厨二病は異世界でも本物を目指す   作:berunarudo

8 / 9
主人公であってくれよ(羨望)


第六.五話 俺はお兄ちゃんだぞ

 俺は十歳になった。

 

 あの夜から二年。

 頭の中へ響く謎の声とは、幾度も言葉を交わしてきた。

 

 剣の構えが甘ければ叱られ、魔術式を間違えれば怒鳴られた。

 何度、腹を立てて言い返したか分からない。

 

 それでも、森から正体不明の力が押し寄せるたび、声は俺へ力を貸してくれた。

 

 最初は一人で立っていることさえできなかった。

 だが、声の指示に従って結界を張り続けるうち、少しずつ自分の力だけで防げるようになった。

 

 同時に、俺は声を信用し始めていた。

 

 もっとも、その正体は今も分からない。

 尋ねても、声は『名乗る資格がない』と答えるだけだった。

 

 森の調査も続けた。

 力を感じた場所へ何度も足を運び、魔力の痕跡を探した。

 

 しかし、何も見つからない。

 

 人が潜んでいた跡も、魔物の巣もない。

 正体不明の力が、誰によって、何のために放たれているのか。二年経っても分からなかった。

 

     ◇

 

 ある日、屋敷の書庫で一冊の本を見つけた。

 

 題名は『新七栄伝』。

 

 三百年前、世界を襲った虚と七人の英雄の戦いを描いた物語だ。

 ただし、俺が幼い頃から読んでいた『七栄伝』とは、内容が少し違っていた。

 

 物語の途中、勇者が虚に見定まれ、裏切るのだ。

 

 当初は七人の英雄と共に戦っていたが、やがて虚の力に魅入られ、世界を裏切った男。

 八代目勇者は、虚を崇める邪神教団を率い、かつての仲間たちへ刃を向けたという。

 

 その挿絵を見た瞬間、背筋が冷たくなった。

 

 燃え上がる町。逃げ惑う人々。

 黒く染まった剣を手に、その中心で笑う一人の男。

 

 俺が何度も見てきた悪夢と、よく似ていた。

 

「なあ」

 

 本を開いたまま、頭の中の声へ呼びかける。

 

「この話を知っているのか?」

 

 いつもならすぐ返ってくる声が、そのときだけは沈黙した。

 

『……知っている』

 

 ようやく返ってきた声は、ひどく重かった。

 

『お前が見ている悪夢の正体もな』

 

「教えてくれ」

 

 本を握る手に力が入る。

 

「あんたは、何者なんだ」

 

 長い沈黙のあと、声は答えた。

 

『かつて、俺は八代目勇者と呼ばれていた』

 

「八代目……勇者?」

 

『だが、虚に呑み込まれ、仲間も、守るべき人々も裏切った。今では、裏切りの英雄と呼ばれているらしいな』

 

「そんな……」

 

 手元の本へ目を落とす。

 

 邪神教団を率い、世界を滅ぼそうとした大罪人。

 その男の声を、俺は二年前から聞き続けていた。

 

「そんな奴が、どうして俺の中にいるんだ」

 

『正確には、お前の中にいるわけではない。俺の意識は、世界の狭間に取り残されている』

 

「だったら、どうして俺にだけ声が聞こえる」

 

『お前が、俺の血を引いているからだろう』

 

 意味を理解するまで、時間がかかった。

 

「馬鹿な。父さんは平民の出だと聞いている」

 

『俺には妻がいた。すべてが終わったときには死んだものと思っていたが……逃げ延びていたのだろう。その血が、お前まで続いている』

 

「俺が……裏切りの勇者の子孫?」

 

 冗談じゃない。

 

 俺が憧れたのは、人々を守った英雄たちだ。

 世界を裏切り、罪のない人々を殺した大罪人じゃない。

 

「今まで、ずっと俺を騙していたのか」

 

『騙すつもりはなかった』

 

「なら、どうして黙っていた!」

 

『名乗る資格がないと言ったはずだ』

 

 本を閉じ、棚へ押し込む。

 

 それから俺は、声が何を話しかけてきても無視した。

 

     ◇

 

 それから数日後の夜。

 

 眠れずに窓の外を眺めていると、屋敷の壁を小さな影が伝っていた。

 

 エヒトだった。

 

 弟は音を立てずに地面へ降りると、周囲を見回し、そのまま森へ向かっていく。

 

「エヒト……?」

 

 俺は剣をつかみ、急いであとを追った。

 

 だが、森へ入ったところで姿を見失った。

 

 気配も、足音も、魔力の痕跡さえ残っていない。

 七歳の弟が、俺の追跡を完全に振り切ったのだ。

 

「どこへ行った……」

 

 周囲を探ろうとした、そのときだった。

 

 森の奥から、あの不快な力が広がった。

 

 これまで屋敷を狙っていた、世界の理から外れたような力。

 

「嘘だろ……」

 

 力が流れてくる方向は、エヒトが消えた方角と一致していた。

 

「どうして、エヒトが……」

 

『やはり、あの子だったか』

 

 何日も無視していた声が、頭の中へ響いた。

 

「どういう意味だ」

 

『エヒトが生まれた夜、世界の境界が揺らいだ。それ以来、俺はこの近くに異質な力を感じていた』

 

「最初から、エヒトだと知っていたのか?」

 

