幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件について 作:PKO
結局、あの後はあまり話にならなかった。僕は放浪とXBと満腹、そこに加えた「泣く」という行為からの疲れで、眠くなってしまったのだ。
しっかりと服を着こみ、何やら薬を池尻さんに飲まされ、そのままベッドで爆睡した。僕らしくもない行いである。
冷静に「昨日は普通じゃなかったぞ」と気がついたのは翌朝だった。ボサボサについた寝癖が鏡の中に写っている。
みっともない事をしたな、などと考えていると、隣から「おはよう」と声をかけられた。ゼロだ。彼は元気そうに朝の体操をしている。無い腰を捻り、短い腕を伸ばし、屈伸とも言えぬ屈伸をした。
「お互いよく寝たね。スッキリしたよ!」
僕は「それは良かった」と返す。ふあと欠伸をすると、ゼロは眉を寄せた。
「もしかしてカズキくん、寝不足? 目が腫れてるみたい。あの後何かあったの? 僕記憶ないんだよねぇ」
本当によく寝てたからね。僕に抱えられても全く起きないくらい。会えてそこには言及せずにのそのそとベッドから降りると、ゼロもついてきた。
「あれ。心境の変化でもあった? ちゃんと服着てるじゃん」
「これ? 池尻さんと轟くんが貸してくれたんだ」
これに関しては本当にありがたい。両腕を覆う袖まで配慮されていて、患部に触れても痛みを感じなかった。素材も柔らかい。
ゼロは「轟くんが?」と目を丸くしている。お金はあるが、ケチで有名な彼だ。服を貸すとなればレンタル料を請求するような男。「お金あるの?」とこそりと聞かれ、僕は首を横に振った。
「お金貰いに来て逆にとられるなんて。きっと後から請求くるよ」
「こればっかりは仕方ない。今の僕が服すら買えないのは事実だ」
ので、借りれるだけでもありがたい。返せばいいのだから。
僕は部屋の出入口に近づく。そして扉を開けると、向こう側から「うわっ」という声がした。轟くんの声だ。
まさかそんな近くにいると思わなかった。「おはよう」と挨拶するも、スルーされる。
「起きたのなら飯を食え。食事は資本。食わねば治らん」
「……あんまり大食らいなほうじゃないけど」
「一日三食を大食い等とは言わないぞ。貴様の価値観がおかしい」
言いながら、轟くんは部屋に入ってきた。ふと見ると、彼の手にはお盆がある。その上にはお粥が乗っていた。
そのままベッドへ向かう。小脇の小さなテーブルにお盆を乗せたあと、轟くんは傍にあった小さな椅子へ腰掛けた。
僕はお粥を覗き込む。「まさか君が?」と尋ねると「持ってきただけだ」と軽く吐き捨てた。
ゼロが「ツンデレだね」と揶揄う。聞こえていたらさぞ不愉快そうな顔をしただろうが、轟くんの耳に届くことはなかった。おかげで僕も大人しくベッドに戻ることになる。轟くんはギロリと僕を見ていた。
……食べろということか。怪我を治す為に体力を付けろというのは理解できる。食べたくないだけで。
けれど彼からの援助を受ける手前、文句も言えなかった。ベッドに腰掛ける。腕を持ち上げ、何とかスプーンを使おうとした。その度に骨が軋む。
……にしても、本当に不便としか言いようがない。天心の命令だからと両腕を潰さなくともいいだろうに。もし王次郎の記憶が戻ったら、今回ばかりはネチネチと指摘させてもらおうかな……。
暫くスプーン相手に手こずっていると、不意に食器が取り上げられた。轟くんだ。
彼はお粥をひと掬いし、僕に差し出してくる。呆然としていると、嫌そうな顔で「早くしろ……」と凄まれた。
介助の優しさどうこうではない。さっさと治せこの貧乏人と目が語っている。
色々言いたいことはあった。けれどお互い耐えている身。素直に受け入れる。これは僕の譲歩だ。
……しかしどういう節回しなのだろう。昨日の態度とはまるで違う。
思ったよりも粥が美味しく、素直に「美味しいよ」と伝えたが「煩い」と切り捨てられた。昨日に比べて対応が軟化した訳では無い様子だが……。
では、何故こんなことをするのか。僕にさらなる恩を売りつけた所で、彼は貸付を増やすことになるだけだ。
差し出される粥を無言で食べ続ける。容器が空になった所で、やっと轟くんは口を開いた。
「昨日の件だ。一部撤回しよう」
