闇ナルコ 習作   作:ナルコスキー

20 / 20
不穏と濃霧

 日が傾きかけた林の、てっぺん近くの枝で、サスケとナルコは、同じ高さに並んで座っていた。

 

 朝ごはんのあと、ナルコは黙って林へ向かった。振り返ると、後ろには黙ったままのサスケがいた。それから半日、どちらが先にてっぺんに着くかで何十回も木を駆け上がり、今のは同時だ、いやオレが先だった、と言い合っているうちに、太陽はもうてっぺんを通り越していた。木登りの修行としては、とっくに目的を果たしているはずである。誰もそれを口にしないだけで。

 

「……さっきのは、オレが先だった」

 

 肩で息をしながら、サスケがまだ言っている。

 

「爪先一個ぶん、こっちが先だってばよ」

 

 ちっ、と舌打ちが返ってきた。言い返してこないところを見ると、今回はこっちの勝ちらしい。

 

 足の下に、森の屋根が広がっている。その向こうに海。夕日が水面を斜めに照らして、波の一つひとつが橙色の鱗のように光っていた。海の真ん中には、途中で途切れたままの橋。昨日の夜、坂の上から見たときより、ずっと近くに見える。

 

 サスケは、もう何も言わない。ナルコも、しゃべろうとはしなかった。風が吹くたびに、二人の座った枝がゆっくりと揺れる。

 

 汗の引いた首筋が、すうっと冷えていく。風に吹かれているうちに、いつもの笑い顔がどこかへ抜け落ちていた。気づいて、へらっと笑い直す。サスケは、海を見たままだった。

 

 

 下から、サクラの声が飛んでくる。

 

「ちょっと、二人とも! いつまで登ってんのよ、ご飯よ!」

 

 ふん、と鼻を鳴らして、サスケが先に幹を駆け降りていった。負けじと追いかけて、地面に着いたのは、また同時だった。言い合いを始めたところで、遅い、とサクラに怒鳴られながら、家路についた。

 

 その夜は、ヘロヘロで布団に倒れこんだところまでしか覚えていない。

 

 

 

 

 次に目を開けたとき、天井の木目がやけに明るかった。障子の向こうから、昼近い日ざしが差しこんでいる。家の中は、物音ひとつしない。

 

 跳ね起きて、居間へ駆けこんだ。

 

 誰もいない。ちゃぶ台の上に、紙切れが一枚だけ。

 

『ナルコへ。よく寝てたから置いていく。今日はゆっくり休むこと。 カカシ』

 

 その下に、小さい字で書き足してあった。

 

『追伸。布団くらいは自分でたたみなさい』

 

 ……毎朝ちゃんとたたんでるってばよ。今日は寝坊しただけだ。

 

 紙切れを握りつぶして、額当てをつかむ。今日も、みんなはタズナの橋の護衛のはずだった。カカシが寝こんでから、もうすぐ一週間。一週間は動けないと言ったのはカカシ本人で、それは再不斬にも同じだけの時間があったということになる。動けるようになっていても、おかしくない。来るとすれば、たぶん橋だ。置いていかれて、黙って寝ていられるわけがない。

 

 草鞋に足を突っこんだところで、外から何かの割れる音がした。

 

「きゃあっ!」

 

 ツナミの悲鳴だった。

 

 

 

 

 戸の隙間からのぞいた桟橋に、男が二人。

 

 頬に刀傷のある大男が、ツナミの手首をねじり上げている。足元には、割れた水瓶。もう一人は笠をかぶった痩せぎすで、腰の刀に手を置いたまま、退屈そうに欠伸をしていた。

 

「タズナの娘だな。悪いが、人質になってもらうぜ」

 

 ガトーの手下だ。忍ではない。構えも、立ち方も、鬼兄弟や再不斬とは比べものにならない。ただ、刀を持っている。

 

 戸口から桟橋まで、十歩。大男はツナミを盾にできる位置にいて、笠の男はその後ろ。正面から行けば、大男はツナミを前に突き出すだろう。なら、分身を四人。一人目と二人目で大男の両腕を取ってツナミから引きはがし、三人目で膝の裏を払う。四人目は笠の男に張りついて、刀を抜かせない。本体はそのあいだに大男の背中へ回る。十歩ぶんの距離も、跳べば三歩で届く。

 

 頭の中で、手順が組み上がっていく。

 

 なのに、足が動かない。

 

 大男が、喉の奥でくぐもった笑い声を立てた。酒の匂いがした気がした。気がしただけかもしれない。それだけで膝の裏がすうっと冷えて、指先から血の気が引いていく。戸の木枠を握った手のひらに、じっとりと汗がにじんだ。指が、ぬるりと滑る。滑った指を握り直そうとして、うまく握れない。

 

 ――違う。あの夜じゃない。ここは波の国で、私はもう、何もできない子供じゃない。

 

 言い聞かせても、喉は勝手に狭くなっていく。

 

「母ちゃんを、離せっ!」

 

 甲高い声が、桟橋に響いた。

 

