闇ナルコ 習作   作:ナルコスキー

21 / 21
鏡と写輪眼

 霧の奥から、硬く澄んだ音が続いていた。細い針が氷を打つ音。

 

 駆け寄るにつれて、霧に霞んでいた形がはっきりしてくる。人の背丈ほどもある長方形の氷の板が、橋の上に半球を描いてぐるりと並んでいた。鏡のように磨かれた一枚一枚に同じ白い面が映り込み、そのどれもが内側を向いていた。

 

 結界、という言葉が思い浮かぶ。

 

 その真ん中に、サスケがいた。

 

 氷越しの輪郭は水の底を覗き込んだように歪んでいる。それでもサスケが危機に瀕していることはすぐにわかった。片膝を突き、肩で大きく息をしていて、腕にも脚にも細い針が何本も突き立ち、黒い服はあちこちが裂けている。額から垂れた汗が、顎の先で白く凍りかけていた。

 

――まずい

 

 もうサスケは満身創痍で、立ち上がる元気もなさそうだ。私はサスケを呼びかける。意識があるか確かめたかった。

 

「サスケ!」

 

 呼ぶと、傷だらけの顔がゆっくりとこちらを向いた。

 

「……来んな」

 

 掠れた声。息を荒くしながら何とか出てきた声は、いつもみたいな余裕たっぷりな声色ではなかった。

 

「来んなっつってんだ、ウスラトンカチ……。こいつは鏡から鏡に―――ッ」

 

 サスケが言い切る前に、猛攻がサスケを襲った。

 

 鏡のあいだを光が走り、サスケの体が横へ転がる。起き上がろうと突いた腕が、肘のところでがくがくと震えている。

 

 腹の奥がすっと冷えた。このままじゃサスケが危ない。

 

 光の筋は鏡から鏡へ渡っていた。なら相手は、鏡を伝って移りながら打っている。移る先がなくなれば、移れない。中で動けないサスケの代わりに、外から割ればいい。

 

 成功するなんて見通しはしなかった。失敗するかもしれない。

 

 とはいえ、ほかに手は思いつかなかった。思いつかない以上、まずは殴って確かめるしかない。その後は、殴りながら考えればいい。

 

「影分身の術!」

 

 橋の上が橙色で埋まった。

 

 分身たちが一斉に同じ一枚へ飛び掛かる。拳。踵。クナイの柄。返ってくるのは岩でも殴ったような鈍い手応えばかりで、表面には白い擦り傷が薄く残るだけだった。

 

 5回、10回、

 

 何度も同じ一点を何人もが叩き続けるうちに、皮の剥けた拳が氷に赤い跡を擦りつけていく。

 

 ぴし、と細い音がした。氷の表面に罅が走る。

 

―――いける。

 

 そう思ったのとほぼ同時に、その鏡の中の白い面がこちらを向いた。

 

 光が、鏡の外へ飛び出してくる。殴っていた分身の一人が煙になった。隣も。その隣も。鏡から鏡へ移るついでのように白い影が腕を振るたび、橙色が一つずつ減っていく。

 

 だが消えた分は出し直せばいい。チャクラの量だけなら誰にも負けない。絞れないのは欠点だが、こういうときには役に立つ。

 

 煙の向こうから新しい分身が飛び込み、また同じ一枚を殴る。ヒビが少しずつ大きくなっていく。

 

「……やめろ、バカ……!」

 

 氷の向こうでサスケが何か叫んでいる。聞こえなかったことにした。今やめれば、何もかもがダメになる。

 

 

 

---

 

 不味いことになりましたね。

 

 白は独りごちる。

 

 外からの邪魔は考えてはいたが、こういうやり方だとは思わなかった。一人で鏡に挑むのではなく、数を揃えて同じ一点だけを叩き続ける。分身はいくら消しても煙の向こうから湧いてくるし、本体が残っている限り、あの娘は殴るのをやめないだろう。

 

 罅の入った一枚を見て、白は面の下で小さく息を吐いた。

 

 分身を相手にしていても切りがない。止めるなら本体だ。命までは取らない。脚と首の後ろに千本を打てば、しばらくは動けなくなる。それで十分だった。

 

 あの娘には悪いけど、しょうがない。

 

 橋の向こうでは、再不斬さんが写輪眼の男と斬り結んでいる。一度は負けた相手だ。ここで子供二人に手間取り、あちらへ加勢できないまま終わるわけにはいかない。

 

 自分は、再不斬さんの道具なのだから。

 

 

 

 

---

 

 ナルコのもとに、白い影が降り立つ。

 

―――出てきた。

 

 鏡の中にいる限り手は届かない。だが外に出てきたのなら話は別だ。

 

 両脇の分身が左右から。もう一人が背後から。同時に跳び掛かる。三方向。逃げ場はない、はずだった。

 

 跳び掛かった分身が、同じ刹那にまとめて煙になる。

 

 煙が晴れたときには、白い面がもう目の前にあった。咄嗟にクナイを横に払ったが、手応えはない。空振りした腕の内側を、何かがすり抜けていった。

 

 膝の裏に冷たいものが刺さる。右。間を置かずに、左。

 

 突然、脚から、すとんと力が抜けた。

 

――なんだ、これ、力がはいらない

 

 氷の張った橋板に、膝から落ちる。立とうとしても、膝から下が他人の脚のように言うことを聞かない。刺さったところはどれも浅いのに、脚全体がじんと痺れ、力の入れ方そのものがわからなくなっていた。

 

「動かないでください。というか、そこに打てば、しばらくは歩けませんけどね」

 

 静かな声。少し上から、白い面がこちらを見下ろしていた。指のあいだには千本。

 

