幼馴染を取り戻す為に過去へ転生したら、世界だけじゃなくて性別まで変わってしまった件について 作:PKO
1.
セタガヤシティ。
そこはネオトーキョー国の中で最も豊かな地区。住民は例外なく富裕層であり、その中でもセタガヤトライブに所属するメンバーは格が違う。
そもそも、チームに入るために必要なのが実力ではなく献金なのだ。どれ程金を持っているか、どれ程XBに金をかけることが出来るのか。強さとはまた違う独特の価値観をもつ場所になる。
その中でもさらに轟くんは異質な存在だった。
轟英二。セタガヤトライブに、純粋な金の力のみで加入した男。トラッシュトライブとして活動し出すまで、実際にXBをプレイしたという話を聞かないほどの人物だった。
一応金を稼ぐ才能と審美眼だけは確かだ。高性能な最新鋭XBギアではなく、神谷さんが使っていたような良品に目をつけたり……。
ただし、その強みを消し去ってしまうほど品性は下劣で、自宅に水着姿の女性のみを侍らせたり、欲しいものの為ならば部下に盗みまで命じたりとやりたい放題。
前回の記憶で、彼はハルくんからビームバットを盗もうとXB大会を開いた。その時に起こった全ての現象が、ストレートに彼の人格評価を下げるものに繋がっている。
総括する。面倒な男だ。特筆して強くもない。性格も終わっている。それでも、轟くんをパトロンに加えてからのトラッシュトライブが安定したのと同じく、彼の持つ資金力は魅力的だった。欠点をほんの僅か上回る程度に。
僕とゼロは地下水道を抜け、ひたすら歩いた。途中ゼロの要望でメグロに立ち寄ったりもしつつ(何の成果もなかったけど)、目的地にたどり着き……そこで問題発生。なんとセタガヤシティに入れなかったのだ。
理由は簡単で、僕らが一文無しだからである。富裕層の集まる地区とはいえ、まさか門前払いされるとは思わなかった。セタガヤの入口に設けられた検問所で、あっという間に追い返される。粘ってみたが、次に飛び出してきたのは「金は」という言葉だった。
検問所を通るのに必要な金額は三万マネー。あるはずも無い。「そんなに持ってないよ」と僕が答えると、受付係は文字通り僕の首根っこを掴んでポイと捨てた。それが三十分ほど前の出来事。
「お金だって、ゼロ」
検問所から少し離れたところに座り込み、僕は項垂れる。ゼロはなんとも言えない顔をしていた。
「セタガヤシティに検問所があるなんてね……。ぼくも知らなかったよ」
「僕もだ。なんなら、前回ミナトのメンバーと来た時はスムーズに入れていた気がする。お金なんてなくても」
いいながら僕は、セコセコと働く係員達を見つめる。通過していく人達は荷検査の後、必ずと言っていいほど係員に現金を手渡していた。一人だけ何かの書類を見せるだけで通れていたが、例外はその女性くらいだろう。
周囲にはとんでもなくゴツイ警備員がいる。しかも複数人。
「何かあったのかもしれないね。警備がやたら厳重だ」
「泥棒とかかな。隣にちょうどオオタシティがあるもん。そこから不審者とか泥棒が流れてきてもおかしくないんじゃない?」
「一理ある」
僕は頷いた。前回の記憶の中でも、オオタトライブはセタガヤに来ていた。轟くん主催の大会に参加して、ハルくんから飴をせびっていたような。
「懐かしいな」と呟くと、ゼロは「懐かしむよりさ」と顔を覗き込んでくる。
「何とかしてお金を稼がないと。あんな調子じゃ不法侵入も厳しいでしょ」
砦を守る大男達。あんなのを相手にするのは骨が折れそうだ。もう両腕折れてるけど。
僕は立ち上がる。「正攻法で行こう」とゼロに告げると、彼は目をぱちくりさせた。
「もしかしてアテがある?」
「アテというか、ほら。ハッピーワーカーだよ。あそこなら身分証無くても仕事回してくれるでしょ? 王次郎と逃亡生活してる間、結構お世話になったんだよね」
胡散臭い場所ではある。けれど、あそこなら確実に仕事はあるだろう。サクッと数件こなし、セタガヤの中へ入る程度の額を稼げばいい。
ここから一番近いのはシブヤ支店だ。少しの時間も惜しく、僕らは急いでハッピーワーカーへと向かう。嫌という程聞いた「働いてハッピー! 稼いでハッピー!」という胡散臭い曲を聞きながらも適当に三万マネー分の仕事を選ぶ。そしてサクサクとクリアしたのはいいが……その後が問題だった。
支店長は笑顔のままだ。僕はその正面で引きつった顔をしていた。目の前に報酬として置かれているのは三百マネー。記憶違いでなければ、僕は三万分の依頼を受けたはずなのだが。
「……どういう事?」
思わず尋ねてしまう。支店長はニコニコ笑顔のまま「色々と差し引かせて貰っておりますので」と言った。
「……納得できないな。僕は三万分働いたつもりだったんだけど?」
その為に一日使ったし。正直もうヘトヘトだ。鳳家から逃げ出して三日目になるだろうか。まともに寝れもしないし、食べれてもいない。半ば苛立ちながら支店長を睨むと、彼は淡々と口を開いた。
「簡単な計算ですよ! お約束の報酬は一件で一万円。そこから仲介手数料、システム利用料、印字手数料、両替手数料、そして個人情報保護管理料……諸々を引いて百円。それが三件ですから、お支払いするのは三百円となります」
