幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件について   作:PKO

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4. *R15

 

「それで、これからどうするのさ」

 

回想を終える僕。思考を読んだかのように問いかけてくるゼロ。彼は少し離れた場所から、呆れたように僕の両腕を見つめていた。

 

「この後、君は牢屋を脱出するはずだった。……でも、その腕で本当に脱出なんて出来るの?」

 

左腕は前回と同じように、そして右腕は恐らくヒビが入っている。見てられない色に変色した利き腕だけに留まらず、まさかの負傷だ。ゼロの指摘通り、脱出するにも障壁が多すぎる。

 

「前回は神木結衣が見回りに来てね? 目的はまあ、負けた僕を笑いに来たわけだけど。……その時に彼女から鍵を盗んだんだ」

「右手で?」

 

僕は「そう」と頷く。ゼロに向かって右手を軽く振って見せると、一瞬で飛び上がるような痛みが脳天にまで達した。

 

「……ッ、けど。今回は無理かな。何とか右手の指は動かせるけど、動きが遅すぎる。あの女だって馬鹿じゃないからね。負け犬の称号にスリが足されるだけになる」

 

そう呟き、僕は腕を下ろした。上げても下げても痛む。身の置き所がない状態に眉を顰めると、ゼロがひょこひょこと近づいてきた。

 

「ま、鍵が見つかってもそんな身体じゃ上手く使えないもんね」

「いや? その場合は君に鍵を回してもらえばいい」

「無理」

 

ん? 僕はゼロを見る。無理とはどういう事だ。「それくらいやってくれても」と眉を寄せると、彼は「物理的な意味だよ」と腕をプラプラさせた。

 

「……さっきは僕のズボンを剥ぎ取ろうとしたよね? それってつまり、現実にある物体に干渉できるということだ。その上、他人が君を知覚することは出来ない。なら、神木結衣から鍵を奪うのだって余裕なはずだよね」

「鍵に関してはまあ、何とかなるかもしれないけどさ。その先の話だよ。僕のこの短くてかわいい腕で、どうやって鍵穴まで届かせるの?」

 

……成程。そうなると確かに無理だ。物理的に。

念の為「人の姿にはなれないの?」と聞いたが、無言で首を振られた。それはもう悲しげに。

しかし困った。まさか二度目のやりなおしで状況が悪化することになるとは。こういうものは、所謂強くてニューゲーム的に話が進むのかと思っていた。実際は真逆。僕の肉体は明確に弱体化し、その上以前よりもボロボロである。

ちくちくとした断続的な痛みに身を捩ると、ゼロはちらっと僕の腕へと目を向けた。

 

「にしても容赦ないね、王次郎くん。前回の時も思ったけど、これじゃあもうまともにビームバットなんて扱えないよ」

 

破壊された左腕。前回よりも丹念に。

僕が足を避けたことが、王次郎の怒りを買ったのだろう。かといってあれは反射だ。どうにもしょうがない。

 

「一応、女の子相手なのに」

 

と言うと、ゼロはぽてんと座り込んだ。

女の子……と言われると変な感じがする。今のところ、弱い肉体になったという事以外の認識は薄かった。普通車から軽自動車に乗り換えたような感じだ。

そして、その感覚は僕にもある。男だろうが女だろうが、僕は僕だ。やることは変わらない。

ゼロのしみじみとしたような発言に、僕は続ける。

 

「王次郎はあまり性差に興味がないんじゃないかな。XBの強さに関しては結構拘るけど」

「成程! XB基準なんだ? ギアを使って身体強化するのがデフォルトだと、ある程度の筋力差はカバーできちゃうもんね」

 

そう、だから今の王次郎にとって、僕はとてつもなく価値の低い存在になったとも言えるのだ。自分の力量も見極められず生身で向かい、パワーもスピードも届かず終い。真正面から挑む事を正々堂々といえば聞こえはいいけれど、完敗してしまえば無謀とも無策とも言える。

王次郎はさぞガッカリした事だろう。かつての行動を省みつつ、僕はじっと牢屋の外へ目を向けた。

状況は最悪だ。けれど諦めるわけにはいかない。もしここで僕が諦めて大人しく死んだとする。そうなると、誰も王次郎を止める人間は居なくなるのだ。

過去、僕と共に王次郎と戦ったミナトトライブ。かれらにとっては仲間の仇だった男と向き合う機会をくれたのは、一重に皆の優しさでしかない。自意識過剰に言うならば、僕をミナトトライブの一員として受け入れてくれたかれらだからこそ、王次郎と戦って、救ってくれたのだ。

