幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件について   作:PKO

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3.

不幸中の幸いとでも言うか、僕を「同朋」と呼んだ変態からもたらされたマネーは、僕たちを救うことになった。金額にして三万マネー。

……信じられるだろうか。僕がほぼ丸一日を潰して、ハッピーワーカーでアンハッピーな労働をしてまで求めた金額が、なんと一瞬にして手に入ったのだ。恐ろしい話である。お金とは、働くとはなんだろうと暫し手の中のお金を見つめる羽目になった。

しかし嘆く暇はなかった。金に色は付いていないのだ。どのようにして手に入れたかについての議論は、また後日でいい。

そう自分に言い聞かせてからコインランドリーを出た僕は、ゼロを伴ってスマイルキッチンへ向かった。セタガヤの事だから、高いレストランばかりかと思ったがそうでもないらしい。よく見かけるようなチェーン店があるのはありがたい。

本当に、久々の食事だった。適当にサンドイッチを注文する。腕の骨折は傷んだが、それを越える意義を感じるほど美味しかった。

食事の後はドラッグストアへ向かい、包帯とシーネ(骨折の際、幹部に添える板のようなものだ)を購入する。なるべく固めのものを選んだ。これで腕も今よりは安定するだろう。木の枝なんかを軸にして、ロープで括り付けただけのものより遥かにマシ。

早速試してみれば、想像通りだった。ゼロの粗雑な手当でも見れたものになる。

それから公園に向かい、朝を待った。到底眠りになどつけるはずもない。疲れはあったが、意識を飛ばすことが恐ろしかった。

それなのに満腹になった体は眠気を催すので救いようがない。結局はゼロに「見張っておくからさ。寝ててよ」と言われ、座ったまま少しだけ眠ることにした。

朝日が昇る。目を開くと、深緑が見えた。夜に見た寂しい公園の景色とはまるで違い、暖かな日差しと木々に包まれている。

ちなみに信じられない事だが、ゼロは僕の足元で爆睡していた。見張りもクソもない。

なんだコイツはと思わないでもないが、彼でも眠るんだなというしみじみとした感慨の方が買った。寝姿はどちらかと言うと犬に似ている。くぴーと時折鼻息が聞こえた。

……しかし不思議だ。何がかといえば、ゼロの存在が。

彼が元々どんな存在だったのか、僕には皆目見当もつかない。かつての世界では神やら魔王やらと名乗り、世界の支配者となっていた。終わらないゲームを求め、スリリングなXGを求める。

ゲームの為ならば何人死んでも構わない。そう言い切る彼は、猟奇的な存在と言えるだろう。

しかし彼は「ここ」にいた。XGなど欠片も存在しない、XBの時代に。そして良く似た顔立ちの、神谷瞬がいる時代に。

考えれば考えるほど謎が深まるばかり。言い出せばキリがなかった。どうして僕にしか見えないのか、だとか、何故人型ではなくこちらの姿固定なのか、とか。

しかしそれは一旦置いておく。シャトルバスの迎えの時間を逃す訳にはいかないからだ。

僕は「ゼロ」と彼を揺さぶる。彼はむにゃりと寝返りをうった。

 

「ううん、あと五分……」

「王道なセリフだね。けど起きて貰うよ。君のせいでバスに乗れなかったなんてのはゴメンだからさ」

 

そう言うと、ゼロはムスッとする。「全然疲れ取れないよ」と文句を言いながらの起床だった。

僕は無視して立ち上がる。バスまでにはまだ時間があったが、気が急いでいた。ゼロはそれを感じ取りったのだろう。「そんなに過敏にならなくても」と眉を寄せている。「気軽に行こうよ」とは彼の言葉だ。

だが、ゼロは徐々に顔色を暗くしていく。集合時間が近づくにつれ、僕と同じように面接を受けたい子達が集まってきたからだ。そのほぼ全員が身長百七十を超えるほどの長身で、彫刻のようにグラマラス。胸や臀を強調する衣装を見に纏った、絵に書いたような「女体」だらけだった。

