闇ナルコ 習作 作:ナルコスキー
出発の朝。約束の刻限より一時間も早く、ナルコは大門に着いてしまった。
背中の荷物には、着替えと兵糧丸と水筒がひとつずつ。昨夜は荷物を詰め終えたあと、ろうそくの明かりのなかで地図に何度も目を通したおかげで、ろくに眠れなかった。
門はもう開け放たれていて、荷車を引いた商人が門番と二言三言かわし、のんびり外へ出ていく。木の上から何度も見下ろしてきた景色を、今日は下から見上げている。思っていたより、門はずっと大きかった。
足音がして、門の脇の柱の陰に誰かが立った。サスケだ。荷物を肩にかけたまま、ナルコと門を順に見て、わずかに眉を上げる。
「……早いな」
「そ、そっちこそ。まだ誰も来てないってばよ」
それきり返事はなく、サスケは柱にもたれて腕を組んでしまった。視線だけが、ナルコの見ていたほうを追うように、門の向こうの街道へ向く。何か言われるかと身構えたのに、目を閉じたまま、それ以上口を開く気配はない。なんだよ。言いたいことがあるなら、言えばいいのに。
しばらくして、軽い足音がばたばたと駆けてくる。
「サスケくん、おはよう!」
弾んだ声で手を振ったあと、その声の主はナルコに気づいて、ぴたりと足を止めた。
「……あんた、何時からサスケくんといるのよ」
見ると、大きな鞄を両手で抱えたサクラが立っている。あの膨らみ方で、中身が着替えだけってことはないだろう。
「へへ……ちょっと、早く目が覚めちゃって」
「ふーん」
門の向こうへ目をやって、サクラは鞄を抱え直す。返事はそっけない。でも、つま先はさっきから、そわそわと地面を叩いていた。
「波の国って、海の向こうなんでしょ? 船に乗るのかな。お魚とか、すっごくおいしいのかなあ」
門の向こうをのぞきこんで、鞄を抱えたままつま先で小さく跳ねる。柱にもたれていたサスケが、目を閉じたまま小さく鼻を鳴らした。それに気づいたサクラは、ぱっと顔を赤くして、鞄で口元を隠してしまう。見ているこっちまで、なんだか気まずい。
カカシが依頼人を連れて現れたのは、それからさらに半刻ほど過ぎたころだ。鈴取りの日よりはずっと早い。早いのが、かえって腹立たしい。
「いやー、悪い悪い。人生という道に迷っちゃってね」
「はい、嘘!」
指をさして叫んだサクラにも、カカシはまるで動じない。後ろを親指で示してみせる。
「ほんとは、タズナさんの支度に手間取ってたの。酒瓶をどれ持っていくかで、ずいぶん悩んでてね」
その後ろでは、タズナが酒瓶をあおっていた。朝だというのに、もう顔が赤い。あれで橋なんか造れるんだろうか。風向きが変わって、つんとした匂いがこちらまで流れてくる。酒の匂いは苦手だ。だから、さりげなくサクラの向こう側へ回っておく。
三人を順番に眺めたタズナの目が、最後にナルコのところで止まった。
「おい、本当にこいつらで大丈夫なのか? 特にそこの、いちばんちっこいアホ面」
「ちっ、ちっこくないってばよ!」
言い返したとたん、隣でサスケが、ふっと短く息を漏らした。
「……笑ったな、今。サスケだって、そんなに変わんないくせに」
「お前より頭ひとつはでかい」
「半分だってばよ!」
言い合う二人のあいだに、のんびりとカカシが割って入る。
「まあまあ。こう見えても、一応は忍ですから。ちっこいのも、まだ伸びしろってことで」
全然、かばえてない。
「誰がちっこいって!」
「はいはい。……それじゃ、行こうか」
サクラとタズナが先に門をくぐり、サスケが黙ってそのあとに続く。
ナルコは、門の内側の、最後の石畳の上で足を止めた。ここからさきは、里の外。
震えた足で一歩を踏み出した。靴の裏から、土の感触がダイレクトに伝わる。
二歩、三歩と進んでも、何も起きなかった。門番は相変わらず欠伸をしているし、風の匂いも、門の内側とたいして変わらない。
