幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件について   作:PKO

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6.

XBは野球に似たスポーツだ。しかし似て非なる物でもある。

例えばアウトの条件。タッチアウトと三振しかない。ホームランもなく、長打が出た際はボールを持った攻撃側と守備側の間でバトルが発生するまで塁間を駆け抜ける事になる。ここで言うバトルには殴る蹴るも含まれていた。野球ではありえない。

ジャッジロボが認めれば、武器や特殊な装備……XBギアを自由に持ち込んで使用できるし。

XBは、怪我人が出ることを大前提とするエクストリームスポーツなのである。

勝利条件は単純だ。相手より得点が多いこと。またはゲーム中に相手が戦闘不能になること。そして勝者は、敗者に何でも命令することができる。それの命令従うのが、XBにおける最大のルールだった。

今思えば、鳳天心が武力制圧の手段にXBを選んだのも頷ける。純粋にゲームを楽しむ立場からすると荒らしのような行為だが、最低限度の犠牲と労力で、人民を支配するのに適しているのだろう。

僕はふうと息を吐く。バッターボックスに立つと、ぴりとした空気を感じた。轟くんの屋敷は広い。だが、通常のXBに使用するフィールドに比べると心もとなかった。ミナトでいえばホームをアザブ交差点に置き、一塁を芝寺、二塁にミナトタワー、三塁に六本木スーパーヒルズと、かなりの距離がある。

なので、今回の試合は縮小版の扱いになるらしい。

ホームは庭の中央、一塁と三塁は左右均等に並べられた電燈。四類は謎の彫像とした。多分この像は轟くんモチーフだ。羽やら何やら装飾が付けられすぎていて、もはや別人だけれど。

初手、僕は攻撃側だった。暗くなり始めた空の下、ホームに指定された中央部分に立つ。スパイク型XBギアのスイッチを入れると淡く発光した。

正面に立つのは青年だ。ぐるぐると肩を回して温めている。

……さて、今の僕はどこまで戦えるか。

ハンデは多い。性別の変化と怪我。どちらもデバフだ。しかし、それを受け入れていかなくてはならないのも事実。ここでかれらと戦う事で、後々に活かすことができる。

そう思うと、少し楽しみだ。震える胃を支えながら「どうぞ」と声をかけると、青年は狼狽えた。

 

「バットは」

「ああ。不要だよ。……これがあるからね」

 

言いながら、僕はシーツを落とす。XBギアを見せつけるように足を上げると、青年は「うお……っ」と言いながら目を丸くした。

驚くのも分かる。バット無しでXBに挑むのも中々無いだろう。僕自身、あの神木結衣がやるまで発想になかった。

足を上げたままにこりと笑ってみせると、青年は更にドギマギする。僅かに内股になり、困ったように頬を擦っていた。

……どうしたのだろう。なにかまずかったのか。念の為とジャッジロボに「これいい?」とXBギアの使用を尋ねる。かれはグッと親指を立てた。

ルールとしては問題なさそうだ。それならばと青年に向き合うが、彼は目を合わせてくれなかった。バットを握ったまま、何やらモジモジとしている。

 

「どうしたの? 早く投げなよ。9対1でも僕は気にしないからさ」

「……っ」

 

言えば、男は構えた。ふうふうと何度も荒い息を吐き、何とか葛藤を押し出そうとしているように見える。そんな状態で放たれる弾は当たり前にブレブレで、頼りない軌道をしていた。

僕は足を振るう。ボールの位置は見極めていた。そこに向かってギアを叩きつけるだけなのだが、現実そんなに上手くいくとは限らない。

僕は空振りした。かすりもせず、ブンという風を切る音の後。そしてそのまま、ボールはミットへ吸い込まれる。

 

(なるほど。思ったよりも難しいな。……踏ん張りが効かない)

 