「……」
酷い計算式にも程がある。堪らず絶句すると、足元でゼロまでもが「悪徳過ぎるよ」とわなないていた。僕も同意だ。「計算がおかしい」と突っ込むと、支店長は「正しいです」と首を振る。
「お気持ちは分かりますよ。しかし仕方がない。あなたのように身分証明書を持たない人間を雇うというのはリスクがありますから。そして、そのようなリスクを持つ方の個人情報を保護し、流出させない為、ハッピーワーカーは日々研鑽しています」
「必要経費って言いたいの?」
「はい勿論!」
そう答え、支店長はニッコリと笑った。後光でも刺しそうな勢いの笑顔だ。何が「働いてハッピー」だと悪態をつきたくなるが、騙された僕にも責任はある。
……これで三万、稼げたと思ったのに。
支店長をぎろりと睨みながら三百を握りしめる。ゼロが「諦めるの?」と目を丸くした。
「珍しい。反論しないの? こんなの不当だって。依頼書にそんな手数料のことなんにも書いてないし」
「……書いてあるんだ。裏側に。小さくね。……気がつくのが遅かった」
正直ものすごく悔しい。依頼を受ける際、きちんと裏まで見るべきだったのだ。たった数行にまとめられた報酬と仕事内容だけをみて、裏側にある虫眼鏡でなんとか見える程度の文字列を見逃した。
……こんな手法、むしろやるなら僕だろう。それなのに見事にやられてしまっている。
カウンターに座る支店長に背を向け、僕は歩き出した。まともに働こうなどと思ったのが間違いだったのかもしれない。
なんだか腕の痛みが一気に酷くなってきた。もしかしたら、痛みによって注意散漫になっている可能性はある。
半ばキレ気味に退店しかけ、しかしゼロの「あ!」という声に立ち止まる。何事かと思えば、彼は「見てよ!」と手招きをした。
「これ、この依頼。これならワンチャンあるんじゃないかな」
「……気乗りしないなあ」
どうせまた変な条件がつくのではないか、そうして報酬を毟り取られるのでは無いか。そんな風に思いながら、ゼロの指し示す方を見る。そこにあったのは、使用人の募集だった。
ハウスキーパーとでも言うべきか。僕にとってなかなかに縁遠い職種である。
適性があるとは思えないな……と眉を顰めたあたりで気がついた。その仕事の概要欄。そこには見覚えのある文字が並んでいる。
「まさか」と呟くと、ゼロは得意げに胸を張った。
「ね、これならワンチャンあるでしょ?」
内容はシンプル。セタガヤシティに住むとある男の使用人募集。依頼主の名は伏せられているが、その下を見れば何となく誰かわかる。「キャネが欲しければ僕の下へこい!」という文言と、その下に並ぶ「制服指定あり、水着」の文字。報酬は要相談となっていた。
……ワンチャンは確かに、ある。あるのだが。
「でもこれ、水着って書いてあるよ」
しかも面接まである。それはつまり、水着姿をジロジロと推定・轟に確認された上、不合格の判まで貰う可能性があるということだ。
「えー。凄く嫌なんだけど……」
そんな不愉快なことがあっていいのか。轟くん、トラッシュトライブに来てからはまだしも、セタガヤ時代ってかなり……物凄く変な人だったし。XBプレイヤーでも男性でもなく、ただの女性として彼の前に立つのが何となく嫌だった。
思い出すのは揃えられた凹凸の激しい女体達。有栖川さんなんてドン引きしていた。
情けない姿を見せる程度ならいい。どうせ彼の記憶は二年前で止まっていて、元々の僕のことなど知りもしないのだから。
……けれど、彼に批評されるとなると話が変わってくる。
対照的にゼロは喜んでいた。
「これならお金を集めなくてもセタガヤに入れるし、雇って貰えたら野宿生活にもオサラバできるよ」
「ええー……」
「我儘言ってる場合? そろそろ体力的にもしんどいでしょ。ここは諦めて、依頼を受けちゃおう」
そうは言うが、けれども。僕はうーんと唸る。まさかここまで僕にプライドらしきものが残っているとは思わなかった。ここまでもまあまあな目に遭ってきたし、暴行やら痴漢やらと比べるとマシなのかもしれないけれど。
渋る僕。そんな僕の目の前にゼロが回り込んでくる。
「ほぼ一日使って三百の稼ぎ。三万貯めるまでどれくらいかかると思う? この依頼を受けて、轟くんに会いに行く。会うのが目的なんだから、その後なんてどうでもいいじゃん」
「……」
「それに面接で落とされるかもよ? そしたらノーリスクでセタガヤに入れる! どっちに転んでもメリットしかない」
いや、水着審査で落とされるのも嫌だ。かといって合格も貰いたくない。轟くんみたいなのに点数を付けられるのがそもそも嫌なのだ。
……けど、理解もしている。わがままを通す場面ではない。僕の腕もゼロの手当では限界に近いし、轟くんの力が必要なことに変わりはない。
両腕の醜い怪我を見れば、彼は審査でマイナス評価をつけるだろう。しっかりと裸体を見たことは無いけれど、胸もそこまであるわけではない。屋敷にいた豊満な女体とは違うのも追加点。
轟くんにノーと言われる。ただその瞬間だけを耐えればいい。
僕は最後、もう一度だけ「本当に嫌なんだけどね」とゼロに釘を刺してから、依頼を受けるために職員へ声をかけた。