闇ナルコ 習作   作:ナルコスキー

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封筒と誕生日

 

 来月の十日、慰霊の式の段取り。

 

 書類の山から抜き取った一枚に、猿飛ヒルゼンは眉間の皺を深くした。九月も終わりに近づくと、毎年決まって同じ書類が回ってくる。九尾の夜から、今年で七年目だ。七年。早いものだと言うべきか、まだ七年かと言うべきか。

 

 扉を叩く音がしたのは、その書類に判を押し終えたときだった。

 

「入れ」

 

 扉が細く開いて、ぼさぼさの金髪がのぞく。月に一度、生活費を受け取りに来る日だ。

 

「来たか、ナルコ」

 

「うん」

 

 机の前まで来ると、ナルコはいつものように黙って手を出した。封筒を渡すと、中身も確かめずにポケットへ押し込む。

 

 その手を見て、ヒルゼンは目を細めた。

 

 春先にはあれほど貼ってあった絆創膏が、ずいぶん減っている。手のひらの擦り傷も、ほとんど治りかけだ。

 

「……近頃は、木登りをしておらんのか」

 

「してる」

 

「そうか」

 

 嘘ではないのだろう。だが、前ほどではない。毎朝あの森へ通っていた時間が、何か別のものに置き換わっている。何に、かは分からんが。

 

「イルカから聞いたぞ。変化の術が、ずいぶん見事だったそうじゃな」

 

「……別に」

 

 前髪の隙間から、ちらりと見上げてくる。それから、もう用は済んだとばかりに踵を返した。

 

「ナルコ」

 

「なに」

 

「来月の十日じゃが……」

 

 言いかけて、口を閉じた。その日が何の日なのか。この子にどう切り出せばいいのか。七年経っても、まだ分からない。火影が聞いて呆れる。

 

「……いや、何でもない。気をつけて帰れ」

 

 ナルコは首を傾げたが、何も聞かずに扉を閉めた。

 

 

 

 

 水晶玉に手をかざす。

 

 長い階段を下りる小さな背中が映った。建物を出たナルコは、表通りには向かわない。人気のない路地へ入る。

 

 路地の奥で、印を結んだ。

 

 煙が晴れると、黒髪を肩で切りそろえた見知らぬ少女が立っていた。何事もなかったように路地を出て、夕暮れの商店街の人波に紛れる。

 

 黙って、その姿を追った。

 

 八百屋の店先で、少女が大根を一本指さす。店の主人が笑って何か言い、少女が頷いた。小銭を受け取った主人は、ついでとばかりに菜っ葉をひと束、籠に放り込んでやる。

 

 ナルコの素顔を見れば、決して笑わない男だ。

 

 水晶玉から、目が離せなかった。

 

 ――そういうことであったか。

 

 絆創膏が減ったわけも。イルカが妙に浮かない顔で変化の試験の話をしていたわけも。ようやく腑に落ちた。

 

 この里で人並みに扱われるために、あの子は自分ではない誰かになることを覚えたのだ。誰に教わったわけでもない。たった一人で。

 

 知らず、パイプを強く噛んでいた。

 

 手を打たなかったわけではない。ナルコが四つの頃、値段をふっかける店があると聞いて、それとなく役人に注意させた。結果は、ひどいものだった。火影に告げ口をする子だ――そんな噂があっという間に広まって、それまで黙って物を売っていた店までが、ナルコに背を向けた。

 

 大人たちは口を閉ざしても、目までは閉じない。上から押さえつければ押さえつけるほど、その目は冷たくなる。分かっていたはずのことを、ヒルゼンはあのとき、あの子の暮らしで思い知らされた。

 

 だから、それからできたことといえば、毎月の封筒を少し厚くしてやるくらいだった。ふっかけられた分を埋め合わせて、あの子が飢えずに済むように。

 

 その金で、あの子は自分を消して買い物をしている。

 

 ……何をしておるのだ、ワシは。

 

 水晶玉の中で、黒髪の少女は籠を抱えて路地へ戻った。煙が上がる。いつものぼさぼさ頭が、そこにいた。

 

 ヒルゼンは水晶玉から手を離して、深く息を吐いた。

 

 

 

 

 机の上には、慰霊の式の書類が広げたままになっている。

 

 十月十日。九尾の夜に死んだ者たちのために、毎年ささやかな慰霊の式が開かれる日だ。この日だけは、どんなに穏やかな者でも、あの夜を思い出さずにはいられない。

 

 そしてこの日は、あの子が生まれた日でもある。

 

 ミナトとクシナが、命と引き換えにこの世に残した子供の誕生日。それを祝った者は、この七年、ただの一人もいない。ヒルゼン自身も含めて。

 

 式は昼のうちに終わる。そのあと、九尾の夜に家族を失った家を一軒ずつ訪ねて回るのが、毎年自分に課している務めだった。去年も、一昨年も、最後の家を辞する頃には、とうに日付が変わっていた。

 

 遺族を放ってはおけん。だが、あの子を放っておいていい理由にもならん。毎年そう思って、毎年そのまま十一日の朝を迎えてきた。

 

 ――今年こそは。

 

 弔問が終わったら、どれほど遅くなろうと、あの子の顔を見に行こう。何を言えばいいのかは分からない。それでも、今日がお前の生まれた日だと、誰かが覚えている――それだけは伝えたかった。

 

 ヒルゼンは筆を取って、十月十日の予定表の余白に、小さく丸をひとつだけ書き込んだ。

 

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