闇ナルコ 習作 作:ナルコスキー
その夜は、川沿いの河原で野宿になった。
焚き火のそばで、サクラが包帯を巻き直してくれた。昼間にクナイを突き立てたばかりの手の甲には、もう薄い皮が張っている。
「……あんた、どういう体してんのよ」
「へへっ、丈夫なのが取り柄だってばよ」
笑ってごまかしたけれど、治りが早い理由なら、もう知っている。腹の中にいるものの話なんか、サクラにするつもりはない。
何か言いたそうに口を開いて、サクラは結局、包帯の端を結んだだけだった。それも、やけにきつく。……絶対、わざとだ。昼間に言いかけた、ナルコへの問いかけの言葉はとうとう出てこなかった。
火の番はカカシが引き受けて、三人は少し離れて横になる。サクラはすぐに寝息を立てはじめ、サスケは腕を組んだまま、いつの間にか目を閉じている。焚き火の向こうでは、カカシが木にもたれて、例の橙色の本を顔にかぶせていた。
みんなに背を向けて、丸くなる。目を閉じたふりをして、みんなの寝息がそろうのを待った。
薪がはぜる音が、だんだんまばらになっていく。
どれくらい経ったのか、焚き火はもう熾火になっていた。サクラの寝息は規則正しいし、サスケは身じろぎもしない。カカシの顔の上の本も、さっきから一枚もめくれていなかった。
そっと、体を起こす。
ここは、里の外だ。門の上にも、屋根の上にも、誰もいない。……たぶん。こんな夜は、もう二度と来ないかもしれない。
金も、地図も何もない。それでも、道なら覚えている。昼間に通った分かれ道を右へ行けば、宿場町がある。その先のことは、着いてから考えればいい。
――今しか、ない。
荷物には手をつけなかった。音が出る。草鞋を手に持って、裸足のまま河原の石を一つずつ踏む。冷たい石が、足の裏に食いこんだ。
サスケの横を通り過ぎるとき、組んだ腕の指が、かすかに動いた気がした。足を止めて、息を殺す。……寝息は、変わらない。寝返りでも打ちかけたんだろう。
土手を上がって、街道に出たところで草鞋を履く。一度だけ振り返ると、熾火の赤い点が、河原の暗がりにぽつんと残っていた。それに背を向けて、思いきり地面を蹴る。
昼間、みんなで半日かけて歩いた道だ。ひとりなら、ずっと速い。月が出ていて、道の白さだけはよく見える。田んぼの蛙の声が、足音に合わせて途切れては、また鳴きはじめた。
息が上がる。それでも、足は止めなかった。止めたら、追いつかれる気がした。誰に、かは分からない。
そのうち、見覚えのある地蔵が見えてきた。見たことのない紋の入った前掛け。昼間、サクラがしゃがみこんでいたやつだ。その先で、道が二つに分かれている。
右の道の先は、真っ暗で何も見えない。昼間は屋根が並んでいたはずの方角に、明かりがひとつ、ふたつ。
膝に手をついて、息を整える。それから、右の道に一歩を踏み出した。
「こんな遅い時間にどうしたんだ? よい子は寝る時間だぞ」
声は、真後ろからした。
心臓が、跳ね上がる。振り返ると、地蔵の横にカカシが立っていた。片手をポケットに突っこんで、もう片方の手で、まだ例の本を開いている。息ひとつ乱していない。
いつから。どこから。走っているあいだ、足音なんかひとつも聞こえなかった。
頬を、ぐにぐにと揉む。
「せ、先生こそ……へへっ、ちょっと、散歩だってばよ」
「散歩ねえ」
ぱたん、と本が閉じられる。
「ずいぶん遠くまで来たもんだ。昼間に半日かかった道だよ、ここ」
「足、速いから。へへ」
「知ってる。鈴取りのときにね」
逆さ吊りにされたことまで、わざわざ思い出させなくていいのに。
カカシはのんびりと地蔵の前掛けに目をやって、それから右の道の先を眺めた。
