幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件について 作:PKO
……のだが。
ゼロが急に立ち止まる。そうして振り向くと「あのさ」と気まずそうな顔をした。
「ぼく、それより先に寄りたいところがあるんだけど」
「? 寄りたいところ?」
深刻そうな様子に、僕も足を止める。このタイミングで言うということは、セタガヤに行くまでになにか準備をしたいのだろう。
「どこ?」と尋ねると、彼は「服屋だよ」と答えた。
「服?」
「そう。……服」
服……。僕は眉を寄せる。別に構わない。構わないが、ゼロに服が必要なのだろうか。ペットとして飼われている犬や猫が服を着ているなんて事はあるけれども。
「ペットショップ行きたいの?」と聞くと、ゼロは「失礼な!」と顔を赤くして怒った。
「というかぼくじゃない! 君の服だよ! カズキくんの!」
「……僕?」
「そう! 下着姿で彷徨くつもり?」
言われてみればそうだ。逃げるのに必死ですっかり忘れていた。濡れたトレーニングウェアは地下牢に置いてきたし、奪った秋葉忍軍の装束は今頃粉まみれ。二度の脱皮を繰り返し、僕は下着姿でうろうろする羽目になっていた。
確かにそれは問題だ。「確かに、流石に買わなくちゃね」と苦笑いをすると、ゼロは黙り込んだ。
その黙り方が形容しがだかく深刻だったので、僕まで黙ってしまう。暫くすると、ゼロは「あのね」と穏やかな声を出した。
「前も言ったけど、カズキくん、女の子になってるんだよ」
「分かってるさ」
「分かってない」
やれやれと首を振る。「分かってないよ、何にもね」と続けられ、僕は思わず「何がさ」と口を曲げた。
「理解してるよ。下着姿で外を歩くのが良くないってことくらい。……ただ、今の場合はやむを得ないでしょ? ああしなければ逃げきれなかったんだから」
服も武器の一部だ。そう主張すると、ゼロはため息をつく。彼は心底バカにしたように「分からないの?」と見上げてきた。
「胸まで揉みしだかれたのにさあ」
「……別に。たまたまかもしれないし」
「そんな訳ないでしょ。絶対わざとだった。めちゃくちゃ狙って揉んでたもん」
揉んで何が楽しいのか。素直にそういえば、ゼロは「男の子ってそういう所あるよ」とボヤいた。
「それには賛成しかねるな。証拠は僕。男だけどそんなこと考えたことも無いからね」
「君が少数派なんだよ。気がついてないの?」
ゼロはうええと顔をしかめる。「もっと賢いと思ってた」と彼は言った。
「じゃあ何? 僕より賢い君は、女の子の胸を見たら見境なく揉みたくなるって?」
「ちょっと、言葉が大袈裟になってる! あとぼくはそんないやらしいこと考えたことないもん。きゃわゆいマスコット何だから!」
「なら、ほら。君も証拠の一人だ」
誰も彼もが胸を見たら揉みたいと思うはずがない。一部の人間だけだろう。普通、下着姿の人がその辺を歩いていた場合、行うのは通報だ。胸を揉むのではなく警察を呼ぶ。
「確かに、君の言うようなおかしな人もいるだろうね。アイツらはそうだったかもしれない。……ただ、それを大多数とは思いたくないな」
「……」
そう主張すると、ゼロはなんとも言えない顔をしていた。けれど、そこまで他人を警戒せずとも良いだろう。勿論ある程度の警戒は必要だけれども。
「……けど、君の言う通り。この格好は不味いな」
上には長めのシャツ、下にはパンツ。それだけだ。折られた腕は乱雑な添え木と共に晒されている。変色もありありと見て取れた。
痛めつけられて逃げてきた。現状、どう見てもそうとしか見えない。轟くんにこの姿で会うのは得策に思えなかった。彼が愛するのは金の気配。この姿だと、もはや貧乏神の方が近い。
僕は「ゼロ」と呼びかける。そして「君の言う通り……」とまで呟いた時だ。
「おーい」という声と共に、僕の肩に腕が回ってくる。鍛えられた腕。そこには見慣れない刺青も入っていた。
何事かと声の方へ顔を向けると、そこにもまた見慣れない顔がある。……誰だ?