もし僕が居なければどうなるだろう。ミナトトライブにとって、王次郎はただの脅威にしかならない。そうなれば、やりなおし所の話ではなかった。

王次郎か、ミナトか。二つの勢力がぶつかり合って無事なはずがない。どちらが傷つくのも、もうゴメンだった。

考えなくてはならない。何とかしてここから脱出する方法を。

諦めることは、僕の終わりだけでは無い。仲間の終わりを決めることになりかねないのだから。

ぐっと俯き、考え込む。「どうしようかな」とぼそりと呟いた時、隣でひょいとゼロが立ち上がった。

 

「どうするも何も、もう詰んでるよね。カズキくん」

「……何? もう諦めたの?」

 

どうしたのだろう。ゼロはすんと、真顔になっていた。先程までのフレンドリーな仮面を剥ぎ取り、無機質に僕を見あげている。そうしてそのまま、檻の手すりへと歩いて近づいて行った。

 

「鍵はない。両腕に怪我。性別が変わったせいで、未来予知のアドバンテージもなし。……正直、これ以上君にベットする意味ってあると思う?」

 

……成程、そうきたか。流石はゼロと言ったところだろう。使えるものは使うが、使えないものは即座に切り捨てる。

彼を見ることができる、その一点しか強みのない僕に、これ以上時間を使いたくないのだ。

納得はする。けど、それでは困る。現状何も分からない今、無駄に仲間割れをしたくはなかった。

僕は口を開く。

 

「意味はあるよ。僕は必ずここから脱出する。……君は、記憶の保持者を見つけたいんでしょ? 僕ならその効率を上げることができるからね」

「効率ねえ」

 

ゼロがぼんやりと呟いた。僕は頷く。

 

「天心が僕らに叩き込んだのは、XBに関する全ての知識だ。どのトライブが強いのか。特色のある選手は。弱点は。……そういった情報は全て頭の中に叩き込んである」

「ふうん。だから、効率的に記憶があるプレイヤーを探せるって?」

 

「そうさ」と僕は言う。ゼロはふんふんと頷いたが、やがてペロッと舌を出した。

 

「そんなの君に頼るまでもないよ。なにせ、僕だって自力で君を見つけたし、その前に曜くんやえのきちゃんだって見つけている。……だから君の存在って、別に必須じゃないんだよね」

「……嫌なことを言うね」

 

思わず顔が苦くなる。素直な気持ちを口にすると、ゼロは「事実だもん」と語尾を跳ねさせた。

 

「というわけで、おつかれ! カズキくん! ……じゃなくて、ちゃんかな? 色々辛かったかもしれないけれど、せめて素敵な壁のシミになってね」

「……ッ! ゼロ!」

 

思わず叫ぶ。前のめりになったことで腕に痛みが走った。が、それどころでは無い。

どん底な上打開策も何もない今、放り出されるなどあんまりだろう。そもそも状況に未だ頭が追いついていないのだ。ゼロにとっては分からないが、僕にとってゼロは貴重な情報源である。

慌てて止めようとする僕。しかしゼロは鼻を鳴らすだけ。「バイバーイ」と気楽に手を振って、そのまま檻と廊下の境目に向かって歩き出した。

……そして。

 

「むぎゅっ」

 

柵にぶつかる事になる。

真っ直ぐ廊下へと進むはずだった彼は、鉄格子に阻まれて変形していた。

 

「……」

「……」

「……」

 

何も言えない。

よく考えたらそうだ。ゼロは地面や壁、他には鍵やズボン。それらに触れることができる。触れるということは、すり抜けられないということだ。

以前であれば謎のブラックホールのようなもので移動していた気もするが、再会してから一切使っていない。彼は恐らくその要領で一歩踏み出し、現実に存在する立ち並んだポール達に阻まれることになった。

 

「……カズキくん」

 

格子にめり込んだまま、ゼロが話しかけてくる。

 

「見た?」

 

見たに決まっているだろう。狭い牢屋なのだから。

けれどあまりにも哀れな姿だったので、僕は「何が?」と尋ねるという慈悲を見せてやった。しっかりと目を合わせながら。

ゼロは無言のまま、ゆっくりと後退する。顔を左右に分けるように、赤い線が入っているのが面白い。

 