 家の裏手から飛び出してきたのは、イナリだった。物干し竿を短く切ったような木の棒を両手で握りしめて、膝をがくがく震わせながら、大男の前に立ちはだかる。

 

「なんだ、このガキ」

 

「イナリ、だめ! 逃げなさい!」

 

 ツナミの叫びも聞かずに、イナリは棒を振り上げた。

 

 笠の男が、鼻で笑って刀を抜く。しゃらりと、鞘走りの音。

 

「邪魔だ。斬っちまうか」

 

 ――動け。

 

 足が、床に貼りついたまま動かない。刀の刃が日の光を跳ね返して、ぎらりと光る。その真下に、イナリの小さな背中があった。

 

 何も知らないくせに、と泣きながらちゃぶ台を叩いた手。あの手が今、震えながら棒を握っている。

 

 こんなとこで、つまずいてらんない。

 

 刀が振り上がる。その頂点の、振り下ろされる直前の、刹那。

 

 印を結ぶより先に、体が戸口を飛び出していた。

 

 十歩ぶんの距離を、三歩で跳ぶ。刃が落ちてくる。イナリの体を横から抱えこんで、桟橋の板の上を転がった。右腕の肘から下が、焼けるように痛む。板の継ぎ目に背中を打ちつけて、一瞬、息が止まった。顔を上げると、橙色の右袖がざっくりと裂けて、腕から血がにじんでいる。

 

 腕の中で、イナリが目を見開いていた。

 

「な、なんだてめえ!」

 

 笠の男が、刀を構え直した。

 

 構え直したその刀の切っ先が、少し下がっている。大人の腰の高さではなく、子供の胸の高さに。相手が子供なら、それで十分だと思っているのだろう。木の葉の額当てが見えていないのか、見えていても、こんなガキが忍のはずがないと決めつけているのか。

 

 どちらでもいい。見くびってくれるなら、そのほうが早い。

 

 イナリを背中に押しやって、立ち上がった。指はまだ少し震えている。それでも、印は結べた。

 

「影分身の術!」

 

 煙が弾けて、桟橋の上に橙色の上着が四人並ぶ。

 

「は……?」

 

 笠の男の切っ先が、四人のあいだを迷うようにさまよった。どれを斬ればいいのか。その迷いが、男の手を一拍遅らせる。

 

 この一瞬があれば、いける。

 

 分身たちが、さっき頭の中で組んだ手順どおりに飛びかかる。一人目が大男の右腕に、二人目が左腕にしがみついた。大男がツナミの手を放す。放した手で刀の柄をつかもうとしたところへ、三人目が膝の裏を蹴った。巨体がぐらりと傾く。傾いた背中へ、本体が飛び乗って、首に腕を回した。締め上げる。大男の体が、どすんと桟橋に沈んだ。

 

 笠の男は、四人目の分身に刀を振るった。一太刀で、分身が煙になる。その煙の中から、本体が飛び出した。刀を振り切った腕に、体ごとぶつかる。重みで刀先が下がった瞬間、手首をひねり上げて、板の上に押さえつけた。刀が、からんと桟橋を転がっていく。

 

 縄の代わりに使ったのは、ツナミの家の物干し綱だった。

 

 分身を消したとたん、体がずしりと重くなった。膝が笑って、桟橋の杭に手をつく。息を吸うたびに、打った背中がずきずきと痛んだ。

 

「ナルコちゃん、腕……!」

 

 駆け寄ってきたツナミが、裂けた袖をつかむ。

 

 血のにじんでいた傷は、もう薄い皮でふさがりかけていた。袖をめくったツナミの手が、そこで止まる。

 

 慌てて、腕を背中に回した。

 

「へ、へへっ……かすっただけだってばよ。もう、平気」

 

 ツナミは何か言いかけて、口を閉じた。それから、背中に回した腕を引っぱり出して、裂けた袖ごとそっと両手で包む。袖の裂け目を、指先でなぞっている。肘から手首のほうへ、斜めに、ざっくりと。ツナミの手のほうが、ずっと冷たかった。

 

「……自分のことも、少しは勘定に入れなさい」

 

 怒っているのか、泣きそうなのか、分からない声だった。

 

 

 

 

 桟橋の端で、イナリが棒を握りしめたまま座りこんでいた。膝が、まだがくがく震えている。

 

「……なんで」

 

 かすれた声で、イナリが顔を上げた。

 

「この前、あんなこと言ったのに。なんで、助けに来たんだよ」

 

 なんで、と聞かれても困る。

 

 木の葉の忍だから。護衛の任務だから。そう答えれば、筋は通る。けれど、戸口で動かなかった足を動かしたのは、そんな筋ではなかった気がする。ちゃぶ台を叩いた手が、震えながら棒を握っていた。それを見たら、体が勝手に出ていた。理由を言えと言われても、それ以上のことは自分でも分からない。

 

 分からないことを言うのは、苦手だった。

 

「……かっこよかったってばよ、さっきの。母ちゃんの前に、一人で立ってさ」

 

