闇ナルコ 習作 作:ナルコスキー
大門をくぐったところで、ナルコの前を歩いていたカカシが足を止めた。
「じゃ、報告はオレがやっとくから。今日はここで解散ね」
それだけ言うと、返事も待たずに火影の屋敷のほうへ歩いていく。
「はあー、やっと帰ってきた。お風呂入りたい……」
大きく伸びをして、サクラは家のほうへ駆けていった。サスケはもう、何も言わずに反対の道を歩き出している。
死にかけた任務の帰りでも、猫探しの帰りと解散の速さは変わらない。もう少し、なんかあってもいいと思う。
一人になった通りを歩く。
八百屋の呼び込みも、軒先で丸くなっている猫も、里を出た日と同じだ。
ただ、店先で大根を並べていた若い男が、こっちを見たまま手を止める。井戸端でしゃべっていた女の人たちも、話をやめてこっちを見ていた。
「……あら、かわいい子。どこの子かしら」
「さあ。見ない顔ねえ」
ひそひそ声が、背中のほうで続く。そのうちの一人が頬の三本線に気づいたらしく、声がぴたりと止んだ。
指が、額へ伸びる。
つまもうとした前髪は、そこになかった。指先は、出しっぱなしの額をなでただけだ。
首の後ろの結び目に指をかけたところで、波の国を出る朝に言われたことを思い出した。
『輪ゴムで結んできたら、怒るからね』
……怒られるのは、面倒くさい。
結び目から指を離して、アパートへの道を急いだ。
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火影の執務室に入るなり、三代目の目がカカシの袖口に止まった。包帯に、爪の跡のような赤い筋が三本浮いている。
「……猫に引っかかれまして」
「ずいぶん大きな猫じゃな」
「ええ、まあ」
三代目はそれ以上何も聞かずに、報告書を手に取った。
九尾のチャクラの漏出を確認。短時間で鎮静。敵方の忍・白は、桃地再不斬をかばって死亡。三行しかない報告書を、三代目は裏返して見た。そちらには何も書いていない。
「……どのくらい漏れた」
「尾が一本、出かけたくらいです」
三代目は報告書を伏せて、窓の外へ目をやった。夕日を受けた火影岩が、屋根の向こうに並んでいる。
「このことを知っておる者は」
「七班の三人と、依頼人の家族です。敵方の二人は、もう死にました」
「暗部は」
「里の外でしたので」
それで通じたらしい。三代目はパイプを口から離して、伏せた報告書の上に手を置いた。皺だらけの手が、紙を押さえたまま動かない。
「……あの子は、どうしておる」
少し考える。丘の上の墓の前に、一人で立っていた背中が頭をよぎった。
「笑ってますよ」
口から出たのは、それだけだ。
「帰り道も、ちゃんと笑ってました」
三代目は何も言わない。報告書を押さえた手の甲に、太い筋が浮いている。
「……そうか」
これまでにも何度か聞いた返事だ。ただ今日は、ほっとした響きがどこにもない。
「それと、もう一つ」
戸口のほうへ向きかけたところで、思い出したふりをして付け足す。
「あの子が寝こんでた二日間、サスケがずっと障子の前に座ってましたよ。寝ろって言っても、寝てるって言い張って」
机の上のパイプへ伸びかけた三代目の手が、途中で止まった。
「……うちはの子が、か」
しばらくして取り上げたパイプを、三代目はすぐには口へ運ばなかった。
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帰ってきた晩くらいは、と一楽の暖簾をくぐった。
「へい、らっしゃ……」
湯切りのざるを持ったまま、テウチの声が途中で止まる。
「……こりゃ驚いた。どこのべっぴんさんかと思ったら、ナルコじゃねえか」
奥から、テウチの娘のアヤメが顔を出した。
「えっ、ナルコちゃん? うそ、かわいい! 髪、上げたの? ずっとそうしてればいいのに」
身を乗り出して、まじまじと顔をのぞきこんでくる。近い。
「……べつに。任務で、ちょっと」
指が、また額へ伸びかけた。前髪がないのはわかっているのに。
「いつものでいいか。今日は大盛りにしといてやる」
テウチが、やけに機嫌のいい声で言う。黙ってうなずいて、いつもの席に腰を下ろした。
丼が出てくるより先に、背中の暖簾が揺れた。
「親父さん、味噌一つ。……ナルコ? 帰ってたのか」
振り返らなくても、声でわかる。二つ空けた席に座ったイルカは、こっちを見て、それからもう一度見た。
「……どうしたんだ、その髪」
「サクラちゃんが結んだ」
「サクラが?」
目を丸くしたあとで、イルカの口元がゆるんだ。鼻の傷を、指でこする。
「そうか。……そうか」