全く覚えがない。どこの誰かも分からない、しかしやけに馴れ馴れしい男はニヤニヤと口元だけで笑っていた。
「なに、ネーチャン。すげえカッコして一人でブツブツ言って。もしかしてラリってる?」
そういう声は楽しそうだ。突然の事に黙り込んでいると、彼は「黙っちゃった」とさらに笑った。何事かと観察する。すると男は「おーい!」と背後へ声をかけた。
「お前ら〜イカれ女見つけたぞ〜」
あんまりな言いぶりだ。ガラの悪さに呆気にとられ、反射的に「……別にイカれてないけど」とボヤいてしまう。体を揺らして腕を振り落とすと、男はへらへらしたまま僕から離れた。その奥、彼が「お前ら」と呼んだ男たちが数人並んでやってくる。
「絵に書いたような不良だね」
そう呟くのはゼロだ。否定しない。
チヨダの地下水道は、地上程鳳家の治安整備が行き届いていなかった。XB法の制定。それにより生まれた「怪我人を極力減らす」という前提。それそのものが、彼らは気に食わないのだ。だからコソコソと地下で活動する。
面倒なことになったと思うが、どちらかと言えば僕の方が侵入者だ。彼らはここを住処としているわけで。
そうなると、無闇な衝突は避けたい。どうしたものかと思案していると、男達は扇形に広がり、僕の行く手を遮った。
「……何のつもりかな。僕は先に進みたいんだけど」
「そーなん? じゃあ通行料」
通行料。その言葉に眉をあげる。すると男は「当たり前だろ」と手をヒラヒラさせ、それから親指と人差し指で円を作って見せた。金を示すジェスチャーだ。
「持ってるように見える?」
下着姿で両腕骨折。荷物なし。特筆するなら、資産はスパイク型のギアくらいだろうか。どこからどう見てもお金なんて持ってないのに、何故カツアゲをするのか。
「時間の無駄じゃない?」と肩を竦めると、男は「いんや?」と首を傾ける。そうしてぐっと僕の方へ近づき、肩を掴んできた。
「いーのよ、俺らこう見えて優しいからさ。金なんていい。ただチョット付き合ってくれたらそれで」
「付き合う? 何に?」
「何ってそんなん、ナニだろ」
男は笑う。「なあ!」と仲間に同意を求め、仲間もゲラゲラと下品に笑い声をあげた。
……なあ、と言われても。彼らの中でどんなコミュニケーションが行われているのか、皆目見当がつかない。意味がわからず黙っていると、ぐいと右足を押された。ゼロだ。
「逃げようカズキくん。言わんこっちゃない」
「……?」
「さっきの話の続きだよ。……もうあんな目には遭わない! って言ってたのに、本当に気が付かないの?」
あんな目。僕は瞬きをする。
ゼロの言葉を受けてから改めて男を見ると、なんだか視界が歪んで見えた。荒い息。そして真っ暗な目。彼らは僕の顔ではなく、しきりに胸と下半身へ視線をいったりきたりさせている。
「……まさか、胸を揉みたいの?」
ドン引きだ。どうかしているという気持ちのまま尋ねると、男達はブフッと吹き出した。
「それだけですむわけねーだろ。……ま、じっとしてたら終わる。お前も俺らも気持ちいいだけ」
なんというか、言葉にならない。思わずため息が出るが、ため息すらも惜しかった。「くだらない」と吐き捨て、再び肩にかかった手を振り払う。
「君達、恥とかないの? お猿さんにその概念は早すぎたのかな」
「……あ? なんだって?」
男は笑いを止める。威圧するように睨んできたので、フンと鼻を鳴らした。
「恥ずかしくないのかって聞いたんだよ。君達、元々はXBプレイヤーだったでしょ? 体の鍛え方で分かる。……それが今、こんな地下暮らしのカツアゲ不良集団だなんて。僕だったら、情けなさで死んじゃうな」
「……」
男、そしてその取り巻き。全員が黙る。しかしその顔にはありありと怒りが浮かんでいた。じわじわと赤くなる顔面。そうやって熟れていく様子を眺めていると、男がくいと顎で何かを指示した。
一人離脱する。しかしすぐに戻ってきた。手には数本のバット。XBで使うようなものではなく、一般的な野球で使われるそれだ。男は仲間からそれを受け取ると、バットの先をこちらに向けてきた。
