幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件について 作:PKO
目を覚ます。真っ先に視界へ飛び込んできたのは、見知らぬ部屋の天井だった。
白く清潔な天井だ。ライトは控えめ。僕は数回瞬きをし、そこでやっと自分がベッドに寝かされていることに気が付いた。
何があったのか。途絶する直前の記憶は、降ってくる黄金のバットだ。覚えている通りならば、あれが額にクリーンヒットして、それから……。
そこから記憶が無い。打ちどころが悪かったのか気を失っていたらしい。意識すると、額が僅かに痛んだ。もしかしたら赤くなっている可能性はある。
「……っ」
体を起こす。あの後どうなったのだろう。突進してきた轟くん、奪われそうになったXBギア。
無事を確かめようと目線を足へと動かし、その途中で気がついた。
……服が、ない。何ひとつとして。
ちょっと待ってくれ。なんで僕は全裸なのだろう。見知らぬベッドの上で。頭をぶつけて気を失い、起きたら場所が移動していて全裸。勿論XBギア……スパイクなど履いているはずもなく、それどころか下着まで全て丁寧に剥ぎ取られていて。
恐る恐る体を見下ろす。実の所、僕は性別が変わって以降、まじまじと自分の体を見たことがなかった。服の上から何となく様子を把握していた程度である。トイレだって誤魔化し誤魔化しやってきた。
それが今、隠しようもなく目の前にどんとお出しされていた。見るからに柔らかい、手のひらに包めるほどの双丘。先端の突起。どこからどう見ても女性の胸だ。
前回もだが、僕はあまり性に興味がある方ではない。なので他の人がどうかは知らないが、一般的にどう見ても女の体としか言いようがない姿。更に体を起こし、しっかり座り込むとふるりと肉が揺れた。……何故か痛い。
なるほど。だから女性はブラジャーをするのかもしれない。取るに取れなかったベージュの支えは、どうやら僕の激しい動きに対応してくれていたようだ。……スポブラだっけ? あれはどこにいったのだろう。出来ればあれだけでもつけたいのだが、見つからなかった。
それどころか周囲に服らしきものは何一つない。念の為確認と思いシーツをそっと持ち上げると、下半身もありのままの姿になっていた。
思わず顔を顰める。男ではなくなった事は理解していたものの、本当にないという状態を目の当たりにしたのだ。おかしな心の動きではない。
僕はシーツをぱたりと落とし、続いてがっくりと肩を落とした。
そこで気がつく。腕が痛くない。全く痛まない訳では無いが、シーツを掴んでも強い痛みはなかった。
不思議に思い視線を向けると、なんと手当が施されている。痛々しい紫は消え、丁寧に包帯が巻かれていた。ゼロが巻くような下手くそでもない。適切に固定されている。
「……これは」
どうなっているのだろう。色々と混乱する。気持ちのままポツリと呟くと、「起きたか」と男の声がした。
飛び上がる。僕は特に考えもなく、シーツを引っ張って胸元を隠した。男……轟くんだ。彼は呆れた顔をする。
「隠す必要などない。貴様の貧弱なボディなどに一ミリの興味もわかん。僕は僕と同じ、ロイヤルな肉体にしか興味はない」
ベッドから少し離れた部屋の隅。小さな椅子に轟くんは腰掛けていた。当然尻が半分はみ出ている。椅子が小さいか、または轟くんが大きすぎて。
僕は彼を睨む。僕の裸に興味が無いのは結構だが、何故脱がす必要があったのか。じっとりとした目線を向けると、彼はフンと鼻を鳴らした。
「お前のような貧民が考えることは分かる。だがしかし見当違いだ。貴様の体になぞ1マネーの価値もない」
「……じゃあ、なんで裸に」
「臭かったからだ」
僕はぎょっとして目を丸くする。轟くんは顰め面をした。
「せめて風呂には入れ薄汚い貧乏人。気を失った貴様を前にして、正直吐き気を催した。まるで数日風呂に入っていないかのような、酷い臭いだったぞ」
