今日は二人の入学式だ。
ノノミとシロコに会ってから時の進み方が早く感じる。
ホシノと私は先輩として後輩に教える立場だと思っていたが、逆に教わることの方が多い気がする。
先輩として情けない限りだが、優秀で優しい後輩に恵まれて本当に幸運だ。
ユメ先輩、やはり私は貴方の死を受け入れられません。
私の心はホシノ同様ぽっかりと穴が空いたままですし、それが完全に埋まる事なんてあるわけが無いです。
正直言ってユメ先輩の存在を無かったことにしたいと思ってしまう程に、私は貴方に幸せをもらいました。
貴方の死を認めたくないですが、見て見ぬふりはしません、貴方に習って私は、私なりに最高の先輩になります。
「それじゃあ……写真撮ろっか。」
「い、いるんですか?カメラなんて」
「当たり前だよ〜これはアビドスの恒例行事みたいなものなんだからさ〜」
私が持っているカメラはユメ先輩が私を撮ってくれた時の物だ。
私はあの頃よりいい方向へと変われただろうか。
「それじゃあ……とる…よ」
「ん」
「はいチーズ!!」
パシャリとカメラのシャッターが鳴る。
「うん……よく撮れてる…ね」
「ふふ、うれしいですねベータ!」
「うん……本当に…嬉しいよ」
ユメ先輩はこういう気持ちだったのだろうか、いや私はかなりユメ先輩に無愛想だった様な気がするので、そうでもなかったのだろうか。
「ベータ先輩、見せて」
「わ、私にも見せてください!」
あぁ、幸せだ。
良かった、本当に良かった。
ここに拾われて、ユメ先輩とホシノが居てくれて、私には到底返せないほどの物を貰った。
「ホシノ……ありがとう…ね」
「…なんですかいきなり…ま、まぁどういたしまして…ですね」
珍しく素直に照れるのでそれが可愛くなって頭をわしゃわしゃと撫で回してやった。
私が守ろう、この幸せを、何をかけてもここだけは守りたい。
例え私が死ぬ事になったとしても。
◆
入学を果たして早1週間が経ったみたいだ。
ホシノ先輩がどうやら買い物に出ているようで、今アビドスにいるのはノノミとベータ先輩だけだ。
やることも無くて、大分暇だ。
なので盗みにでも出てこようかなと思ったが、こっぴどく怒られてしまったので暫くはやめておこう。
次盗みに出る時は恐らく1週間後辺りだ。
「暇そう……だね」
「ベータ先輩?」
「いちごミルク…あるけど…飲む?」
「ん!」
「ふふ、はいどう…ぞ」
「……ありがとう?」
「どう…いたしまして」
私はベータ先輩が好きだ。
いつも優しくしてくれるし、いつも撫でてくれる。
なんだか落ち着く人だ。
「もう暖かくなったけど…手袋とマフラー外さない…の?」
「気に入ってるからいい」
「そんな…に?」
「ん!」
「そっかぁ…」
確かに少し暖かくなったが、何故だかこの手袋とマフラーは外したくない。
これを付けていると何故だか心がポカポカして、とても安心できる。
「…ベータ先輩はなんでそんなに強いの?」
「……え?ん〜…そう…だなぁ」
妙に気になってしまったので唐突だが聞いてみた。
私はベータ先輩が最初から強かった訳ではないと本人から聞いた。
だから気になったのだ。
なんで強くなったのか、なんで強いのかと。
「私の場合はかなり…特殊…だからなぁ」
「そうなの?」
「うん…私すらもよく分からない…でも昔は弱かったらしい…よ?」
「ら、らしい?」
「…質問の答えには…なってないけど…私はこの力があって…良かったって、思ってる…」
「なんで?」
「貴方達を守れる」
私はポカンっとした顔を浮かべてしまう。
私が考える力とは自身を示すもの、つまりは誇示するためのものだ。
弱いやつは強いやつに従う、私はホシノ先輩とベータ先輩に負けたから従っている。
力とは自身を示すためのもののはずだ。
「ちがうよ…それは」
