幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件について 作:PKO
「……」
明るい部屋。白い壁。簡素なベッド。清潔感は保たれつつも、それ以外全てを排除した部屋の作り。埃ひとつ落ちていない床に、僕は裸足をくっ付けている。
何が起こった。
僕は何度か瞬きをした。先程まで地下水道にある小部屋にいたはずだ。古い配電盤と埃まみれの椅子。暗い部屋。そのはずが、ほぼ真逆の場所にいる。
手の中から欠片が消えていたが、それだけでは無い。カバンも無かった。慌てて周囲をみるが、見つかったのは白いカプセルだけだ。先程しっかりと閉めたはずのそれはパッカリと開き、内側をさらけ出している。
僕はカプセルを拾い上げ、ふらりとベッドから立ち上がった。何が起こったのだろう。一瞬だった。瞬きの間に景色がぐるりと変わってしまったのだ。そして何より不可思議なのは、僕にとってこの景色が見覚えのあるものであること。
無機質な部屋。外からしか開かない扉。割り当てられた番号。何年もの間、僕らを閉じ込めていた檻。
思わずたたらを踏む。一気に冷や汗が吹き出し、背中を伝った。頬をつねるまでもない。感じる空気が、匂いが、現実なのだと突きつけてくる。
「まさか……」
僕は思わず呟き、直ぐに黙り込んだ。なんだか声がおかしい。何事かと首を押さえると、説明しがたい違和感があった。いつもより声が高いような気がする。自分はこんな声をしていただろうか。
そうして、下を向いた時だった。僕は喉に手を当てたまま停止する。服装が違う点にも目は行く。だが、それ以上に気になることがあった。
無いはずのものがあったからだ。胸の膨らみである。
「……」
顔を顰めてしまった。僕は男だ。確実に。その場合、胸部がこのように盛り上がることはない。し、さっきまでも盛り上がっていなかった。
大きい小さいのサイズ感は置いておくとして、確実にそこに「在る」のが分かる。何故あるのか。そして、もしこれが「在る」のなら下はどうなっているのか。
……そこまで考えて、僕は首を横に振る。色々と気のせいだ。多分。胸がある男性だって存在しているだろう。王次郎は、ある意味ではある方だった。
それよりもだ。重要なのは、何故僕がここにいるかと言うこと。記憶違いがなければ、天心の養成所に。
かつて味わった地獄だ。そこからやっと抜け出して、一区切りついたのがつい先日。だというのに、僕はまたこの場所にいる。
「どういうことだ」と呟くと、背後から「それはね!」と声がした。
「うわ!」
一気に身が縮こまる。予想していない方向からの声掛けに、僕は思わず手に持っていたカプセルを投げていた。カプセルは弧を描き、声の主に当たる。声の主は「痛いなあ!」と文句を言いながら額を抑えていた。
その姿に見覚えがある。……ゼロだ。犬か猫か分からないようなマスコットが、ベッドの上でじたばた跳ねている。呆然とする僕を前にマスコットは「物を投げるなんてとんだDV野郎だよ」とチクチク口を尖らせた。そうしてからぴょんと床へ降りる。
「説明はどこまで必要かな? 何となく分かってるとは思うんだけど……」
分かるわけがない。僕が真顔のまま彼を睨んでいると、ゼロは「なんだよう。察しが悪い」と顔をクシャクシャにした。
そんな顔をされても分からないものはわからない。僕が黙っていると、ゼロはため息混じりに口を開いた。
「簡単だよ。ほら、幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件についてって話」
「……何?」
「だから! 幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件について」
僕は思いっきり顔をしかめる。どうやら目の前のマスコットは、色々とふざけ倒しているらしい。まともに相手をするだけ無駄だ。
僕はやれやれと肩を竦めた。