丼が二つ、台に並んだ。
「波の国はどうだった。初めての外の任務だろ」
割り箸を割る手が、途中で止まった。
「……べつに。橋、造ってた」
「橋? 護衛じゃなかったのか」
「途中から手伝った」
「へえ。お前が、ねえ」
イルカは麺をすすりながら、何度もうなずいている。何がそんなにうれしいのか、さっぱりわからない。こっちも黙って麺をすすった。
イルカも、それ以上は聞いてこない。テウチが二人の丼にチャーシューを一枚ずつ足していったが、どちらもそのことには触れなかった。
汁を飲み干して、勘定を台に置く。
「今日はオレが――」
「いい。自分で払う」
いつものやり取りだ。イルカは苦笑いして、財布を引っこめた。
暖簾に手をかけたところで、後ろから呼ばれる。
「ナルコ」
「なに」
「……おかえり」
足が止まった。
波の国の縁側で、松葉杖のカカシにも同じことを言われた。あのとき勝手に出ていった言葉が、また口のすぐそこまで来ている。
「……ただいま」
振り返らずに言って、暖簾をくぐった。
アパートの部屋は、埃っぽかった。
窓を開けて、裸電球の紐を引く。床板の下の缶がちゃんとあるのだけ確かめて、荷物は隅に放り出した。三代目にもらった手鏡は、のぞかないまま伏せて枕元に置く。
紐はほどかずに、そのまま布団にもぐりこんだ。
帰ってきた次の日が、ちょうど月に一度の封筒の日だった。
執務室の扉を開けると、机の向こうで三代目が顔を上げる。パイプをくわえたまま、ナルコの顔をしばらく黙って見ていた。
「……ほう。よう似合うとる」
「サクラちゃんが結んだ」
机の前まで行って、いつものように手を出す。手のひらに封筒が載せられたが、三代目の指は、その端を押さえたまま離れない。
「波の国のことは、カカシから聞いた」
パイプが、机に置かれる。
「Cランクのつもりで出した任務じゃった。それが、あのような……」
声が途切れた。
「すまなんだ、ナルコ」
何を謝られているのか、わからなかった。
「なんで三代目が謝んの」
三代目が、顔を上げる。
「外、出してくれたじゃん」
三代目の口が、何か言いかけて開いたまま止まった。封筒の端から、指が離れる。
それをポケットに押しこんだところで、背中の扉が勢いよく開いた。
「じじい! 今日こそ勝負だ、コレ!」
小さな男の子が、手裏剣を握って飛びこんでくる。頭には大きすぎる帽子、首には長い襟巻き。勢いがつきすぎたのか、三歩目で足がもつれた。
どたん、と顔から床に落ちる。
鼻を押さえて起き上がった男の子は、真っ先にナルコをにらみつけた。
「お前! 今、足引っかけたな、コレ!」
「自分で転んだんだってばよ」
「うそつけ!」
手裏剣を放り出して、男の子が突っこんでくる。片手を伸ばして、その額を押さえてやった。腕の長さが違うので、振り回す拳はこっちまで届かない。
「こ、このっ……オレが誰の孫か、知ってんのか、コレ!」
「三代目の孫だろ。さっき、じじいって呼んでたってばよ」
額を押さえていた手を離して、指で一つ弾いてやる。
「いっ……!」
男の子は額を両手で押さえたまま、ぽかんとこっちを見上げた。机の向こうで、三代目が長いため息をつく。
「……木ノ葉丸」
この子の名前らしい。孫の相手は、じいちゃんに任せることにした。
「じゃ、また来月」
へらっと笑って手を振り、扉を閉める。
廊下を半分ほど行ったところで、後ろの扉がまた勢いよく開いた。
「待てコレ! お前、名前は!」
「うずまきナルコ」
「ナルコ! 覚えたからな! 今度会ったら、絶対やり返してやるからな、コレ!」
額にまだ赤い跡をつけたまま、廊下の真ん中で指を突きつけてくる。変なのに目をつけられた。
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二人の声が廊下から消えると、ヒルゼンは窓辺に寄った。
見下ろした通りを、ナルコが歩いていく。そのあとを、十歩ほど離れて木ノ葉丸がついていった。塀の陰に隠れたつもりらしいが、大きすぎる帽子のてっぺんが丸見えになっている。
ナルコが振り返って、何か言った。塀の陰から飛び出した木ノ葉丸が、両腕を振り回して言い返している。
ナルコは、笑っていた。
結い上げた金髪が、夕方の光を受けている。前髪の下から出てきた横顔は、思っていたよりずっと、あの子の母親に似ていた。クシナも、ああして顔を上げて歩く娘だった。
『外、出してくれたじゃん』
火の点いていないパイプを口から外して、またくわえる。二人の姿が通りの角を曲がって見えなくなるまで、ヒルゼンは窓辺から動かなかった。