ノノミと会って少し経った頃だ。
アビドスに入ると決まった時から時間が開けば必ずアビドスに訪れるようになった。
「ベータ先輩、いらっしゃいますか?」
「うん…いる…よ」
そして今日の早朝、ノノミがアビドスに来たようだ。
ほとんど私の自室になってしまっている教室の扉を開け、ノノミが冬服をしっかりと着込み入ってくる。
「またゲームやってるんですか?」
「うん…やらないといけない作品…多いし」
ゲームが単純に大好きになってしまったのもあるが、ゲームをやっていると、ユメ先輩と初めて都会と言う所に行った時の頃を思い出せる。
あの時のゲーム屋の店主はお店をもう閉じてしまったのだろうか?
もし、今度会いに行く機会があるのならばまた、なにかの手伝いをさせてもらおう。
ゲームの恩は大きいのだ。
「会いに来る度にやってませんか?」
「ふふ、確かに…ね、ホシノからも苦言が出た時もあった…かな?」
「そんなに楽しいんですか?」
「まぁ…ね、ノノミも…やってみる?」
「いいんですか?なら、少しだけ…」
ノノミに買いたてホヤホヤのコントローラーを握らせ、私の隣に座らせる。
気になったのだが、ノノミはもしやゲームというものにあまり触れてこなかったのだろうか?
「ノノミ…好きなゲームとか…ある?」
「え?あぁ…あまり思いつきませんねぇ」
ふむ、ならば誰でも楽しめるようなタイトルがいいだろう。
ならば、良さげな鬼畜ゲームがあったはず、生易しい難易度だと、すぐに飽きてしまうかもしれないので、他のみんなが言うには死にゲーと呼ばれるソフトを取り出す。
ゲーム界隈を震撼させた死にゲー、とても面白いゲームだったので、きっとノノミも楽しめるだろう。
「あの…これは?」
「ん…?ダメ」
ノノミが指さした先にあるゲームソフトのタイトルを見た瞬間静止をかけてしまう。
そのタイトルの名前は【テイルズ・サガ・クロニクル】だったからだ。
最近追加されたタイトルなのだが、RPGゲームに一石を投じるかのように希望の流星が如く振り降りたかに思えたが、実際は災害を振り撒き、どんなに生粋なゲーマーでも途中で辞めた伝説のクソゲー、私は根性で最後までやったが二度とやりたくはない。
「な、なんで…ですか?」
「ノノミが歪んじゃう…から」
「…えぇ?」
「とにかく…とりあえずこれから…」
何とかテイルズ・サガ・クロニクルの魔の手から、未来の可愛い後輩を守り抜くことに成功し、神ゲーと名高い鬼畜ゲームをやらせることに成功したのであった。
全く、【テイルズ・サガ・クロニクル】を作った人に会ってみたいほどである。
何を思ってこれを作ったのかを聞づらいが聞いてみたい限りだ。
そんなことを考えているとゲームが起動し、この神ゲーの特筆すべき点である美麗3D映像が流れ出す。
「わぁ、凄い…映像美ってやつですか?」
「ふふ、かなり細かくできてるから…目が奪われる…ね」
ノノミの目を見てみるとその目は光り輝いていて、私はノノミをゲーム沼にハマらせることに成功した事に心の中でガッツポーズをする。
ふふ、もっとゲームを好きになって欲しい、ゲームを語れる相手が欲しかった所だ。
「あ、言い忘れてた…けど、少し難易度…高いかも」
「え?」
────2時間後
「っ!?な、なんなんですかこのボスっ!!」
「ふふ、鬼畜ボスと言うやつ…だね…」
チュートリアルや操作方法を殆ど熟知したノノミの初のボス戦である。
このゲームのボスはなんと序盤でありながら、他のゲームで言うところのラスボス程度の力を持たされており、しかもモーション数も数え切れない程にあるので動きで先読みするのもかなり難しい。
「くっ…!なんでここで薙ぎなんですか!?」
「おや…初めてで30秒生存出来たね、快挙…だね」
「30秒で快挙!?」
この苦痛を貯め続けた末の討伐の快感はそれはもう気持ちが良かった。
まぁ、貯め続けたと言っても3回程度でクリアしてしまったがそれでも気持ちが良かった。
────さらに1時間後
「…あいつには勝てません…今のままでは…ですがね!!」
「装備変更なし…レべリングもなしでまさか1時間も粘るなんて…思わなかった…よ」
