あの日からホシノの性格が変わり始めた。
それはもう劇的にと言っていいほどに、一日、一日と時間が経つにつれてホシノのトゲがなくなって言っているように思う。
「……」
あまり口には出さなかったが私達は借金を背負っている。
正直言って明日を考えなければならないほどに困窮していた。
それもかなりの額の借金だ、数年で返せるほど生暖かいものではない額、その現実を直視しても私達はこのアビドスに残ることにした。
理屈とかそういうのではないのだ。
私達の居場所はここだけ、私達の家は帰る場所はここだけなのだ。
そしてユメ先輩が愛したアビドスはここにしか存在しないのだから。
借金などそれこそ本当にどうでもよかった。
そんなことよりも今はホシノの方が気がかりだ。
現在私たちは校門を少し入って少しのところにあるベンチでお互い無言のままくつろいでいる。
「ホシノ…」
「ん?」
「大丈夫?」
「誰に言ってるんですか?もちろんですよ」
ホシノは髪を伸ばし始めた様で、雰囲気が以前より違う。
ユメ先輩の幻影を追っているかのように、日に日にユメ先輩に近づこうとしているようにしか見えなかった。
もう既に居ないよと言えたらどれほど良かっただろうか。
どうしたらホシノの、貴方の心を癒せるのだろうか。
「ホシノ…」
「わっ!もうなんですか?ベータ」
私は思わず抱きついてしまった。
辛かった、見たくなかった、見ていられなかった。
こうなるくらいならば、こんな感情なんて知りたくもなかった…
「ベータもっと抱きついて」
「…うん」
「もっと」
「うん…」
「ふふん…」
ホシノが満足するまで優しく力強く抱きしめてあげる。
ユメ先輩、教えてください、また私に、どうか、教えてください。
「ベータ…」
「ごめん…ホシノ待って」
ホシノが何かを言いかけていたが、私はホシノから目を離しある一点を見つめる。
誰かがいる。
「誰…?」
雰囲気でしかないが、校門裏に誰かが、確かにそこにいるように感じる。
「………なんでバレたんですか?」
観念したかのように校門裏からぴょこっと恐る恐る姿を表した。
そこに居たのは私達よりも長身で胸が大きい如何にもお嬢さまという言葉が正しい少女がそこにいた。
「雰囲気…かな?」
「なんですかそれ…」
「それで…なんの用?」
そうホシノが問いかけるとシュッと姿勢を整える。
「えぇと、わ、私は…」
「どこの生徒?目的は?所属と学年は?」
「ホシノ、落ち着いて」
「……うん、ごめん」
「…そうだ…ね、まずはどこから…来たの?」
ホシノを静止させてゆっくりとその少女の話を聞く。
「あ、アビドス自治区にある中学校から来ました…」
「…っえ?」
「ホシノ、失礼なこと考えた…よね?」
「だ、だって、年上にしか見えなくて…」
「あはは…」
正直言って私も全く同じ思いだ。
その少女は大人びた雰囲気があり、感覚としては高校3年生だろうなと思っていた。
「…あっ、その校章、私立ネフティス中学校?」
「あっ、その…」
「…廃校…だったはず…だね」
「…私が卒業したら廃校に…なります」
私達が廃校だと思っていた中学校はどうやらまだ廃校ではなかったらしい。
ふむ、私が卒業したら…か。なるほど、確証は無いが少しだけ読めてきた。
「ネフティス企業の超エリートの中学校…」
ネフティス、それはこのキヴォトスにおいて超大手の企業であり、そして私達は悪徳企業と認識してしまっているところだ。
「その後継者がいるとは聞いてたけど、君だったんだね。十六夜ノノミ」
「……」
先程までの情報から嫌でもその子がネフティスの後継である十六夜ノノミだと分かる。
十六夜ノノミがアビドスに来た目的は買収、または似たようなものの交渉に来たのだろうか?