「撤回?」
「貴様に協力するメリットがないと言ったが、今回の事を忘れていた。青山がXBに応じなければ、池尻達が今頃どうなっていたのか分からない」
僕は瞬きをする。轟くんは盆を机の上によけた。
「僕は既に借りを作っていたわけだ。その代償にお前は怪我を悪化させ、XBギアを失った」
「……やっぱり壊れたか」
砕けたスパイクを思い出す。男の打球を受けたダメージは、けして弱いものではなかったらしい。その後もフィールドを走り回り、酷使した訳だが。
僕は視線を落とす。XBを受けたことに後悔はない。だが武器を失ったのは事実。その事を今更思い出す。
……ただ、それは轟くんのせいではないだろう。
「XBを受けたのも、XBギアが壊れたのも、君に原因はない。怪我だってそうだ。……その部分をまるで君の過失みたいに語られると、僕が気まずい」
まるで恩と罪を擦りつけているようで。
僕が言うと、轟くんははあとため息をついた。
「察しの悪い。せっかく僕が貴様に妥協してやると言いに来たのだぞ。素直に受け止められないのか」
「?」
僕は顔をあげる。轟くんはつまらなさそうに頬杖をついていた。
「いいか。僕は拝金主義だが恩知らずではない。昨日の試合だけでなく、トラッシュトライブに関してでも……ある程度の感謝はしている」
「君が、感謝を?」
「失礼な」と轟くんは睨む。けれど、あまりにも彼に似合わない言葉だった。感謝をする姿があまりにも似合わない。どちらかと言うと「良きにはからえ」の態度のイメージがある。
僕がじっと轟くんを観察していると、彼は「一度しか言わん」と呟いた。
「僕は、友情を金で買えると思っていた。今でもそう思っている。……だが、金で買っていない友情というやつをトラッシュトライブで見せつけられてきた。特に千羽と彩葉の二人だ」
「ああ。仲良かったもんね」
轟くんは頷く。
「奴らは金の関係なしに友人だという。だが、僕にはまだ信じられない。金に勝るものがあるか?、と。……だが、XBをしていると時々感じる。ひとりで屋敷にいた頃とは違う、一体感のようなものを」
チームだから。僕らはその前提に、経歴も年齢も何もかもがチグハグなメンバーで集まって過ごしていた。そこには「ゼロを倒す」という共通の目的があり、それ以外はほとんどなにもない。
けれど他人ではなかった。困っているのなら駆け寄り手を差し伸べる。仲間だから。喧嘩も揉め事も絶えなかったが、それでも対話を諦めなかった。理屈ではなく、情の話だ。
轟くんはすうと息を吸う。
「僕は、あのトライブが嫌いではなかった」
「……!」
思わず目を丸くする。轟くんらしからぬ素直な言葉だ。
真面目な表情で紡がれる言葉に、ふざけたり馬鹿にするような部分はない。
彼は続ける。
「そして、あのトライブに僕を誘ったのは貴様だ。金の成る木としか見ていなかっただろうが、それでも僕に実りはあった。……誘いが無ければ、僕はXBをやっていたかどうか分からん」
そう言われるのは嬉しい。けど、本当にATMというか、パトロンとしてしか見ていなかった初期がある分気まずい。
僕が縮こまると彼はくうと目を細める。
「始まりがどうであれ、あの日々を僕は疎んでいない。楽しんでいたと言えるだろう。……だから、今回の協力はその礼だ」
「……」
「トラッシュトライブでXBが出来てよかった。本心からそう思っている」
それは過分な言葉だ。
僕はただ王次郎の為にと、手前勝手に走っただけ。その過程で出会った仲間も、仲間でありながら駒だった。轟くんに対する信頼はある。けれど、どこかで金としか見ていない部分もあったはずだ。
それでも彼は、トラッシュでのXBを懐かしんでくれる。
「理解したか、青山。もう二度は言わん。お前に協力してやる。……前回の礼と今回の礼の分、恩が尽きるまではな」
彼はいい、僕の肩を叩いた。丸い掌が体を揺らす。
人に頼るのがずっと苦手だった。……というより、頼る選択肢を取る前提がなかった。僕は誰よりもずっと優秀で、大抵の事はひとりで何でもできた。誰かに任せるよりも自分でやる方が確実だったから。
王次郎が居なくなって、ひなぎくさん達に頼り出したのも最近だ。それも結局、どこまでで線を引くべきか分からず、ただ距離を置くに留まった。