「……と、いうのは冗談で。僕が大切な仲間であるカズキくんを放置して、一人でどこかに行くなんて事するはずがないよね!」

 

いや、どう考えても手遅れでしょ。謎にキリッとしているが、普通にさっさと見捨てようとしていたし。自分まで牢から出られないとなった途端の手のひら返し。鮮やかすぎて逆にスッキリする。

僕がじっとりと彼を見ていると、ゼロは「こほんっ」と咳払いをした。

 

「というわけで。一緒に脱出方法を考えよう! 鍵を盗まなくてもいけそうなヤツ」

「調子がいいね?」

 

全く。呆れたように言うと、彼は「細かいことは後で」と話題を流してきた。

……ただ、ゼロの言う通りでもある。手酷い怪我を負い、神木は以前と違って僕を警戒している。この状況での打開策は何か。

 

「脱出するには、どうしても牢を抜けなくちゃいけない。壁や床はコンクリートだ。掘るなんてできない。……そうなると、逃げ道はひとつになる」

「うん。鍵のかかった扉だね」

 

確かに鍵はないし、手に入れたとしても鍵を回す手段もない。しかしその上で、僕らの逃げ道はそこにしかなかった。ではどうやってそこを通るのか。

もう、考えるしかない。鍵を使わずに扉を開ける方法を。

 

「……ん?」

 

そうだ。なぜ気が付かなかったのだろう。あるじゃないか。鍵を使わずに扉を開ける方法が。

ここは鳳家、秋葉忍軍の管理する地下牢。当然見張りもいる。神木だけでなく、他にもだ。かれらも鍵を持っている。

「なにか思いついたの?」とゼロに尋ねられ、僕は曖昧に頷いた。

 

「まあね。とはいえ、そこに至るまでの過程が思いついてないけど」

「過程?」

「そう。……とりあえずだけど、僕らだけの力じゃ脱走は無理だ。鍵の入手も奪取も難しい。けど、鍵を開けるのが僕らじゃなかったらどうだろう」

 

言えば、ゼロは瞬きをする。

 

「それって、見張りくんたちに開けさせるってこと?」

「そう。あいつらに開けさせたらいい。例えばここで、ひと騒ぎ起こすとかしてね」

 

何かしらの騒ぎがあれば、人が駆けつけるだろう。そして上手く行けば、牢の扉を開けることになる。その隙をついて逃げるのだ。

出た後、戦いになることもあるだろう。それは承知している。ただ、僕は今女で、重症を負っている状態。今時点で見張りが誰もそばにいないのは、僕を舐めているからだ。

しかしそれは間違いである。天心は僕らを「バットが無ければ戦えないプレイヤー」などには育てなかった。腕がダメなら脚がある。

舐めて、油断してやってきたかれらを返り討ちにして逃げるしかない。もし失敗すればその場で処刑かもしれないが、その場合でも確実に扉は開くのだ。そうなれば、ゼロだけでも逃げることはできる。……癪だけど。

ただ問題は、どう見張りをおびき寄せるかだ。僕とゼロがこれだけ会話していても(ゼロの声はみんなに聞こえない。つまり、盛大な僕の独り言だ)、誰も確認しに来ない。つまり会話程度の音量ではダメなのだろう。

 

「……ねえゼロ、何か音を出すもの持ってる?」

「音?」

「そう。見張りをこちらにおびき寄せたいんだ」

 

ゼロはふんふんと頷き、何やらを探り出す。そうしてどこからともなく取り出したのは、ガシャポンカプセルの蓋だった。僕の個室に落ちていたやつだ。

 

「今はこれしか持ってないや」

 

た、頼りない。謎のカプセル、その上半分しか手元にないなんて。武器が欲しいとまでは言わないけれど、もう少し何かあると思っていた。

僕はじっとカプセルを見る。

 

「……というか、それは一体なんなの? XBボールに似てる気がするけど」

「ああ、これ? ブレイドデータだよ」

 

ブレイドデータ。……たしかリフトで手に入るアイテムだったはず。けれど少し見た目が違って見えた。僕が黙っていると、ゼロが補足してくる。

 

「多分、プロトタイプなんじゃないかな? だからいつも君たちが集めてたアイテムと見た目や性能が違うんだよ。けど、大元はXBボールの製造技術を応用したデータ記録媒体だし、大きくは変わらないかもね」