 

「……ふうん」

 

そう呟くのはゼロだ。彼は集まった彼女たちを見、それから僕をみた。追い剥ぎで手に入れた服。そして豊満とは言い難い胸部。その癖臀は丸みを帯び、胴体に比べて太く見えた。

 

「なんかさ、一番弄りづらいタイプの女体化だよね。カズキくんのそれ」

「……どういう意味?」

「中途半端って言うか。胸が真っ平らって訳でもないし、かといってある訳でもないし。なんかこう……中間よりほんの少し下、みたいな。……普通?」

 

僕は黙る。それはゼロに対する抗議でもあったし、避けようのない同意でもあった。

先程から、周囲の女性達がジロジロと僕を見ているのは分かっている。「あんな格好で?」「全然胸無いじゃない」という、驚きの声を上げている女性もいた。胸なくてもいいだろ、僕は男なのだから。

……居心地が悪すぎる。耐えきれずに「ねえゼロ」と声をかけると、彼はこちらへ顔を向けた。

 

「僕、女から男に戻るってできるの?」

「ええー? 知らない。そもそも性別がごっそり変わっちゃうって話自体初めてで、聞いたことないもん」

 

確かに。「それはそうか」と僕は肩を落とした。

そも前提として、自分が「女として生まれ変わった」のか「女になった」のかも分からないのだから、議論すらできないだろう。

正直そこまで脳みその「入れ物」に執着するつもりは無いが、想定よりも女体というのは、周囲からの目線を集めすぎる。

隠密行動のハードルは確実に上がっていた。何とかして目立たないようにする方法を探す必要がありそうだ。

……今度化粧でもしてみようかな。今は何もしていない。けれど、女の子って化粧をするイメージがあった。覚えたらより周りに馴染めるかもしれない。

それか逆にサラシでも巻いて胸を潰して、男に変装してみるか……。

そんな取り留めのない事を考えていると、時間通りにシャトルバスがやってきた。僕らはそれに乗り込む。予想が正しいのなら、ここから轟邸に向かうのだろう。

そしてその予想は的中した。しばらく車に揺られ、見覚えのある屋敷に辿り着く。ハルくんたちとXB大会で訪れたあの屋敷だ。美しく白い外壁と青い屋根。まるで王か貴族の住まう屋敷だ。この後オオタに外壁吹っ飛ばされるけど。

じっと屋敷を見上げていると、ゼロが隣に並んだ。

 

「何回見ても凄いよねえ、彼の家。とんでもないお金持ちだって一発でわかるよ」

 

ちなみに、そんなとんでもないお金持ちな彼を騙して資産の大半を巻き上げたのがゼロだ。呑気に観察しているが、この家から轟くんが出たのは、彼にも理由の一端がある。というか、原因そのもの。

しかし何処吹く風で、ゼロはとてとてと屋敷に向かって歩いていく。僕はその後ろをついていった。

そして面接だ。当たり前に気乗りはしないまま、僕は受付の列に並ぶ。ハッピーワーカーで渡された求人票を渡し、順番に案内されながら、じんわりとした違和感に包まれていた。

その正体が分からないままに進み、屋敷の中へ、そしてそのうちの一部屋へと案内される。そこまで来てやっと気が付いた。水着審査があると紙にはあったのに、着替えのスペースが無いのだ。

ゼロも疑問に思ったらしい。周りに見えていないというのに、あえて小声で話しかけてくる。

 

「ねえ、審査する水着ってもしかして、家から着てくるタイプだったりした?」

 

その可能性はあった。僕の前に面接を受けた女性たちは全員、入室前は普通の服装だった。けれど、部屋から出てきた時はもう水着。一人一人順番に入るシステムのため、あの部屋が着替え部屋というようなことは無い。

まずいな……。当たり前だけど、水着なんて買ってない。せっかく三万マネーも手に入れたというのに、そこへ頭が回らなかった。てっきりレンタル出来るものだと思い込んでいたのもある。

