幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件について 作:PKO
手の中に残るのは煤だけだ。
紙は燃やせば灰になる。そんな分かりきった事が、何故こうも胸を焼くのか。
僕はその答えを知っていた。二度と元には戻らないのに、面影を遺すからだ。やがて風が吹いて、煤もそれに攫われる。ネオチヨダの空に舞い上がった黒い破片。それがどこへ消えたのか、僕には知る術がない。
鳳王次郎は死んだ。仲間を、僕を、全てを置いてどこかへ行ってしまった。
彼が望んで一人立ち向かったのは確かなのだろう。不慮の事故で、止むを得ず一人になってしまったなどと言うことは無いはずだ。XBでの勝利に湧く僕らを置いて行くことを彼は選んだ。それが贖罪だと信じて。
「……また、一人で戦わせてしまったんだな。僕は」
彼がそういう男だと分かっていたのに。
天心の作り出した地獄に残してきてしまった過去と、同じ過ちを繰り返している。それどころか、今回はもっと酷い。
王次郎と入れ替わりに現れた「Q」。Qとして穏やかな顔を見せるかつての家族。せめて彼が苦しむ事の無いようにと願っているが、それはあくまでも僕の都合だ。
王次郎の罪、それ自体が消えた訳じゃない。曲田との戦いで王次郎をネオチヨダの統治者として認めた者もいるだろう。けれど、認めない人だって当たり前に存在している。
優しくて、仲間とXBが大好きなQ。そんな今の彼に、記憶のない過去の罪が亡霊のようにのしかかる日が来ないと言い切れるだろうか。
お前のせいで家族が傷付いたと指を刺され、固まってしまうQの事を考えてしまう。実際に起きた事じゃない。けれど、未来で起きないとは言いきれない。
僕はじっと手のひらを見つめた。一度は砕かれた左腕。今では黒い手袋と長袖が覆っている。最近では忘れていたはずなのに、じくじくと痛むのは心の持ちようなのだろうか。
切り替えなくては。起きてしまった事象をひっくり返すことなど出来ない。ゼロはこの世界をゲームだというが、僕にとっては現実でしかないのだから。
ふうとひとつ息を吐く。それと同時に背後から「カズキくん」と声をかけられた。振り向くとそこにはジオウくんがいる。彼は真顔のまま「少しいいかな」と問いかけてきた。
「勿論。何か用事?」
手のひらから目を逸らして返事をする。彼は「これを」と薄汚れたカバンを差し出してきた。
「シンジュクへ行った際、見つけたものなんだ。中身を見たけれどよく分からない。君ならわかるかと思って」
淡々とした声だ。ジオウくんらしくない。けれど、その「らしくなさ」に思い当たる原因があって、何とも言い難い気持ちになった。
彼は変わってしまった。それに言及せず、カバンを受け取る。どうして僕に渡すのかと思ったが、受け取ってすぐに分かった。擦り切れたカバンの表面には、うっすらと鳳家の紋章が浮かんでいる。
中を見てみると、大量の紙が入っていた。一枚引っ張り出してみる。
「……これは」
思わず顔を顰めてしまった。そこに書いてある文字は、とある人物を彷彿とさせる。ショッキングピンクが脳裏を過ぎると同時に、ジオウくんは「そう」と呟いた。
「どうやら、鳳天心が存命だった時に曲田が研究していた資料。その一部みたいなんだ。何やら物騒な事が書かれていてね」
「物騒?」
物騒とはなんだろう。聞き返すと、ジオウくんは資料を指さしてきた。
「ネオチヨダでの決戦の末、曲田は消えた。……けれど、そもそも彼は既に死者で、実在すらしていなかった。だからこそ、復活する可能性がある」
「復活だって?」
言われ、僕は慌てて資料に目を落とす。そこには多くの専門用語に紛れて「転生」の文字が見えた。その近くには「記憶を保持したまま」やら「同位体」やらの文字が並んでいる。
「……まさか、まだ曲田が諦めていない可能性が?」
死しても尚蘇る。それはありえないことだが、この世界では有り得てしまった。王次郎がQになったこと、そして自覚はないようだが、ジオウ自身もその証左である。味方にできて、敵にできないなどとは決め付けられない。