風呂。勿論入っているはずも無い。養成所から逃げ出した後は地下水道を通って逃げた。最低限の衣服の洗濯はしたといえ、シャワーすら浴びれていない。勿論下着も同じものを使っていた。
指摘され、言い返せなくなる。腕に顔を近づけ、すんと鼻を鳴らした。……今のところ、匂いはセーフかも。
もぞもぞとする僕を前に、轟くんはゆっくりと腕を組んだ。
「もうあの醜悪な臭いなどしない。何故なら僕が命じ、貴様を丸洗いさせたからだ!」
「ま、丸洗い……」
「その通り! 髪もつやつや、肌もピッチピチ。僕には劣るが、シャンプーもボディーソープも、僕と同じものを使わせてやっている」
そうなんだ。言われてみれば少しいい匂いがした。特に髪から。揺れる髪の隙間から香るこれは、もしかしたらシャンプーの残り香なのかもしれない。
轟くんは得意げだ。「嬉しいだろう!」と頬を持ち上げている。
……まあ、正直ありがたいはありがたい。体は綺麗に整えられたわけだし、傷の手当もしてもらったし。
でも勝手に服を脱がせるとか、脱がしたまま放置とか、そういうのはどうなんだ。せめて何か着せておいて欲しい。
感謝と文句が入り交じり、僕は「はあ」みたいな適当な声を出すにとどめる。シーツを更に胸元へ引き寄せると、轟くんは片眉を吊り上げた。
「だから興味無いと言っているだろう。女など腐るほど見慣れているぞ。僕は」
「……君はそうかもしれないけど、僕は違う」
色々事情もあるし。元々男だとか、記憶はなくても元仲間の前にいるのにだとか。
なんとも複雑だった。轟くんは確かに親切ではあるのだろう。けれどそこに、僕個人への想いなどは一切見受けられない。「及第点以下の女体」としかこちらを観測しない目が、とてつもない居心地の悪さを作り上げていた。一方的にジャッジをされる、という体験自体は慣れている。天心は常にそうだったから。
しかし、相手は元仲間。説明の難しい悲しさがある。僕は轟くんから、青山カズキとして見られることは無い。現に面接で出会ってから今まで、彼はこちらの名前を聞こうともしなかった。
目を伏せる。すると轟くんは立ち上がり、椅子を引きずってきた。そのままベッド脇に座る。そして口を開いた。
「いいか、僕はビジネスの話がしたい。貴様自身などどうでもいいが、持ち物には興味があるのだ」
「……持ち物。それって、スパイクのこと」
「そうだ!」
ふんす、と轟くんは鼻息を荒くする。
「あれを僕に売ってくれ。四十……いや、五十万でどうだろう」
「……」
「足りないか? ならばいくらだ。ある程度ならば考えてやってもいい。あれはその価値がある」
気を失う前のことを思い出す。スパイクに飛びつき、脱がそうとしてきた轟くん。やはり彼の狙いはXBギア。
しかし渡せるはずもない。あれは唯一、現状の僕が使えるギアなのだ。「悪いけど」と言いながら、僕は轟くんの顔を覗き込んだ。
「あれは渡せない」
「なんだと。強欲な。……キャネに糸目は付けないと言っているのに……」
「お金の問題じゃない。あれは、僕にとってどうしても必要なものだ」
言えば、轟くんはムッとした。「恩知らずめ」と小さく呟く声がする。
「価値は十分分かっているぞ。あのXBギアは、鳳家が開発した独自のギア、そのひとつだろう。一般流通するシロモノではない! 特別な品だ!」
「……見てわかるんだ」
「当たり前だろう! 僕の審美眼を舐めるな」
轟くんは前屈みになり、ぐっと顔を近づけてきた。近いのが嫌で肘で押しのける。……が、重くて動かない。
轟くんは「聞け!」と肩を掴んでくる。
「まだ噂程度だが、近日中、ネオトーキョー国国王が、次期当主を発表する。そして、ソイツがチヨダトライブとして、XB業界に参入してくるのだ」
「!」
ネオトーキョー国、次期当主。それは王次郎のことだ。そしてそれは、まだ世間に公表されていない情報でもある。
僕が目を丸くしていると、轟くんはニヤリと笑った。