まさかの粘りを見せるノノミ、合間合間で休憩を挟もうかなと思っていたが1時間もぶっとうしでやり続けるとは思わなかった。
挑戦回数でいえばおそよ50回ほど挑戦し、HPの半分を削ったことに成功したが、今のままではダメだと思ったようでようやくレべリング作業に移ったようだった。
「ベータ先輩…よくこのゲームできましたね?」
「楽しかった…からね」
「苦痛しか感じません…」
「ふふ、それぐらいが…燃えるというものだよ」
ほとんどのゲームでは基本1発でクリア出来てしまうので、流れ作業になってしまったゲームが数多あるが、このゲームはそんな私に苦戦と言う単語を覚えさせてくれたので思い出のゲームと言えるだろう。
「ちなみに、何回でこのボス倒したんですか?」
「…うーん…覚えてない…けど、3回ほどだったかな」
「化け物ですね」
「ふふ、失礼」
至って真顔で化け物と言われてしまった。
その後に何かを考えた末にノノミは打倒ボスの為のレベリングを開始したのだった。
────その更に1時間後
「レベルアップしてきた私は貴方になんかに負けませんっ!!」
「おぉ、おめでとう…だね」
そしてレベルアップの末、遂にボスを倒す事に成功するのであった。
ノノミは座席から立ち上がり腕を上にあげ、わーいわーいと喜びながら半ば泣いているようにみえた。
「ちなみに…あと何体いるんですか?」
「ボスってこと…かな?えぇと、多分…6体…だったかな?」
「スゥ…」
「これが…ゲームの楽しみ方…ってやつだね…どう?…ハマった…でしょ?」
「ふふ…」
ノノミはニコッと笑い口を開いた。
「暫くはいいですっ!」
「…うん、そっ…かぁ」
些か沼にハマりすぎて息ができなかったようだ。
結局私の語り相手になる人はおらず、これからも1人寂しくやっていくことになった。
そんな時にガラガラと扉が開く音がする。
「いつまでゲームしてるんですかベータっ!もうお昼頃ですよ!」
部屋に入ってきたのはホシノであった。
私がどこにいようともお昼頃になったら必ず私の居場所を特定してやってくるので、こういうやり取りは実は1度や2度ではない。
「うぎゅ…もう…少し…」
「ダメです、そうやって不健康になっていくんですから!それにノノミちゃんまで付き合わせて!」
「あはは…」
まるでお母さんである。
私は仕方なくホシノの言うことを聞くことにした。
「それじゃあ……ん?あっ…ごめん…ホシノ」
「ん?どうしました?」
「お弁当…忘れちゃった…」
カバンをガサガサ漁っていたら初撃の事実に気づく。
いつものコンビニで買うお弁当を今日買いわすれてしまったことに。
ホシノは少し呆れたような表情を見せる。
「……コンビニ…行きましょうか」
「遠い…」
「食べないよりマシです。」
「お弁当…分けて…」
「しょうがないですねぇ…少しだ……け」
ホシノもまたカバンをガサガサと漁っていると次第に顔が青ざめていく。
もしやとは思うのだが、私と全く同じミスをしてるのではなかろうか。
「…気のせいならいいんだけど、ホシノも…忘れてたの?」
「……私もなにか買いたいなぁ…なんて…………ごめん…」
どうやら図星だったらしい。
ホシノが何かを忘れるということ自体かなり珍しい事なので、呆れよりも先に驚愕が入ってしまう。
「私の分けましょうか?」
「…先輩の矜恃として…それは流石にダメだ…ね」
「うん…ダメだね…」
優しいノノミはお弁当を分けてあげようとするが、私は腐っても先輩なので、後輩にはあまり頼りたくはない。
とっても面倒だが、今から遠くにあるコンビニに出向くことになってしまったのである。
◆
うっかりしていた私はお弁当を忘れてしまった。
普段ならばしないミスに癖癖してしまう、なにより、今から買いに行くコンビニがかなり遠くにあり、歩いていくのに何十分かかるのかと考えるだけで面倒くさいし、それに付き合わせてしまうのも申し訳なかった。
「本当に…ごめん…ね」
「ごめんね、ノノミちゃん…」
「いいんですよベータ先輩、ホシノ先輩。それに今のアビドスの現状を調べれますしね!」
「ノノミ…いい子…」
「涙が出てくるよ…」
初めてできる後輩がこの子で良かったと心の底から思う。
まだ付き合いは短いが、気遣いは出来るし先輩を立てようとする試みが見え隠れするし何よりとても優しい子だ。