その上、この資料に則れば記憶の保持すらも可能だという。ゼロの作ったゲームは傍若無人にして不完全だ。遊び場のような世界には綻びもある。
その辺の科学者とは一線を博している曲田の事だ。ゼロすら気が付いていない抜け道を見つけている可能性もある。実際、記憶そのものを魂と見なした延命には、彼は死を超克して成功していた。
考え込む僕を前に、ジオウくんは腕を組む。
「曲田がどうかは分からない。僕は、彼はもう居ないと思っているからね。けれどこの技術をナンバーズに奪われでもしたら厄介だ。せっかく倒したナンバーズ達が復活しかねない」
「……」
「それだけじゃないよ」
彼はじっと僕を見る。
「黒中曜と彩葉ツキ。二人はナンバーズ2に固執している」
「……彗くんね」
曜とツキ、そして彗。三人は幼なじみだったと聞いていた。そして袂を分かつ事になる。
ジオウくんが「彗」ではなく「ナンバーズ」と呼んだ事に、僕は僅かに動揺をしてしまったが、彼は気にしていないらしかった。
「もしこの資料の存在を知れば、二人はきっと詳細を知りたがだろう。その結果、記憶を保持したナンバーズ2が復活することになれば、トラッシュトライブにどう影響が出るか分からない」
「だからこっそり調べて欲しいって?」
聞くと、ジオウくんは小さく微笑んだ。
「話が早くて助かるよ。その通り。……僕だって二人を苦しめたいわけじゃない。ナンバーズ2が八雲彗として復活して、仲間になるのなら頼もしい戦力になる。そうなればメリットしかない」
「分かってるよ。現状だと、どちらに転ぶか分からないからね。下手をすれば、彗くんじゃなくて曲田が出てくる可能性だってある」
そうなれば、王次郎が命を使って戦った意味が無くなってしまう。僕が改めてカバンを抱えると、ジオウくんは小さく頷いた。僕は口を開く。
「まずは僕が調べてみるよ。ある程度安全が保証できたら五反田くんと才蔵くんにも意見を聞いてみようと思う。それでいいかな」
ジオウくんは頷く。彼は「頼むよ」と口だけを動かしている。そうして用事は済んだとばかりに、くるっと背を向けて歩いて行ってしまった。
「……なんとも言えないな」
そう独りごちる。ジオウくんは変わってしまった。……それとも、戻った、と言うべきなのだろうか。口を開けばミウミウと愛する相棒の名を呼んでいた彼が、どんどん記憶から遠ざかっていく。台所どころか、食卓にも来なくなった。シンジュクで一度死に、生き返ったとは聞いている。
その時失ったのだろう。「ミウへの愛情」を。僕には推察しか出来ないが、今の彼と僕の知る彼ではまるで別人だ。
ミウさんは平気なのだろうか。考えて、直ぐに平気なわけがないと否定する。だから彼女はタイトウへ向かった。体を動かしていないと落ち着かないのかもしれない。彼女に向けられていた感情の全てが消失したジオウくんを見ることが、どれ程苦しいものなのか。
僕はカバンを抱え、隠れ家へ急ぐ。トラッシュトライブの仲間の待つそこではなく、ネオチヨダの地下水道へと潜った。二年前、傷を負った王次郎を連れ、逃げ惑った道だ。僕にとっては馴染みのある、しかし他の誰も知らない場所。
暗く、僅かに臭うそこを進み、僕は裏へと入り込む。そこには部屋があった。使われていない配電盤を潜り、その奥にある錆びたパイプ椅子に近づく。被った埃を軽く払うと、細かい白が宙を舞った。
「……誰もここに来ていないみたいだね」
塵のつもり具合からして、二年前に僕と王次郎が使ったキリなのだろう。ここで二人体を休めた。瓦礫で背中をズタズタにした彼を、必死で看病したのを覚えている。折れた左腕も叱咤して、罪悪感と怪我による高熱で震える彼と共に在り続けた。
果たして、あれは正解だったのだろうか。あの時は必死で、ただ彼に生きて欲しいばかりだった。罪の償いが「死」以外にもあると、どうしても思わせたかった。そんな僕の言葉が、もし彼を追い込んでいたのならどうだろう。
