ベータはシロコちゃんを気に入ったらしく、アビドスに入学させようと言ったその日のことである。
「うん、似合ってる…ね」
「本当にべータみたいな感じで入って来ましたね?このアビドスに」
「そう…だっけ?」
シロコちゃんもベータもこの学園から出ていった生徒の制服を使い回しているし、記憶喪失者なんてそうそういるわけがない。
当然似ていない所の方が多いだろうが、経歴で言えばかなり似ていた。
「旧アビドスの制服なので、後で新調しないとですね…」
「っ!?」
ノノミが新調すると言った言葉を出すとシロコちゃんがものすごい勢いで首を横に振り拒否を示す。
そんなに気に入ったのだろうか?
「いえ、気に入ったのならそれでいいんです」
「ふふ、可愛い…ね」
ベータは本当に気に入ったようでシロコの頬を優しく撫で、シロコちゃんはそれに嫌がらずに気持ちよさそうにしている。
私にもやってもらった事ないのにと、少しばかり邪な気持ちになるが私は先輩なので、その気持ちに蓋をする。
「ベータ、後で…」
「ん?」
「……いえ、なんでもない…です」
蓋をしたはずの鍋がグツグツしすぎて危うく蓋が取れかけてしまったが無理やり抑え込むことに成功した。
決して恥ずかしかったとかそんなんじゃないが良かった。
「ふふ、後で…ね?」
「…っ」
このベータとか言うやつは何時もこちらの調子を狂わせに来る。
身体がビクッと震えてしまったのがとても悔しく思うのと同時に少しだけ嬉しかった。
するとシロコちゃんが話しかけてきた。
「ホシノ…?」
「あっ、言い忘れてたね。私は小鳥遊ホシノ、ベータと同じ2年生でシロコちゃんの先輩になると思うからよろしくね」
「…ホシノの後輩になるつもりはない」
おっと、中々に生意気な後輩なのかもしれない。
ホシノの先輩になるつもりはないという事はベータの後輩になるつもりはあるという事だろうか?
「ベータ…先輩は、私に勝った。だからそう…呼ぶ」
「なるほどね〜それで?」
「だからホシノ、勝負しろ。」
そう来たか。
隣のベータが微笑ましそうにしているのが癪だか、可愛い後輩の頼みだし、私も先輩と呼ばれたいので一肌脱ぐことにしよう。
「こう見えて私タイマンなら負けたことないんだよ?」
「ベータ先輩にも?」
「それは…どうだろうなぁ」
ベータと争う事があるとすれば対戦ゲームなぐらいで、喧嘩という喧嘩をしたことがない。
実際戦ったらベータはかなり面倒な相手、もしかしたら負けてしまうかもしれないが、負けるつもりも負けた後の事なんてものも考えたことは無い。
「321対…32だっけ?」
「それはゲームの中の話でしょうがっ!」
ゲームでは……悔しい事に基本はベータの完勝で終わってしまうのは事実ではあるが、私も負けっぱなしではいられないので研究を積み重ね最近ではたまに勝てる、ゲーム勝負はこれからなのだ。
「それよりもっ!シロコちゃん行くよ?」
「いつでも…いい…っ!?」
開始の合図が出たその瞬間私はシロコちゃんの目の前に既に居た。
シロコちゃんと私の距離はおよそ5m程だったので簡単に詰めることができたのでシロコちゃんが瞬きをする瞬間を捉え移動し吹き飛ばす。
瞬きの瞬間に詰める技術はベータから盗んだもの。
流石にベータの様に完全に距離が離れてる状態でも微塵も気づかれずに敵を倒すことは不可能だが。
「それじゃあシロコちゃん、これからよろしくね」
「…よろしく…ホシノ…先輩…」
こうして私にも二人の後輩ができるのであった。
◆
真冬である1月に差し掛かった頃になった。
風景は冷たい寒色で彩られており、その景色を見るだけで綺麗だが無意識に体が震えるほどだ。
「っあ…」
そんな日に私はユメ先輩が居なくなった時から度々発生する心が締め付けられるような痛みに襲われる。
息も絶え絶えになりながら、カタカタと寒さとは無関係に震え出す。
「っベータ…ベータぁ……」
私は縋るようにスマホに手を伸ばし、スマホに保存してあるベータの連絡先に電話をかけた。
ブルブルと携帯が振動するのが手に伝わる度にズキズキと痛みがほとばしる。
私一人では抑え込むことができない痛み、でもベータなら、ベータにだけになら、この痛みを和らげることができる。
いつまで経っても私は弱い、ひとりで乗り越えることも出来ないただの喚いている子供、ベータに頼ってばかりの不甲斐ない同級生、それが今の実状だ。
そして何回かの振動の後にベータは電話に出てくれた。
【どうした…の?ホシノ】
「ベータ…助け…て」
【すぐ行く。】
そう言い終えて直ぐにプープーと電話が切れた。
ほんの10秒程度の、それだけの会話だけでベータは察してくれたようだ。
正直ベータの声をまだ聞いていたいが、少しでも早く会いたいのでしょうがないと割り切るしかない。
「っっあぁ……」
痛い痛い痛い痛い。
ごめんなさい、ごめんなさいユメ先輩…ごめんなさい…
尊敬してたんです、楽しかったんです、なのに…なのに私は…
あの時どうすればよかったかなんて考えるまでもない。
私が悪かったのだ、ユメ先輩を死なせたのもベータを悲しませたのも、全部全部私のせい、ユメ先輩を信頼しきれなかった、ベータに相談すればよかった、なんで私はあの時にできることをしなかった…!!