いや、恐らくは違う、焦っているような表情まるで誤解を恐れているかのような顔をしている。
買収などではないのなら、ネフティスのお嬢様がわざわざアビドスに一人で来る理由が分からない。
「もう一回聞くよ?なんの用?」
「わ、私…は」
「回答に気をつける事だよ、ヘイローの保証が出来ないから」
あ、ホシノ言い過ぎたかも、焦りが恐怖に変わった。
「…ご、ごめんなさい。わ、わたし」
ノノミは後ずさりをした後振り返って逃げ出してしまった。
「ホシノ…」
「ご、ごめん。言い過ぎちゃった」
「はぁ…」
結局私達は十六夜ノノミがなぜアビドスに来たのか。
その理由を聞きそびれてしまったのであった。
◆
ベータはあの日から明確に変わったように思えた。
最初の頃なんて無関心が服を着て歩いていたような奴だったのに、今やその無関心がなりを潜めている。
具体的にいえば、周りに優しくなったのだ。
困っている人がいたらその人に近寄り手伝おうとするし、話を聞きに行こうとする。
表情も僅かにだがバリエーションが増えたように思う。
いつもニコニコしているのがデフォルトだが、そこに悲しみや怒りの感情が混ざる時がある。
まぁ、私以外の人がみたら、ずっとニコニコしてるだけに映っているだろうが、たしかに変わっている。
「もう、怖く…いいすぎ」
「あはは…」
私的には程々にと言った程度なのだが…
「程々じゃ…ないからね?」
「…はい」
表情から感情、ましてや心の内を読む力は未だ健在であるので、怒ったベータは笑顔でもすごく怖い。
少し叱ってるだけのはずなのに、それだけでも怖いので本気で怒った時は考えたくもない。
「そ、それで、どうでしたか?十六夜ノノミは?」
「悪い子じゃ…ない。少なくとも…買収…目的じゃない」
ベータが言うのならそうなのだろう。
私達があの子に会いに行くことはないが、また来てくれたのならもう少しだけ優しく接してあげよう。
「ねぇ…ホシノ。」
「ふふ、なんか不安そうですね」
ニコニコしかしないベータの表情は読みずらいと皆は言うが、私はベータほど分かりやすい表情をするやつを知らない。
いや、最初の私もきっとその皆に入ってはいただろうが、今になっては他の人の方が読みずらく感じる。
「生徒会…閉めるの?」
「……潮時…ってやつですしね」
「…そっか」
とても寂しそうな顔をするベータに心が締め付けられる。
私だって辛い、だが……
「はぁ…」
「ホシノ、大丈夫…だよ」
「はい、ベータ…ありがとうございます」
大丈夫、大丈夫だ。
私にはベータがいる、きっと大丈夫なはずだ。
この心もいつか収集がつけられる時がきっと…訪れる…はずだ。
◆
私が帰路に着きすぐの事だ。
「……いらっしゃい」
「は、はい、こ、こんばんは」
私は校門から出てすぐの所に、いずぞやの少女に出会った。
私はできる限り棘のない言葉で話しかけることを意識する。
「あ、あのっ!お話があります」
「うん、なに?」
優しく行くつもりではあるが、少し淡白すぎる言い方だっただろうか。
「えっと、わ、私ネフティスの者なのは事実です!」
「うん」
「その事実は変わらないです!でも、私アビドスに何かできないかと思って、私にできることを話に来ました!」
「……」
「私のゴールドカードでアビドスの借金を…!」
「ストップだよ」
「え?」
十六夜ノノミのゴールドカード、天下のネフティスグループのお嬢様のカードを使えば直ぐにでもこの窮地を脱却することができるだろう。
だが、それで支払ってしまったら私達は一生返せない借りを作ることになる。
言わば実質的な買収だ。
「もし、それで私達のアビドスの借金を返せたとしようか。それで、私達の気持ちはどうなるの?」
「え、えっと、」
「君たちに一生かけても返せない借りを作ることになっちゃう」
「……買収行為…ってことですか?」
「悪く言えばね。それは君のお金じゃない、ネフティスのお金だよ?しっかり考えてる?」
厳しくしすぎだろうか?