天心が悪い。環境が悪い。教育が悪い。王次郎をあの場に残して逃げてるしか出来なかった弱い僕が悪い。そう思えば思うほど、王次郎の中には行き場のない罪悪感が産まれていたのだとしたら。
「やめよう」
僕はぐっと目を閉じた。パイプ椅子に座り、一息をつく。
全ては過ぎてしまったこと。やり直す事など出来るはずもない。ただ母親と生きていただけの女性から平穏を奪い、刃を握らせたのは彼なのだ。そうして恨まれ、憎まれ、それでも向き合った。だれに感謝されるでもなく孤独に戦い、街を守って死んだ。
それは誠実な力の使い方であるし、強さだ。死んで欲しくなかったというのは、僕の勝手な気持ちでしかない。
「火遁の術」と共に振り切ったはずの想いがぱらぱらと降ってくる。僕はそれを手で払い除けるような心地で、カバンの中身を乱雑に漁った。
資料を見る。ジオウくんから預かった際に見たものと同じ文字列。転生、記憶。何枚か続きを捲ると、やがて「実験中止」の文字が現れる。
「中止、か」
僕はふうと息を吐く。中止の理由はたった数行で、必要な実験素材が揃わなかったためと記されていた。素材一覧には「エニグマ」「コード」「データ」「プログラム」等と書かれているが、どれもいまいちピンとこない。コードやデータは素材というよりも、情報と表した方が正しいのではないだろうか。
表記方法に引っ掛かりを覚えながらも、僕は資料から一旦目を離した。
「ジオウくんの心配は杞憂かもね」
曲田は不老不死を求めていた。転生について研究をしていること自体に不思議はない。そしてそれは中止され、理由を素材不足としている。こんな薄汚れた鞄に入れたまま、外部の人間が手に入れてしまう程度に粗雑な管理をする程の研究だ。曲田にとっても、これは骨董無形な理論だったのではないだろうか。
膝の上に置いたカバンの上に資料をばすっと置く。拍子抜けからくる行動だったが、そこで僕はふと動きを止めた。カバンの中からカチャッと音がしたからだ。
「? ……何か入ってる」
カバンが分厚い皮で作られていたので、すぐには気が付かなかった。どうやら紙の資料以外にも何か入っていたようだ。
僕はカバンの中を覗き込む。すると、ガシャポンのカプセルらしきものがいくつか見えた。
カプセルを引っ張り出す。ちょうどXBボールくらいの大きさをしていた。
「……なんだろう、これ。資料には書かれていなかったな」
念の為、先程まで見ていた資料を再度見返す。けれどどこにも説明がない。今、手に持っているのは白っぽいカプセルだった。他にも青いものや赤いものもある。そのどれについても、資料の中に言及が見当たらない。
資料を置き、もう一度カバンを見る。様々な色味のカプセルを引っ張り出し、適当に組み合わせてみた。ガシャポンと同じ要領でぴったりと組み合わさり、ボールのようになる。だが勿論中身は空っぽだ。
「やっぱりXBボールに似ている気がする。大きさも見た目も。……中身は空だけど」
試しに真ん中のボタンを押してみる。XBボールであれば、フィールドが展開されただろう。しかしカチッと音がして、一瞬光を帯び、それだけだった。特に変化もない。
他のカプセルも組み立ててみたが、同じく何も起こらなかった。真ん中のボタンを押せば反応して光るだけ。
「大人しく五反田くん達に聞こうかな。……曲田の近くにいた才蔵くんなら、何か知ってるかもしれないし」
出来ることならば、自分だけで処理してしまいたかった。知る人が増えれば増えるほど、話が広まる確率も上がるからだ。けれど僕の知識ではどうにもしようない。機械系に強い二人ならば、何か分かるかもしれないし。
そうと決まれば早い。僕はカプセルを集め、再びカバンにしまい込んだ。その時、キラリとカバンの奥で何かが光る。
「?」
手を伸ばしてつまみ上げると、それは何かの破片らしかった。角度によっては虹色に輝く謎の欠片。プラスチックともガラスとも違う、不思議な手触りだ。
「これは一体……」
見たこともない物だった。何度か角度を変えて確認するうち、何故かじわりと視界の端が歪んでくる。寝不足かと目を擦り、そうして開いた時、僕は異変に気がついた。