そんな懺悔がそんな痛みがずっとずっと頭の中に響いて離れない。
すると、電話からそうしばらくしない内にガチャりと玄関の扉が開いた。
「っはぁ、はぁ、ホシノっ!」
「べぇ…タァ……」
急いで来てくれたようで息が上がっており、服もだいぶ乱れている。
そんなベータを私は腕を前に伸ばした、それを見たベータは流れるように私の傍に来て、そのまま抱きしめてくれた。
暖かい、本当に暖かい。
この場所はこの場所だけは他の誰にも奪われたくない、無くならないで欲しい場所、私だけの場所、ベータさえ居てくれれば他なんて要らない。
傲慢で強欲でごめんなさい、ごめんなさい。
「また…いつも…の?」
「…はい、ご、ごめんな…さい」
「いつも…言ってる。大丈夫だよって」
「…うん」
ベータ……ベータ、ごめん、ごめんなさい。
大丈夫だって分かってるはずなのに、こんな不甲斐ない自分が情けない、ベータの優しさに縋っている私が嫌いだ。
ベータはもうきっと乗り越えてるのに、私は、ずっとこの止まった時のままユメ先輩を追いかけてしまっている。
「ホシノ……私ね。ダメだって思ってるんだけど…ね。実は……この状況が結構嬉しかったり…するんだ」
「え?」
「私だけじゃないって……思えるから。ホシノが傷ついているのに……それを見て安心しちゃってる……本当にダメな事だけど、安心できちゃうんだ」
それって…つまりは、ベータは乗り越えてなんて居なくて、平常な振りを演じてるだけと言うことなのだろうか。
あぁ、そうだとしたら……私はとても幸福だ。
「ベータも……辛いの?」
「ホシノに負けないぐらい……ね」
「……ふふ、私もなんか…嬉しいかもです」
「酷い……ね」
「お互い様ですよ」
私だけじゃなかった。
ベータもとっても苦しそうにしている。
その事実が本当に良かったって思ってしまう。
だって、とっても残酷だと言うのに、同じ苦しみを抱えてるベータを見て、私の心の痛みが和らいだのだから。
その痛みを一緒に分かち合いたい。
ベータ……一緒に苦しもう?ずっとこの辛さと一緒に過ごそう?そうすれば、離れることもないでしょ?だって、一人きりは辛いもんねベータ?