「理解したようだな。……今時点でも十分に、XBは流行っているだろう。だが、王家まで参戦するとなれば、市場はさらに過熱する。僕がその船に乗らないなんて話はありえない!」
ギチ、と肩を掴む手の力が増した。痛みに身を捩るが、彼は気がついてもいないらしい。一人でヒートアップし、煌々とした瞳のまま演説を続けている。
「貴様が持つXBギアはレア物だ。しかし貴様が持っていては、宝の持ち腐れ。適切な価値を判断できる僕に預けることは、間違ってなどいない。そうだろう?」
……と、言われても。僕は眉を下げた。
彼と友好的な関係は築きたい。しかしギアをとられては困る。
XBギアは、実の所単純なものでは無い。例えば、同じスパイク型でも「スピードアップ効果」だの「攻撃用」だの、用途が変わっていた。
その上、制度的な問題として必ずジャッジロボからの使用許可が必要となる。元々技術開発が盛んなシンジュクトライブや、権力のトップであるチヨダトライブならば簡単に降りる許可も、他のトライブでは降りなかったりと、人脈や信頼度も関係してくるのだ。
養成所から盗み出したあのギアは、僕にとって半身とも言える。何せ過酷な生活の中、共に歩んできた戦友の一つでもあるから。そしてチヨダトライブが作成したXBギアとして、ジャッジロボからも承認されている。
僕はどうしてもXBをやらなくてはならない。王次郎と語るためには、これしかないからだ。その為に必須な装備品と言える。
僕は改めて轟くんに向き合い、首を横に振った。
「……あれだけは渡せない。いくらお金を積まれてもね。色々言いたいことはあるし、それを超える程度には感謝もしてるけど、あれだけはダメだ」
「な!? 貴様……! 何故だ!」
「何故って。あれがないと、僕はXBができない」
言いながら腕へと目を落とす。轟くんもつられて視線を動かし、少し声のトーンを下げた。
「まあ、そうだろうな。お前の両腕の状態は、けしていいとは言えん。医者を呼んで見せたが、治ると言っても日常生活に支障ない程度と言っていた」
「……医者に見せてくれたんだ?」
普通にありがたい。「ありがとう」と告げると、轟くんは嫌そうな顔をした。「話をそらすな」と舌打ちされる。
……捻じ曲がっている、性格が。僕が言えた義理ではないが。
轟くんは話を続ける。
「正直にいえば、貴様にXBは無理だ」
「……」
「睨んでも変わらん。無理なものは無理だ」
流石にカチンとくる。元チームメンバーだとしても、苛立ちを抑えきれなかった。
僕は戦える。確かに腕は封じられた。男だった時よりもかなり怪我のダメージが大きく、前回程度まで動かせるようになるかどうか怪しいのも、承知している。
だが、腕がダメでも脚があるのだ。XBは、バットで打たなくてはならないというルールはない。だから戦える。
「誰が無理だって決めたんだ。僕はまだ、XBを諦めてない」
「ふん。両腕が使えないのにか? XBは状況を適切に把握し、素早く対応することが必須になる。……そんな腕で、素早い適切な対応がどこまで出来ると言うんだ」
全く。轟くんってそういうところあるんだよな。いつもはプラス思考なのに、一部マイナス思考というか。……論理は分かる。彼は心底損をすることが嫌いだ。損して得取れ、などという文字は彼の辞書にない。彼は得して得を得る。そういう思考回路をしていた。
他人に値札をつける男だからこそ、値を付けられない部分について疎い。かつてもそう。ハルくんが神谷さんから受け継いだバットが手に入らないことの、意味を理解できていなかった。人の想いが分からないから。
……けれど、イコール彼が全くの人でなしという話でもない。セタガヤ時代は辟易としかしなかったが、トラッシュトライブとして活動する中で知ったことも沢山ある。
彼は、走っていた。短い廊下を走るだけでゼェゼェと息を荒らげている今の轟くん。しかし未来では、彼ほど身軽に動くプレイヤーは居なかったほど。