向こうから歩いてきた旅の男が、ナルコの顔をちらりと見て、そのまま何事もなかったようにすれ違っていく。眉ひとつ動かさなかった。里の中なら、道の端を歩いていても、八百屋の店先からも井戸端の輪からも、どこかから刺さってくる目があったのに。
ここじゃ、誰もナルコのことなんか知らない。
――外だ。
気がつくと、足が止まっていた。
「ちょっと、ナルコ! 何突っ立ってんのよ、置いてくわよ!」
その声で、我に返った。数歩先で、鞄を抱えたサクラがこちらを睨んでいる。
「……なに、一人でにやにやしてんの」
言われて、頬に指を当てた。まだ揉んでもいないのに、口の端が持ち上がっていた。
「へ、へへっ。今行くってばよ!」
慌てて頬をぐにぐに揉んで、サクラのあとを追いかける。追い越しざまに見ると、サスケが足を止めて、こちらを振り返っていた。目が合うと、何も言わずに前を向いてしまう。
街道は、思っていたよりずっと退屈だった。右も左も田んぼと雑木林ばかりで、ときどき荷車とすれ違うほかは、聞こえるのは鳥の声くらいのもの。
それでも、首はつい右へ左へと回ってしまう。木ノ葉の森とは、葉の形の違う木が生えている。道端の地蔵の前掛けには、見たことのない紋。
「ちょっと、あんた。さっきからきょろきょろしすぎ」
呆れ顔のサクラに、横から肘でつつかれた。
「田舎から出てきた子みたいで、こっちまで恥ずかしいんだけど」
「サクラちゃんだって、さっき楽しそうにしてたじゃん」
「そ、そんなことないわよ! あれは……」
図星だったらしい。真っ赤になったサクラは、鞄を抱えてずんずん先へ行ってしまう。その背中を見送っていると、いつの間にか横にカカシが並んでいた。本を読みながら、どうやってまっすぐ歩いているんだか。
「外、楽しいか?」
本から目も上げない。だから、こっちも前を向いたまま答えた。
「……初めて、だから」
「そっか。オレが初めて門を出たのは、お前よりずっとちっこい頃だったなあ」
頁をめくる指が止まって、目だけが遠くの山のほうへ向く。
「どの茂みにも敵が隠れてるように見えてね。おかげで、景色なんかひとつも覚えてない。もったいないことしたよ」
「……ふーん」
「だから、今のうちによく見ときなさい」
なんて返せばいいのか分からなくて、へへっと笑ってみせる。
「せ、先生に言われなくても、楽しんでるってばよ。サクラちゃんほどじゃないけど」
「聞こえてるわよ!」
地獄耳だ。カカシは目を細めて、また本の続きに戻っていった。
昼が近づいたころ、道が二つに分かれた。右の先には、宿場町の屋根が小さく並んでいる。
――右へ行けば宿場、まっすぐ行けば川沿いの道。
昨夜、地図の上で何度も目でたどった線と同じ。紙の上でしか知らなかった分かれ道に、いま自分の足で立っている。
「……何見てんだ」
真後ろからの声に、肩が跳ねる。いつの間にか、サスケがすぐそこで足を止めていた。気配くらい出せってばよ。
「べ、べつに。宿場町って、どんなとこかなって」
サスケの目が、さっきまでナルコの見ていた右の道の先へ向く。
「……ふん」
宿場町の屋根を少し眺めただけで、それきり何も聞かずに、サスケはまっすぐの道を歩き出した。聞かれなかったことに、ちょっとだけほっとする。ナルコも、みんなと同じほうへ足を向けた。
「ねえ、カカシ先生」
前を行くサクラが、カカシの袖をくいくいと引っぱっている。
「波の国にも、忍者っているんですか?」
「いや。波の国は小さな島国でね、忍の里はないんだよ」
やっぱり本からは目を上げずに、片手だけをひらひらと振ってみせる。
「ま、心配しなくていい。Cランクの任務で、忍同士がやり合うなんてことはまずないから」
「なーんだ。じゃあ、安心ですね」