「……へえ」

 

データ記録媒体。それならば、曲田が研究していたのも分かる。もしかすると、転生前に見た色とりどりのカプセル達も、同じようなプロトタイプだったりしたのだろうか。

 

「それは君の私物?」

 

尋ねると、ゼロは「いいや」と首を横に振った。「寧ろ君の私物だと思ってたよ」と帰ってくる。まさかと否定しかけたが、……どうだろう。暗い部屋で調べ物をしていた時、僕の近くにあった訳だし。何か転生に関係しているのだろうか。

じっと考え込んでいると、ゼロが「ねえ」と声をかけてきた。

 

「考え事も大事だけど、今はとりあえずここから逃げなくちゃ。いつ殺されるか分からないし、処刑の時は多分見張りも増える。逃げられることを想定してね」

「うん。……けど、手元にあるのがそれだけじゃあ……」

 

ちらとブレイドデータの蓋を見る。そんなおもちゃの破片で何ができるのだろう。そう思ったが、ゼロは違うようだ。

彼は「ぼくに考えがある」と言う。

 

「でもね、成功するかはカズキくん次第。どこまで君が全てを投げ出せるか、それにかかってるんだ。アドリブも必要になるかも」

「……その程度でいいの?」

 

全てを投げ出す。そんなこと、できるに決まっていた。王次郎を救う。地獄から引っ張りあげる。その為になら、鬼にでも悪魔にでもなれた。

ゼロはきゅうと目を細める。

 

「その程度って軽く言うけどさ、人間、そんなに簡単に尊厳は切り捨てられないよ? 君が少しでも躊躇したら終わりだ。……どんな事があっても挫けずに、ぼくの指示に従える?」

「……全く。何をさせる気なんだか」

 

とんでもない言いぶりだ。もしかしたら、殺人でもさせられるのかもしれない。だが、それも受け入れるしか無かった。そうでなければ死ぬのは僕になるのだから。

僕は真っ直ぐゼロを見る。

 

「覚悟なんて、とっくの昔にできてる。……王次郎がもし、罪を背負わない世界を作れるのなら、僕はなんだって捨てられるよ」

 

淀みなく、迷いなく。僕は言葉を紡ぐ。ゼロは暫しこちらを観察していたが、やがて「分かったよ」と息を吐いた。

 

「そこまで覚悟ガンギマリならなんでもできるね! ……よし、じゃあまず、僕が見張りをおびき寄せる」

「了解」

「そしたら、見張りに対してトイレに連れてってっておねだりしてよ」

「はあ?!」

 

今なんて言った?

意味がわからずに勢いよく振り向くも、ゼロは何処吹く風だ。何やらプロトタイプのコードをあれやこれやと弄りだし、やがて小さな火を吹かせた。

ぼんっと小さな破裂音。そして煙。何をしているのかと呆然としていると、突如として頭上から「水」が降り注いできた。

 

「うわっ!? 冷たッ!」

 

スプリンクラーだ。どうやらゼロが起点になったボヤ騒ぎに反応したらしい。一瞬にしてびしょ濡れになり、僕はたまらずくしゃみをする。その反動で腕に響くので、たまったものではない。

「おいゼロ!」と文句を言いかけたが、それよりも前に「何事だ!」という声が響いた。

……聞きなれない男の声だ。徐々に近づいてくる。ゼロは「上手くいったね」とむふむふ笑っていた。ちなみに、勿論彼もびしょ濡れである。

 

「カズキくん、じゃあ手筈通りに」

「て、手筈って、トイレ? いや、待ってくれ。なんでトイレ……」

 

納得も出来なければ理解もできない。が、やるしかない。

水が止まる。しばらくすると、「何の騒ぎだ!」と見張りが二人部屋を覗き込んできた。相変わらず、仮面で顔は見えない。しかし二人は部屋を見るなり、ギョッとして足を止めた。その上、やたらとソワソワし始める。

……何だか違和感があった。変に目が合わない。ただ、今はそれより大切なことがある。ゼロの作戦に乗ると決めたのだ。

そして、僕は口を開いた。

 

「……ごめん。その、……なんて言うのかな、どうしても君たちに頼みたいことがあって」

「お、おう、おお。……なんだ」

「……トイレに、どうしても行きたくて」

 

