幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件について 作:PKO
その後は暫くなすがままだった。有栖川さん達によってラブリーオーシャンへと連れられ、服を着たままシャワールームに連れられる。「とりあえず服脱いで、体洗っちゃって」と言われ、折れた腕でモタモタと着替えた。
脱いだ後のズボンは凄惨なもので、元から黒いズボンが更に黒くなっている。下着なんて目も当てられない。とにかく色の濃い服を着ていて良かったと思うのが限界だった。
血塗れの下半身をシャワーで流し、血を落とす。その間にも下半身はじくじくと痛んだ。足の間をすり抜けていく赤が何とも鮮やかで、非現実的でもある。
僕はシャワーを流しっぱなしにして、そのまま放心していた。状況の理解はしたけれど、感情が追いつかなかったのだ。結局、シャワーの音が止まないことを不信に思った有栖川さんに、シャワー室から引っ張り出されるまでそのままでいてしまった。
「シャツ濡れちゃったし、変えましょ!」と明るく笑いかけられ、そこで初めて上を着たままだったことを思い出すレベルである。僕は引きつった顔のまま、辛うじて「分かった」と答えてお終いだった。
そしてあれよこれよという間もなく毛布に包まれて転がされる。ラブリーオーシャンには座敷部分があるが、その畳の上に僕はいた。季節には全く似つかわしくない過剰な程の掛け布団。そして腹と腰に当てられた使い捨てカイロ。
暑くて暑くて堪らず汗が吹き出てくるのだが、それと反比例するように痛みはマシになっていた。額はベタベタだが、どうにも毛布から出る気にならない。
そんな芋虫のような姿を更にくるりと丸めた時、有栖川さんも座敷へとやってきた。彼女は何も言わずにタオルで僕の額に浮かんだ汗を拭き取ると、苦笑する。
「どう? 少しは楽になった?」
聞かれて、僕は頷く。彼女は「良かった」とホッとしたように目元を緩めた。
「落ち着いたら少しでもいいから食べましょう。何も食べてないとしんどいわよ?」
「……食欲ないんだけど」
「それでも食べるの。少しだけでもね。そうしたら薬も飲めるし」
「全然違うのよ」と彼女は言う。その手にあるのはひとつの錠剤だった。痛み止めらしい。
どうやら彼女の私物らしかった。有り難さと申し訳なさ、そこに付随して感心も浮かんでくる。腹の奥で雑巾を搾られるようなこの感覚を、有栖川さんも経験していると言うわけで。
そして、それだけでは無い。血に汚れたズボンについてもだ。彼女が気がついてくれなければどうなっていたか。
洞察力と対応力。XBのみならず、彼女はそれを遺憾無く発揮している。彼女の人徳の行き着く先だ。「ありがとう」と素直に感謝する。思ったよりも弱々しい声になったが、有栖川さんはにっこりと満足気に微笑んだ。
そんな様子を茶化したのは神谷さんだ。彼は「デレデレじゃないか、有栖川」とため息をついている。そんな彼を、有栖川さんはキッと睨んだ。
「当たり前じゃない。私のファンって言ってくれる女の子よ? 可愛いに決まってるわ?」
「ファンじゃなくてストーカーだし、なんならスパイなんだけど」
やれやれと神谷さんは肩を竦める。対し、有栖川さんは「彼女がファンと言うならファンよ」と口を尖らせていた。
ちなみに、正確にいえばどちらも正解ではない。僕はチヨダから見れば逃走中の死刑囚だし、ミナトからみれば情報提供者だ。けれど、ここに来て強気な振る舞いも出来ないだろう。
前回の人生は違った。ミナトのかれらに見せたのは、僕の強さ。如何にして情報を扱うか、感情を扱うか、戦略を練るか、騙すか。真っ直ぐなミナトにない屈折した部分をアピールし、内部に取り入ろうとした。