「お前、マジ俺らのこと舐めすぎ。……優しくする気失せたわ。ボコボコにして、手足縛ってオナホコースな。ハメ倒したら川にでも流すか?」
言いながら、男は僕の腹をバットでつついてくる。……そういう所がしょうもないと言われる所以だと、何故気が付かないのだろう。
僕は足を振り上げる。狙いはバットだ。なるべく先端を狙い落とされたかかと落とし。ギアの力を使わないそれは、綺麗にスコンとハマって音を立てた。そうして男の手を離れ、くるんと一回転する。回転して、今度は先端が男の股間をつついた。
「くぉぉぁあ!?!!?」
……というか、股間のボールに本物のバットがクリーンヒットした。見事なまでの金的だ。男なので、どうしても覚えのある痛みである。自分でやっておきながら「うわ」と声が出てしまった。
だが、同情するつもりは無い。絡んできたのは彼らが先。手を出したのも彼らが先だ。なら、僕は正当にやり返すまで。
不良達はお決まりのパターンだった。「テメェ何しやがる!」の言葉と共に飛びかかってきて、次の瞬間には落ちている。大変申し訳ないが、効率を重視して股間ばかり狙わせて貰った。股間を庇えば鼻を狙ったが。
決着はあっという間。複数人いた不良たちは一人を残して逃げていった。「覚えてろよ!」というお決まりのセリフもしっかりと残して。
残されたのは、最初に声をかけてきたあの男だ。金的が余程上手くハマったらしく、泡を吹いて気絶している。つんつんと足でつついても反応がない。……ちょうどいいかも。
僕は「ゼロ」と声をかけた。
「彼の服、脱がせてくれない?ズボンと上着」
「え、ええ……? ウソォ。追い剥ぎを追い剥ぎ……?」
ドン引きしつつ、しかしのそのそとゼロは男から服を剥ぎ取り始める。僕がやる方が体格的にも楽なのだろうが、そろそろ腕が限界だった。
「んしょんしょ」と健気にゼロは働き、見事男を下着姿に変身させることができた。代わりに僕は不良ファッションだ。かなり余裕のあるサイズだけど。
「運が良かったね、ゼロ。轟くんに会うには問題のある服装だけど、これで地上を歩けるようになるのは間違いない」
少なくとも下着では無くなったのだし。
そういうと、彼は「うん……」と複雑そうな顔をした。
「なんか、なんかなあ。色々違う気がするんだよね」
「? 何が違うんだ」
「上手く言えないけど、なんかさ。君さっき、RPGみたいなものって言ってたでしょ? これは絶対違うよねって」
……確かにRPGぽくはない。けれど、ああいうゲームで、他人の家に不法侵入して壺を割るシーンを見たことがある気がした。それに近いのではないだろうか。
頭を軽く悩ませていると、ゼロは「まあいいけどさ」とため息をついた。
「君、本当に不安な事があると真正面から向き合うんじゃなくて、少し距離を置いて見ないふりするでしょ」
「そう? どちらかと言うと、何事も早く解決したいけどね」
「そうじゃなくて。……まあ、前の世界なら別にそれでも良いんだよ。ぼくには関係無かったから」
何が言いたいのだろう。「どういう意味?」と尋ねると、ゼロは淡々と話を続けてきた。
「本当は怖かったんじゃないの? さっきああやって囲まれて。それなのに、気にするべきことじゃないみたいに振舞って、自分の中で大したものじゃなかったって納得させてるみたい」
「……そうかな」
そう言われても困る。恐ろしいとも怖いとも、僕は感じなかった。性差による力の差は、牢の中で既に充分味わっている。あの時と比べると、僕にはXBギアもあった。恐れる必要のないイベントだったように思う。
本気で困惑していると、ゼロはため息をついた。
「別に君がどうなろうとぼくには関係ないんだ。……と、言えたら良かったけど、今は共闘中でしょ? 前みたいに不安を誤魔化して、曖昧にされると困るんだよね」
「前?」
「そう。前」