いつもならば行える自然な体重移動。それが上手く出来なかった。足が浮いている時間が長すぎるのだ。やじろべえのような状態では、まともに構えることもできない。

キャッチャーからボールが戻される。青年はそれを受け取り、再び構えた。その目線はやはり何か言いたげだ。しかし口は開かない。

一応こちらから「どんどん来なよ」と伝えてみたが、彼はごくと唾を飲んだだけだ。無言のまま放たれるボール。先程より僅かに鋭さを増したそれ。

足を振る。今度は足が届くギリギリまで粘った。それでは遅いらしく、再び空振りになる。だが先程よりタイミングはあってきたようで、僅かにボールの表面を掠めていた。

次は打てるだろう。そんなことを思いながら再び正面を向き……気がついた。男の目線がどこに向かっているのか。

彼はボールに集中していない。そして僕の行うバッティングにも。彼がひたすらじっと見つめているのは、僕そのもの。正確に言うのなら、僕の胸やら股ぐらである。思わず身を捩って隠すと、男は「違う!」と手を横に振った。

 

「違うんだ、その。……確かに見てはいたけど。でも真正面にいたら見るし、足もあんなに上げたら見えちゃうし……」

 

大慌てで喋り出す。男は弁明のつもりだろうが、僕の気持ちをなんら慰めるものではなかった。彼は言いながらも目を僕から逸らさず、それどころかチラチラと動く瞳の速さはどんどん増していく。

僕はへたり込んだ。顔に血が集まっていくのが分かる。ついさっき、僕は彼の驚愕を「試合にバットを持ち込まないこと」だと思っていた。けれど違ったのだ。彼は布面積が異常に小さい水着に対して動揺し、おおと感嘆符を漏らしただけ。最初は被っていたを勢いよくひっぺがした後、中から現れたソレにびっくりしていただけ。

……恥ずかしい。ドストレートに「恥ずかしい格好」と言われるよりもよっぽど。男は「似合ってるよ!」などと叫んだが、なんのフォローにもならなかった。

羞恥心。それに気がつくと世界が変わる。青年以外の男性もじっと僕を見ていたし、女性はなんとも言えない顔をしていた。浮かぶのはあの日の有栖川さん。「ホント男って」という呆れた声がリフレインする。

鼻が痛い。耳も取れそうなほど熱かった。こんな体験は初めてだ。このまま逃げ出したくなったが、そんな訳にはいかない。

僕はフラフラと立ち上がり、ピッチャーと向き合う。彼は「隠す必要もなくなった」と言わんばかりに胸しか見ていなかった。

こうなると、逆に轟くんの屋敷で働く女の子達に尊敬の念が出る。彼女たちはいつもこういう視線に晒されながら生活しているのだから。

ふと横を見れば、当の本人たちもいる。XBをプレイしたことのない彼女たちは、心配そうに、けれど遠巻きにこちらを見ていた。

息を吐く。僕しか戦えない。僕が負けたら、轟くんも負ける。

後がない状況で、相手ピッチャーは余裕だ。「いくよ〜」と掛けてくる声は弾んでいる。僕を敵ではなく、なにか別のものとして舐めている声。

だが、それは違う。確かに格好はマヌケだ。それと実力は別だと言う話で。

男が投げる。綺麗なストレートだった。けれど綺麗なだけ。スピードも威力も、かつて体験したものより遥かに劣っている。

足を振りぬいた。ガツンと強い衝撃が脚に響く。ど真ん中、スパイクはXBボールを捉えていた。

 

「な!?」

 

驚いた声を上げるのはキャッチャー。僕はそのままボールを場外目掛けて蹴り飛ばす。流星のように空を割る光を、男は呆然と見上げていた。その隙に横を走り抜ける。

一塁、そして二塁。相手チームの反応が遅い。

かれらがボールを回収したのと僕が二塁を踏んだのは同時だった。僕は更に走る。

次のバッターがいない。轟くんのチームは僕だけだからだ。となれば、一気にホームからホームまで駆け抜けなければ点を取れないという事になる。

そうして三塁まで足が届いた時、ばっと視界が暗くなった。正面に現れたのはあの紳士だ。守備として三塁を守っていた彼の手には、XBボールがある。

ボールを持ったフィールダーとランナーが出会う。それは即ち、バトル開始の合図だった。僕は迷わずに姿勢を低くする。スピードはそのままに、一気に駆け抜けようとした。

しかし次の瞬間、僕の思惑は思いっきり外れることになる。

あっという間だった。腕を捕まれ、引き戻される。骨折部分を掴まれた痛みに喘ぐ間もなく、僕は体をひっくり返された。そのまま浮かび上がり、今度は背中から落ちる。視界が回転するのを見守るしかできない。