けれど、今回はそれを逆にする。僕は神谷さんにべーと舌を出す有栖川さんの腕を控えめに引っ張った。
有栖川さんはすぐさま反応し、「まだ痛い?」と問いかけてくる。大丈夫……と言いたかったが、喉の奥からは呻き声しか漏れ出なかった。
その声に反応したのはタイガだ。「スパイだってんなら、ちょっくら話を聞かねえと」と腕捲りをしている。なんだか楽しそうにも見えた。慌てたハルくんに「止めなって!」と止められつつも、彼は「だってスパイだぜスパイ!」と鼻息を荒くしている。
「飛んだ一本釣りじゃねーか! シティに来て神谷瞬と戦って、ミナトトライブに入ってXBやって、今度はこれよ! 大海原もびっくりの荒れ模様ってやつだ!」
「い、言ってることはよく分からないけど、何となく分かるかも……でもダメだって! 病人相手だし、有栖川さんが今話してるし!」
いまいち発動タイミングの分からない漁師の性が叫ぶのか、タイガくんはウッキウキで迫ってきていた。ハルくんは彼の両腕に手を回して止めようとするが、ずりずりと引き摺られている。完全なるパワー負け。ずんずん近づいてくる。
……と、思ったら、有栖川さんにデコピンで止められていた。
「あでっ!」
「タイガ止めなさい。……もう、本当にあんた達は」
はあとため息をつく彼女。神谷さんは飽きたのか、カウンターに腰掛けていた。ちらちらとこちらを見ている愛海くんからコーヒーのようなものを受け取っている。
対照的に、未だにこちらへ関心があるのは三田くんだ。彼はデコピンされたタイガくんの横に並び、「なあ」と有栖川さんに声をかけた。
「オレは神谷の意見に賛成だぜ、有栖川。病人だろうがなんだろうが、あのチヨダのスパイってんなら話を聞かなきゃならねえ。……国王を殺して、新しいXB法を立ち上げた奴の仲間なんだぞ」
「ええ。分かってる」
「本当にか? もう他所じゃ怪我人も出てるんだ! それなのにアイツらの仲間を匿ったとなっちゃ、オレらだってどうなるか!」
怪我人。その言葉に反応する。まさかもう、王次郎が侵攻を始めているのか。
ハッとした僕に気がついたのだろう。三田くんは「ホラな!」と青ざめたまま指をさしてきた。
「どーすんだよどうするんだよ! コイツを匿ったせいでココがアジトだってバレちまう〜!」
「ラブリーオーシャンを私たちが活動拠点にしてるなんて、調べれば出てくることじゃない。心配する先が違うわよ」
慌てる三田くん、冷静な有栖川さん。タイガくんとハルくんは様子をじっと伺っていた。
しかし僕が気になるのは別の話題。もぞもぞと動きながらもなんとか「怪我人って?」と尋ねると、有栖川さんは「後でね?」と毛布越しに背中を撫でてきた。
「今はゆっくり休んで。貧血で頭回らないでしょ? 詳しい事は後で聞かせてもらうし、こっちの話もするから」
……そう言われると気が抜けてしまう。話題が気になるとはいえ、あんまりにもな体調だからだ。有栖川さんの厚意には感謝しかない。
彼女は暫く背を摩った後、「ちょっと座れる?」と聞いてきた。頷いてなんとか上体を起こすと、そっとコップが差し出される。手の主は愛海くんだった。
「スープをどーぞ。温かいよ?」
「……」
「具は少なめだから」
気分が良いわけもなく、未だ食欲もない。けれど勧められて断るのも難しい。食べなくては薬が飲めないし。
僕は恐る恐る右手でコップを掴もうとする。すると有栖川さんがハッとして、「私がやるわ!」と愛海くんから受け取った。
そして「骨折してるんだから」とスプーンを差し出してくる。恥ずかしい場面だが、もう二回目。諦めもつく。
