冷たく白い部屋の中にまだ『生まれて間もない』が目を閉じていた。
ゆっくりと心臓が鼓動し、規則正しい呼吸音が辺りに響き木霊する。
「……っ」
その少女が突如として覚醒を果した。
なんの前触れもなくゆっくりとその瞼を開ける。
「な……に……ここは」
少女は辺りを見渡し、現状を把握しようと動き出す。
生まれて間もない少女の足取りは鈍く、子鹿のように震えながら壁にもたれ掛かり、歩き出そうとするが。
「……っ、はぁ」
思いのほか身体が上手く動かせない彼女はガクリと膝をつき肩で呼吸をする。
「…!?この身体は……」
彼女は何かの異変に気づいたかのように身体を見やる。
「なんで、こんな体に……」
その異変の正体は自身の体の変化、つまりは別人になっていた事だ。
髪は長く下に垂れ、胸は大きく、キメ細かな肌になっている事に気づく。
「……誰がこんな…いや、焦るべきじゃ…ないね……ふぅ。今は今できることを……っやらないと…ね」
悲鳴をあげている足にムチを打ちつけ無理やり歩き出す。
歯を食いしばりながら探索を続けていると、小さな窪みを見つける。
「ボタン…?明かり?」
彼女はしばらくの間思案する。
正体不明のボタンなど押してしまった暁には何か良からぬ事が起きるかもしれないと考えてのことだ。
十中八九危険を及ぼすものではないと頭では分かってはいるが警戒しておかなければいけない。
なにせ何もかもが疑問だらけ、自身の体についてもこの部屋の事も、はたまた何でここにいるのかもが不明瞭なのだから。
「……ふふ、いい…よ。押してあげる。」
だが、彼女はそこまで臆病ではないようだ。
カチッと勢いよく押し付ける。
するとすぐ隣にあった扉が開いただけのようだ。
「まぁ、そうだよ…ね。」
半ばわかっていたようだが、警戒しておいて損はないし全てを疑って置いた方が自身のためだろう。
まだ覚束無い足を動かし部屋の外に出る。
「わぁお、見事なまでにってやつ……だね」
乱雑に置かれた資料などが散らばる部屋にたどり着くが、人の気配何てものは一つたりとも存在していなかった。
明かりなども付いておらず、辺りを見渡すには肉眼では頼りない程だ。
「おや?」
そんな暗闇の中で彼女はある一つの資料を見つけ出す。
乱雑に散らばった資料しか無いはずだと言うのに、しっかりと整理整頓をされ纏められた資料は明らかにおかしかった。
「メモ?……ふぅん、【遺書】とは穏やかじゃない…ね?」
その資料の一番上に書かれてた文章に目が止まる。
『遺書』と他の文字と比べ大きくプリントされていた。
「………はぁ」
気乗りしないと言ったように肩を落とすが、現状を知る為には読むしかない。
そして彼女はその文章を読み始めた。
『やぁ、誕生日おめでとうB008。この文章を読んでいるということは成功したのだろうね。君が起きるのは100年後か1000年後かは分からないが手紙を残しておくことにした。ただの紙媒体では君が読む頃には最悪朽ちてしまうから使う素材には苦労したよ。おっと、君はそんなことが聞きたい訳じゃないよねごめんごめん。なんでここに居るかとか気になっちゃってる感じでしょ?わかるわかる』
「長い」
『それで本題だ。君は我々の悲願の結晶だ。魂を用いたアカシックレコードの完全顕現。君はこの世の全てを知っているはずだ。そうだろう?』
「……?」
『君は外の世界の人間で、申し訳ないと思いつつ魂を拝借させてもらった。そして予め用意しておいた器に魂を入れ込んだ。馴染むのには果てしない時間を要するがね。あぁ……本当に良かった、我々は成功したのだ、神の誕生を!さて、これから君は……』
「……きも」