柔道の要領だ。上手く投げられたらしい。地面に叩きつけられる予感に目を閉じたが、そうはならなかった。

ぼすっと抱き止められる。勿論XBとしては「アウト」。次のアタッカーが居ないため、ここで攻守交替となる。

いきなりの事に身を固くしていると、僕を抱き抱えたまま紳士は微笑みかけてきた。

 

「強いのですね。例え一人だとしても、挑んできた理由がよく分かります」

 

穏やかな声だ。XBの試合中だと言うことを忘れてしまう程の。

下ろして欲しくて、僕は「あの」と声をかけたが無視された。子供を寝具に運ぶような柔らかさで、男は僕を抱えている。

 

「謝罪します。貴女は本気のようだ。ならば、私達も本気で答えなくては失礼に値する」

「……それは、有難いけれど」

 

でも下ろして欲しい。何時まで「抱っこ」しているつもりか。足を動かして反発しようとすると、男はそれを制してくる。

軽い力なのだろう。そこまで苦労しているように見えなかった。それなのに、僕の足は全く動かせなくなる。

愕然とした。今までの流れで、男女の体格差については把握していたつもりである。その認識が甘かったとしか言えない。男からしたら、僕はまるで猫のようだろう。爪と牙さえ収めていれば、ただ柔らかいだけの小さな生き物。

恐らく紳士にとっては、僕を押さえ込んでいるつもりすらない。腰に添えられた親指が何度も脇腹を行き来するのが、気持ち悪くて仕方がなかった。

……女の子って大変だ。ツキちゃんやつる子さんも、もしかしたらこんな世界で生きていたのかもしれない。次に会うことがあれば少し優しくしようと考えていると、紳士は「決めたよ」と口を開いた。

 

「私達が勝利した暁には、貴女を六番目の愛人に迎え入れましょう」

「……」

「きっと強い子を産めます」

「……」

 

紳士は僕を下ろした。それはもう優しく、紳士的に。けれど全部の言葉が最悪で、頭を抱えることすらできない。下ろした後はちらりとどこかを見て、すぐに去ってしまう。

ストレートにドン引きしていると、相手チームの女の子が走りよってきた。

「リーダーがごめんなさい」と謝られる。僕は「いいよ気にしないで」と言うつもりだったのに、口からは「あの人あんなに気持ち悪いのどうかしてるよ何で君たちは従っているのかな」などという暴言が吹き出していた。

……紳士、改め変態紳士。まともでは無いのは分かっていたが、ぶっ飛びすぎだ。二回り以上年下の女を捕まえてあの発言、それ以前に深夜徘徊して見せつけもある。というか、六番目の愛人ってなんだ。もう五人いるのか、愛人が。

そんな人物に負けたくない。僕がアウトになったことで、今度は相手チームが攻撃側になる。指定されたマウンドに向かうと、バッターボックスにいる女性と目が合った。その目は物凄く冷たい。痴女へ向けるそれである。

勘違いは悲しいが、格好的に言い逃れもできないだろう。弁明全てを諦め、僕は静かにXBボールを上へ投げた。そして蹴り抜く。

もう空振ることはなかった。ガツンと正面を捉えたスパイク。ボールは真っ直ぐに飛び、そのままミットへ吸い込まれるようにして収まる。彼女は目を丸くしていた。

まずは一球。

再び僕が構えると、彼女は口を引き結ぶ。どうやらある程度、実力を認めてくれたらしい。

僕は構え、同じようにXBボールを放ち、蹴り飛ばした。女の子も今度は反応し、バットを振る。ボールの軌道をしっかりと捉えていた。

しかしヒットの直前、ボールはかくんと真下に落ちる。僕が回転を掛けたからだ。思いっきり空ぶった彼女の後ろで、バスっと子気味の良い音がした。

 

「……やるわね」

「どうも」

「色仕掛けしか出来ないのかと思ってたわ」

 