 

「どうするの、カズキくん。水着なんて持ってないよね?」

 

困ったように呟くゼロ。面接が終わり、余裕綽々の顔ですれ違っていく水着の美女。夏の浜辺などではなく、室内でみる水着って違和感がすごい。

僕はしばらく彼女たちを観察した後、そっと視線をゼロへ向けた。

 

「こうなったら仕方がない。どう足掻いても無いものは無いんだから。下着を水着だとでも言い張って乗り切るよ」

「心配だなあ。昨日ダサいスポブラって友達から言われてたし」

「ダサいなんて言われてないし、友達でもない」

 

ギッと睨む。ゼロは意に介した様子もなく、「まあ頑張って」と力なく呟くだけだ。

屈辱は勿論ある。しかし諦める訳にはいかなかった。轟英二、彼の協力は後々に響く。どんな手法を使っても、何を犠牲にしても、彼とのコンタクトは持つべきだ。

ふうと息を吐く。自分を落ち着かせるためだった。生憎機転は利くほうなので、よほどのことがない限り対応できるだろう。

とにかく合格する、それだけだ。

ぐっと拳を固めていると、僕の前にいた女性が部屋から出てきた。自信に満ち満ちた笑顔と、絵画の中から飛び出したような丸い肉体。

見れば見るほど自分と違うが、それは余計な思考だ。「次!」という鋭い声に促され、僕は部屋へ足を踏み入れた。そうして対面するのは懐かしい顔である。

轟英二。丸々と鞠のように膨れ上がった巨体は、記憶と変わらない。餌を頬張った齧歯類のような輪郭と、全く真逆の鋭い目つき。部屋のど真ん中、でっぷりとした腹を惜しげも無く晒し、彼はどんと黄金を重ね合わせて作った椅子に腰掛けていた。

……にしてもだ。部屋がヤバすぎる。

轟くんの肖像画。轟くんの彫刻。轟くんの銅像に、轟くんの等身大フィギュア。轟くんのポスターは勿論のこと、轟くんの顔がプリントされたカーペットまで。

……カーペットっていいのかな? 顔を踏むことになるんだけど。

とにかく、周囲全てが轟くんだった。四方八方どこを見ても彼がいる。特に等身大フィギュアは動きが大袈裟な上顔が迫真で、僕は思わず目線を逸らしてしまった。その先には轟くんの顔が彫刻されたトロフィーがある。もう何でもありだ。

 

「うっわあ。轟くんって本当にナルシストだね! ここまで来るとおぞましいを通り越して尊敬しちゃうな」

 

ゼロがしみじみと呟いているが、一言一句同意。部屋を見て回っていた彼が本物の轟くんを前にして「これ一番リアルで出来がいいよ」と感心したのが妙にツボにハマったが、なんとか耐えることができた。

これは面接。僕は改めて轟くんに向き合う。周囲を見回していた僕に対し、彼は想像以上にご機嫌な様子だった。

 

「どうだ。美しいだろう! 僕は!」

「うわあ!?」

 

悲鳴はゼロだ。作り物だと思っていた轟くんが動いて喋ったからびっくりしたのだろう。ころころと転がっていく様子をちらりと目で追いつつ、僕は「あはは」と愛想笑いをした。

轟くんは得意げだ。

 

「目を奪われるのも仕方があるまい。庶民では一生かかっても見ることの無い逸品ばかりなのだから。だが、この轟英二に従うというのなら、施しを与えてやらんこともない」

 

腹立つー……。記憶通りなら、彼が一番イケイケな時期だったはず。金は儲かるし、セタガヤトライブには入ったし。

この後XBについて調べ、神谷瞬のビームバットの存在を知るまでの短い間、彼は短いながらも満ち足りた人生を送ることになる。その後はむしり取られる一方だけど。

現在、彼に恐れるものは何も無い。思い通りにならないことも存在しない。なので本当に元気だ。凄く鬱陶しい。ツキちゃんに見せてやりたい。

そんな事を思っていると、轟くんはぱっと黙りこみ、僕を見て鼻を鳴らした。

 

