僕は、俗に言う厨二病だ。
きっかけはアニメだった。
中学二年生のときに出会った数々の作品。英雄、魔術、呪い、異能、世界の裏側で暗躍する秘密結社。
そのどれもが、僕の心を激しくくすぐった。詠唱や必殺技を何度まねしたか分からない。
高校三年生になった今でも、厨二病だけは卒業できていない。
だが、世間にあふれる偽物たちと一緒にしてもらっては困る。
僕は本気だ。
魔術師になるために古代語を学び、各地に伝わる呪術を調べ、これまでに三冊のオリジナル魔術書を書き上げた。
武術を極めるため、空手や柔道の道場にも通った。毎朝十キロを走り、木刀の素振りを千回続けた結果、先月ついに木刀が折れた。
少し泣いた。
あれは高校生の財布には、なかなか痛い出費だった。
それでも僕は諦めなかった。
肉体の鍛錬、精神の鍛錬、そして勉学。
本物になるためなら、どんな努力も惜しまなかった。
それなのに、世界は残酷だった。
この世界に、僕の求める本物は存在しなかったのだ。
超能力者を名乗る者も、調べてみればただのマジシャンだった。噂を頼りに各地を飛び回り、秘密結社を名乗る集団にも潜り込んだが、どこにも魔術や異能は存在しなかった。
秘密結社の実態は、薄暗い部屋で世界情勢について語り合う、ただのお茶会だった。
せめて超人化装置くらい作っておけよ。
僕が見つけた唯一の本物は、古本屋のワゴンに並んでいた一冊の本だ。
その表紙には、わざわざ大きな文字でこう書かれていた。
『本物のネクロノミコン』
千五百円だった。
高校生の財布には高かったが、本物なら安い。迷わず購入し、描かれていた魔法円を片っ端から試した。
しかし、何も起こらなかった。
もっとも、伝説の魔導書が古本屋のワゴンに並んでいる光景だけは、少しファンタジーだった。
だから、僕は諦めることにした。現代で本物を見つけることは。
この世界にないのなら、存在する世界へ行けばいい。
そうして始めたのが、異世界転移計画である。
異世界へ行く方法は、一つとは限らない。
これまでにも瞑想、幽体離脱、降霊術、次元の扉を開く儀式など、さまざまな方法を試してきた。そのすべてが失敗に終わっている。
だが、今日は違う。
新たに用意した方法が、二つある。
一つ目は、衝撃による異世界転移。
あらゆる転移作品を調査し、主人公が異世界へ向かう直前に起きた出来事をまとめた。その末に、僕は一つの共通点を発見した。
それは、衝撃である。
トラックに轢かれる。階段から落ちる。雷に打たれる。何者かに刺される。
方法に多少の違いはあっても、主人公たちは例外なく、肉体か精神に強い衝撃を受けている。
秘密結社は嘘をつくが、データは嘘をつかない。
あいつらはお茶を飲みながら世界について語っていただけだが、数々の異世界作品は僕に真実を教えてくれた。
つまり、異世界へ行くには強い衝撃が必要なのだ。
そして、もう一つ。
千五百円のネクロノミコンに描かれていた複数の術式を組み合わせ、僕が独自に完成させた異世界転移魔法陣。
こちらは放課後、オカルト部の部室で試す予定だ。
午前に衝撃。午後に魔法陣。
一日に二度も異世界転移を試みる。
我ながら、充実した一日になりそうだ。
◇
いつもの十キロ走を終えた。
これをすると、頭の中がすっきりする。
今日最初の目的は、異世界転移に必要な衝撃を探すことだ。
安全性を考えるなら、自転車と正面衝突するくらいが妥当だろうか。しかし、それでは衝撃が足りない可能性がある。
やはり、本命はトラックだ。
もっとも、こちらから飛び出せば運転手に迷惑がかかる。無関係な人間を巻き込むのは、僕の美学に反する。
「都合よく、無人のトラックでも暴走してくれないものか」
そんなことを考えながら歩いていた、そのときだった。
道路の奥から、甲高いクラクションが聞こえてきた。
一台のトラックが、猛スピードで交差点へ迫っている。
運転手はハンドルに突っ伏していた。眠っているのか、意識を失っているのかは分からない。ただ、トラックが減速する気配はない。
「まさか、本当に来るとは」
偶然ではない。運命だ。
世界が僕を呼んでいる。
そう確信して駆け出そうとしたところで、横断歩道の中央に一人の女子生徒が立っていることに気づいた。
クラスの委員長だった。
迫ってくるトラックを前に、恐怖で身体が動かなくなっている。
このままでは、僕より先に委員長が異世界へ行ってしまう。
それだけは阻止しなければならない。
僕の異世界だぞ。
しかし、委員長を安全な場所まで突き飛ばしている時間はない。
ならば、選択肢は一つ。
僕は横断歩道へ飛び込み、委員長の身体を抱えた。
「えっ、ちょ――」
