TSしたので儚い女をめざします 作:儚くない女
ああ、おらの村はもうおしめえだ、このまま魔物に滅ぼされるんだ。
「貴様らまとめて喰らい尽くしてくれるわ!」
その時だった、あの
「おやめなさい……ごほっ……ごほっ……」
村の真ん中に、どこからともなく白い服の女が日傘を差してふわりと降り立った。色が白くて、腕なんか麦の茎みてえに細い。口もとを袖で押さえるたびに、肩が小さく震えている。こんな村じゃ見たこともねえ、美人さんだ。
そして、その女の咳一つで、魔物の一団がまとめて山の向こうまで吹っ飛んでいった。
「へ?」
群れの後ろから家より大きな魔物が首をもたげ、その赤い目が女を見下ろした。
「何者だ、貴様」
「ただの……儚い女です……」
女の人の足が、すっと地面を離れた。村の屋根より高く、その魔物の顔と同じ高さまで浮かび上がる。
「ほう、空に浮くか!」
魔物の声で、村じゅうの窓が割れた。
女の人は答えず、畳んだ日傘を空へ掲げる。その先に、細い火が灯った。火はぱちりと弾けたかと思うと、見る間に膨れ上がり、朝焼けより赤く、真昼の日よりも眩しくなっていく。
「なんだ、その魔法は……人間にできるはずが……ばかな……!」
空を焼く太陽の如き火球が、群れごとその魔物を焼き尽くした。
悲鳴も上がらず、光が引いた後の空には雲ひとつ残っていなかった。
その魔法を放った女性が、ふわりと降り立った。
「大丈夫ですか……みなさま……」
息ひとつ乱さず、髪の一筋も焦げていない。
村じゅうが吠えた。おっ父が泣いていた。おらも泣いていた。
女の人は少し困ったように微笑んで、足もとから光の粒をこぼし始めた。
「さようなら……短い夏でした……」
光に包まれた体が浮かび上がり、朝の空の向こうへすうっと昇っていく。最後に一度、ぱちりと小さな火花が散って、それきり見えなくなった。
おらたちは長いこと、何もない空を見上げていた。
やがて、おっ父がぽつりと言った。
「あの女……強かったな!」
村の者はみんな、深く頷いた。
◇ ◆ ◇
決まった。
可愛い線香花火で敵を脅かし、儚く空に消えてやった。
TS転生してからずっと、この日のために魔法を磨いてきた甲斐があった。
これであの村人たちの記憶に残ったはずだ、儚い女と。
余韻に浸りながら、隣町の酒場の扉を押した。昼間から酒の匂いと男たちの笑い声が溢れている。窓際の一番隅、日の当たらない席に腰を下ろして、給仕の娘を呼んだ。
「お水を……一杯……」
運ばれてきた杯を両手で包み、窓の外の遠い空を眺める。誰にも名を知られず、ひっそりと渇きを癒やす、儚い女。
本当は麦酒をジョッキで三杯いきたい。だが儚い女は、昼から麦酒をあおったりしない。
その時、扉が勢いよく開いた。
「聞いたか! あの噂を!」
飛び込んできた冒険者風の男が、卓に片足を乗せて叫んだ。
「隣町にやばい女があらわれたらしいぞ!」
「魔物の大将を一撃で焼いたってやつか」
杯を握ったまま、私は固まった。
「予言にあった世紀末救世主とやらか……」
「奇怪な女傑也……南無八幡大菩薩……」
何言ってんだ、こいつら……
このままでは、あの村の伝説がやばい女になってしまう。杯を握りしめたまま、そっと口を挟んだ。
「あの……私が聞いた話では、その方は、とても儚げなお方だったと……」
「儚げ? 咳ひとつで魔物を山の向こうまで飛ばしたとか聞いたぞ?」
「きっと、お体が弱くて……つい咳が出てしまったのでは……」
「それで群れが吹っ飛ぶなら、そいつは魔物より強えよ」
男たちがどっと笑った。
奥の席で、白い髭の老人が杖を突いて立ち上がった。
「そのもの白き衣を纏いて、太陽の如き火を放ち、降りたつべし……」
酒場が静まり返った。老人は天井を仰ぎ、震える手を合わせた。
その濁った目が、隅の席の私で止まった。
「待て……まさか、そこのお方では!?」
「いえ、違います……私はただの、儚い女……ごほっ……ごほっ……」
しまった、と思った時には遅かった。
咳の風が店の中を吹き抜け、男たちも卓も皿も、まとめて壁際まで転がっていった。誰も口をきかない。壁際に折り重なったまま、一人、また一人と、男たちは私に向かって手を合わせ始めた。
「……どこが儚いんですか?」
給仕の娘の一言で、杯が手の中で砕けた。
「どうしてだよ! どう見たって儚いだろ!」
そう叫んで、私は店を飛び出した。
手縫いの儚いワンピースを握りしめ、雲を切って空を飛ぶ。
見ていなさい、次の街でこそ儚い女としてデビューしてやるんだから!