ゼロはじっと僕を見あげてくる。前とはいつだ。疑問に答えるように、彼はゆっくりと口を開いた。
「曲田くんとのXB。その開始直前に王次郎くんは市民に刺された」
……いきなり何を言うのか。何故こんな場面で昔の話を、と思うと同時にフラッシュバックする。
押し寄せる市民。怒号。とす、という軽い音。王次郎の呻き声と、逃げていく女性。点々と続く小さな染み。
「君はあの傷のこと、知ってたよね? 知ってたのに、王次郎くんが何も言わないから大丈夫だろうと、自分のいいように解釈した。不安を無かったことにした」
「……」
「もし君があの時、自分の不安のままに傷について聞いてたらどうなってたろうね? もしかしたら、幼なじみを一人で戦わせるなんてことにはならなかったかも」
思わず顔が歪む。過ぎた事、受け入れざるを得ない事、彼が選んだ事。そこに差し込まれる自分が選んだ事、その結果。
何も言えないでいると、ゼロは窘めるような声を出した。
「もう一度言うよ。ぼくは君がどうなってもどーでもいい。けど、君がどうかなると、ぼくまで困るのが今なんだよね。分かる?」
「……情報の共有をしろ、と言いたいんだろ?」
「そう。刺されて怪我をしたのなら申告してほしい。そうじゃないと、本当のところなんて分からないからね」
ゼロの声は穏やかで、責めるようなものではなかった。言葉選びは鋭いが、彼なりに気を使ってはいる。その気遣いがまた情けないのだけれど。
僕は手のひらを見た。男の時と比べてどうだろう。少し小さい気はする。元々大きな手ではなかった。それでも明らかに違うのは、無意識下での体の反応だ。
先程の男達。そして牢の見張り番。僕は彼らに怯えてなどいない。彼らは恐れるに足らない存在だと、心の底から感じることができていた。取っ組み合いでは勝てないかもしれない。が、メンタルが押し負けることはない。
ただ、それが全く通用しなかった場面がひとつある。
前に立った。それだけで体が自然と竦んだ。目を合わせる度に言い知れぬ不安と恐怖に、ずるりと腕を撫でられる心地がする。見慣れたはずの灰色の目。その目の位置が頭一つ上に上がっただけなのに。
僕は頭を振る。……それだけは、彼だけは恐ろしいと思ってはいけない。僕の抱いた「救いたい」という願いが、彼にとって望ましくないエゴだなどと考えてはいけない。もし望まれていたのなら、共に戦ってくれと手を伸ばされたはずだなどと。
伸ばされていないのならば、それは___
「……言いたいことは分かったよ、ゼロ」
思考を無理やり止める。その為に言葉を吐き出した。
「何かあれば共有する。し、もう少し身なりに気を配ることにするよ。性別が変わったという事実を軽く扱いすぎていたかもしれない」
中身は変わらない。そう主張しても、ハードはまるきり変わっている。並ば扱いも当たり前に変わるだろう。その事実はきちんと受け止め、リスク管理に努めるべきではある。
……とはいえだ。一つ疑問に思うことがあった。僕は「ねえ」とゼロに声をかける。
「もしかして僕、結構可愛いの?」
見張り番の二人もだし、さっきの不良達も。僕の振る舞いによって態度は変わったが、どちらも瞳孔ガン開きで僕を見てきた。
なので、もしやと思い尋ねてみる。ゼロは「いいや?」と首を横に振った。
「ああいう人たちって、大きさに関わらず胸を見るとテンション上がるんじゃない? だからカズキくんというより、カズキくんのだらしない胸元に興奮してただけだと思う」
身も蓋もない。その上「可愛いと言うならぼくの方が百万倍可愛いからね」などと付け足され、心底バカバカしくなった。
……しかし、そのバカバカしさにある意味救われもする。気絶した不良をその場に残し、僕とゼロは並んで歩き始めた。
「とりあえず、さっき話してた通りセタガヤに行こう。……皆と会うためにも、なるべく早く地盤を固めなくちゃね」
運良く服も手に入ったし、寄り道せずに済みそうだ。脳裏を過ぎる不安を押さえつけて、僕は前だけを見据えて歩き出した。