「で。宿場まで行って、そのあとは?」
答えられなかった。
「金もない。荷物も置いてきた。額当ては、つけたまま」
指を一本ずつ折りながら、カカシは数えていく。責めるような声じゃない。献立でも読み上げるみたいな、いつもの調子だった。
「木ノ葉の額当てをした子供が、夜中にひとりで宿場に現れたら、どうなると思う? 一晩で、里に知らせが飛ぶよ。そうしたら、次はもう門の外になんか出してもらえない」
額当ての結び目に、思わず手が伸びた。イルカが結んだ結び目。外せばいい。そう思うのに、指が動かない。
「……外に、いたかっただけだってばよ」
声が、勝手にこぼれていた。
しまった。私、今笑えてない。慌てて口の端を持ち上げようとしたけれど、うまくいかない。
カカシは何も言わなかった。少しだけ目を細めて、ナルコの顔を見ていた。それから、頭をかく。
「そっか」
「ほら、帰るよ。サクラが起きて、ナルコがいないって騒いだら、怒られるのはオレなんだから」
くるりと背を向けて、カカシは来た道をのんびり歩き出す。右の道を、もう一度だけ振り返った。明かりは、さっきと同じところでまたたいている。
カカシは一度も振り返らない。逃げるなら今だ、と頭の片隅で思う。でも、走っているあいだ足音ひとつ聞こえなかった相手から、どうやって逃げればいいんだろう。
ナルコはトボトボと歩きながらぽつりとつぶやく。
「……三代目に、言うの」
追いついて、背中に向かって聞く。
「さあねえ」
カカシは、ポケットに手を入れたまま空を見上げた。
「報告書に書くかどうかは、明日の朝のオレの機嫌しだいかな」
河原に戻ると、熾火のそばに、サクラの寝息がそのまま続いていた。
サスケの寝ていた場所が、空になっている。
とん、と乾いた音がした。川べりの柳の幹に、手裏剣が一本突き立っている。月明かりの下で、サスケが次の一本を構えていた。投げる。とん。投げる。とん。一本ずつ、昼間の鎖を縫いとめたときと同じ速さで。
足音に気づいたのか、構えた腕がそこで止まった。
サスケの目が、カカシを見て、それからナルコを見る。土で汚れた草鞋と、肩で息をしている胸を、順に。
「……どこ行ってた」
何か言わなきゃいけないのに、口が開かなかった。散歩、ってばよ。さっき言った言葉が、喉の奥で引っかかって出てこない。
「ちょっと散歩。サスケも、ほどほどにして寝なさいよ」
代わりに、カカシが答えた。サスケはしばらく黙ってナルコを見ていた。
「……散歩なら、草鞋くらい最初から履いてけ」
それだけ言って、柳のほうへ向き直る。
なんだよ。サスケ知ってたのかよ。
とん。
また、手裏剣が幹に刺さる。
さっきまで寝ていた場所に戻って、横になった。みんなに背を向けて、丸くなる。
今度こそ、目を閉じる。それでも、眠気はなかなか来てくれない。
とん、という音が、何度も続いた。カカシの本の頁がめくれる音も、ときどき混じる。外に、いたかっただけ。自分の声が、耳の奥でまだ鳴っている。
――なんで、あんなこと言っちゃったんだってばよ。
寝返りを打った。川べりで、サスケの背中が月明かりに白く浮いている。
しばらくそれを見てから、もう一度、背を向けた。
舟のへりをつかんだ左手の包帯が、霧を吸ってじっとりと重い。
結局、眠れたのは明け方近くだった。今朝、目が覚めたときには、包帯の上から左手を握りしめていた。どんな夢だったのかは、覚えていない。
舟を漕いでいるのは、タズナの知り合いだという船頭だ。ガトーの見張りに見つからないよう、エンジンは止めてあるらしい。櫓が水をかく音のほかは何も聞こえなくて、あのサクラでさえ、さすがに声を落としている。