「……!?心読んだ?」
「ふふ、そう考えてそうだなぁ……て」
「むぅ…」
とんでもない洞察力だ。
まるでこちらの心を見透かしているかのような眼差し、本来ならば嫌なはずなのに、それが心地よく思える。
「力は自身を示すものじゃないの?」
「シロコ、きっと……今言葉で話しても分からないと思う」
「なんで?」
「貴方は私、すっごく似てるから……わかる。でも、安心して……ね」
「ん?」
「誰かを…守るために力を使うとき、きっと…分かるから…」
そう言われて、私は誰かを守った事があっただろうかと過去を思い返す。
私は力を私の為だけに使っている記憶しかないように思うが、それは悪いことなのだろうか。
「シロコ、私は…シロコが傷つくと、悲しい」
「悲しい?」
「うん、シロコは……私が傷つくと…悲しい?」
少し考えた。
ベータ先輩が傷つく姿を私なりに想像し、その時の気持ちを再現する。
「……悲しい…かも」
「ふふ、ありがとう…ね」
「……」
「シロコ、貴方は強い、だから……守ってあげて…ね。シロコにも、後輩が出来ると……思うから」
「……うん、守る」
「ふふ、いい子」
そう言うと私を優しく撫でてくれた。
毎回の様にポカポカと暖かい手、私を幸せな気持ちにしてくれる安心できる手、それが冷たくなるのは嫌だ。
あぁ、なるほど、だから強いのか。
この暖かい手は……私の手は誰かを守って優しくしてあげる為の物なんだ。
◆
およそ、1ヶ月ぐらい前からだろうか、シロコちゃんが少し変わった。
誰も気づかないような些細な変化、具体的なことを言うと自制が出来るようになってきた。
無表情なことが多かったシロコちゃんが笑顔を見せることも増え、盗み癖もほんの少しだけ改善し、性格もなだらかになった様な気もしなくもない。
「ベータ、何かしましたか?」
「何も…してない。ただ、シロコが……いい子だっただけ」
「そう…ですか」
何となくだが、ベータが何かしてくれたような気がする。
あの頃の無関心なベータはどこに行ったのやら、今では感情溢れる優しいベータなのだから。
「……」
「ん、どうしました?ベータ」
ベータがその場で静止しピタリと動きを止めた。
その直後であった────
「っあ……」
ベータが前方に倒れるのを視認した。
「ベータっっ!!」
私は急いで支えに走り肩を掴むと、衝撃が走る。
ベータの体温がありえないほどに上昇していた、人間には到底耐えられないほどの体温、肌感覚で恐らくは40℃は行っている。
「あ……れ」
「喋んないでベータ!!」
私はかたまってしまう。
焦りと不安で何をしたら良いのかも分からずにただただ支え続けることしか出来なくて、思考が堂々巡りをしてしまって。
10秒経ったかどうかの硬直の後、奥から声が聞こえた。
「ホシノ先輩?…どう……っ!?!?」
私の声で奥からシロコちゃんがやってきた。
シロコちゃんも遠くから視認するだけで分かるほどのベータの異常、とにかく横になれる場所に行かなければ。
「シロコちゃん!手伝って!ベットに運ぶっ!!」
「っっ!!」
シロコちゃんはすぐに駆け寄って、運ぶのを手伝ってくれた。
一度シロコちゃんがベータの体に触れた時に信じられないほどに顔を歪めたがすぐに気を引き締めてくれて、運ぶのに手間取らなかった。
そして近くにある保健室に入り、ゆっくりとベータを横にする。
既にベータの意識はないようで苦しそうな呼吸音だけが木霊した。
「ベータ先輩……!!先輩……!」
シロコちゃんはベータの手をしっかりと握り縋るようにベータの手を自身の体に抱き寄せる。
私はきっと、こんな時に私は……私はまた何も出来ない。
何も思いつかないんだ、この時何をしたらいいのか、頭が真っ白になって行動が出来ない。
そうじゃないだろう小鳥遊ホシノ、お前に出来ることだけをやれ。