ほっとした顔で、サクラがタズナを振り返る。当のタズナは返事もしないで、また酒瓶をあおっていた。門を出てから、もう何度目だろう。数えるのは、三回目でやめた。
日が傾きはじめても、一行はまだ歩き続けていた。その道の真ん中に、水たまりがひとつ。
それまでの道は、どこも乾いていたはずだ。空にも、雨の降りそうな雲はひとつもない。なんか変だな、と思いながら、ナルコは水たまりをよけて通った。カカシも、何も言わずにその横を通り過ぎていく。
背後で鎖が鳴ったのは、その直後だった。
振り返ると、水たまりから二人の男が這い出していた。どちらも口元を布で覆い、片方の腕にだけ、獣の爪みたいな刃のついた鉄の籠手をはめている。片方の男の籠手から、もう片方の男の籠手まで、一本の長い鎖が渡されている。二人は、その鎖でつながったまま動いていた。
二人はカカシを左右から挟むように跳ぶと、そのあいだの鎖を、カカシの体にぐるりと巻きつけた。
「一匹目」
二人が同時に、左右へ鎖を引く。鎖が締まり、カカシの体がばらばらに引き裂かれた。
「きゃあああっ!」
サクラから悲鳴が上がる。二人は鎖をつないだまま、ゆっくりとこちらを向いた。
「二匹目」
片方の男が一瞬で間合いを詰め、籠手の爪を、ナルコの目の前で振り上げた。
逃げなきゃいけない。避けるのも、木に跳ぶのも、毎朝やってきたことだ。頭ではそう分かっているのに、足が地面に縫いつけられたように動かなかった。
両腕だけが勝手に持ち上がって、頭をかばう形のまま止まる。その腕の隙間から、爪が振り下ろされてくるのが見えた。恐怖が、私の体を支配していた。爪の先が、左手の甲をかすめていく。
ひゅっ、と横から風を切る音がした。
横から飛んできた手裏剣が、二人のあいだに張った鎖を引っかけて、そのまま道端の木の幹に突き刺さった。続けて飛んできたクナイが、手裏剣の真ん中の穴に刺さって、手裏剣ごと鎖を幹に留める。鎖の真ん中を木に縫いとめられて、振り下ろしかけていた男の腕が、ぐんと止まった。
その一瞬で、サスケが二人のあいだに跳びこんでいた。左右に伸びた二人の籠手の上に足をかけ、それを踏み台にして、二人の顔を同時に蹴り飛ばす。
蹴られた勢いで二人が反対側へ引っぱられ、木に留められていた鎖が、籠手の付け根からはじけ飛んだ。
鎖から自由になった二人は、左右に飛び分かれた。片方は爪を構えてタズナへ。もう片方は、道の真ん中に突っ立ったままのナルコへ。
サクラが、震える手でクナイを構えてタズナの前に飛び出した。そのさらに前に、サスケが割りこむ。ナルコに向かってくる爪が、もう一度振り上げられた。足は、まだ動かない。
その爪が、目の前でぴたりと止まった。
「はい、そこまで」
鎖に裂かれたはずのカカシが、男たちの首根っこを両脇に抱えていた。さっきまでカカシのいた場所には、ばらばらになった丸太が転がっている。
「カ、カカシ先生!」
裏返ったサクラの声をよそに、カカシは手早く男たちを木に縛りつけて、頭をかきながら振り返った。
「悪いね、すぐに出てこなくて。こいつらの狙いが誰なのか、確かめておきたかったもんだから」
それから、サスケとサクラを順に見る。
「サスケ、よくやった。サクラもね」
最後に、その目がナルコのところで止まった。頭をかばう形のまま宙に浮いていた腕に気づいて、慌てて下ろす。
「……ナルコも、悪かったな。ケガさせるつもりはなかった。ま、初めての実戦なんて、誰だってそんなもんだよ」
ナルコは返事ができなかった。左手の甲の引っかき傷が、じんじんと熱を持ちはじめている。指先の震えが止まらない。心臓が、耳のすぐ内側で鳴っているみたいにうるさかった。
その前に、サスケが立った。ポケットに両手を突っこんだまま、ナルコを見下ろしている。
「よう。ケガはねえかよ、ビビ…リ…」