霧の向こうに、大きな影がぼんやりと浮かび上がった。
「あれが、わしらの造っとる橋じゃ」
酒の抜けた声で、タズナがつぶやく。橋は海の真ん中で途切れたまま、霧の中へ消えていた。あれが、大陸と島をつなぐはずの道。まだ、半分もできていない。あれの半分のために命を狙われてるんなら、ずいぶん割に合わない話だ。
舟を降りて、林の中の道を歩く。しばらく行くと木々が途切れて、左手に大きな湖が広がった。霧はまだ水面に低く残っていて、向こう岸はぼんやりとしか見えない。
湖のほとりを回りこんでいたとき、右手の茂みでかさりと音がした。
考えるより先に、クナイを投げていた。
「ちょっと、ナルコ! びっくりさせないでよ!」
サクラに背中をはたかれながら茂みをかき分けると、木の根元で白い兎が一匹、目を回して震えている。クナイは、耳のすぐ上の幹に刺さっていた。……そんなに強く叩かなくてもいいのに。
「ご、ごめんってばよ……」
謝りながら、兎の毛を見下ろす。真っ白だ。木ノ葉の裏山にも兎はいくらでもいるけれど、雪が解けたあとの兎は、みんな土みたいな茶色をしている。
「……こいつ、なんで白いんだ?」
ぽつりと漏らすと、少し前を歩いていたカカシが、ちらりとこちらを振り返った。その目が、兎ではなくナルコのほうに一拍とどまる。
「全員、伏せろ!」
次の瞬間、カカシの声が飛んだ。
サクラの頭を押さえこんで地面に伏せる。何か大きなものが、うなりを上げて頭の上を通り過ぎていった。どすん、と木の幹が揺れる。顔を上げると、人の背丈ほどもある大刀が、太い幹に深々と食いこんでいた。
その柄の上に、男が一人立っている。
口元を包帯で覆い、霧隠れの額当てを斜めにかぶった男だった。むき出しの肩も腕も、太い縄でもよったように硬そうだ。
「霧隠れの抜け忍、桃地再不斬くん、だね」
のんびりした声のまま、カカシが三人の前に出る。
「お前らは下がってろ。こいつは、さっきの二人とは格が違う」
額当てに指をかけて、ゆっくりと押し上げる。いつも隠れている左目が、赤く光っていた。黒い模様が三つ、瞳のまわりに浮かんでいる。
すぐ横で、サスケの肩がびくりと跳ねた。
「写輪眼のカカシと見受ける。悪いが、じじいを渡してもらおうか」
再不斬の目が、カカシの肩越しにタズナをとらえる。それを遮るように、カカシが半歩横へずれた。
「卍の陣だ。タズナさんを守れ。お前たちは戦いに加わるな」
言われたとおり、三人でタズナを囲んでクナイを構える。再不斬は鼻で笑うと、大刀を幹から引き抜いて、湖のほうへ跳んだ。水の上に、平気な顔で立っている。
霧が、急に濃くなった。
隣にいるサクラの顔すら、白くかすんで見えなくなる。どこからか、低い声が響いた。
「喉、脊柱、肺、肝臓、頸静脈、鎖骨下動脈、腎臓、心臓……さて、どこがいい?」
冷たいものが、うなじから背骨を伝って降りてきた。
息を吸おうとしても、喉が狭くなって空気が入っていかない。霧の向こうのどこかで、誰かが自分を殺す場所を選んでいる。それが分かるのに、指一本動かせない。
――また、何もできないのか。
ナルコは包帯に包まれた左手を握りこんだ。
包帯の下で、昨日自分で刺したところがずきりと痛む。ふさがりかけていた傷が、もう一度裂けた。熱いものが包帯の内側に広がってきてやっと、喉の奥まで息が入ってくる。
霧の中で、サスケのクナイの先が小刻みに震えていた。
「お前ら」
カカシの声だった。いつもと同じ、気の抜けたような声。
「安心しろ。お前たちは、オレが死んでも守ってやる」
振り返らないまま、少しだけ笑ったようだった。
「オレの仲間は、絶対殺させやしないよ」