僕は轟くんを正面から見つめ返す。
「どんな物にだってハンデはある。体格や経験値、才能。知能もね。……けど、XBプレイヤーはいつだって、最後は想いに全てを託してきた」
「何を非科学的な」
「そう? XBギアに使われているエグニマ粒子。……あれがどんなものか、君なら知ってるだろ?」
身体能力を著しく向上させるあの装備は、どれもエニグマ……感情の力で動作している。つまり決意や執着が、そのまま反映されるものでもあるのだ。
科学的であり非科学的。XBでは、最後にものを言うのは「人間」である。
ある意味でいえば、僕は王次郎に思いの丈で負けたと言えるのかもしれない。彼と共にただXBがしたかった。彼を外へ連れ出して、かつて見た純粋な笑顔をもう一度見たかった。
その想いが、王次郎の「強くなりたい」「勝ちたい」という願いと執着に敗北した。
だからこそXBは僕に必要なのだ。僕の想いが、王次郎と同等かそれ以上だと知らしめるのに、何より分かりやすい指標になる。勝敗は嘘をつかないのだから。
僕はシーツを手繰り寄せ、轟くんと改めて向き直った。
「あれは渡せない。僕に必要だから」
「ぐぬぬ……ッ!」
彼は歯ぎしりをした。が、直ぐに「愚か者」と吐き捨てる。
「大人しく渡していれば金を手に入れられたものを。……まあいい。貴様が取引に応じないのなら奪うまで。それだけでこの問題は解決する……」
「天下の大金持ちばかり集まったセタガヤトライブ、その一員が情けない盗み宣言? 恥ずかしくないの?」
「ええい黙れッ!」
轟くんはがたんと音を立て、立ち上がる。額に青筋が立っていた。今にも泣き出しそうに目元は潤み、目から花までを真っ赤にしている。怒りで我を忘れる寸前のように見えた。
……しかし、分からない。轟くんは何故こんなにもXBギアに執着するのか。鳳家が所有していたものとはいえ、養成所で使われていたようなものだ。彼の審美眼であれば、あのスパイクが年季の入ったものと分かっているだろう。正直、価値で言うならば高くて十万程度か。
神谷瞬のビームバットを欲しがっていたのも、思えば不思議だった。彼は確かに有名だし、ビームバットは珍しい。だがビームバットといえば扱い辛く、暴発すれば周囲を破壊することもザラだ。実際、ハルくんはバットに振り回されて店を壊したし。そんな危険なものだと、ガラスケースに入れて飾っておくこともできない。扱いを誤ればどうなる事か、想像に容易い。
故に、そこまで高値のつくものではないわけで。
(どうして轟くんは使いもしないXBギアを集めるんだ)
それは、ふと浮かんだ疑問だった。彼の姿があまりにも必死なのも気にかかる。トラッシュトライブにいた時は、どちらかと言うと豪奢で煌びやかな武器を好んでいたのに。
何か理由があるのだろうか。僕は轟くんと改めて向き合う。彼はふうふうと荒い息を吐いていた。
僕は口を開く。疑問を解消するためだった。が、それは唐突に阻まれた。ドンドンドン、という激しいノック音。次いで「轟様!」という悲鳴のような声。……確か池尻さん?
何やら大慌ての彼女に、轟くんは舌打ちをする。僕に「逃げるなよ」と告げてから、彼は「入れ!」と鋭く声を上げた。
すぐさま池尻さんが飛び込んでくる。その表情には焦りが満ちていた。
「た、た、大変です。轟様……! 緊急のお客様が……」
「客ゥ? アポイントはないぞ! 帰らせろ!」
「……ええ! その通りです。しかし……お客様が、その。……セタガヤトライブの関係者様でいらして」
セタガヤトライブの関係者?
僕は瞬きをする。そんな人、前回の人生では会わなかった。誰だろうと思案する横で、轟くんは顔を歪めている。その顔は若干青ざめているようにも見えた。
どうしたのだろう。顔色を覗き込む僕を放置し、池尻さんは轟くんに告げる。その言葉は、ある意味で衝撃的なものだった。
「皆様が、轟様にXBを申し込みたいと……」