まぁ、でも、ユメ先輩ならば、しっかり叱るべきところだろう。
「じゃ、じゃあ!どうしたらアビドスの借金を返せるんですか?」
「……アビドスの生徒になって、稼げばいいんじゃない?」
入れさせようとか、そんなのではないただの冗談だ。
「あなたのように?」
「ん?うん」
ん?結構マジになってないかな?
「分かりました、出直してきます」
「あっ」
どこか覚悟を決めたような目つきでトコトコとこの場所から離れて行く。
止めようとも思ったが、まぁそこまでやる義理もないので私も家に帰ることにした。
◆
「……ホシノ、なに…やったの?」
「え、えぇ?わ、私?」
「アイドルです…アイドルなら行けますよ先輩方!!」
「ホシノ?」
「知らないです」
もしやとは思っていたが、本当にアビドスに来るとは思わなかった。
あまつさえ、アイドルをやろうなんて言い出すとも毛ほどにも思うわけもないので、最初は困惑していたが一周まわって冷静になってきた。
「アイドルは…うん、いいとは思う…よ?え、えっと、と、とりあえず、入学…したいって話だった…けど?」
「はいっ!!私、ここに入りたいです」
「借金事は…」
「もちろん知ってます!」
「……そっか」
「…っはは」
ベータが今までに見ないほどに珍妙な顔をしていたのでつい笑ってしまった。
そりゃあそうだろう、多額な借金があるアビドスに、未来が明るい良いとこのお嬢様がわざわざ入学したいと直談判、さらには私達にアイドルをやらせようとしてるのだから。
「本当に…いい…の?もっといい…高校もある…よ?」
「はい、ここがいいんです。ハイランダーと言う所を勧められましたが…」
「考えたんだよね?」
「はい、それはもう沢山。」
「…ベータ」
「後悔はしない…でね」
こうして、十六夜ノノミことノノミちゃんは晴れてアビドス高等学校の学生になる事が決まったのである。
「入学式…やろっか」
「え?まだ卒業してすらしていないんですけど…」
「…あっ」
盲点と言わんばかりにビリッと電撃が走ったような顔つきになる。
まぁ、ベータもちゃんとした入学式をやった訳ではないので入学式というものを誤解していたのだろう。
「…なら…今からでも…準備…する」
「ま、まだ先ですよ!?」
「無駄だよ、こうなったベータは止まらないから。それにしても本当に今やるんです?」
「…今」
こういうのを見ていると本当にベータは変わったんだなと思う。
ユメ先輩の教育の賜物か、それとも本来の気質が蘇ったのかは分からないが、意欲的にすることは少なくとも思い出になるような事は面倒でもやろうとする。
それに一度火が入ったベータは留まることを知らないから。
「ホシノ」
「はいはい、手伝いますよ〜」
「…気になったんですけど、同級生ですよね?」
「ん?うん」
「なんで敬語なんですか?ホシノ先輩」
「え?あぁ…なんでだろうね?これで慣れちゃったというか…なんというか」
別に特に理由は無い。
ベータとは敬語の方が喋りやすかった、ただそれだけの話だ。
特に仲が悪いだとかそんなのでもないし、むしろ傍から見てもとても仲のいい友達、或いは親友に見えているはずだし、私もそう思っている。
「今からでも…タメ口でいい…よ?」
いい機会なのかもしれない。
これからは敬語はなしで、話してみよう。
「わかっ、わかりま………っふぅ、やめときましょう」
無理だった。
即落ちと言うやつである、約一年の習慣は一度の機会では当然が如く直ぐに消えることはなく、これからも敬語で喋っていこうと思う。
「…ケチ」
「ケチ!?」
酷い言われようである、別に私もタメ口で喋れるならすぐにでもしているが出来ないものは出来ない。
「ふふ…変な関係ですね」
「そう…かな?」
「はい、でも、とっても幸そうです」
「……まぁね」
ユメ先輩が居なくなった後でも、ベータが居てくれた。
いつものようにただそこに、ただ傍に、彼女は居続けてくれるし、きっとこれからもそうな気がする。
この痛み続ける心が、ベータと居る時だけはほんの少しだけ忘れられるように思うのだ。