幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件について 作:PKO
1.
鳳天心が死んだ。そのニュースは瞬く間に広がった。
彼の死の様子は生中継されており、一部始終を知ることができた。民に向かって従えと吠える国王。XBを支配の手段として扱う国王。その腹に拳が一発撃ち込まれ、それで終いだった。
ぐったりと王座の下で脱力する死体を見下ろす王次郎。彼の側につく臣下達。多く語るまでもなく、次の支配者は彼だった。
そして彼は宣言する。XB法の改正を。かつて辿った道筋の通りだ。
国民の反応は様々。天心の独裁が終わりを告げたとはいえ、後釜は全てが未知数の少年。探り探りといったところか。
ゼロの掲げたスマホの画面を睨みつつ、僕は頭痛を耐えていた。記憶にある出来事のひとつとはいえ、前倒しが過ぎる。なるべくならば彼に「殺し」自体を経験させたくなかったのだが、まさかこんな事になるとは。
乗客は僕一人。周囲を確認した後、ゼロが「ねえ」と話しかけてきた。
「もう始まっちゃってるんじゃないの? チヨダ大戦。手遅れだったかな」
「……どうかな。確かにチヨダ大戦のきっかけは天心の死だったけど、それだけじゃない。実際にチヨダが侵略したからこそ起こったんだ」
例えばブンキョウ、例えばトシマやシンジュク。王次郎が天心の下で挑んだトライブはいくつも存在する。ミナトトライブもそのひとつだ。
天心率いるチヨダトライブが地方の有力なトライブを倒していた事は、確実にネオトーキョー全体の治安悪化に関係している。暴れるならず者や、定められたルール内で行うXBを疎ましく思う者。かれらを止めるストッパーが根こそぎ倒されていたのだから。
僕が「ほら、この記事」と指さすと、ゼロも覗き込んだ。
「なになに? ブンキョウに侵入した暴徒、赤門トオルに敗北して敗走……」
「ね? 過去では王次郎によって戦線離脱した選手が顕在の今、過去程大きな被害は出ていない」
そう言うと、ゼロは「ふうん」と鼻を鳴らした。「小さな被害は出まくってるけどね」と続けたそれに異論はない。
直ぐさま人死が出ずとも、じわじわと世界は変わっていくだろう。そして王次郎達、チヨダトライブが動き出せば加速的になる。
僕は頭を抱えたくなった。何故、王次郎は天心を殺してしまったのか。それも、彼の指示でXBを行うよりも前に。
眉を顰めると、ゼロは「ドンマイ」と軽く呟いた。
「それで、どうするの? 今のところ目標はミナトだけど……このまま向かう? それともチヨダについて調べる?」
悩ましい。前回と動きが違う分、チヨダについて探りたい気持ちはあった。だがそれに見合うモノを僕は持ち合わせていない。せめて過去と同じ位の時間的猶予があれば良かったのだけど、それを言っても無意味だろう。
僕は口を開いた。
「このままミナトに向かうよ。チヨダトライブ……王次郎なら、必ずミナトには目をつけるはずだ。なんなら、XBそのものに興味が薄い天心よりも早くミナトに挑む可能性だってある」
天心はXBに関して、殆ど知識がなかった。どのチームが強いか弱いかすら家臣に判断を任せ、言うがままに挑んでいたと聞く。王次郎は違う。彼はXBが好きだ。だからこそ、自分の意思で「最強」に挑むかもしれない。
ミナトは強い。たとえ神谷瞬が居なくなっても歩いて行ける程。アダチトライブとのゲームで証明して見せた。
しかし、居なくなること自体が望ましくないのだ。有栖川さんや三田くんに、どれ程のダメージを与えた事か。
やり直しができる過去に戻ったのなら、彼の死を回避したい。そう思うのは自然だろう。
とにかく急いでミナトへ向かい、現時点でのミナトトライブがどうなっているのか確認しなくてはならない。ハルくんやタイガくんはもう合流しているのか、まだなのか。それすらも把握していないのだから。
悶々と考えながら、もう一度記事に目を落とす。そこで気がついた。思わず「これは……」と声が漏れる。「どうしたの?」とゼロに尋ねられ、僕は無言で一枚の写真をつついた。
ゼロが開いている「国王崩御」の記事にある写真。そこには王次郎と天心の死体、右横には神木結衣が写っている。他にも数人秋葉忍者隊がうつりこんでいたが、更にその奥だ。前回はいなかった男が一人、にこやかに立っていた。
「……曲田?」
「あ、ほんとだ。暗くてよく顔は見えないけど、曲田くんじゃーん」
間違い探しでもしていたかのように、ゼロは嬉しそうな声をあげる。反対に僕の声は低くなっていた。
「過去、曲田が鳳家に仕えていたのは知っている。けど、こんな風に表に出てくることは無かったはずだ」
「そうなの?」
「僕の記憶ではね」
ゼロは「へえ」と言うだけだ。その後は「生きてる曲田くん初めて見たかも」としみじみとしている。彼の存在がこの「前倒し」に関係するのではと疑う僕とは対照的に、呑気な反応だった。
スマホから目を離し、窓の外を見る。停滞する脳とは別に、景色の移り変わりは順調だ。徐々に大きくなってきたミナトタワーを眺めつつ、僕はため息をついた。
*
ミナトへ到着したのは昼になってからだった。バスから降り、見慣れたようで見慣れない街へと足を下ろす。
真っ先に向かうのは勿論「ラブリーオーシャン」である。ミナトトライブの拠点だ。記憶を辿りつつ道を歩けば、思ったよりも直ぐに到着した。それこそ拍子抜けと言っていいほどあっさり。