真の意味で仲間を信じて、頼る。能力や素質でなく、仲間だからという理由で。そのレベルの思い切りが今の僕には必要なのかもしれない。両腕が使えない今、僕に出来ることは限られているのだから。
僕は顔をあげる。ありがとう、と告げたつもりがまた声が出なかった。追いつかない感情のはみ出した部分が涙になって溢れてくる。
真面目に話していた轟くんは一瞬でギョッとした。
「お、おい、ふざけるな……。何故そうなる! いい話をしただろう……ッ」
「……うん、ありが、……っ。……別に、ぼく、も……泣きたいわけじゃ……」
本当に何故なのだろう。昨日のように号泣ではないが、ぼろぼろと涙が滲み出る。袖で拭うと痛みすらあった。……もしかしたら、目が腫れているのって泣きすぎたからなのでは。
ゼロもドン引きしている。ドン引きしすぎて逆に「大丈夫?」と普通のことしか言えていなかった。
轟くんは微妙な反応だ。不満げに顔を覗き込んでくる。
「……とりあえず、嫌悪感で泣いているわけではないのだな?」
「うん。……素直に、嬉しいよ。……仮試合だった、けど、君とXBが、出来たのも……楽しかった。……格好は悪かった、けど」
カエルみたいにひっくり返ってたし。僕が言うと、轟くんは嘆息した。
「……まあ、いい。分かった。分からんが分かった。お前の涙腺が狂ったのは別として、中身に変化はないのだな」
やれやれと彼は立ち上がる。空になったお椀とお盆を回収し、僕を見下ろしてきた。
「シャワーでも浴びてこい。場所は池尻に聞け。介助が必要ならその辺の奴に言うといい」
「……」
「全て終わったら、昨日面接した部屋へ来い。いいな。見送り程度はしてやる」
怒涛のように言われ、とりあえず僕は頷く。喋ると声が裏返るからだ。轟くんはそれを見とめた後、さっさと部屋を出ていった。
扉をぼんやり見ていると、ゼロが「ねえ」と話しかけてくる。
「轟くん、協力はしてくれるみたいだね。ついてきてはくれなさそうだけど」
「……ああ」
けど、それで十分だ。当初の目的であるバックアップは保証されるようだし、それ以上に収穫もあった。彼は皆とのXBを楽しんでいた。なによりの朗報だ。
僕は立ち上がる。部屋の外へ向かうためだ。ゼロは変な顔をする。
「君達って好きだよね。友情とかそういうの」
「そう見える?」
かなり性格も悪いし、「友人なんていなさそう」と言われる身なのだけれど。
その意を込めて返すと、ゼロは「意外とね?」と弾むように答えた。
*
シャワーを浴びるのも一苦労だ。両腕がまともに使えないのだから。広い浴室の中で格闘し、何とか一人でやり遂げる。洗ったと言うより濡れたという表現が近かったけど。
身支度を整えて、それから轟くんの指定した部屋へ向かう。昨日と同じ廊下を歩いていたが、気分はまるで違った。
ゼロも大人しく着いてきている。部屋までたどり着くと、ノックをする前に「入れ」と言われた。声の主は轟くんだ。
ならばと遠慮なく扉を開ける。轟くんは昨日と同じようにふんぞり返り、部屋の中央ででんと座っていた。
目が合う。その途端、彼は嫌そうな顔になった。
「……髪が濡れているではないか」
「自然に乾くよ」
というか、折れてるのでドライヤーも満足に使えない。可能な限りで拭き取ったが、ギリギリ濡れネズミとも言えるだろう。轟くんは「手が必要なら言えと……」と顔を引き攣らせていた。
「まあいい。僕もそこまで貴様に労力を使うつもりは無いからな。この関係はあくまでもビジネス。風邪を拗らせて知らぬ間に死んでいたとしても、僕には関係ない」
眉間のシワが深い。……とはいえ、シャワーの介助となるとどうしても「頼る」とかよりも「恥」がくる。
不養生を責めるようなセリフを吐く轟くんを前に、僕は「でもさ」と口を開いた。
「シャワーの手助けを女の人にお願いするのって、結構ハードル高いと思わない? 女性になっているとはいえ、元々は男なんだから」
「細かい事を」
「じゃあ轟くんならやってくれるの? 細かい事なら気にしないんだよね?」
尋ねると、轟くんはそっぽを向いた。答えるつもりはないらしい。まあ、普通に嫌がる気持ちの方が分かるので深追いはやめた。逆の立場、例えば僕が男のままで轟くんが女の子になったとして、僕が彼(彼女)の介助をするなんて考えられないし。