直後、トラックが僕の背中に激突した。
世界が急激に遅くなる。
極限状態において、脳の情報処理能力が一時的に上昇する現象。俗に言う、ゾーンである。
僕はたまにこの状態へ入る。
落とした物を地面に着く前に拾うときなど、とても便利だ。
迫り来る衝撃を認識した僕は、トラックと同じ方向へ自分から跳んだ。
衝撃に逆らうのではなく、その流れに乗ることで威力を逃がす。
次の瞬間、僕たちの身体はボールのように地面を転がった。
委員長を抱えたまま受け身を取り、ようやく止まる。
「けほっ……な、何が……」
腕の中で委員長が咳き込んだ。意識はある。目立った外傷もない。
どうやら、うまく守れたらしい。
本来なら、即死していてもおかしくない衝撃だった。
しかし、委員長を抱えていたことに加え、長年の修行で身についた癖によって、無意識に衝撃を受け流してしまった。
「しまった……」
これでは異世界へ行けないかもしれない。
「何が、しまったのよ……」
委員長が震える声で尋ねてくる。
「いや、こちらの話だ」
身体を起こそうとすると、右腕に鋭い痛みが走った。
これは、おそらく折れている。
だが、アドレナリンが出ている今なら問題ない。日々の修行に比べれば、この程度の痛みは軽いものだ。
それよりも重要なのは、異世界転移である。
期待を込めて周囲を見渡す。
見慣れた道路、見慣れた住宅街。地面に座り込む委員長。
そして、目を覚まして運転席から降りてくるトラックの運転手。
景色は何も変わっていない。
「……失敗か」
「今、失敗って言った!?」
委員長の声が、朝の住宅街に響き渡った。
「失礼。無事で何よりだ。これからは、左右を確認してから渡った方がいい」
僕は紳士なのだ。
助けた女性に、スマートな助言を送ることくらいできる。
「それより、あなた、怪我は大丈夫なの!?」
おや、ずいぶんと失礼なことを聞く。
これでも僕は、渓谷から落ちて生還した男だ。
あのときも壁に何度か身体を当て、少しずつ勢いを殺すことで致命傷を避けた。
今思えば、よく生きていたな。
「これしき、問題ない」
「そんなわけないでしょ! 腕、変な方向に曲がってるから!」
言われて確認すると、確かに右腕が本来とは違う方向を向いていた。
「なるほど」
僕は左手で右腕をつかみ、そのまま元の位置へ押し戻した。
ごきり、と鈍い音が鳴る。
「これでよし」
「よくない! 絶対によくないから!」
困った。
これ以上ここで時間を使うと、日課である二度目の朝練に遅れてしまう。
「時間も時間だ。僕はここでおさらばする」
「待ちなさい! せめて病院に――」
僕は全速力でその場から逃げ出した。
「って、速っ! 本当に骨折してるの!?」
委員長の叫びを背中で聞きながら、僕は学校へ向かった。
第一の方法、衝撃による異世界転移は失敗。
だが、問題ない。
放課後には、第二の方法が待っている。
◇
休み時間になると、委員長が僕の席までやってきた。
「ねぇ、忠二君。放課後、話があるから」
「すまない。今日は先約がある」
「あたなが誰かと話しているところこの一年間一回も見たことないけど」
「失礼な、僕にも友人の一人や二人や三人ぐらいいる」
「本当に体、大丈夫なの?」
「僕はそこらの偽物と比べないでくれ」
委員長が机を叩く。
教室に残っていた生徒たちの視線が、僕たちへ集まった。
「朝の怪我も診てもらわないと駄目でしょ。放課後、絶対に逃げないでよ」
「善処しよう」
「それに、お礼もしたいし」
委員長は僕をにらみつけ、自分の席へ戻っていった。
悪いが、今日だけは彼女の頼みを聞くわけにはいかない。
僕には世界を越えるという大切な用事がある。
◇
授業が終わると同時に、僕はオカルト部の部室へ向かった。
お待ちかねの、異世界転移魔法陣を試す時間だ。
部室には、僕以外誰もいない。先輩たちは全員卒業してしまった。
寂しくないと言えば嘘になるが、先輩たちが残した魔術書や資料は僕が受け継いでいる。
安心してください。
大切に保存していますからね、†深淵の堕天使†こと田中先輩。
ちなみに「†」は、「ダガー」と打てば変換できるぞ。
机の上に大きな半紙を広げ、厳選したインクで魔法陣を描いていく。
千五百円のネクロノミコンに描かれていた複数の術式を、僕なりに組み合わせたものだ。
円は世界。中心の三角形は術者。
外側へ伸びる四本の線は、現在の世界から脱するための道を表している。
最後の線を引き終えたとき、右腕が小刻みに震えていることに気づいた。
傍から見れば、朝の骨折が原因だと言うだろう。
だが、違う。
これまで幾度となく魔法陣を描いてきたが、身体がこれほど強く反応したことはない。