見張りは「おお」と声をひっくり返らせる。……なんなんだ、さっきから。何が「おお」だ。あと目を見て離せ。どこを見ている。話もどことなく上の空だし、会話になっている気がしない。

しかし何故だろう。見張り達は競うようにして鍵を取り出し、ガチャガチャと回し始めた。なんなら急ぎすぎているのか、手が震えてすらいる。

その間にも視線は僕の方を見たまま。何ともチグハグだ。これでいいのかとゼロを横目で見ると、彼は「いい感じ!」と飛び跳ねた。

……本当に良いのかな。なんだか寒気がするような。水を被ったからじゃなくて、もっと別の意味で。

思わず後ずさる。見張り達はかなり手こずっていたが、やがて扉を開けて中へ入り込んできた。そして真っ直ぐこちらに向かってくる。

 

「ナイスカズキくん! そのまま二人をおびき寄せて! 気を引いて! その間にぼくが鍵を盗むから!」

 

おびき寄せる!? どうやって!?

半ば混乱したままだが、ゼロが鍵を奪うまでの辛抱だ。見張りはふうふうと息を吐きながら牢の中に入ると、スプリンクラーを見上げている。……まさか、捏造ボヤ騒ぎに気がついたのだろうか。

慌てて僕が「誤作動かも」と声をかけると、ぐりんと視線をこちらに戻してきた。

にしてもだ、やっぱり何かおかしい。見張り達の息が荒い気がする。彼らのいた位置から、この牢までさほど距離などないはずなのに。

どうしたものかと悩んでいると、見張りの一人が話しかけてきた。

 

「……トイレだったな?」

 

そうだった。両腕が使えない今、僕に許されるのは漏らすことのみ。……正直そこまで尿意がたまっているわけではないので差し迫ってはいないけれども。

漏らすか手伝ってもらうか、それならギリギリ手伝ってもらう方がいいかもしれない。あくまでも彼の意識を引くためだけの行動ではあるが。「ああ」と頷くと、目の前の男はごくんと唾を飲んだ。

……やはり、何か変だ。

目線だけでゼロに訴えかける。けれど彼は「届かない〜」とぴょんぴょん跳ねて、見張りの腰元にある鍵へと垂直跳びを繰り返している最中。頼るどころか、寧ろ「見張りを屈める」役目を、僕が負うべき場面だ。

けれど、どうしたら彼らはしゃがむのか。そんなふうに今後の展開を考えていると、見張りの一人が僕の背後へと回る。そして脇腹を無遠慮に掴むと、座ったままでいた僕の体を僅かに持ち上げた。

正直擽ったい。なんとか耐えていると、今度はもう一人の見張りが僕に向かって手を伸ばしてきた。

……ズボンに。

ゴム部分に手をかけられる。思わず「え!」と声をあげると、見張りは「トイレだろ」と何度目かの確認をしてきた。

……いや、脱がさなくても。連れて行ってくれたらいいんですけど。

身を捩ろうとするも、背後の男に押さえつけられて動けない。何事かと目を回す余裕もないまま、見張りは僕のズボンを引っ張る力を強めてきた。

思わず足を閉じる。すると、見張りがじっと僕を見下ろしてきた。

 

「……足を開け」

「いや、でも。それだと脱げちゃうかなって……」

「脱がなければ粗相になるぞ」

 

そういい、彼は更に前のめりになる。そこで僕は気がついた。こちらに迫る男……。彼の股ぐらが異様な形に盛り上がっている。ゆとりのある装束すら持ち上げる程のソレが、どうな意味を持つか。さすがの僕でも理解してしまった。

「ひっ」と反射で身を縮める。見張りはふうふうと荒い息を吐いていた。

 

「待ってくれ。……ぼ、僕はそういうのじゃなくて」

 

果たして聞こえているのだろうか。見張り達は遂に僕の言葉を無視した。ズボンを下ろそうとしてくる手だけに留まらず、背後の男に胸を掴まれる。思わず「うわぁ!?」と叫ぶと、背後の男に笑われた。

これは、アレだ。性的なアレだ。信じ難いほどの怖気が走り、今すぐにでも前後の二人を投げ飛ばしたくなった。

そしてそれは有言実行になる。……という寸前で、「カズキくん!」と声がかけられた。

 

「もうちょっとだけ、この人をしゃがませてよ」

「……」

「鍵が届かないもん」

 