サスケのクナイの震えが、すっと止まる。
「それはどうかな」
声は、真後ろからした。
卍の陣の真ん中、タズナのすぐ背中に、再不斬が立っている。大刀が振りかぶられるより早く、カカシがその腹にクナイを突き立てた。ばしゃりと音がして、再不斬の体が水になって崩れ落ちる。
水分身だ。そう思ったときには、もう本物の大刀がカカシの胴を横薙ぎにしていた。
そのカカシの体も、水になって弾ける。本物のカカシは、再不斬の背後に回ってクナイを喉元に当てていた。けれど、その再不斬もまた水だった。霧の中から現れた三人目の再不斬が、カカシを湖へ蹴り飛ばす。
水面に落ちたカカシの体が、浮かび上がる前に、水の塊に包まれた。
「水牢の術。これで、お前はもう出られねえ」
湖の上で、再不斬が片手を水の球に突っこんで立っていた。球の中で、カカシがもがいている。
「お前ら、タズナさんを連れて逃げろ!」
くぐもった声が、水の中から届いた。
「こいつは水牢を保ってるあいだ、ここから動けない! 水分身だって、本体から離れれば役に立たない! いいから逃げろ!」
湖の縁の水が盛り上がって、もう一人の再不斬になる。大刀を担いだ水分身が、のしのしとこちらへ歩いてきた。
「忍者ごっこか。笑わせる」
三人を順に眺めながら、水分身が言う。
「オレがお前らくらいの頃には、もう同じ年の仲間を何人も殺してた。霧隠れの卒業試験ってのはな、そういうもんなんだよ」
サクラの喉が、ひくりと鳴った。
タズナの背中。林の向こうへ続く道。水の球の中のカカシ。逃げれば、たぶん助かる。タズナを連れて里へ帰って、任務は終わり。門をくぐって、またあの里へ戻る。
水の球の中から、カカシがこちらを見ていた。逃げろ、と何度も叫んでいるのに、その目は少しも慌てていない。死んでも守ってやる、と言った大人が、いま目の前で溺れかけている。
――ここで逃げたら、全部終わりだ。
水分身の大刀が、ナルコに向かって振り下ろされた。
今度は、足が動いた。地面を蹴って横に跳ぶ。すぐ脇の土が、大きくえぐれた。転がった勢いのまま起き上がって、サスケの隣に並ぶ。
「サスケ」
呼ぶと、目だけがこちらを向いた。
何も言わずに、背中の荷物から風魔手裏剣を一枚引き抜く。道中で使うかもしれないからと、カカシに持たされていたものだ。それをサスケの手に押しつけて、もう一度目を合わせた。
サスケの眉が、かすかに動く。手裏剣を受け取る指に、迷いはなかった。
印を結ぶ。
「影分身の術!」
煙が弾けて、同じ橙色の上着が林じゅうを埋めつくした。二十、三十とクナイを構えた体が、一斉に水分身へ飛びかかる。
「なんだ、こいつら。顔がねえじゃねえか」
大刀が振り回されるたびに、分身がまとめて煙になって消えていく。どの分身も、顔のところだけが水に溶かした墨みたいに滲んでいた。それでも、数だけは減らない。消えたそばから、次の分身を出す。
その煙にまぎれて、もう一度印を結んだ。今度は、自分自身を風魔手裏剣に変える印だ。手裏剣になったナルコを分身の一人が拾い上げて、サスケのほうへ放り投げる。
受け取ったサスケの手の中で、風魔手裏剣は二枚になっていた。
「風魔手裏剣、影風車!」
一枚目が、サスケの手を離れた。うなりを上げる刃は水分身の脇をすり抜けて、湖の上の本体へまっすぐ向かっていく。
「狙いは本体か。だが、甘え」
空いているほうの手で、再不斬は飛んできた手裏剣を難なくつかみ止めた。
その陰に隠れていた二枚目が、足元を狙って低く滑りこむ。再不斬は軽く跳んで、それもかわした。
背後で、ぼん、と煙が上がる。
手裏剣の変化を解いて、宙で体をひねった。握っていたクナイを、再不斬の背中めがけて投げつける。