「ノノミちゃんに電話してくる…!!シロコちゃんは手を握り続けてて」
「う、うん!」
急いで扉から出てノノミちゃんに電話を掛けた。
2回ほど振動した後にノノミちゃんに繋がった。
【ホシノ先輩……?どうしました?】
「ノノミちゃん!説明は後でするから今から言うもの買ってきて!」
「え!?あ、はいっ!」
「風邪薬とスポーツ飲料、あとは沢山の氷っ!それから後でお金払うから着替えも買ってきて貰えないかな……!」
「わ、わかりました!!」
ノノミちゃんは緊急事態だと言うことを察してくれて、悩む間もなく了承を出してくれた。
本当に察しのいい後輩だ。
そしてその後私はタオルと水の入った入れ物を準備し、すぐにシロコちゃんとベータのいる所へと水を零さぬようにしながら最短で向かう。
「シロコちゃんっ!ベータは!?」
「さ、さっきよりも……」
部屋に入るやいなやすぐさまベータの元に向かい顔色を見るとその顔は真っ青に染まっていた。
明らかに異常な体温、ただの風邪ではない事が嫌でもわかる。
「っ……!!」
私は急いで濡れタオルをベータの額に当てる。
濡れタオルがすぐさま乾き、自身の手の平が熱くなる、もうなんなんだよっ!!
私は何度も何度もタオルを水に付けて、ベータを冷やそうとするがとても間に合いそうにない。
「ホシノ先輩!!」
焦りきっていた所、保健室の扉がダンッ!と勢いよく開き、そこからノノミちゃんがたくさんの袋を持って入ってくる。
「言われてきたもの買って……っ!?」
ノノミちゃんが保健室に入って初めてベータの容態を見ると、その顔は死にゆく人を見ているかのように歪む。
「っ!と、とりあえず氷ですっ!袋もついでに買ってきました……!」
あぁもう本当によくできた後輩だ。
私は急いで氷を袋に詰め、ベータの額に当てると、少しだがベータの顔が柔らかくなっているように感じる。
氷を当てたほんの少しした後。
「ホシ……ノ…?」
「べ、ベータっ!!」
なんとベータが目を覚ましたのだ。
その顔は先程までの青ざめた顔ではなく、しっかりとした肌色で、まるで先程の現象が初めからなかったかのようだった。
「べ、ベータ……先輩?も、もう大丈夫……なの?」
「シロ……コ?さっき……っ」
ベータが苦悶の表情を浮かべ頭を抑える。
「ベータっ!?」
「む、無理しないでくださいっ!今は喋らなくて大丈夫ですから!!」
「心配……かけた」
「ほんとだよ……ベータ」
ニコニコとした表情は変わらない、ずっとベータは笑顔でいる。
たが、その笑顔は今だけとても苦しそうに見えた。
何事もないのならばそれでいいが、さすがに不可解だ。
ベータと初めて会った時、ベータは何も無い砂漠の中心に立っていた。
それも何も持たず、赤子のような姿のまんまで、私はベータの事を分かっているけれど、私はベータの事を何も知らない。
ベータとは一体何なのだろうと、今になって考えてしまう。
普通ならば絶対に耐えられないほどの熱、それもキヴォトス人であったとしても確実に死んでしまうであろう程のものだ。
しかもそれが急激に鎮まり、平均体温へと落ちて行くのも絶対におかしい。
そんな事は分かっているが、ベータが元気でいるのなら最早どうでもよかった。
「ホシノ……ありがとう…ね」
「……っ、、はい…どういたしまして」
もしかしたらベータは普通の人間では無いのかもしれないし、生まれも育ちも何もかもが知らない。
だが、それでも、ベータは私の親友、それはいつまで経っても変わらぬ事実であり、不変なことだ。
だから、私は聞かない。
ベータが何者かなんて、ベータ自身が話してくれるまで、私は絶対に聞かない、貴方がよりもっと私を信頼してくれるまで頑張るから───
その時にゆっくりと話をしよう…ベータ。