 その声を、ナルコは知っていた。

 

 朝靄の中で、帰りを待っている人がいるんじゃないですか、と言った声だった。

 

「次で、終わりにします」

 

 狙いは首だろう。わかる。わかるのに、脚が動かない。腕だけで後ろへ下がろうとすると、氷の上で手のひらがずるりと滑った。

 

 影分身を。

 

 印を組みかけた指の甲に、千本が一本突き立つ。指が勝手にほどけた。

 

 白い腕が振り上がる。

 

 

 

---

 

 鏡の中で膝を突いたまま、サスケは顔を上げた。

 

 見えた。

 

 さっきまで光の筋にしか見えなかったものが、輪郭を持ち始めている。鏡を出る肩。腕を振る角度。指を離れた千本が宙に描く細い線。そのどれもが、少しずつ遅れて見えた。

 

 目の奥が焼けるように熱い。何が起きたのかは考えるまでもなかった。父も兄も持っていた、うちはの目。待ち望んでいたものが、よりによってこんな場所で手に入った。

 

 ヒビの入った鏡の向こうで、うずまきが膝を突いていた。

 

 脚をやられたらしい。立とうとして立てず、氷の上で手のひらだけが空しく滑っている。その正面に白い影。振り上げた腕。指のあいだの千本。狙いは首。

 

―――くそ、あいつ、もう逃げられねえぞ。

 

 叫んだところで間に合わない。それだけは、はっきりしていた。

 

 脚に力を込めると、刺さったままの千本が肉の中で軋んだ。膝が笑う。知ったことか。

 

 橋板を蹴る。罅の入った鏡へ、肩から突っ込む。

 

 氷の砕ける音が耳元で弾け、冷たい破片が頬を裂いた。

 

 転がり出た先に、膝を突いた橙色の背中があった。

 

 なぜこんなことをしているのか。自分でもわからない。

 

 オレはあの男を殺すまで死ねない。そう決めて生きてきたはずだった。誰かのために体を張るような真似などするはずがない。ましてや、こいつのためになど。へらへら笑って、復讐から目をそらすようなやつの為になど。

 

 だというのに。

 

 答えが出ないまま、サスケはうずまきと白い影のあいだに体をねじ込んでいた。

 

 

 

---

 

 横で、氷が砕ける。

 

 振り下ろされる腕と自分とのあいだに、黒い背中が割り込んでいた。両腕を広げ、こちらに覆いかぶさるようにして。その首に、肩に、背中に、さっきまでなかった千本が突き立っていた。

 

 白い影は、もう鏡の中へ戻っていた。

 

「……サスケ?」

 

 黒い背中が、ぐらりと傾く。

 

 倒れてくる体を咄嗟に受け止めた。重い。動かない脚では支えきれず、二人揃って氷の上に崩れ落ちる。

 

 腕の中で、サスケの胸がひくりと動いた。喉の奥に引っかかったような荒い息。赤い目が、下からこちらを見上げている。

 

 赤い目。

 

 それがうちはの目だということを、ナルコは知らなかった。知らないまま、その目の中に映っている自分の顔だけを見ていた。笑っていない顔だった。

 

「なんで……」

 

「……知るかよ」

 

 ほとんど息だけの声。口の端から細く血が伝っている。

 

「お前のことなんか……大っ嫌い、だったのによ……」

 

 赤い目が、ゆっくりと閉じていく。

 

「身体が、勝手に動いたんだよ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

転生ナルト物語(作者:ドロイデン)(原作:NARUTO)

 社会に絶望し、自殺した男が転生したのは、まさかのうずまきナルトだった。男はナルトとして、理不尽な迫害をしてくる木の葉で、今日も惰性のように生きていく。▼ 作者の原作知識が片寄っているので、暖かい目で読んでくれると幸いです


総合評価:8471/評価:7.67/連載:24話/更新日時:2026年10月23日(金) 18:04 小説情報

その菊、手折られず(作者:もちがゆ)(原作:BLEACH)

もしも、少女乱菊さんがヨン様の部下に魂魄を奪われなかったら……という妄想を元に、原作知識まで持たせて大暴れしてもらい、遂には卍解に至……ったらいいなぁという内容。▼憑依と言うか人格混ざっちゃって本来の乱菊さんとはかけ離れてます。


総合評価:2670/評価:8.68/連載:28話/更新日時:2026年09月14日(月) 19:26 小説情報

ニチアサ魔法少女モノに転生したら性癖終わってる奴らしかいない件(作者:レイ)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

▼TSよわよわ魔法少女が歪んだ性癖持ちの味方魔法少女達から劣情を向けられまくるお話です。


総合評価:1566/評価:8.61/連載:9話/更新日時:2026年10月26日(月) 02:02 小説情報

日向ヒカゲ忍法帖(作者:鍋川太一)(原作:NARUTO)

 NARUTOの世界に転生した、男の物語。木の葉の名門に生まれた彼の運命やいかに?▼ 作者の独自解釈がてんこ盛りです。主人公はいろんな事に疑問を抱いている。苦手な方は戻って下さいな。▼ NARUTOを読んでいないと分かりづらいと思います▼ 続かないかも知れないし続くかもしれない。


総合評価:3682/評価:7.64/連載:68話/更新日時:2026年10月29日(木) 19:00 小説情報

うちは一族生存戦略(作者:far)(原作:NARUTO)

NARUTO世界で、オリ主に前世の記憶が覚醒。▼そのタイミングはうちは一族のクーデター決起集会。▼さあこのオリ主は、生き延びることが出来るか。


総合評価:8566/評価:8.49/連載:17話/更新日時:2026年10月30日(金) 13:02 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>