僕は大人しく有栖川さんからスープを貰うことにした。三田くんが複雑そうな顔で見てくる。ちらりと目が合うと、彼は口をへの字に曲げた。
僕は構わず食べる。食べるが、気にはなる。かつて仲間だった男から向けられる久々の敵意。あえて挑発するようにゆっくり食べてやると、彼は更にムッとした。
「……ケッ。ただの便秘野郎を何チヤホヤしてやがる。オレだって時々腹の具合悪くなるし? でも有栖川に食べさせてもらったことねえぞ!」
拗ねたような口振りだ。ハルくんがボソッと「食べさせて欲しいんだ……」と呟いている。三田くんは鼻息荒く「当たり前だろ!」と拳を握った。
「女の子からのあーん……例え有栖川だとしても、そんなん夢の光景だろうが」
「誰が何ですって?」
有栖川さんに叱られ、今度は一気に縮こまる。三田くんは「タイガもハルも、なんか言ってくれよ」と後輩を頼ったが、彼らはなんとも言えない顔で肩を竦めあっていた。どうやら話に加わるつもりはないらしい。
冷たい後輩から目を逸らし、三田くんは「神谷も言いたいことあるだろ?」とカウンターに座る彼に声をかけた。が、神谷さんも「有栖川が後でって言うから」とのんびりしている。
三田くんは「うぐぬぬ」と下唇を噛んだ。
「……危機感あんのはオレだけかよ」
「そうでもないわよ。三田。……けどこの子の手を見たら、私の言いたいこと、あんたも分かるんじゃないかしら」
「手?」
有栖川さんが頷き、三田くんが首を傾げる。僕にもよく意味がわからずにぼんやりしていると、彼女は「ほら」と手を取ってきた。
「このマメ。何度も何度もバットを振った証拠よね。……詳しい事情は分からないけど、私はこんな手をしてる子を頭ごなしに疑うなんてしない」
言いながら、彼女はそっとマメに触れる。三田くんもまじまじと覗き込んだあと、若干気まずそうに顔を顰めた。
「……まあ、XBが好きな奴の手ではあるけど」
「そう。なら今はいいじゃない。まずは休息よ」
「ね?」と微笑みかけられ、僕は戸惑った。信用は有難いが、心を開きすぎなのではとも思ったのだ。しかし有栖川さんはそんな事を気にした様子もなく、これ飲んでと薬を勧めてくる。
……薬。実の所、あまり飲んだことがない。それは根本にある、世間への不信感から産まれる警戒故だ。
ただ、有栖川さんへの信頼もある。ここは飲んでみてもいいかもしれない。
おっかなびっくり、薬を飲む。そこでふと轟くんの屋敷でもなにか飲まされたことを思い出した。まさかと思うが、あれも同じような系統の薬なのだろうか……。あの時は半ば取り乱していてあまり記憶が無いのだけれど。
大人しく錠剤を飲み込むと、有栖川さんはぱんと手を叩いた。
「さ! 騒ぎたいヤツは店の外で存分に騒いできなさい! 私はこの子を見てるから」
「…………一人で残るつもりか?」
苦言を呈するのはやっぱり三田くんだ。僕がXBが好きだからといって、そのまますぐ信用とはならないだろう。無理もない。
ただ、そのあたりを気にする余裕が僕にはなかった。ぼてっと畳に倒れ込む。有栖川さんは苦笑いしながら背中を軽く叩いてくれた。不思議なもので、そうすると痛みが和らぐ。
徐々に体を弛緩させている途中、タイガくんが「何食ったらこんなに腹壊すんだ?」と首を傾げていた。三田くんも「だよな」と同調している。
……違う。違うよ、タイガくん、三田くん。これは下痢でも便秘でもなく、完全に月経だ。生理ともいう。女の子がなる「痛いやつ」とは知っていたが、こんな方向に痛いとは思わなかった。骨折や切り傷とまるで違う、引き攣るような痛み。
しかし、それを明確に説明することも出来ない。どんどん眼光の鋭くなる有栖川さんを見かねた愛海くんが二人を抱えて店の外に飛び出したあたりで、僕はゆっくりと意識を手放した。