「しかし貴様、どうにも貧乏臭い。なんだその貧弱なボディは。池尻を見ろ。彼女の尻を!」

 

轟くんがびしっと指を指す。その先にいたのは、淡い紅色の髪をした女性だった。眼鏡をかけていて知的な印象だが、お尻が丸出しだ。そして恐らく、前回ミナトトライブに入った泥棒の人。

指さされた彼女は「はい!」と元気よく返事をし、轟くんに向けて尻を突き出した。轟くんはドヤ顔だ。

 

「いい尻だ。この大きさ、丸み。洗練され尽くしている。きちんと手入れもしているようだな、いいぞ池尻」

「はい! 轟様!」

「ふん、これからもメンテナンスに励むといい!」

 

そう言うと轟くんは胸元から札束を取り出した。僕が何度も目をこすって枚数を確認した三万マネーなどギャグにもならない分厚さだ。

レンガのような札束を、轟くんはぽんと投げつける。池尻さんは「ありがとうございます轟様!」と甘えるような感謝の声をあげた。その目は札束に釘付け。

見てわかる金と金だけの関係値に、自然と頬が引き攣る。が、それで終わるはずもなかった。轟くんがこちらを見る。

 

「貧相で、見るからにつまらんのは既に分かる。が、見てやろうではないか。そこまで言うのならな」

 

何も言ってないんだけど。そんな反論も出来ず、僕は黙って話の続きを待つ。

じっと彼を見ていると、轟くんはくいとたゆんだ顎で池尻さんに何かを指示した。彼女は一礼し、部屋の隅へと歩いていく。そして僕に水着を差し出してきた。シンプルな黒だ。とんでもなく大胆なデザインの。

……本当に信じられない。布面積が無さすぎる。セパレートになったうち、上はまだいい。そんなものかな……と納得できる程度のものだったが、問題は下だ。

三角州という言葉が浮かぶ。川が海や湖などの静かな水域に流れ込む河口付近にできる、運んできた土砂が堆積してできた低平な地形のこと。

前から見れば三角州で、後ろから見たら一本の川でしかない。食い込む所ではなく、はみ出るだろう。

思わず「うえ」と変な声が出る僕に、池尻さんは笑顔で渡してくる。「水着は無料で貸出致します」と親切そうに教えてくれたが、この世に要らない親切があることを痛感しただけだ。

着たくない。こんな、紐の先に三角くじがついてるだけみたいな……。

ゼロは笑っていた。笑いながら「頑張ろうよ、着るだけでいいんだから!」と言っている。他人事だと思って楽しんでいるのだろう。もしいつか彼が人型になるような日が来たら、性別関係なくこれを着て欲しい。

ただ、着なくては面接も出来ない。そうなれば何も出来ない。せっかく顔を見れたのだから、何かしら接点は欲しい。例え面接に落ちても、次に繋げられるような接点を。

僕は歯ぎしりをする。耐えろと自己暗示をかけ、まっすぐ轟くんへと向かい合った。

 

「どこで着替えればいいかな?」

「何を言う。目の前だ。せいぜいその貧弱な体で、滑稽なストリップでもして僕を笑わせてみろ」

 

へえ、ふうん、なるほどね。何がなるほどだ。めちゃくちゃ腹が立つ。

腕が折れている事も忘れ、僕は右手で推定水着をぐわしと掴む。そして思いっきり投球した。

養成所で鍛えられたボール捌き。死の危険と共に刷り込まれた技術は、例え水着であっても硬球へと変えてしまった。

ド真ん中ストレート。轟くんの鼻頭に、僕の投げた水着が当たる。それはもう全力で。

柔らかい布ではあるが、金具はついている。それがちょうど当たったのだろう。轟くんは「イだぁ!?」と叫び、鼻を抑えて地面へと転がった。ぼよんと効果音がするような動きで。