「ちっ!」
再不斬が身をよじる。クナイは頬をかすめただけ。でも、その拍子に、水の球に突っこんでいた腕が抜けた。
水牢が、ただの水に戻って崩れる。
そのまま、ナルコは湖に落ちた。冷たい水が鼻に入って、思いきりむせる。顔を上げると、水面に立ったカカシが、再不斬の大刀を籠手で受け止めていた。
「……よくやった、ナルコ」
振り返らずに言ったカカシの背中から、さっきまでとは別の冷たさが立ちのぼっている。
あとのことは、ほとんど目で追えなかった。再不斬が印を結ぶと、カカシもまったく同じ印を、同じ速さで結ぶ。湖の水が二匹の竜になって立ち上がり、ぶつかり合って弾けた。再不斬の顔から、だんだん余裕が消えていく。
「なぜだ……なぜ、オレの考えていることが……」
「お前には、未来が見えるかい?」
写輪眼が、赤く光った。
「お前の未来は、死だ」
巨大な渦に呑まれた再不斬が、岸の大木に叩きつけられる。クナイを抜いたカカシが、ゆっくりとそちらへ歩いていった。
そのとき、細い光が二本、霧を裂いて飛んだ。
再不斬の首に、千本が二本突き刺さっている。大きな体が、木の根元に崩れ落ちた。
「ありがとうございました」
声は、頭の上の枝から聞こえてくる。
見上げると、小柄な人影が枝の上にしゃがんでいた。背丈は、ナルコたちとたいして変わらない。顔は、目の穴が二つ開いただけの白い面で覆われている。
体が、こわばった。
里の屋根の上から、ずっと自分を見下ろしていたのと同じ色。模様も形も違うのに、白いというだけで、背中のどこかがすっと冷える。
「霧隠れの追い忍部隊の者です。ずっと、桃地再不斬を追っていました」
面の少年は、枝から音もなく降りてきた。再不斬の首筋に指を当てたカカシが、しばらく黙ってから頷く。
「……死んでる」
「抜け忍の死体は、追い忍がその場で処理する決まりです。秘密が漏れないように」
再不斬の体を肩に担いで、少年はナルコたちのほうへ面の顔を向けた。目の穴の奥は、霧の白さに紛れて何も見えない。
「では、失礼します」
それだけ言って、少年の姿はかき消えた。木の葉が一枚、遅れてひらりと落ちてくる。
少年のいた枝を見上げたまま、動けなかった。
自分と同じくらいの背丈の子供が、白い面をつけて、人の死体を担いで消えていった。あの面の下に、どんな顔があったのか。笑っていたのか、泣いていたのか、それとも何もなかったのか。見当もつかない。
サクラが「……すごい。私たちと、そんなに歳変わらないのに」とつぶやく声が、ずいぶん遠くに聞こえる。
頬を、両手でぐにぐにと揉んだ。冷えた指に、強張った皮膚の感触が返ってくる。振り向くと、ちょうどカカシが額当てを左目の上に引き下ろしたところだった。
「ナルコ、サスケ、サクラ。よく頑張ったね」
「へへっ、けっこうやるってばよ――」
言い終わる前に、カカシの体がぐらりと傾いた。
そのまま、顔から地面に倒れこむ。
「カ、カカシ先生!?」
サクラの悲鳴が上がった。駆け寄ってみると、カカシは目を閉じて、浅い息をくり返している。血は、どこからも出ていない。
「わしの家は、この先じゃ。とにかく運ぶぞ」
カカシの顔をのぞきこんでから、タズナが言った。
サスケが黙ってカカシの右腕を肩に回し、ナルコは左腕を担ぐ。ぐったりした大人の体は、思っていたよりずっと重い。裂けた左手の傷に体重がかかるたびに、包帯の内側がじくじくと痛んだ。
サクラが先に立って、タズナと一緒に林の道を進んでいく。
一度だけ、後ろを振り返った。
霧の向こうの枝には、もう誰もいなかった。前に向き直って、ずり落ちかけたカカシの腕を担ぎ直す。