを振り返るのを視界の端に捉えた。

 

「もちろんだよ、フォス少佐。いや、今日からは中佐か。長い付き合いになる事を心の底から願っているよ、レックス!」

 

 

 

~~~~サンサルバシオン北部沖 2029年11月1日 12時32分~~~~

 

(……俺にはまだやり残したことがある。どうもそうらしい……)

(……一人の男がいたことは思い出せる……。それ以上はどうもあいまいだ)

(足をおろして住むべき大地も。残りの人生。そして形ある肉体も……)

(……だが俺はまだとどめ置かれてる。こんな所で死んでなどいられないと)

 

なんだ、何が聞こえている? 空耳か? やけに明瞭に俺の耳に――、いや、耳ではない。何故かダイレクトに脳に語り掛けてくるように感じる。もしかして、この身体の本来の持ち主であるヴェルナー・フォスなのか? いや、それともコー――と思考を進めた所で突然背中をはたかれた俺は、思わずつんのめる。

 

「よお、レックス!」

 

俺の背中を今はたいたのはこいつだ。共に漂流しあった仲。整備仕官のジェンキンズだ。

 

彼はどうやら俺と食事を取りたいらしい。整備仕官である彼の作業服からは、オイルと火薬のにおいが漂って来る。悪くない。こいつの仕事ぶりはまだ見た事は無いが、きっと腕は良いのだろう。こういう時の俺の勘はよく当たる。

 

しかし、彼とともに狭い空母の通路を進んでいると、彼の仕事が彼を連れ戻しにやってくる。無念そうにハンガーに向かった彼をよそに、俺は一人外へと続く階段を登る。せっかくいい天気なんだ。甲板で日光浴をしてもバチは当たらないだろう。

 

すると再び先ほどの声が俺の耳朶……、いや、脳に届く。

 

(……あんたには聞こえるのか、俺の声が?)

 

マジか……。とうとう話しかけられてしまったぜ。こういう時、どう答えたら良いんだ? 取り合えず聞こえないふりをしよう。確か、そういう方面に詳しかったセラとキムが言っていた気がする。幽霊は自身の声が聞こえると分かれば、その人間に取りつく習性があると。くわばら、くわばら。

 

俺は熟考の末、“聞こえてないぜ”、と脳波(?)を飛ばす。

 

すると恐ろしい事に、この姿の見えない何か(おそらく、いや、間違いなく幽霊だ)は、(なんだ、聞こえているじゃないか)と返事を返してくる。シャレの分からない幽霊だな。

 

しかし、本当に意思疎通ができているぜ。昔、シンが言っていた事がある。ジャポンのオソレ・マウンテンという場所には、イタコという死者と会話のできる集団がいると。信じられない事だが、俺にはどうやらそのイタコの血が流れていたらしい。

 

そのシャレの分からない幽霊に導かれるまま空母の甲板に出た俺。幽霊は暗い所を好むと言うのは嘘だな。俺に取りついたと思わしき幽霊は、この好天に胸をときめかしているように思える。

 

ポエミーな幽霊の独り言をいやいやながらも聞いていた俺は、突然「どいて、どいて!」と声を発するピンク色の何かに体当たりを喰らい、思わず手に持っていたヘルメットを取りこぼしそうになる。

 

「――ごめんね!」

 

どうやら俺はバスケットボールで遊んでいた子供にぶつかってしまったらしい。子供……。何故空母に子供が……?

 

そんな疑問を俺が感じていると、俺のすぐそばにワンコロが一匹と、リクライニングチェアに腰を降ろした黒人男性がいる事に気づく。

 

「良い子だ ファーン。だが、俺のジャマをするな」

 

俺に吠えている犬はファーンというのか。

 

(俺の編隊員たちだ。……なんといったかな、こいつの名前)

 

再び脳に響く正体不明の幽霊の声。

 

俺の編隊員……。――俺の編隊員!? やっぱりお前、コープかっ!

 

(……)

 

ちっ、今度は無視かよっ! まるで感度の悪いラジオを受信しているようなものだぜ。

 

不思議な幽霊の正体がコープだと分かった後は、幽霊に同僚を紹介されると言う不思議な経験をしながらジョーカー隊の面々と顔を会わす。だが、交友を深める前に俺達ジョーカー隊に、クイーン隊とやらと交代で空に上がれと言う艦内放送がかけられる。

 

まあいい。パイロット同士の交友など、どれほど地に足が付いた所で深めた所で意味が無い。俺達戦闘機乗りが交友を深めるのはやはり空だ。空に上がれば僚機の気質など全てが分かる。そして、敵と相対した時にも……だ。ケンやシン、ミッキー、グレッグなどもそうだった。どれほど陽気に地上で過ごしていたとしても、一度敵と相対するや皆がそれぞれのスタイルで狼の牙をむき出しにする。

 

耐Gスーツに着替えるため、俺はバクスターに案内される形で再び艦内に戻る。艦内の空気が先ほどとは異なりどこか張り詰めていた。おそらく、俺達の発艦に備えて各部署の人間がやるべきことをやり始めたのだろう。慌ただしい艦内を移動している時、馴染みのある顔の男が俺を見つけて声を張り上げた。ジェンキンズだ。

 

「レックス! これからお前の機体の最終チェックだ! 何か注文があるか? 時間はあまりないが、出来るだけの事はしておいてやるぜっ!」

 

ふむ……。俺は少しだけ考えて返事をする。

 

「なら、脱出装置(ベイルアウト)用のレバーが正常に作動するかどうかのチェックを念入りに頼む」

 

「上がる前から撃墜される事を考えてんじゃねえよっ! 何か他に無いのかっ!? 特殊兵装とかよっ!」

 

「敵機に当たっても爆発しないミサイルさえ混じってなければ良い。あと、敵機の手前で爆発するミサイルも勘弁してほしい」

 

「――そんなミサイルここにはねえよっ! 今までどんな安物使ってたんだよ、お前! もういい、俺の見立てで勝手にやっとくぞ! よし、行くぞ、お前ら!」

 

ジェンキンズは埒が明かないとばかりに俺との会話を打ち切り、部下らしき兵士を引き連れて階下のハンガーに向かっていく。

 

「あー、レックス。一応俺がお前の2番機。つまりウイングマンだ。俺が付いている限り、お前に脱出装置(ベイルアウト)を使わせるような事態にはさせないつもりだ。安心してくれ」

 

俺達の会話を聞いていたバクスターが呆れた様子で俺を振り返り、そう声をかけてくる。いかんな、こいつにいらぬ心配をさせてしまったようだ。俺の死に様が死に様だったので、つい確認してしまっただけなんだが。

 

「分かっているさ、バクスター」

 

「なら、良い。さあ、更衣室はあっちだ。俺達が空に上がるのが遅れてケイトが機内で漏らしてしまったら、後のフォローが大変だ」

 

ケイトというのは、俺達と入れ違いに着艦しようとしているクイーン隊の1番機のことだったか。どうやら女性のようだ。

 

「大丈夫だ。漏らしたら海に着水すれば良い。そうすれば分かりゃしないさ。」

 

「レックス、お前、それをケイトの前で言うんじゃ無いぞ」

 

そんな他愛も無い会話を交わしながら俺達は発艦準備に急ぐのだった。

 




次話で完結っ!
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