 

「ぐゎああああ!! 鼻が! 鼻がァあああ!!」

「轟様! 轟様〜!!!」

 

のたうち回る大男。そんな彼に池尻さんが慌てて寄り添っていた。ゼロは大笑いだ。「水着ってあんな音するんだねえ!」と言いながら、ひーひー転がっている。

轟くんがよろよろと立ち上がった。「貴様……」という声は震えている。そうしてから僕をビシッと指さし、真っ赤な顔で唾を飛ばした。

 

「ええい! 落第だ落第! 貴様など誰が雇うかこの貧弱な庶民めが……!!」

「轟様、なりません。あまり興奮されると鼻血が……」

 

当たり所のせいだろう。轟くんはたらりと右の鼻から赤い筋を垂らしていた。

ゆでダコのようになった彼を見て、ちょっとだけ冷静になる。もしかしなくともやりすぎたかも。僕の目的は轟くんの家で働く為に面接を受けること。そして受かること。今、僕は僕の手でそれを吹き飛ばした。

が、もうこうなっては仕方がない。僕はなるべくしょんぼりとした演技で、轟くんに軽く頭を下げた。

 

「ごめんね。あまりにも気持ち悪くって、気がついたら投げちゃってたよ」

「謝るつもりあるのか!? 出てけ! 出ていけこの貧乏人!!!」

 

ダメそう。せっかく謝罪したというのに。

だがこれはどうしようも無い。目的のためなら何でも我慢するとは言ったけど、こういうのは何でもにカウントしないのだから。

轟くんはダメだ。真っ向から交渉する相手じゃない。こうなれば、轟くんではなく彼の周りの人間から当たる方がマシだろう。

僕はやれやれと肩を竦める。

「もしかして不合格?」とダメ元で聞いてみたところ、「それ以外無いだろう!?」と怒鳴られた。

 

*

 

と、言う流れで僕は落ちた。代わりに気持ち悪い水着も着ずに済んだ。この先どうするか……というのは、実は考えてある。

轟くんの屋敷だが、実は案外セキュリティがザルだ。XB大会の時も難なく侵入することができるほどだった。スマホまで奪い、中を物色する暇さえ与えてくれる特別待遇である。

面接室から追い出された僕は、まっすぐ廊下を歩いていた。屋敷から出るためではない。屋敷を調べる為だ。目当ては彼の使うパソコンである。

轟くんの事だ。性能だけはピカイチなものを持っているに違いない。それを拝借して、使わせてもらうのだ。

 

「パソコンがある場所、分かるの?」

「うん。前回侵入した時にちょっとね」

「……」

 

ゼロが見上げてくる。物言いたげな目だ。スリは犯罪、だからしないと宣言した僕と、今の行動を比較して揶揄したいのだろう。だが乗らない。それはそれ、これはこれだから。

無言で廊下を進む。壺やら絵画やら、時折銅像やらが並べられたそこを通る途中、ふと違和感に足を止めた。

 

「どうかした?」

 

ゼロが不思議そうな顔をする。僕は「ねえ」と小さく口を開いた。

 

「これ見てよ」

「ん? 轟くんの石膏像? 同じようなのばっかりだね」

 

目線の先にあるのは、轟くんの像。ただ少し、他のものとは違う。

 

「この像、どうやらXBをプレイしている最中みたいなんだ。他は全部モデル立ちか棒立ちなのに」

「あ、本当だ」

 

ゼロが声を上げ、まじまじと像を見上げた。

 

「気になるのはそれだけじゃない。ほら、この轟くんが構えているバットを見てよ。これだけ石膏じゃなくて本物でしょ?」

 

金色のバット。像の一部のようにはなっているが、明らかに素材が違う。石膏ではなく、本当にXBで使えるようなバットになっていた。ビームバットではないが、可能な限りそれに近い加工を施してあるのだろう。XBギアに変わりはない。