「寝不足かな? どうやら気が付かないうちに夢を見ていたらしい。あまりにも馬鹿らしいけど」
「夢じゃないよ。現実だよ」
「はいはい」と適当に答え、僕はベッドに寝転がる。硬い感触。寝心地の悪さが懐かしい。僕はゆっくり目を閉じた。もう一度寝て起きれば元に戻っているだろう。
「おやすみ」と声をかけて丸々と、ゼロは「夢じゃないってば!」と憤慨した。
「ちょっと! せっかくまともにやり取り出来る相手を見つけたのに! 寝ないでよカズキくん!」
「悪いけどもう寝てるから」
「返事してるじゃないか! ……もう〜。現実と向き合うべきだって思わない?」
現実ではなく夢なので、思わない。僕が養成所から逃げ出したのは二年前だし、男だし。バカバカしいとゼロに背中を向けて眠ろうとすると、信じられないことにマスコットが飛びかかってきた。
「いい加減にしてよ! 僕だって君以外と話せるなら良かったけど、君しか引っかからないんだもん! 妥協してるんだから君も妥協してよ!」
言いながら、グイッとズボンを引っ張られる。半分脱がされかけ、思わず「ちょっと止めてよ」と声をかけるも、彼は小さな腕を止めようとしなかった。
「ほら見てみなよカズキくん! チンチン無くなってるから! 受け入れようよ! 君は幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまったんだよ!」
「チン……!? ……ねえ、馬鹿なごっこ遊びは一人でやってくれる? というか、脱がさないでよ! 何考えてるんだ!」
「認めないからでしょ! いい加減大人になりなよ……!」
げしっと球体を蹴る。彼はぶにゃりと凹んだ。しかしズボンから手を離すことはせず、そのまま引っ張ってくる。それどころか下着まで一緒にずり下ろそうとしてきた。
「何が大人……だ! どれだけ下品なことをしてるか自覚あるの?」
「君が認めないから……! ぼくだって必死なのに!」
「必死に何!? 必死になって女の子の下着を脱がそうとしているって!?」
「え」
ゼロがハッとして、そのままぱっと手を離す。抵抗していた僕は支えを無くしてベッドの下に勢いよく転がり落ちた。体を打ち付け、耐えきれずに「痛ッ!?」と呻くも、ゼロは全く気にしていない。それどころか、若干被害者のような顔をしていた。
「止めてよ、カズキくん……。ぼく、君に一ミクロンも興味ないのに。……その発言ってセクハラだよ」
何がセクハラだ。こちとら衣服を剥ぎ取られそうになったというのに。セクハラを通り越して犯罪ですらある。
しかし痛みで反論もできない。床に転がってやり過ごそうとしていると、ベッドの上からひょっこりとゼロが顔を覗かせてきた。
「さて、目は覚めた?」
「……何が」
「これが夢じゃなくて現実だって。ちゃんと痛みもあるでしょ?」
顔を顰める。返事もしなかったのに、ゼロは「分かってくれて良かったよ!」と嬉しそうに体を揺らした。
僕は黙ったままだ。確かに痛みもあるし、この場所に見覚えもある。天心、引いては養成所が僕に与えた個室だ。
体を起こす。打ち付けた痛みは引き、幾分か冷静さを取り戻していた。そこで思い出す。ゼロの言葉だ。確か……。
確か、何だったか。
……思い出せない。なんだかすごく長かった気がする。辛うじて記憶にあるのは「件について」という部分。僕がなんとも言えない顔をしていると、ゼロがベッドの上から顔を覗き込んできた。
「幼馴染を取り戻す為に転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件について?」
「……それだ。何? どういう事?」
「そのままだよ。どんな内容か分かりやすいでしょ?」
言われ、僕は口をへの字にした。分かりやすいかと言われたら分かりやすいだろうが、意味が理解できない。転生? 世界が変わる? 性別? ……到底数秒で受け入れられる事象でも無いだろう。