この震えは痛みによるものではなく、未知なる力を前にした肉体の歓喜だ。
「間違いない……この魔法陣こそ、本物だ」
最後に、もちろん詠唱も欠かせない。
魔法陣の中央に立ち、左手を天へ掲げる。
「虚空に眠りし、果てなき扉よ」
右手を胸の前に構える。
「我が名の下に、その眠りを妨げよ」
意識を集中させ、最後の一節を唱える。
「今こそ目覚めの時――扉は開かれる!」
そして、術式の名を叫んだ。
「転移魔術――クロノスブレイク!」
何も起きない。
窓の外から、野球部の金属バットがボールを打つ音が聞こえた。
僕は左手を掲げた姿勢のまま、しばらく待った。
「……これも失敗か」
腕を下ろしかけた、その瞬間だった。
魔法陣が青白く輝いた。
「なっ――」
床が揺れる。
机の上に積み上げていた本が崩れ落ち、窓ガラスが激しく震えた。
魔法陣から放たれた光が、僕の身体を包み込む。
そのとき、僕は確かに声を聞いた。
『大いなる力を求める者よ、その願いを叶えてやろう』
こいつ、直接脳内に語りかけてくるとは。
「成功……」
全身が歓喜で震える。
僕の研究は間違っていなかった。
魔術は存在した。異世界は本当にあった。
「成功だ! 僕は、ついに――」
勢いよく部室の扉が開いた。
「ちょっと!どうして来ないのよ!」
委員長だった。
彼女は僕を捜していたらしい。
「時間になっても来ないし、ようやく見つけた……何これ!?」
委員長が部室へ踏み込む。
その瞬間、光が彼女の足元まで広がった。
「待て、入るな!」
「え?」
もう遅い。
見えない力が、僕たちの身体をつかむ。
指一本動かせない。
「な、何これ……!」
「おそらく異世界転移だ」
「どうしてそんなに冷静なの!?」
「長年、この瞬間を待っていたからだ!」
「私は待ってないんだけど!」
委員長の悲鳴が部室に響く。
その声を聞きつけ、廊下を歩いていた男子生徒が扉から顔を覗かせた。
同じ学校の制服を着ている。
顔には何となく見覚えがあるが、名前は知らない。おそらく向こうも僕の名前を知らないだろう。
「おい、何の騒ぎだ?」
彼はただ、廊下を通りかかっただけだった。
「待て!君もそれ以上近づくな!」
「は?」
僕の警告より一瞬早く、魔法陣の光が廊下まで広がった。
光に触れた男子生徒の身体が、部室の中へ引き寄せられる。
「ちょっ、なんだよこれ!?」
僕と委員長、そして偶然通りかかっただけの男子生徒。
三人を飲み込み、世界は白く染まった。
――本日夕方頃、私立中仁高校にて、三名の生徒の行方が不明になりました。
警察は事件と事故の両面から捜査を進めています。
◇
まさか、トラックではなく魔法陣で成功するとはな。
千五百円のネクロノミコンも、馬鹿にはできない。
ただし、千五百円では転移先の座標まで指定できなかったらしい。
異世界へ転移するつもりが、転生してしまった。
現在の僕は、生後数か月ほどの男児だ。
意識が戻ったときには、見知らぬ女性に抱き上げられ、お尻を拭かれている最中だった。
さすがの僕も動揺した。人間は本当に驚くと、何も言えなくなる。
「うあ……あう……」
正確には、何か言おうとしても、この身体では言葉にできなかった。
女性は僕の声を聞き、優しく笑う。
言葉は分からない。顔もぼんやりとしか見えない。
しかし、不思議と恐怖はなかった。
女性の腕から、温かい何かが僕の身体へ流れ込んでいたからだ。
それに包まれると、心が安らぎ、強烈な眠気が訪れる。
最初は体温だと思った。だが、違う。
温かい何かは、空気中にも存在している。
そして僕の腹の奥にも、前世にはなかった硬い感覚があった。
石のように固まり、呼びかけてもびくともしない。
間違いない。これが魔力だ。なぜ、確信できるのか。
簡単な話だ。僕はそれなりにオカルトに触れてきた。そんな僕も知らない力と言語故に魔力と判断してもいいだろう。
僕は本当に、魔力の存在する世界へ来たのだ。
興奮のまま手足を動かすと、女性が楽しそうに笑った。
まだ魔力は動かせない。この世界の言葉も分からない。
身体を自由に動かすことさえできない。
だが、時間はある。
これから歩き方を覚え、言葉を覚え、魔力を操る方法を見つける。
前世では、本物の魔術師にも、本物の超能力者にも出会えなかった。
しかし、この世界は本物で満ちあふれている。
僕が今感じている魔力こそが、その証明だ。待っていろ、異世界。
僕は必ず、誰もが認める本物の厨二病になってみせる!
あ、うんこ出た。
えー反省はしています。
でも、書いちゃったものは仕方がない。
とりあえず、投稿してみました。
安心してください短編じゃないですよ(絶望)