『いや。普段のあの子からは、ほとんど何も感じない。何かが内側へ力を隠しているとしか思えないほどにな』

 

「なら、今の力は何なんだ」

 

『断定はできん』

 

「ふざけるな!」

 

 森の奥へ叫ぶ。

 

「お前は、何か知っているんだろう!」

 

『落ち着け。最初に考えていた可能性は三つある』

 

 声は、俺の怒鳴り声を受け止めたうえで続けた。

 

『一つ。森に潜む何者かが、お前を狙っている』

 

「俺を?」

 

『俺と繋がったお前を、邪神教団の残党が感知した可能性だ。エヒトは偶然、その何者かと接触しているのかもしれない』

 

 しかし、俺たちは何度も森を調査した。

 誰かが潜んでいる痕跡は見つからなかった。

 

『二つ。エヒトの中にある力が、本人の意思とは関係なく漏れ出している』

 

 それなら、原因を取り除けばいい。

 エヒトを苦しめている何かがいるなら、俺が倒せばいい。

 

『そして三つ――』

 

「エヒト自身が、あの力を使っている」

 

 自分の口で言った。

 

 声は否定しなかった。

 

「お前は、あの力をどう思う」

 

『断定はできない。だが、かつて俺を狂わせたものと似ている』

 

「じゃあ、エヒトが悪魔だとでも言いたいのか!」

 

『それも断定できん』

 

 声は、冷静だった。

 

『仮にエヒトが最初から邪悪な存在なら、なぜ七年間も家族の中で暮らしている。世界を滅ぼしたいだけなら、成長を待つ必要などない』

 

 胸の奥に絡みついていたものが、少しだけ緩んだ。

 

「なら、まだ全部、可能性でしかないんだな」

 

『ああ。今の段階ではな』

 

 森の奥を睨む。

 

 エヒトが何かを隠しているのは間違いない。

 それでも、家族へ見せてきた笑顔まで偽物だったとは思えなかった。

 

「もし、エヒトの中に悪魔がいるなら――」

 

 腰の剣を強く握る。

 

「俺がエヒトごと斬る」

 

『リヒト』

 

「違う。エヒトの中にいる悪魔だけをだ。そんな剣が今の俺にないなら、手に入れる」

 

 声が息を呑んだ。

 

「あいつは俺の弟だ。何が潜んでいようと、俺が助ける」

 

『……もし、あの子が虚の英雄だったとしてもか』

 

「そのときは、俺が止める」

 

『情を捨てられるのか?』

 

「捨てない」

 

 迷わず答えた。

 

「弟だから止める。弟だから、殺さずに連れ戻す」

 

『甘いな』

 

「あんたは、その甘さを捨てて後悔したんじゃないのか?」

 

 声が黙った。

 

 悪夢の中で、八代目勇者はすべてを壊していた。

 けれど、今の声から感じるのは、怒りよりも深い後悔だった。

 

「八代目勇者。俺を鍛えてくれ」

 

『俺を無視するのは、もう終わりか?』

 

「あんたを許したわけじゃない」

 

 剣を抜き、暗い森へ刃を向ける。

 

「あんたの過去も、エヒトの力も、俺が自分で確かめる。そのために強くなる」

 

 しばらくして、声が小さく笑った。

 

『いいだろう。だが、今までより厳しくなるぞ』

 

「望むところだ」

 

 この夜、俺と八代目勇者は、初めて同じ目的を持った。

 

     ◇

 

 それから五年が過ぎた。

 

 馬車の窓から、遠ざかっていく家族を見つめる。

 

 父さんと母さん、母さんに抱き上げられたジェニー。そして、その隣で大きく手を振っているエヒト。

 

 やがて馬車が角を曲がり、四人の姿が見えなくなった。

 

『随分と嬉しそうだったな』

 

 八代目勇者の声が響く。

 

「実際、楽しみではある。学園には、屋敷にない魔術書もあるからな」

 

『それだけか?』

 

「まさか」

 

 荷物の中には、森の異変を記録した手帳を入れてある。

 

 邪神教団。八代目勇者の本当の歴史。

 エヒトが隠している力。

 

 そのすべてを調べるには、屋敷の書庫だけでは足りない。

 

 ゴルゴン学園には、王国最大級の書庫がある。

 三百年前の記録や、根源と虚に関する研究も保管されているはずだ。

 

 そして、王国中から才能ある生徒と教師が集まる。

 より多くの魔術を学び、より強い人間と戦える。

 

「学園で一番になる」

 

 エヒトへ告げた言葉は、見栄でも冗談でもない。

 

 三年後、エヒトが学園へ来るまでに、弟より前へ立てる強さを手に入れる。

 

『本当に、あの子を守り切れると思っているのか?』

 

「守るさ」

 

 森の力がエヒトを狙っているなら、俺が防ぐ。

 エヒトの中に潜んでいるなら、俺が斬り離す。

 

 そして、もしエヒト自身が世界の敵になろうとしているのなら――。

 

「そのときも、俺が止める」

 

 殺すためではない。

 連れ戻すために。

 

「何があっても、あいつより前に立てる兄でいる。そのために、俺は強くなるんだ」

 

 馬車は、王都へ向かって走り続ける。




主人公にしか見えない兄上。
だが、しかしこの物語は中二病が主人公(絶望)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。