サスケの声が、途中で途切れた。
息が、うまく吸えない。
吸っても吸っても、胸の手前で空気が止まる。はっ、はっ、と短い音ばかりが喉から漏れて、そのたびに肩が跳ねた。もっと吸わなきゃ、と思うほど喉が狭くなって、吸いこんだはずの空気がどこにも届かない。指先から、じわじわと感覚がなくなっていく。背中を、冷たい汗が一筋つたった。
あの夜の光景が、フラッシュバックする。
膝が、勝手に折れた。
両手を土についた拍子に、喉の奥から、かすれた声がこぼれた。
「……ご、め……なさ……」
「ナルコ!」
カカシが目の前にしゃがみこんだ。伸ばしかけた手が、ナルコの肩の手前で止まって、そのまま下ろされる。
「ナルコ、オレの声、聞こえるか。吸わなくていい。ゆっくり吐け。……そう、吐くだけでいい」
聞こえている。聞こえているのに、言われたとおりにできなかった。吐こうとしても、胸が勝手に空気を欲しがって、また短く吸ってしまう。視界の端が、だんだん暗くなっていく。サクラが何か叫んでいる声も、水の底で聞いているみたいに遠い。
「サクラ、タズナさんから離れるな。サスケ、そいつらを見てろ」
カカシは振り返らずに言って、縛り上げた男たちを顎で示した。その声さえ、もう半分しか聞き取れない。地面が、ゆっくり傾いていく気がした。
左手の甲の引っかき傷が、まだじんじんと熱を持っている。暗くなっていく頭の中で、その痛みだけが、やけにはっきりしていた。
――情けない。こんなの、あの夜と何も変わってないってばよ。
毎朝走って、木に登って、手のひらの皮が何度むけても続けてきた。速さなら、誰にも負けない自信があった。それなのに、爪が振り上げられただけで足の一本も動かなくて、今は息の吸い方すら分からない。こんなままじゃ、いつまで経っても、あの門の外へは行けない。
強く、ならなきゃいけないのに。
こんなところで、倒れてなんかいられないのに。
震える右手が、腰のクナイを探り当てた。指に力が入らなくて、柄をうまく握れない。
「ナルコ、待――」
カカシの声が届くより先に、振り下ろした刃が、左手の甲の引っかき傷に突き立った。
焼けるような痛みが、腕を駆け上がった。
「っ……ぐ、ぅうっ……!」
食いしばった歯のあいだから、うめき声が漏れる。痛みが、頭をクリアにした。あれだけ吸えなかった息が、今度は胸の底まで流れこんでくる。暗くなりかけていた視界に、土の色と、自分の手と、刺さったままのクナイが戻ってきた。
「ナルコ!?」
サクラの悲鳴みたいな声がした。クナイを抜くと、傷口から血があふれて、ぼたぼたと地面に落ちていく。手の甲がどくどくと脈打つたびに、新しい血が押し出されてくる。痛い。痛いけれど、さっき息ができなかったときに比べたら、ずっとましだった。
「……もっと強くならなきゃいけないのに。こんなとこで、つまずいてらんないってばよ」
肩で息をしながら顔を上げると、サクラが目を丸くしてこちらを見ていた。サスケも、目を見開いている。
カカシは、ナルコの手から目を離さない。しばらく黙ったあと、困ったように頭をかいた。
「……ずいぶん思い切ったね。ナルコ、目が覚めたのはいいんだけど」
「……?」
「それ以上やると、出血多量で死ぬぞ」
自分の手を見下ろす。血は、まだ止まる気配がない。
「えっ……ええええっ!? ちょっ、そういうのは早く言えってばよ!」
「はいはい、騒がない。ほら、手、出して」
包帯を取り出したカカシは、ナルコの前にしゃがんだまま、それきり待っている。自分から手を伸ばしてくる様子はない。その手をじっと見てから、血だらけの左手をそろそろと差し出した。
包帯を巻く手が、一度だけ止まる。カカシの目が、手の甲の傷口に落ちていた。あれだけあふれていた血はもう止まりかけていて、裂けた縁が、見ているうちにも少しずつ塞がっていく。カカシは何も言わずに、その上から包帯を巻き終えた。