僕は店に入らず、正面のビルへ向かう。そして最上階まではエレベーターで向かい、その先の屋上へと出た。手すりも何も無く、給水塔と看板があるだけの寂しい空間だ。本来ならば立ち入り禁止にする場所だろう。
セキュリティガバガバのそこに立つ。ゼロは背後の看板に気を取られていた。
「忍者……? エナジードリンクかな。味のイメージが全然わかないね」
「へえ。こんなデザインだったんだ」
彼の声につられ、僕もマジマジと看板を見た。忍者のイラストが描かれた飲料缶の広告らしい。
この当たりに関して記憶があるとしたら、オオタトライブの襲撃だろうか。園田がロケットランチャーで看板を吹っ飛ばして、味方を巻き添えにしていた覚えがある。当時は看板のデザインにまで気が回っていなかった。
かつてオオタがミナトを見下ろした場所。そこにゼロと並び立つ。ここならば人の出入りがよく見えるだろう。
僕が腰を下ろすと、ゼロは首を傾げた。
「あれ? 見るだけ? 中に入らないの?」
「うん。まずは情報を集めないと」
誰がいて、誰がいないのか。決めつけは宜しくない。有栖川さんや三田くん、神谷さんが「居る」ことを前提に動いていいのかの確証が持てないからだ。頭から信じるには、過去との違いが多すぎる。
僕は僅かに前かがみになり、ふうと短く息を吐いた。
「前回と比べると、僕はかなり早くミナトに来ている。前はある程度、左腕の回復が見込めてから行動したからね」
「なるほどねぇ。だからハルくんやタイガくんが居ないかもって気にしてるんだ?」
「そう。特にタイガくん。彼はネオトーキョーの外から来た。彼が来ているかどうかは、かなり重要な指標になり得るんだよ」
赤髪の猪突猛進バッターを思い出す。ことある事に漁師アピールをしていた彼。
情報としてしか知らないが、彼はハルくんとほぼ同時期にミナトトライブに加入したはずだ。素人同然だった彼は、やがて桜花札に出会う。そしてミナトトライブの有力バッターになった。
彼は強い。王次郎とのラストバトルでも、その実力を遺憾無く発揮していた。類まれなる動体視力と神谷さんの意志を継いだハルくんと並び、欠けてはならないミナトの選手である。
……だが、過去の通りなら、まだ彼は海の向こう。ミナトには居ないはず。そしてハルくんもミナトトライブに加入はしていない。
「過去、彼らがミナトトライブにやってきて直ぐに、シンジュクと戦った。それとほぼ同時に王次郎はブンキョウへ挑んだんだ」
モゾモゾと胡座をかく。太股をゴシゴシと擦るようにしつつ、僕はゼロに説明した。ゼロはふんふんと頷くように頭を動かした後、ラブリーオーシャンを見下ろす。
彼はじっと店を見ていたが、やがてくるりとこちらを振り向いた。
「と言うことは、カズキくん的に今のところ、ハルくんもタイガくんも居なかったらいいな〜って感じ?」
「……に、なるかな。その場合なら、より過去の出来事に近いわけだから、先行きが読みやすくなる」
「ふうん。でも、早々上手くはいかないみたいだよ」
僕は「え」と顔をあげる。ゼロが「ほら」と指さした先を見た。勿論、指の先はラブリーオーシャンだ。
店の扉が開く。夕方が近づき、本格的に活動を開始するのだろう。始めに現れたのは愛海くんだ。彼は楽しげに、誰かとなにかを話していた。
話し相手は三田くんだ。彼は昔から変わらない猿顔で、愛海くんの後ろから着いてくる。ケラケラと笑う様子は、かつての記憶より明るく見えた。
その奥から現れるのは気だるげな青年、神谷瞬。そして彼と並ぶ有栖川さん。その後ろだ。赤い髪の元気な少年とどこかオドオドした少年の二人組。彼らはちょいちょいと神谷に手招きをされ、歩みを早めていた。
近くで確認するまでもない。タイガくんとハルくんだ。二人は既にミナトトライブへ合流している。
聞こえてくる会話からするに、合流してすぐではあるのだろう。「この前のシンジュクとの試合」だの「一応XBルールのおさらいを」だのと、有栖川さんが語る声が聞こえた。
僕は顔を顰め腹を摩る。そうしてから、どこかへ向かうかれらの背をじっと見つめた。
「シンジュクとの試合って聞こえたね。……思ったよりも色々、前倒しに進んでいるみたいだ」
天心の死。ミナトトライブとハルくん達の合流。それが早まる事は、その分過去の知識が役立たなくなるという事でもある。
……だが、悪い話ばかりではない。
僕は立ち上がる。「後を追うよ」とゼロに声をかけると、彼は「せっかく登ったのに?」と嫌そうな顔をした。
「追わずにどうするのさ。みんなの現状を知って、どうやって接触するか考えなくちゃ」
「時系列狂っちゃってるのに接触するの?」
ゼロは不満気だ。けれど、ミナトに合流するのが嫌なのではなく、単純に下へ降りるのが面倒なだけ。試しに「肩に乗っていいよ」と告げると、間を置かずにぽんと飛び上がって肩に収まった。
彼の言う通り、時系列が狂っている。それはある意味朗報でもあった。
このままいけば、ミナトとチヨダはぶつかるだろう。前回より数ヶ月だけ早く。それはつまり、前回よりも神谷瞬の体力がある状態でチヨダと戦える可能性があるということ。
僕は腰を抑えつつ、目を細める。
短期的な目標は決まった。ミナトに取り入り、チームの一員となること。チヨダとミナトの衝突を早めること。そして何より、神谷瞬を「殺させない」こと。
そうと決まれば話は早い。僕はゼロを伴い、かれらの背中をこっそりと追いかけることになった。