むすーっとした表情。僕は「ジャンプとかしろよ!」と叫びたくなったが、叫ぶと不審者すぎて彼らに怪しまれるだろう。

せっかく扉を開かせることができたのだ。ここで叫んで、わざわざ目の前の女体に沸騰した脳を冷やしてやることはない。

……分かっている。分かっているが、どうしても体が固まってしまう。XBでどんな強敵とぶつかっても感じなかった感覚だ。

ただ、だからといって諦めるわけにはいかない。王次郎を守るには、ここから出なければならないのだから。

抵抗している間にも、背後の男は胸を揉んでくる。何が楽しいのか分からないが、ぐにぐにと勝手に扱われることが大変に不愉快だった。鋼の意思で意識から感覚を切り離し、目の前の男に向き合う。そうしてから、男の肩の上まで太ももを持ち上げ、乗せた。そのまま体重をかける。

すると、意図を理解したのだろう。ある意味では誤解だが。

抵抗を弱めたばかりでなく、行為を受け入れた僕に気を抜いたのか、見張りは大人しくがっつりとしゃがみ込んだ。上手くいったが、おかげでズボンは脱げてしまう。

 

(泣きたい)

 

確かに誓った。何でもすると。いかなる屈辱にも耐えると。しかしこっち方面での覚悟はしていない。

後でゼロをボコボコしてやろうかと歯ぎしりしていると、待ちに待った声がした。

 

「とれた!」

 

ちゃり、という音がする。どうやらゼロが鍵束を入手したらしい。そうと決まれば早かった。いつまでもこんな屈辱に甘んじていることも無い。

正面にいる見張り、彼の首へ両脚を回す。男は「ん?」と不思議そうにこちらを見たが、次の瞬間思いっきり絞めあげてやった。

ぎちり、と首の血管を潰す感触。声も出せずにもがき始めた相方に気がついた背後の男だが、その時にはもう遅かった。

ブレイクダンスにも似た要領で、僕は足で掴んだ男を振り回す。意識も疎らな彼の「足蹴り」を食らった背後の男は、ちょうど顎に入って昏倒した。

その後もしばらく、男の首を締め上げる。解放したのは、彼の完全に意識が途切れたのを確認してからだった。

ぐったりと倒れ伏す男二人。無言のまま立ちあがり、ゼロと一緒になって彼らから適当に衣服を剥ぎ取り、仮面を奪い、牢を出た。勿論しっかり鍵を締める。

そうしてから、僕は「ゼロ!」と悲鳴のような声を上げた。

 

「そんなに怒らないでよ……。ギリギリ貞操は守られたんだし」

「どこがだ……ッ!」

「でも覚悟はできてるし、なんでも出来るっていったのは君だよ?」

「……」

 

それはそうだ。けれどなんというか、この方面は考えていなかった。

半ば呆然としつつ、それでも手と足は可能な限り動かす。濡れた衣服を捨て、剥ぎ取った物品で秋葉忍軍を装った。ゼロがどこからか見つけてきた木片で添え木をすれば、先程よりもスムーズに腕を動かすこともできた。

……しかしなんだろう。どうにも気持ちが収まらない。一旦の危機は脱したというのにだ。

飄々としているゼロを睨む。

 

「さっきのあれ、アイツら……犯罪だろ!」

 

そう言うと、彼は「君だって暴行罪に重ねて窃盗罪じゃん」と口を曲げた。

 

「……クソッ」

「世紀末だから仕方がないね〜」

 

理解する。するが、悔しい。

今思い出せば、ずぶ濡れの僕を見た彼らが「なに」を考えて「どこ」を見ていたのかも分かってしまった。最悪だ。

ギリと歯を食いしばる。

 

「二度とこんなことにはならない……ッ、絶対にね!」

 

前言撤回だ。男も女も変わらないと言ったけれど、全然違う。僕がじゃなくて周囲がだ。

彼らの猫撫で声を思い出すだけで暴れだしそうだ。彼らは僕を舐めていた。それはもう、思いっきり。少なくとも天心に目をかけられた、当主候補のひとりだと言うのに。

こんな不愉快なことがあるだろうか。腕さえ無事だったならば、触れられる前に八つ裂きにしていただろう。

……しかし、まさか性転換にこんな落とし穴があるとは。怖気が走る。

「王次郎が巻き込まれなくてよかったよ」とため息をつくと、ゼロは「君ってそればっかりだ」と呆れていた。

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