頭に浮かぶのは曲田の研究だ。しかし確認しようにも、あのカバンがどこにも見当たらない。隠れ家で調べていた破片やカプセルも手元から消えており、今あるのはカプセルのうち白いものがひとつ、しかも破損していた。
「転生……。僕は生まれ変わったということ?」
「そんな感じかも?」
「でも、だとしたら過去に転生という言葉はおかしくないかい? 転生で生まれ変わったなら、じゃなくて未来に行くんじゃないかな? だとすると、これは何? 例えばだけどパラレルワールドのようなもので、本当は過去じゃないってこと?」
納得ができない。過去に転生。その言葉が生み出す矛盾を引っ張り出すと、ゼロは「細かいなあ!」と顔を赤くした。
「分かりやすければいいんだよ、こういうのは! とにかく、ここはカズキくんの知ってる過去のはず! けど、転生した時に君の性別が変わったから、世界が変わっちゃったかもって……」
「僕の性別が変わった程度で世界が変わるかな?」
「変わるんだよ! バタフライエフェクトってやつ! 現にぼくの存在がおかしいもん」
存在がおかしい。その発言に「そうだね」と笑うと、ゼロは「君の思ってるおかしいじゃない」とむくれた。
「まだぼくは居ないはずなの! なのに存在しちゃってる。……ただ、悲しい事にだーれもぼくのこと見えないみたいなんだよね。カズキくんが初めて 」
「……他にも誰かと会ったの?」
「うん。真っ先に曜くんを探したし、えのきちゃんに追いかけられたし、五反田くんはぼくが実験室に入った瞬間にラボを爆発させたし……。勿論、王次郎くんにも会ったよ。でも誰もぼくに気が付かないんだもん」
しょんぼりとゼロは耳を下げる。「えのきさんには見つかってない?」と聞くと、ゼロはふるふると首を横に振った。
「あれは本能だね。なんかいる気がする! ……って飛びかかってきたもん」
「あー」
なんとなく想像できた。えのきさんなら見えないものも見えそうだ。
……僕は床に座ったまま腕を組む。現時点で確定している情報を整理することにした。
ひとつ、僕は夢を見ている訳ではなく、これは現実だ。
ふたつ、ゼロは僕と同じ記憶を持っている。
みっつ、僕の体は女性になっている。
……何故女性に?
改めて体を見下ろす。服を脱ぐ勇気は無かったが、以前よりも床に座る脚が楽な気がした。骨盤の違いなのだろうか。
こんこんと軽く腰を叩いていると、ゼロがベッドから飛び降りる。彼は「やっと分かってくれたんだね」とホッとしたような声を上げた。対して、僕は顔を顰める。
「納得していないこともあるよ。例えば、過去の世界だという話。確かにこの部屋は僕が昔使っていた部屋そのものだ。けど、それ即ち過去の世界とはならない」
「ええー? どうして?」
「さっきも言ったけど、例えばパラレルワールドとか。過去に戻ったんじゃなくて、別の世界線に転移した。……とかね」
まあ、ありえない話ではある。けれど自分の性別が変わっているし、それ以前の問題として、ゼロは死人すら甦らせる力の持ち主だった。世界の神だった、といって過言ではない。
過去にまるまる時間を巻き戻すよりも、全く新しい世界を作る方が彼らしいとも感じたのだ。けれどゼロの反応は鈍いまま。「過去だと思うんだけど」と無い首を捻っている。若干言葉尻が弱くなった時点で、過去かどうか怪しいと思っているのかもしれないが。
僕は改めてゼロへ向き合った。
「……ゼロ、確かに僕は君の言う通り……なんだっけ。幼馴染の……」
「幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件?」
「そう。王次郎について、後悔が無いわけじゃない。けれど、過去って全てをなかったことにしようだなんて考えてないんだ」
ゼロは一瞬黙る。そうしてからゆっくりと発話した。
「一人で死なせたのに? 本当後悔は無かったの?」
「後悔はあるよ。王次郎が嫌だと言っても、何も言わなくても、着いていけばよかった。もし着いて行っていたらと何度も考えたよ。……けど、王次郎は一人で戦うことを選んだ。僕はそれを尊重している」