その言葉に、僕は崩れ落ちそうになった。際どい水着も、それを見せつけるようになってしまう蹴りでの投球も、僕の意図したところでは無い。敵対している相手から素直に褒められるとまでは思っていなかったが、まさかここまでチクチクされるとは。

尚、僕も性格がいい方ではない。「色仕掛けもできないのとどっちが良いんだろうね」と思ってもいない煽り文句を返しつつ、しっかりと三振を取ってやった。

彼女がバッターボックスから出ていく。次にバットを握った男は真面目そうだった。それでもチラチラと視線が胸やら下半身に寄っていく。

きちんとボールを見ろ、という思いで蹴り出したボールは鼻先を掠めた。その後、続けて二回男は空振りをする。最後の一回だけ何とかヒットを出したが、一塁に届くよりも前に僕に蹴り飛ばされた。

遅い。養成所で出会った彼らの、誰よりも。もし全員で外に出られていたら、どれほど強いチームになったのだろうか。

天心によって奪われた命は膨大だ。墓もないので、正式な数も分からない。王次郎が記憶を失った今、彼らを覚えているのは僕だけになる。僅かな物悲しさが胸を被った。

XBボールを回収し、マウンドに戻る。バッターツーアウト。あと一人、三振を取れば再び攻守交替だ。先程のようなヘマはしない。感覚も掴めてきた今、やっとXBに集中できていた。

不愉快なことはあるが、やはり楽しい。僅かな失点が命取りになる。その緊張感が、生の実感に繋がるのだ。

三人目のバッターがやってくる。大柄な男だった。

「来い」と低く唸られ、僕は応じる。蹴り出されたXBボールは見事にミットへ収まった。その間、数秒もない。男は「ぐう」と喉を鳴らした。

次だ。二回目の投球。僕はボールを放り投げる。そしてスパイクで蹴り飛ばした。

バチッと軽い音がして、ボールが飛ぶ。速度と威力の乗ったそれ。しかし、違和感がある。先程より、軌道がブレているのだ。

(……何だ?)

内心首を傾げる。それでも男は空振りをしたが、どうしても気にかかった。軌道のブレもだが、さっきの音はなんだろう。

僕は足元を見下ろす。そこで疑念は解決した。スパイクから時折、青い火花のようなものが散っていたのだ。

XBギアとはいえ、あくまでも早く走るための靴。バットの代わりをさせるにも限度があるのかもしれない。このまま壊れでもしたら、僕はボロボロの身一つで九人に挑むことになる。

何とか持ち堪えてくれ。そう祈りながら、もう一度構える。三人目の三球目。なるべく使っていなかった踵側に寄せて、XBボールを蹴り出した。速度、コントロール、共に不安定になる。

それでも技術が勝ったのか、それとも逆に予期せぬ軌道になったか。男は三振した。

再び攻守が変わる。バッターボックスに立つ僕に向かい合ったのは、あの変態紳士だった。彼はじっと僕を眺めた後、ぺろりと唇を舌で舐めとる。そうしてから無言で構え、静かに投球した。

けして速い球ではない。なのに、僕は動きを止めていた。右腕が耐えがたく傷む。ボールは運良く、ストライクゾーンを離れていた。わざわざ動かさなかったのは正解かもしれない。

滲んだ脂汗を乱雑に腕で拭うと、紳士はにこりと笑った。

 

「そろそろ限界でしょう。いくら投球を蹴りに変えたとしても、その度に貴女がボールを手で掴んでいることに変わりはない。そんな怪我を抱えたまま、フィールドに立つこと自体が自殺行為……」

「怪我程度で、僕が打てないとでも?」

 

紳士は微笑んだままだ。再び構える。そうして、投げた。真っ直ぐ綺麗な軌道。今度はしっかりとストライクゾーンに入っている。

お手本のような投球を前に、僕もしっかり王道で脚を蹴り出す。ただ、今回は少し話が違った。

ぱきり、と。無機質な音がする。音がしたのはスパイクからだ。バット代わりに使っていたそれは、どうやら限界を迎えていたらしい。迎え撃とうと蹴り出された先で、ぼろりと崩れてしまった。

……けれど、それでもヒットだ!