それから立ち上がって、縛り上げた男たちを親指で示し、タズナに向き直る。
「霧隠れの中忍ですね。どんな犠牲を払っても戦い続けることで知られる連中です。――狙われていたのは、あなたですね、タズナさん」
タズナの顔から、酒の赤みが引いていった。朝の威勢は、どこにもない。
「依頼は、盗賊やギャング程度からの護衛だったはずです。忍に狙われているとなると、これはBランク以上の任務になる」
しばらく黙りこんだあと、タズナはぽつぽつと話しはじめた。波の国の海は、ガトーという大金持ちが一手に握っている。島と大陸をつなぐ橋ができれば、それが崩れる。だから、橋を造っている自分が狙われる。国じゅうが貧しくて、高い依頼料なんかとても払えなかった――。
途中から、話はあまり耳に入ってこなかった。包帯の下で、手の甲がまだどくどくと脈を打っている。
話し終えたタズナは、酒瓶を握ったままうつむいてしまった。
「……先生、どうするんですか」
サクラが、包帯の巻かれたナルコの左手とカカシの顔を見比べた。
「ナルコの手、早く里で診てもらわないと。それに、ナルコ、さっき……」
言いかけて、サクラは口をつぐんだ。
「こんなの、私たちには無理ですよ」
「そうだねえ。ここで引き返すのが、筋ではあるかな」
里へ引き返す。あの門をくぐって、またあの里へ戻る? このチャンスを、みすみす逃す?
絶対に嫌だ。
ナルコは包帯の上から左手を握りこんで、カカシを見上げた。
「任務、続けるってばよ。ここで帰るなんて、冗談じゃない」
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任務、続けるってばよ――そう言ったナルコに、オレはすぐに返事ができなかった。
普通はここで引き返すのが筋だ。霧隠れの中忍が二人。それを雇える相手なら、次はもっと上のやつを差し向けてくる。下忍になって一週間の子供を三人連れて、守りきれる保証はどこにもない。
それに、この子は九尾の器だ。里の外で死にかけるようなことがあれば、封印がどう転ぶかは誰にも分からない。そうなったら、責任は上忍ひとりで負えるものじゃないし、上の連中も黙ってはいないだろう。
さっきの発作も、ただ怖じ気づいただけの子供のものじゃなかった。ああいう息の詰まり方をするヤツを、オレは何人か知っている。たいていは、思い出したくないものを抱えているやつだった。
里に戻れば、少なくとも命の心配はいらない。だが、戻った先で、この子を待っているのは何だろうか。
ナルコは、包帯の上から左手を握りこんだまま、オレを見上げていた。さっきまで焦点の合っていなかった目が、今はまっすぐこっちを向いている。笑ってはいなかった。
サクラは不安そうにオレとナルコを見比べていて、サスケはポケットに両手を突っこんだまま、何も言わずに待っている。タズナさんは、酒瓶を握りしめたまま、うつむいて顔を上げない。……そういう顔をされると、こっちも弱いんだよね。
――これで連れ帰ったら、ナルコはもう二度と里の外に出られないかもしれない。
オレは息をひとつ吐いて、頭をかいた。
「……ま、オレが目を離さなきゃいいだけの話か」
「へ?」
きょとんとしたナルコの顔から目を逸らして、オレはのんびりと街道の先を指さした。
「じゃ、行こうか。波の国」
「えっ、続けるんですか!?」
サクラが声を上げて、タズナさんがほっとしたように息を吐く。サスケはもう、先に歩き出していた。
ナルコが慌てて立ち上がって、そのあとを追いかけていく。追い越しざまに、包帯の巻かれた左手が見えた。指先はまだ震えていて、何度握り直しても、止まる様子はなかった。