「…ん?」
校舎を出てすぐの所に人影が見える。
厳密に言えば頭だけしか見えないが、確かにそこにいた。
よく耳を澄ませて見ると小さく弱々しい呼吸音が聞こえた。
「少し…待ってて」
「ん?どうしたんです?」
「人がいますね」
「…うん」
ホシノは気づいていたようだ。
私は恐る恐る武器などを持たずに近づく、不審者かもしれないが不審者じゃ無いのかもしれない。
偶々迷い込んでしまった人ならば無理に警戒させるべきではないだろう。
そして、その人がいるであろう所に回り込み姿を視認した。
「…女…の子?」
「…っ!!」
視認した瞬間にその少女が飛びかかってくる。
だが、相当に弱っているのだろう、その動きに覇気はなく、目も掠れている。
「…我慢…してね」
「…っあ!?」
言葉で言ってもきっと止まらないだろうから、私は手加減しながら彼女を蹴り飛ばした。
すると、彼女の体から力が抜け、諦めたかのように俯く。
「改めて、君は?」
「…砂狼…シロコ」
「アビドスっぽい…名前だね」
そこまで聞くと、後ろからホシノ達がやってくる。
「そろそろいい?」
「…うん、優しく…してあげて」
「分かってますよ…シロコちゃんだっけ、何をしに来たの?」
「……」
シロコは口を開くことはない、ただただ虚空を見つめ、全てを諦めてしまったかのような面持ちであった。
「…うーん、ここね、アビドスの本校なんだけど…」
「初めて見る制服ですね」
「ね、そんな薄着じゃ寒いだろうし…うん、これあげる」
ホシノが手渡したのは一つのマフラー、それはホシノが巻いていた物であった。
シロコ自身が巻くことはなく、ホシノが巻いてあげた。
「…温かい」
そこで初めてホシノに対しての言葉を発した。
心なしか少しだけ生気が戻っているように感じる。
「…どこの…学園?」
「……分からない」
その返答に何故だか既視感を感じてしまう。
「あっ、ベータ、これ見たことあります」
「親近感湧く…ね」
「な、なんですか?なにかわかったんですか?」
シロコの分からないという発言にノノミ以外の私達は察した。
「えっと、一応聞くけど、他にわかることある?」
「…知らない、気づいたらここにいた。名前はわかったけど…それ以外は分からない」
ビンゴである。
「ベータの親戚かなんかですかね…」
「私も記憶喪失だからわかんない」
「ベータ先輩って記憶喪失だったんですか!?」
そういえば、ノノミには言っていなかったような気がする。
私の場合記憶喪失擬きみたいな物なので、目の前にいるシロコの様な記憶喪失では無いが、現状言葉で表すので適切なのが、記憶喪失だっただけだ。
「私、記憶喪失者に会うの慣れちゃったなぁ」
「言うて…2回目でしょ…」
「それでも多いですからね?ベータ先輩」
「それよりも、シロコ…シロコちゃんどうしよっか」
依然として俯くままのシロコに私は近づき、同じ高さになる様にしゃがむ。
するとスっとシロコは顔を上げ見つめ合う。
「…ベータ?」
「うん、アビドスに入れよっか。」
「え?」
シロコの目を見て確信をした。
この子は私達の良い後輩になる、その目の奥は未だギラギラと輝いているように見えた。
「中、入ろ…?」
「…ん」
手を差し伸べるとその手を掴み返してくれた。
私は今手袋をつけているのだが、シロコの手は手袋越しでもとても冷たくて、今にでも凍えてしまうのではないかと思う程にだ。
「…え?ほ、本当に入れるんですか?」
「こうなったベータは止まらないよノノミちゃん」
独断で申し訳ないが、この子を入れなければならないと感覚が告げている。
この私の感覚は今まで私を裏切ったことは無い。
「…私からも…これ…あげる」
「手袋?」
それは私がつけていた黒い手袋、銃などを握りやすくする為にかなりぴっちりと肌に着くが、保温性は担保されているという優れものだ。
「…!」
「ふふ、温かい…でしょ?」
「…うん」
「それ、高くなかったっけ?」
「まぁ…ね」
高い高くない以前に私があげたかったのだから、致し方ないと言うやつだ。
そして私はシロコの手を再び握った。
その手は先程のような冷たい手ではなく、しっかりと暖かい手になっていた。