僕は走る。ホームからホームへと。点数を取るにはそれしかない。だが、紳士は早かった。ほぼ真下に落ちたボールは素早く送球され、紳士の手へ収まる。ボールを得た彼は、スパイクを片方失った、僕にあっという間に追いついた。

ただし同じ轍を踏みはしない。スライディングの構えで接近し、直前で上へ飛び上がる。瞬間出力を上げたギアが僕の体を空中へはね飛ばした。そのままギアを解除し、重力の力で落下する。紳士を飛び越えて一塁にたどり着くことができた。

 

「素晴らしい機転です。……けれど、ここで貴女の時間は終わり。バッターがいないのですから、交代です」

 

彼は笑う。僕は歯がみした。その通り、一塁止まりでは意味が無い。

「くそ」と呟くと、紳士に顎を掴まれた。そのまま上を向かされる。

 

「まだやりますか? ……貴女のギアはもう使えません。そんな腕では、今からバットに持ち変えることも困難でしょう。実力は分かりましたが、このままいけば貴女は嬲られ、甚振られるばかり」

「……どうかな。まだ決着はついてない。こんなボロボロの僕からまだ一点も取れてない君たちが相手なら、信じられないような逆転もあるかもよ?」

 

……そんなものがあればいいが。

男の言う事は正しい。武器も装備もなく、骨折でパフォーマンスは落ちている。アドレナリンで痛みを誤魔化しているが、どう考えてもオーバーワークだった。体を休めるべきなのも、勝算が薄いのも分かっている。

けれど、試合を棄権する訳にはいかない。この先の展開の為でもあるし、もう一つ。僕は信じているからだ。

諦めの悪い僕を前に、紳士は眉を下げる。意地悪からではなく、本心から気にしている仕草だった。だが、それは僕の為じゃない。

ここに来てからずっと、彼が気にしている相手……池尻さん。変態紳士はおそらく彼女に気があるのだろう。彼は、池尻さんの前で手酷い試合をしたくはないのだ。

最初は疑惑でしか無かったが、そろそろ確信できる。

そも、前提が不思議だったのだ。轟くんからセタガヤトライブの座を奪うためだけにXBを仕掛ける。そんなことをする必要はない。セタガヤトライブは金さえ払えば加入出来るのだから、払うものを払って追加してもらえばいいだけだ。

紳士の目的は別にある。XBのルール。敗者は勝者の言うことをなんでも聞くこと。……変態紳士が狙うのは、轟くんの名誉ではなく、彼の保有する水着美女達、そして池尻さんなのだ。

正直、僕からしたらそんなのはどうでもいい。

わざと他の女にセクハラ発言をして、それから反応探るように本命を見るような……どれほど効果のあるか怪しい手法を使う男。しかしそんなどうでもいい男が、どうでも良くない男だっている。

紳士はちらと横目で池尻さんを見ていた。その口元は緩んでいる。ある種、屈折だ。気持ち悪いし。けれど、その気持ち悪さが僕にとって勝利のヒントになる。

紳士は僕に向き直った。そして口を開きかけた時だ。

 

「待て……ぇっ!」

 

情けなく裏返った、しかし大きな声。拡声器を使うこともなく庭中に響き渡るそれは家主、轟くんのものだ。

いつの間にか、彼は庭へ出てきていた。紳士は「おや」と言いながら、僕の顎から指を離す。そしてぺこりと大袈裟にお辞儀をした。

 

「これはこれは、轟英二殿。まさかお出迎え頂けるとは……」

 

静かな声音。彼の目はしっかりと轟くんに向いている。

ありえないほど内股で、目を涙で潤ませながらも、金色のバットを握りしめた彼に。

轟くんはずびびっと鼻を啜った。

 

「まだ勝敗は決していない……っ! 僕が出る!」

「貴方が? 公式記録はひとつもないと言うのに」

「うるひゃい!」

 

ずんずんと歩き、彼はバッターボックスへと収まった。そしてへっぴり腰の不格好で構えをとる。紳士はチームメイトと目を見合わせていた。

轟くんは続ける。

 