 へらっと笑って、答えの代わりにそれだけ言った。

 

 イナリの目が、まんまるになった。何か言い返そうとして、口を開けて、閉じる。帽子のつばをぐいと引き下げて、そっぽを向いた。

 

「……そういうこと聞いてんじゃないし」

 

「分かってるってばよ」

 

 イナリは、それ以上何も言わなかった。あの夜、ちゃぶ台の前で言われたことも、言い返したことも、どちらもまだ二人のあいだに転がったままだった。

 

 橋のほうから、風に乗って低い音が流れてきた。何か硬いものがぶつかり合うような、高い音もまじっている。

 

 ツナミと、顔を見合わせた。

 

「……行ってくる」

 

「ナルコちゃん!」

 

 呼び止める声を背中で聞きながら、桟橋を蹴った。

 

 

 

 

 走るほどに、まとわりつく空気が湿って重くなっていく。額にかいた汗が、いつまでも乾かない。気づけば、道の先が白く溶けていた。

 

 霧だ。湖のほとりで再不斬と向き合ったときの、喉がひりつくような白さ。

 

 橋のたもとで、何かにつまずいた。人だ。タズナのところで働いていた、日焼けした顔の男。肩を揺すると、かすかなうめき声が返ってくる。……生きている。顔を上げれば、霧の向こうに同じように倒れた影が二つ、三つ。数えながら走ると、五つ目で数えるのをやめた。斬られた傷はない。殴られたか、気を失わされたか。殺す気なら、とっくに殺している。殺さずに道だけ空けさせたのだとしたら、相手の狙いはタズナと、それを守る忍のほうだ。

 

 霧の奥から、くぐもった声が聞こえる。右の奥からカカシの声。左の、ずっと手前からサクラの悲鳴。

 

 サスケの声だけが、どこからも聞こえない。

 

 霧をかき分けて、橋の上を走った。足元の板が、途中から新しい木の色に変わる。吸いこむ空気がだんだん冷たくなって、昼間だというのに、吐く息がうっすら白い。どれくらい走ったのか分からなくなったころ、霧の一角が、不意に白く光った。

 

 鏡だ。人の背丈ほどもある氷の板がいくつも宙に浮かんで、丸く何かを取り囲んでいる。その真ん中に、見覚えのある黒い背中がうずくまっていた。

 

 サスケ。

 

 氷の鏡の一枚に、白い面が映りこむ。

 

 ……あの面。

 

 体がこわばるより早く、足が橋の板を蹴っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

転生ナルト物語(作者:ドロイデン)(原作:NARUTO)

 社会に絶望し、自殺した男が転生したのは、まさかのうずまきナルトだった。男はナルトとして、理不尽な迫害をしてくる木の葉で、今日も惰性のように生きていく。▼ 作者の原作知識が片寄っているので、暖かい目で読んでくれると幸いです


総合評価:8468/評価:7.67/連載:24話/更新日時:2026年10月23日(金) 18:04 小説情報

その菊、手折られず(作者:もちがゆ)(原作:BLEACH)

もしも、少女乱菊さんがヨン様の部下に魂魄を奪われなかったら……という妄想を元に、原作知識まで持たせて大暴れしてもらい、遂には卍解に至……ったらいいなぁという内容。▼憑依と言うか人格混ざっちゃって本来の乱菊さんとはかけ離れてます。


総合評価:2671/評価:8.68/連載:28話/更新日時:2026年09月14日(月) 19:26 小説情報

ニチアサ魔法少女モノに転生したら性癖終わってる奴らしかいない件(作者:レイ)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

▼TSよわよわ魔法少女が歪んだ性癖持ちの味方魔法少女達から劣情を向けられまくるお話です。


総合評価:1547/評価:8.61/連載:9話/更新日時:2026年10月26日(月) 02:02 小説情報

日向ヒカゲ忍法帖(作者:鍋川太一)(原作:NARUTO)

 NARUTOの世界に転生した、男の物語。木の葉の名門に生まれた彼の運命やいかに?▼ 作者の独自解釈がてんこ盛りです。主人公はいろんな事に疑問を抱いている。苦手な方は戻って下さいな。▼ NARUTOを読んでいないと分かりづらいと思います▼ 続かないかも知れないし続くかもしれない。


総合評価:3680/評価:7.64/連載:68話/更新日時:2026年10月29日(木) 19:00 小説情報

境界の錬金術師 ー 私、どうやら『人造人間』らしいー(作者:女にだって二言はないぜ?)(原作:鋼の錬金術師)

エドの双子の妹でアルの姉である主人公。▼幼い頃父、ヴァン・ホーエンハイムに連れられ兄弟と別れた少女が、約十年ぶりにエドとアルと再会する話。▼※旧アニメではなく原作をベースにして書いております。▼ オリジナル解釈、原作改変等多々ありますのでなんでも許せる方のみどうぞ。


総合評価:1891/評価:8.33/連載:13話/更新日時:2026年09月27日(日) 19:41 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>