読んでる途中ではあるのだが、あまりの文章のキモさにぽいっと資料投げ捨て、いつの間にか通常通り動くようになった足で部屋を後にする。
「アカシックレコード?たしか宇宙の情報を記したもの……だったかな?……」
部屋を出た後に続いたのは長い廊下であった。
明かりなんてものは当然の如くないのでその瞳には暗闇しか写っていない。
「まだまだ続きそう……だね……っ!?」
彼女の歩みは突如としてとまる。
その場でうずくまり頭を抑え苦痛に耐えるような呻き声を出す。
「っふふ……なかなかハード、だね。」
しばらくして頭の疼きが収まったのか、立ち上がると同時にあることに気づいてしまう。
「記憶が……ない?……いや、まるで虫食いのよう…な」
彼女は気づく、自身の記憶のほとんどが欠けていることに。
「ふふ、これはアカシックレコードとは真逆ではない…かな?……っ」
何かが足にあたり下を見やる。
「死体…?いや、ロボット?」
死体だと思ってしまうほどに精巧に作られたロボットが転がっていた。
辺りをよく見ると倒れているロボット群が目に映り、その全てが白衣を纏っていてまるで研究員かのようであった。
「わぁ…すごいの持ってる…ね」
ロボットの懐に閉まってあったものに目をつける。
手に取ってみるとそれは一丁の小型拳銃であった。
「…初めて見るタイプだね、古い……いやかなり近代的と言った方が…的確かな?まぁ少し知ってるだけで、詳しいわけじゃ……ないけどね」
その珍しい拳銃を懐にしまいまた彼女は動き出す、もう既に身体の使い方を熟知したようで一挙手一投足に迷いもぎこちなさも存在していなかった。
「電気は…通ってるらしいし、どこか、照明の……おや」
照明をつけようとひたすらに歩き回っていると、ふと明るいところを見つける。
どうやら外からの光のようだ。
「出口発見、と言うやつ…かな」
ふぅ、と息をつきその光の元へと歩みを進める。
思っている以上に外の光が強く、暗闇に慣れてしまった瞳がその光を受け付けないが関係ないと言ったように進み続けた。
「……おや」
受け付けずにいた瞳はその光を傍受し始め外の光景をうつした彼女は驚愕する。
それもそうであろう、辺りに広がるのは一面砂で敷きつめされている砂漠であったのだから。
「はぁ、憂いてもしょうがない…とは分かっていても……これはキツイ……ね」
「……誰ですか貴方は?」
その砂漠を踏破しようと決意を固めた彼女の足が動きだす瞬間に背後から声が聞こえた。
振り返るとそこには髪の短いピンク髪の少女が立っていた。
「……そちら…こそ」
「見ず知らぬ不審者に言うとでも?」
「不審者?……あぁ、確かに……ね」
なぜ不審者に疑われたかの理由は単純明快で赤子の姿の状態で拳銃一丁しか持っていなかったからだ。
「……ごめん、ね。これは事情が…あるんだ」
「はぁ?事情……?」
「うん。私はさっきそこから……っ!?」
先程まであったであろう研究室の入口が突如として姿を消し砂漠だけが目に映った。
まるでそこには何も無かったかのように。
「そこから、なんですって?」
「説明する材料が、無くなってしまった…ね。今は砂しかない…けど確かにそこから出てきたんだ……よ?」
「砂の中から?やっぱり不審者ですね」
「……そっかぁ」
弁明を諦めた彼女はがくりと肩を落とし大きくため息をつくのであった。
◆
私は小鳥遊ホシノ、アビドス高等学校一年生だ。
今回私は普段なら来るはずもないアビドスのある1区画に出向いていた。
私の先輩である梔子ユメと言う名の先輩がいるのだが、その先輩から宝があるかもしれないと言われた為に居てもたってもいられずに来たのはいいのだが、そこにあったのは宝ではなく、私の想像すらいない存在が鎮座していた。
「とりあえずこれ着てください」