こんな石膏像に本物のXBギアを使うのか。驚きはそこに留まらなかった。僕が指摘するより早く、ゼロはその事に気がついたらしい。バットの持ち手、その先端。とあるものを見つけ、ゼロは「嘘〜」と気の抜けた声を上げた。

 

「アキュレイコードじゃん……」

 

XBボールの製造技術を応用したデータ記録媒体のひとつ。施設で僕が持っていたらしいブレイドデータと同じジャンルのアイテムだ。膨大なXBに関するデータが収集されているという。デザインが僅かに異なるため、恐らくこれもプロトタイプか何かなのかもしれない。

ゼロはじっと見つめていた。

 

「これ、盗んじゃダメかな」

「やっぱり欲しい?」

「欲しいよ。だって、ブレイドデータを持っていた君が記憶を取り戻したわけだからさ。アキュレイコードを使えば、他の人の記憶を同じように取り戻せるかもしれないでしょ?」

 

「そうだね」と僕は同意する。取るとなると、像を盗むどころか壊すことになりはするだろうが、それでも「記憶が手に入るかも」という強烈なメリットには引き寄せられた。人様のものとはいえ、出会ったばかりの異性に生着替えを要求する男の像と思うと、壊すのにも不思議と躊躇がない。

 

「じゃあとっとと貰っちゃおう」

 

言うと、ゼロは「さんせーい!」と飛び跳ねた。僕はバットへと手を伸ばす。そうして、もう少しで触れるという時だった。廊下の端から「待て!」という大声がする。

思わずビクリと手を引っこめて声の方を見ると、そこには轟くんがいた。

 

「ぜえ、ぜえ! 待て、止まれこの、貧乏人……っ!」

 

汗だくだ。サウナから出てきたのかと思う程。余程走ったのだろう。

ゼロは「ヤバい」と震えたが、まだ盗みは未遂だし、これからパソコンを拝借する予定だってバレても居ないはずだ。

平静を装って「何かな?」と振り向くと、急に足を掴まれた。

 

「!?」

 

思わず蹴り上げそうになる。が、恐ろしいことにビクとも動かない。巨体にすりつかれたことで、彼の顎を蹴り飛ばそうとした足は見事腹に押しつぶされてしまった。「重いな!」と文句を言う。しかし彼は何処吹く風だ。僕の足を掴み「やっぱり!」と大声を上げている。

 

「僕の目は誤魔化せないぞ! これは! これをどこで手に入れた!?」

「え、は? 何?」

「ギアだ! XBギア! こんな型は見たことない! スパイク型のXBギアか? それにしてもこのような軽量化された物が……! どこのブランドだ! 言え! そして僕に寄越せ!」

 

足を……正確には僕のスパイクを掴み、轟くんが揺さぶってくる。靴を脱がせようとしているのだ。僕は「おい!」と振り払おうとしたが、到底かなうわけもなかった。

 

「欲しい! 欲しい欲しい! このスパイク! 欲しい!」

「ちょ、ちょっと……っ」

「いくらだ! いくら出せばいい! それか雇用か!? 雇われたいのか!?」

 

いきなりなんなのだ。ヨダレを垂らさんばかりの必死さと、ダラダラにかいた汗。先程部屋で優雅に座り込んでいた清潔感が台無しだ。

……にしても鬱陶しい! 「しつこいな!」と僕は叫びかけ、その瞬間だった。轟くんがグイッと靴を引っ張る。当然僕は靴を履いたままなので、そのまま体勢を崩す事になった。

 

「うわ!?」

 

反射で手が伸びる。伸ばして掴んだ先は轟くんの石膏像の腕。握った瞬間に痛みが走り、ばっと勢いよく引いたのもまずかったかもしれない。バキリという音がして、石膏像の腕がもげた。バットを持ったまま。

「嘘」と呆然ながら呟く。ぐらりと倒れ、地面に背中を打ち付けた次の瞬間、僕の額を金色のバットがぶっ叩いた。

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