轟くんはこほんと咳払いをする。「本題だ」と彼は言った。
「改めて確認をさせろ。青山、お前の目的はなんだ」
尋ねられ、僕は轟くんと向き合う。
「王次郎を止めること、になるのかな。以前と同じなら、この後彼はチヨダ大戦を起こす。そうなればまた大勢死ぬだろう。……彼に二度も罪を背負わせたくはない」
強さを求め、ただひた走った王次郎。彼が「命を賭して」自分の罪と向き合うことになった原因。ゼロも言っていたが、もしやり直しができるのならばやり直したい。今度こそ彼を止めたい。
僕が言うと、轟くんは僅かに目を細める。
「だろうな。予想通りだ。僕としても鳳王次郎があの惨劇を起こさない方がいい。あの混乱を起点としてゼロの侵攻や治安悪化は始まった。お陰でとんだ機会喪失を出したものだ」
彼はふんと鼻を鳴らす。そうしてから、僕に「これを」と何かを手渡してきた。
「提供してやる。一人旅だ、物入りだろう」
受け取り、ものを確認する。財布と身分証とスマホ、そして服だった。財布には複数枚の現金とプリペイドカード、身分証は……多分偽造だろう。スマホはしっかりと充電されていた。
最後に服だ。僕は目を丸くする。というのも、以前男の時に着ていたデザインとほぼ同じものだったからだ。そして念願の「普通のズボン」。
「これ」と呟くと、轟くんは得意げに笑う。
「僕の財力と人脈を使えば簡単なことだ。今後、僕と同じように記憶を取り戻す者も出てくるだろう。なんなら既に取り戻している者もいるかもしれない。……その服ならば、相手から見つけて貰えることもあるんじゃないかと思ってな」
「……轟くん、君って」
普通に気が利くというか。轟くんは得意げに「崇め奉ってもいいぞ」と胸を張っている。「そうだね」とにこやかに同意すると、ぱっと真顔になった。
「何故だか素直になられると気色が悪いが。……まあいい。僕が今出来るのはこの程度だ。破損したXBギアに関しては力になれん。貸しだそうにも、僕のコレクションは観賞用だからな」
別を当たってくれ、と彼は言う。別となるとシンジュクだろうか。再び鳳家に忍び込んで盗むより、交渉した方がいいかもしれない。だが生憎ツテがなかった。直接シンジュクに赴くより、ワンクッション入れた方がいいだろう。
ギアに関して了承すると、轟くんはゆっくり腕を組む。
「青山が彷徨いている間に、僕はアシュレイコードについて調べる予定だ。他にも同じようなものがあるのなら、僕の財力で確保する。トラッシュトライブのメンバーを探すのもついでにな」
「助かるよ」
「で、貴様はこれからどうする」
これから。一応、考えてはいる。僕は顔を上げた。
「ミナトに行くつもりだ。もし本当に過去に戻っているのなら、彼もまだ生きているはずだからね」
「彼?」
問われ、頷く。「神谷瞬だよ」と告げると、轟くんはゆるく目を伏せた。
「最強のXBプレイヤー、か。そう言えば、過去では死んでいたな」
そう。かつての世界で神谷瞬は死んだ。彼を頼って脱獄し、会えなかった記憶がある。彼と王次郎の試合は素晴らしいものだった。あの試合こそ、彼の死を早めた原因でもあるが……。
「ミナトで神谷瞬を探す。王次郎を止めるにしても、彼がいてくれたらかなり有難いからね。……そして恐らく、彼がいるなら三田くんもいるはずだ」
神谷さんと三田くんは同じチームだった。有栖川さんやハルくん、タイガくんの顔も浮かぶ。かれらの実力はよく知っていた。
轟くんは「分かった」と頷く。「何事も起きなければ良いのだがな」とぽつりと呟いたそれに、完全同意だった。
そうして身支度を整え、僕は轟くんの屋敷を離れることになる。目指すはミナトシティ。
当たり前のように見送りには来ない轟くんに「らしいな」と思いつつ、僕はゼロと共に歩き出す。
「ミナトかあ〜なんだか懐かしいね」
呟くのはゼロだ。ぽてぽてと進む足取りは軽い。「久々にレーザー撃ちたくなっちゃった」という恐ろしい戯言は無視し、僕らは進んだ。
物事は案外、上手く進んでいる。その時の僕らはそう思っていた。受け取ったばかりのスマホにひとつのニュースが飛び込んでくるまでは。
それは鳳天心が殺害され、その犯人が王次郎であるというニュースだった。