闇ナルコ 習作 作:ナルコスキー
下忍になって一週間。今日の任務も迷子の猫探しだと聞かされて、サクラは「またぁ?」と肩を落とした。ナルコも、口には出さないだけで同じ気分だった。
この数日、第七班が引き受けたのは、猫探しと草むしりと、年寄りの家の雨漏り直しくらいのものだ。どれも門の内側で終わる仕事で、ナルコの貯金は一銭も増えないし、外の空気を吸うことすらない。
――これじゃ、アカデミーにいた頃と変わんないってばよ。
今回の依頼で探すのは、右耳にリボンをつけた茶色い猫。依頼人の奥さんによれば、月に一度は逃げ出す常習犯らしい。
「ナルコ、そっち行った!」
里の西の雑木林で、サクラの声が飛んだ。茂みから飛び出した茶色い塊が、ナルコの脇をすり抜けて、そのまま杉の幹を駆け上がっていく。
ナルコはすぐに幹へ飛びついた。枝から枝へ追いかけて、てっぺん近くで両手を伸ばす。つかまえた、と思った瞬間、猫の爪に頬をざっくり引っかかれてしまった。
「いってぇー! こいつ、恩知らず!」
暴れる猫を抱えたまま木から飛び降りると、サクラが駆け寄ってきた。
「ちょっと、暴れさせないでよ! また逃げちゃうじゃない!」
猫をひったくられて、ナルコはひりひりする頬に手の甲を当てた。少し血がにじんでいる。カカシは離れた切り株に腰かけて、例の橙色の本をめくったままだ。手伝う気なんて、最初からなさそうだった。
「へへっ、捕まえたってばよ」
血のにじんだ頬のまま笑うと、サスケと目が合った。サスケは何も言わずに、先に歩いていった。
任務受付へ戻る大通りで、泥だらけのキバとすれ違った。頭の上にいる赤丸まで、体中泥だらけだ。後ろにはヒナタと、黒い眼鏡のシノ。
「おっ、うずまきじゃねえか」
キバはナルコの頬を見て、それからサクラの抱えた猫に目をやって、にやっと笑った。
「なんだその引っかき傷。その猫にやられたのか?」
「う、うるさいってばよ! そっちこそ泥だらけじゃん!」
ナルコが言い返すと、キバは泥だらけの胸を張った。
「俺らは田んぼの手伝いだったんだよ! 猫一匹にやられるなんてなっさけねぇな!」
「負けてないし! ちゃんと捕まえたし!」
ナルコが口を尖らせると、キバの後ろでヒナタが困ったように小さく笑った。キバはにやにやしたまま、二人を連れて行ってしまった。
任務受付の部屋には、長い机の真ん中に三代目が座っていて、その隣にイルカがいた。
「猫、捕まえてきた!」
サクラの抱えた猫を指さすと、イルカが猫を確認する。
依頼人の奥さんは猫を受け取ると、頬ずりしながら大喜びで帰っていった。猫のほうは、ナルコを引っかいたときよりよっぽど嫌そうな顔をしている。
「……さて、第七班の次の任務じゃが」
三代目が書類をめくる音がした。
「隣町の大名の奥方の子守、芋掘りの手伝い、それから……」
読み上げられる任務は、どれも里の中で済むものばかりだった。ナルコは指先をぎゅっと握って、三代目を見た。
「……なあ、里の外に出る任務とか、ないの?」
部屋が少しだけ静かになった。
「こら、ナルコ。お前たちはまだ下忍になったばかりで……」
身を乗り出しかけたイルカの前に、皺だらけの手がすっと差し出された。
「よい、イルカ」
三代目は、パイプをくわえたまま黙ってナルコを見ていた。ナルコも目を逸らさなかった。
「……そうじゃな。お前たちに、Cランクの任務をひとつ任せてみるとしよう。ある人物の護衛じゃ」
え、と声が漏れそうになって、慌てて飲み込んだ。三代目はかまわず、入り口のほうへ声をかける。
「入ってきてもらえますかな」
戸が開いて、酒瓶を提げた白髪まじりの男が、ふらつきながら入ってきた。
つん、と酒の匂いが鼻をつく。ナルコは息を浅くして、半歩だけ後ろに下がった。
男は三人をじろじろ眺め回して、鼻を鳴らした。
「なんだァ? ガキばっかじゃねえか。こんなんで本当に大丈夫なのかよ」
サクラがむっとした顔をする。
「おっちゃん、ガキって言うなってばよ!」
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第七班と依頼人の足音が遠ざかると、三代目火影・猿飛ヒルゼンは、消えかけたパイプにもう一度火を入れた。
「笑ってましたね、あいつ」
イルカが、まだ戸のほうを見たまま言った。
「あの一件のあとから、ずっとああなんです。最初は、オレもどう接していいか分からなくて」
言いながら、イルカは鼻の傷を指でこすった。嬉しいのか戸惑っているのか、自分でも決めかねているような顔をしている。
ヒルゼンは煙を吐いて、黙ってうなずいた。
あの子が笑うのを見たのは、この膝によじ登ってきた三つの頃以来だった。それが、突然笑うようになった。喜んでやるべきなのだろうか。単純にモノをとらえるには、年を取りすぎた。あの子が何を企てているのかはわからん。だが、できる限りあの子が幸せになれるようにしてやりたい。
「……それにしても、外の任務を欲しがるとは」
イルカが、ぽつりと言った。
ヒルゼンの脳裏に、水晶玉の中の小さな背中が浮かんだ。木の上で膝を抱えて、門の先へ延びる街道を、日が暮れるまで眺めていた背中だ。
「本当に、よかったんですか。あいつはまだ下忍になったばかりですし、それに……」
イルカはそこで言葉を濁した。九尾のことを口にしかけて、飲み込んだのだろう。
「カカシがついておる。それにこの任務は、橋造りの年寄りを送っていくだけの話じゃ」
ヒルゼンは灰皿の縁で、パイプの灰をとん、と落とした。
九尾を宿したあの子を、里が手放すことはない。忍になろうと、どれほど自由を渇望しようと、あの子がこの里を出ていける日は来ないだろう。火影である自分にも、それを許してやることはできない。
それでも、いっときでいい。任務のあいだだけでも、あの子に里の外の空気を吸わせてやりたかった。
「それにのう。あの子が儂に何かを頼んできたのは、いつ以来じゃろうな」
イルカは少し黙ってから、小さく頷いた。
任務が終われば、あの子はまたこの里へ帰ってくる。帰ってこさせるのは、ほかでもない自分だ。それでも、門の外で過ごす日々が、あの子にとって少しでもよいものになればいい。ヒルゼンはそう思いながら、細く煙を吐いた。