「……小さい…かも?」
「なら着なくてもいいんですけど?」
この礼儀も節度も知らなそうな常にニコニコしている美少女に、遠出をする際に持ってきた着替えを渡す。
サイズが合う合わないはあるが無いよりかは遥かにマシだと思う。
「…小さい…ね」
「わがまま言わないでくださいよ」
全くもってわがままなヤツである。
見た目が良いからまだ許されているところがあるが、本当ならば1発程度殴っていたところだ。
「それで、貴方名前は?」
「……うーん、そうだなぁ、、、B008?」
「は?」
「ふふ、思った通りの反応…だね。私の生みの親?が言ってた…から」
「……あぁ、もう分かりましたよ……!ベータ、貴方はベータです!」
彼女が名前を言おうとしてた時に見せた表情から嘘では無いのだろう。
だが呼びずらすぎるし普段からB008と呼ぶヤツは頭のおかしいマッドサイエンティストに思われて然るべきだ。
適当につけた名だがこれからはベータと呼ぶことにする。
彼女はニコニコしながら、どうでもいいかのようにコクリと頷いてくれた。
「それでベータ、貴方何者なんです?」
「……さぁ?」
「もうなんか、慣れてきちゃいましたよ」
「ごめん…ね」
これもまた嘘では無いのだろう。
自分が何者かも知らない不審者、もしかしたら記憶喪失を患っているのだろうか。
「部分的には……そうなんじゃないかなぁ」
「心読めるんですかあなたは」
「ふふ、結構…分かりやすい顔する…から、えっと……」
「小鳥遊ホシノです」
「珍しい名前…だね」
「貴方程じゃないですよベータ」
「ふふ、言えてる…ね」
くつくつと笑うベータ、彼女の風貌を改めて見ると本当に綺麗だと思った。
性格は穏やかで、ものすごくのほほんとしているが、その見た目は美しいの一言だ。
髪は真っ白で長く綺麗に生え揃っており、髪の間から覗かせる赤い瞳からはまるで人とは思えぬ程だ。
特徴的なのは喋り方だろうか。
かなりゆったりと喋っており、声色と綺麗で透き通った声も相まってとても落ち着き、決して不愉快などではない。
言葉を遮るなんて事なんてせずに、最後まで聞き及んでしまう程にだ。
「覚えてることも……ある…かな?でも…ほんの少ししか…」
「やっぱ記憶喪失じゃないですか」
「そうかも…ね?……ホシノ、貴方は前世を信じたり……する?」
「案外スピリチュアルですね」
「ふふ、今日からスピリチュアルになっちゃった。まぁ…冗談半分で聞いて……よ。……前世の記憶を私は少しだけ…持ち合わせているけど…ほとんど忘れちゃってるん…だ。」
「……はぁ、まぁ話を合わせてあげますよ。それで、覚えていることは?」
「前世でどう暮らせていたかぐらいなもの……だね」
「何も役に立たないじゃないですか」
「全くだ…ね」
基本的に和かな笑顔を貫く彼女は分かりやすく肩を落とし、分かりやすく落ち込む。
「それで……ね」
「はい?」
「そんな私にも少しだけ役に立つ記憶がある…の。」
「なんです?」
「戦闘技術…ってやつ……かな?」
「……それで?」
ベータは私のショットガンを指さしながら答える。
「見た限り…だけど、この世界は銃撃戦がよく起きる……でしょ?私を護衛として雇ってみな…い?」
「いやです」
「ふふ、ばっさり…だね……」
ベータもダメ元での提案だったのだろう。
特段落ち込まずにすんなりと引き下がりギラギラと照り返す砂粒を見つめ始める。
何故だが、放っては置けなくて私はある提案は投げかけた。
「アビドス入りますか?」
「アビドス……?」
「簡単に言えば、アビドス高等学校の学生になりませんか?」
「ふむ、柄ではないと…思うのだけれど……」
「野垂れ死ますよ?」
「が、学費とか……は?」
「…はい?」