「分かっているぞ! 貴様、僕の集めた水着の女達を狙っているのだろう!? この変態紳士めが! 歳が離れすぎていると自覚は無いのか!?」

「……恋は年齢ではありませんから」

「何を。ひとつの指標だ!」

 

紳士は目を細め、「ほう」とだけ呟いた。そのままバッターボックスへと戻っていく。僕は一塁に立ち尽くし、轟くんをじっと見ていた。

「池尻の尻は僕のもの」はセリフとしてあまりに最低だが、愛人まみれの露出狂紳士と並べるといい勝負なのがどうにも。

あまり褒められたものではない二人が向き合い、それぞれ構えた。僕はただ、走る準備をする。

轟くんがヘナチョコでヘタレで、フォローのしようがない思想をしていても、XBでは別だ。仲間のために立ち上がることに決めた彼を、頭から笑うようなことはしない。

僕は構える。轟くんはぎゅっと金色のバットを握りしめていた。石膏像が持っていたあのバットだ。

紳士が投げ、轟くんが振る。バットは空をかいた。一球。

再び紳士が投げ、またもや轟くんは勢いよく振るう。自分自身が回転する勢いで振り回したせいで、轟くんのバットは明後日の方向を素通りした。XBボールは綺麗にミットへ収まる。二球。

これで最後。彼が打たなければ、そして僕が点を取らなくては、全て終わる。だというのに、不思議と不安はなかった。絶対的なピンチ。心臓はうるさく暴れ、脳も揺らしてくる。瞳孔が開くような心地がした。

 

「来い! ……この、しょ、庶民めが! 返り討ちにしてくれる!」

 

そう叫ぶのは轟くんだ。紳士は一気に口をへの字に曲げる。彼は面白くなさそうに、しかしお手本のような美しいフォームでボールを送り出した。

スピード、パワー、どれも申し分ない。轟くんが打てる球とは思わなかった。それでも僕は走り出す。

あれだけ威勢がよかったくせに、轟くんは飛んできたボールを見て「ひえええ!」と叫んでいた。そしてがむしゃらにバットを振り回す。その結果、バットはぐるぐると回転し、運良く、本当に運良く、ボールを捉えることができた。

カキンといい音がする。そして一瞬の閃光。

実際はボールも轟くんの金色のバットも、どちらもがフィールドに投げ出されたわけで、打ったというより弾かれたに近いけれど。

ひっくり返って走り出せない轟くんはすぐにタッチアウトになった。だが僕は違う。まさか打たれると思っていなかった紳士が一瞬呆けた隙に、二塁を踏む。そのままギアを全力出力し三塁を超えた。

最後だ。ホームへ戻る途中、最初にバッターとして立ち塞がった青年と鉢合わせになる。彼の手にはボール。ならば、戦闘しかない。

男はボールを持ったまま、僕を殴り飛ばそうとしてきた。その腕を内側から払い蹴る。勢いのまま反対側の足が、彼の胴体を叩くと「ぐあ!」と言いながら男が飛んだ。そして僕はホームを踏む。

これで一点。

「よし!」と思わずガッツポーズをすると、ひっくり返ったままの轟くんが驚いたようにこちらを見てきた。尚、点はとったけど手を差し伸べるようなことはしない。骨折してるし。

結果、轟くんは目をまん丸にしたまま、地面に転がっている。「一点取れたよ」と告げると、彼は「そうか」と小さく返事をした。

一点先制。その上、チームメンバーも(多分)増えた。

……轟くんのことだ。怯えてはいたものの、いつかは来てくれると信じていた。流石に彼も、信頼する使用人達をごっそり持っていかれるのは嫌だろうし。それに、きっと彼はXB自体は大好きだ。ハードルも多い中、一番いいタイミングで加勢してくれたように思う。

轟くんはよろりと立ち上がろうとした。慌てて駆け寄ってくるのは池尻さんだ。彼女は轟くんの背中を支え、起こそうとしている。「素晴らしいバッティングでした……」と告げる姿は、使用人と言うよりも母親に近い。