「ふふ……」
「どうした…の?」
「ううん、なんでもないですよ、ベータ」
「ねぇ……ホシノ」
「ん〜?」
「居なくなんないで…ね?」
「こっちのセリフだよベータ」
◆
「あっ!またイチゴのシェイク飲んでる!」
「美味しい……からね」
「高いですし、健康にも悪いですよ?」
「ふふ……ならホシノにも飲ませる……ね」
「……それなら半分だけください」
「不健康のお裾分け……だね」
私がアビドスに来てから2ヶ月程度が経った。
中学卒業と高校入学が間近にまで迫っている現状に私は期待をふくらませていた。
もちろん不安がない訳では無い、高校なんて勿論初めてだし、アビドス高等学校は他の学園と比べ、かなり異質な所だと認識している。
だが、それよりもこの日常がとても楽しかった。
ベータ先輩が居て、ホシノ先輩がいてシロコちゃんもいる。
そんな生活が今までの人生の中で比べても全くない楽しみだった、ネフティスのお嬢様じゃないただの十六夜ノノミとして接してもらえる事なんて今まであったのだろうか。
「ノノミ……不健康のお裾分け……だよ」
「っ!」
そんなことを考えているとまだ誰も飲んでいないイチゴシェイクのボトルを持ってベータ先輩が目の前にまで来ていた。
時折ベータ先輩の姿が一瞬消えたかに思う瞬間が度々あり、消えたと思ったらすぐ隣にいたり目の前にいたりとかなりのビックリ人間だ。
どうやら癖になってしまったらしく、そうそう治せないと言うが心臓に悪いのでやめて欲しい。
「不健康のお裾分けって、なんだか罪悪感がありますね……貰いますけど」
「あ、貰うんだ……」
「イチゴシェイクに罪は無いですから」
「ん……ベータ先輩、私も」
「ふふ……もちろんある…よ」
「ん、褒めて遣わす」
「一応先輩だよ…ね?」
シロコちゃんは最近なんだかふてぶてしくなってきたような気がしてならない、ひとえにベータ先輩がシロコちゃんを甘やかしまくってるせいなのだが。
「こ〜らシロコちゃん、そこはありがとうじゃないの?」
そんなシロコちゃんを見かねたホシノ先輩が躾をする。
「うっ……あ、ありがとう」
「おぉ……いい子…だね」
「んへ…」
そしてベータ先輩はシロコちゃんの頭をなでた。
最近はシロコちゃん育成プログラムみたいなものが組まれているのではないかと思うほどにホシノ先輩とベータ先輩の飴と鞭が光っているように見える。
ただ……
「ベータ…先輩、これあげる」
「え?宝石……?まさかとは…思うけど…」
「ん、盗んできた」
「ベータ!!」
「うんっ、謝りに行く……よっ!」
これが日常茶飯事であり、微笑ましい光景だ。
やってる事は犯罪だが、青春を感じれてとてもいい。
シロコちゃんの手をベータ先輩とホシノ先輩が左右で握り、教室を飛び出していく。
そしてこの教室には私一人となった。
別について行くのも良かったのだが、今日は今までを振り返りたい気分なので椅子に座りながら空を眺める。
「ふぅ……」
少しだけ暖かくなってきて、柔らかなそよ風が頬を撫でる。
あの頃、初めて会った時のホシノ先輩とベータ先輩はとても真面目な優等生で、何より超人なんだなと思っていた。
ホシノ先輩はこのキヴォトスでも強いと有名であり、巷では暁のホルスと呼ばれ始めたとかなんだとかで、とにかく凄い人で何事にも抜かりがなく厳格な人だと思っていた。
だが実際はおっとりとしており、どこか抜けていて悪ふざけにも簡単に乗ってくるようなとても楽しい人だった。
そしてベータ先輩はと言うと、実はこのアビドス高等学校に来るまで居ることする知らなかった。
あまり表舞台に顔を出さない人なのか、噂なども出回らなかったので初めてホシノ先輩と一緒にいた時にその存在を知覚したのだ。
そんなベータ先輩はと言うと霧のような人だなと第一印象では残っている。
まるで掴みどころのない触れようとしても霧散してしまうような霧、それが私の印象だった。
だが実際の所は、すぐ側にずっと居てくれる優しい人だった、触れようと思ったら触れれるし、触れて欲しいと思ったら触れてくれるそんな暖かな存在だったのだ。
やはり人は第一印象でその人の全てを分かったような気になっては行けないのだと思う。
そんな2人なのだが、最初の頃も大概だったが、最近になってさらに距離が近くなっているような気がする。
私としては大歓迎な変化なのでいいのだが、甘い砂糖菓子をたらふく食っている感覚になる。
例を上げてみるのならば、ゲーム好きのベータ先輩がゲームをやっているといきなりベータ先輩の脚の間にホシノ先輩が座ったりするし、その光景を見てもベータ先輩は何食わぬ顔で黙々とゲームのメインストーリーを進めてたりする光景がしょっちゅうだ。
その他にも例を上げるとキリは無いが、上げるとしたらまず、先程もあったが関接キスを厭わぬ点があったり、いっつも肩と肩が触れ合う距離にいたりだとか、アイコンタクトで片方のすることが即座にわかってしまう所など様々である。
「うっ……コーヒーが飲みたくなりますね……」
甘いとにかく甘すぎるのだあの二人は、あれでいて付き合ってないだとか嘘である。
冗談とか抜きにして本当に。
なんなら逆に楽しみになるまである。
付き合ってない状態でどんどん愛を積み重ねた末に付き合ったら一体どこまで行ってしまうのだろうと今から楽しみだ。
「はぁ……確か、コーヒーの袋がここに…」
私は我慢ならなくて、コーヒーを飲むことにしたのであった。