「……いや、なんでもない……よ」
「それで来るんですか?」
「野垂れ死ぬよりかは遥かに良い……かな」
「なら決定ですねベータ」
「うん……よろしく、ね。」
そして彼女はまだ未定ではあるがアビドスの学徒になる事が決まった。
宝を探しに来たと思っていたのに、まさか新入生を手に入れる事になろうとは全く思わなかった。
「それじゃあ、行きましょうか」
「……?」
「アビドスですよ、アビドス高等学校です」
「あぁ、理解、した」
「……というか、何年生になるんですかね」
「…まだ赤ちゃんみたいなものだから……幼稚園児?」
「何馬鹿なこと行ってるんですか…まぁ一年生ってことにしておきましょうか」
「貴方は…何年生…?」
「一年生です」
「ならタメ口でいい……よ?」
「……んー、まぁそれは追々にしておきましょう?」
「ホシノがいいなら……それでいい…よ」
そうして私達は広大に広がる砂漠の上を歩き始めた。
雲ひとつもない青空の下、灼熱の太陽が身を焦がすかのように焼いてくる。
そんな彼女は汗を滝のように垂らしていたがが、その表情は依然として笑顔を貫き通していた。
「辛いなら言ってくださいよ?」
「辛い…ね」
「……す、素直ですね」
苦言を何一つ言ってこなかったのに、聞いた瞬間にそんな事を言われるので動揺してしまう。
「まぁ、耐えられないほどじゃ……」
すると前の方向にばたりと倒れた。
「…!?ちょ、なんで一瞬強がろうとしたんですか!?」
「……ごめん…ね」
「あぁもうっ!」
すぐさま私はベータに駆け寄り、水筒を取り出す。
その中身はとっくの遠にぬるま湯になってしまっていて、普段飲む時は顔を顰めてしまうが、こう言った環境ならば冷えた水よりも美味しく感じるだろう。
「…ゆっくり飲んでくださいね」
ベータの後頭部をすっと持ち上げ、飲みやすいようにする。
最初少しだけ遠慮をしていたように思えたが、諦めたかのようにゆっくりと飲み始めた。
ベータの髪に触れてみて改めて思ったのだが、とてもサラサラしていた。
「…本当に手がかかりますね貴方は」
「……ふふ、本当に申し訳なくおもう…よ」
「はぁ、もういいですよ。全く……」
少しベクトルは違う手のかかり具合だが、ユメ先輩と少しばかり似ているように感じてしまった。
はぁ、なんで私この人をアビドスに誘ってしまったのだろう。
「…ホシノ、少し…疲れてる?」
「え?」
「会った時から…少し疲れたような感じ……だよ?」
「うるさい口ですねぇ」
「おぼっ、ちょ、ご、ごめ……」
何故だが反論がしたくて、水筒を無理やり口に突っ込み喋れなくさせる。
まだアビドスに来て、間もない私は確かにあの生活に辟易していたが、それと同時にとても楽しくもあったからなのだと思う。
ユメ先輩はバカで間抜けで、とても後輩思いの天然さんだ。
そんなユメ先輩に呆れながらも、心から尊敬している。
「……前言…撤回。楽し、そうだね」
「……また塞ぎますよ?」
まるでこちらを見透かすような言い回しが、普通ならば不快感を感じるのが自然だと言うのに妙に心地がいい。
私の内側をさらけ出しても、きっと彼女はニコニコと笑いかけながら話を聞いてくれるのだろうと想像が着く。
「そんなことより……ほら、乗ってください」
私は屈み背中を向ける。
「えぇ、でも……重い…よ?」
「私をあまり舐めないでください」
「……なら、お言葉に…甘えて…だね」
彼女のを背に乗せ、程々の重さを感じながら持ち上げる。
「重く…ない?」
「とても軽くて驚いてる程ですよ。それじゃあ行きましょうか」
「う…ん」
彼女の透き通るような声が耳元に囁かれると変な気持ちになってくるが、その感情を制御しながら私達はアビドス高等学校に向かうのであった。