しかし轟くんは、その手をぺいっと跳ね除ける。「自分で立てる」とだけ一言呟き、本当に自力で立ち上がった。

その様子を、じっと紳士は見ている。彼の考えは分からなかったが、何やら胸中複雑そうだ。

無言になった彼の前に轟くんは立つ。そしてゆっくりと口を開いた。

 

「悪いが、今日は帰って貰えないか。僕は少し混乱している」

「……混乱、ですか」

 

そうだ、と轟くんは頷く。

 

「XBは後日、改めて受けてたとう。その時は仕切り直しでいい。今日の一点は貴様にやる」

 

その一点、僕も助力したのだけど。まさか一瞬で無かったことにされるとは思わなかった。そして轟くんは全く僕の方を向きもしない。

勝手だなと思いつつ、何となく違和感がある。僕は黙ったまま、成り行きを見守ることにした。

紳士は渋い顔をしていた。けれど、暫くしてからくすりと笑う。気の抜けたような笑みだ。彼は改まって、轟くんへ向き合った。

 

「その必要はありません。どうやら、私は貴方を見くびっていたらしい。XBもできぬ臆病者であると」

「ほう? では、実際はどうだ」

「半分は認識通り。……しかし、そればかりではないようだ。貴方はここへやってきて、点を取った。それは事実」

 

「正直見直しました」と彼は言う。轟くんは鼻を鳴らしただけだった。

 

「今回の勝負は無かったことに。お互い、それが良いでしょう。明日に試合を改めたとしても、結局貴方のチームは人員不足。……彼女も限界でしようから」

 

そういい、紳士は僕を見てきた。未だに「彼女」の人称になれない。戸惑っていると、遠慮したように思われたのだろう。紳士は上着を脱ぎ、僕の肩へとかけてきた。

……物凄い今更だ。ここで紳士をされても、その前の全てがハチャメチャでリカバリーになってない。

かといって「いらないよ」と突っ返すこともできず、僕は大人しく上着を引き寄せた。上が隠れるだけでもかなりの安心感がある。

轟くんが何かを言いたげに僕を見たが、それも一瞬。紳士に向かって「それでいい」と告げ、腕を組んだ。そして付け加える。

 

「まあ、貴様がどうしても戦いたくなったのならばまた来るといい。僕一人だろうが、九人全員相手をしてやる」

「……たった一度のヒットでそこまで仰る。全く、貴方という人は」

「僕にまぐれは無い。一度あることは一億度ある。ロイヤルな僕に貴様が勝つのは、何光年と先になるだろうな」

 

紳士は笑う。「人が変わったようですな」と吹き出していたが、本当にその通り。……彼、本当にあの轟くんなのだろうか。

内心首を傾げていると、紳士が去っていく。上着を返そうとすると「プレゼントだ、我が友よ」と微笑まれた。友じゃない。

そうして最後、一言池尻さんに挨拶をし、紳士は立ち去っていく。一気に静かになった庭の真ん中で、轟くんは「さて」と組んでいた腕を解いた。

 

「動いたら腹が減った。池尻、早急に夕食を用意しろ。肉だ」

「はい、轟様!」

 

端的で上からな命令。池尻さんはすぐに応じ、ぺこりと頭を下げて去っていった。遠巻きに見ていた水着の少女も連れたって、屋敷の中へと帰っていく。

……どうやら、一段落ついたらしい。僕ははーと息を吐く。

試合中、どこかへ行っていたゼロが戻ってきて、頭の上に乗っかった。頭上から聞こえてくる「おつかれー」に「うん」とだけ返す。

既にどっぷりと更けた夜。轟くんは無言で月を見上げていた。その表情は険しい。

どうにも先程までの彼と印象がチグハグだ。どうかしたのかと「轟くん」と声をかけた時、彼は月から目を離し、じっと僕を見据えてきた。

 

「色々と聞きたいことがあるぞ。青山」

「……君、僕の名前」

 

何十人といた水着美女の中のひとりでしか無かったのに、僕を覚えていたのか。……と思ったがどうやら違うらしい。

僕が口を噤むと、彼は目を僅かに細めた。

 

「答えろ。僕はタイムスリップをしたのか?」

 

そう問いかけてくる。ゼロが「えっ」と言うのと同時に、僕も目を見開いていた。

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