納得はしていないし、受け入れているわけではないけれど。
でも、だからこそ、彼の苦しみと葛藤を彼だけのものにしようと決めた。Qには背負わせたくない。それは王次郎への最大の経緯であり、Qへの庇護でもあった。全ては選択の果てにある結果だ。
ゼロは僕の言葉を聞き、「ふーん」と鼻を鳴らしている。
「尊重ね? ……あの時は騒いでたのに。ぼくのこと呼びつけてまで」
「……受け入れるには時間がかかることもある」
ふいと目を逸らす。ゼロは「そう」と興味無さそうに呟いたが、暫くしてから「うーん」と唸り出した。
「だとしたら何でだろう? 僕はてっきり、王次郎くんへの未練が断ち切れない君が世界を巻き戻したと思っていたんだけど」
「僕が? まさか。そんなこと考えたこともない」
「なら誰がこんな世界にしたのさ。僕の作った最高のゲーム、XGまで取り上げて」
ゼロはそう言うと、むすっとしたまま僕の隣に腰を下ろした。身体中から不満が漏れ出ている。短い腕を組み、彼は呻いている。
……まさかと思うが、ゼロもこの現象について心当たりがないのだろうか。ブツブツと聞こえる独り言は「じゃあ、幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件じゃないってこと……?」と、意見を揺らがせてもいる。
困惑したように体を傾けるゼロに、僕は声をかけた。
「とりあえず、お互い分からないことだらけだ。けど、意見を交換し合う相手はできた。お互いに仮定を出し合って、現状把握に努めよう」
「……例えば? どうするの?」
僕は顔を上げた。目線の先には扉がある。
「例えば……そうだね。ひとつ挙げるなら。……もしここが僕の過去と全く同じだとすると、もうすぐ秋葉忍軍がここに来るはずだ」
「秋葉忍軍? それって市之助くん達?」
「そう。鳳家次期当主を決めるための最終試練……記憶の通りなら、今日がその日のはずだ。あの日、彼らが僕を迎えに来た。……といっても、仮面で顔は分からないけど」
壁にかけられたユニフォーム。普段であればなるべく見ないようにしてきたそれが、どんと部屋の中に吊るしてある。僕はその日をよく覚えていた。これで最後だと覚悟を決めた日だ。
王次郎を倒す。そうしたら、きっと彼も目を覚ましてくれるはずだ。力でねじ伏せ、死に追い込むような暴力ではなく、互いに技術を競い合い、仲間を信じて託すスポーツ……二人で夢見たXBの姿を思い出してくれる。
結果としてそれは見当違い甚だしいものとなったが、かつての僕はそう考えていたのだ。
ゼロは僕の目線を追いユニフォームを見る。それから扉へと向き合った。
「じゃあ、秋葉忍軍が呼びに来たら、そのまんま過去に転生したって可能性があるわけだね」
「過去に転生は気になるけど……。まあ、その可能性は高まるのかな? 逆に迎えに来ないのなら、過去とは断定できない」
「……ま、一旦は納得するよ」
そう言うと、ゼロは腰を落とした。
「ちなみに迎えに来た秋葉忍軍って何人だったの?」
「二人。どっちも男だったよ」
「そうなんだ? たった一人のプレイヤーに対して二人がかりでお迎えなんて、秋葉忍軍って大して強く無かったんだね〜」
どことなく嫌味な言い方だ。秋葉忍軍とゼロ、果たしてこんな態度を取るような関係だったろうか。「君、忍嫌いだったっけ?」と聞くと、彼は「べつに〜」とはぐらかした。
……もしかして、僕と出会う前に何か あったのだろうか。詳しく聞こうと口を開いた時だった。扉の向こうに人影が見える。ふたつだ。
ゼロが「来た!」と飛び跳ねる。僕も慌てて顔を上げると、きいと音を立てて扉が開いた。そうして現れた二人組を前に、僕は硬直した。
二人のうちひとりは秋葉忍軍だ。だが、かつて過去に僕を迎えに来た男ではなく、女だった。普段は羽織っている外套を纏わずにいるため、身体の線が僅かに見えている。
そしてもう一人は……