幼馴染と俺、またはボク 作:※作者に幼馴染はいません
幼馴染である
当時は幼馴染二人とよく会話をしていたが、乙黒とは目線すらあったことがなかった。俺と乙黒はまったくの他人だった。
というか、ほとんどの同級生が乙黒と他人だったのだろう。彼女が誰かと会話をする姿を俺は見たことがなかった。ただひたすらに机の上に広がる教材に鉛筆を走らせる。
その姿は、まるでかつての俺の様だったと印象に残っている。
「なんだよ」
普段と変わりない口調で、されど普段と比べ態度を少し卑屈にしてみる。少しずつ離別しようと画策している俺にはこの接触は都合が悪いからだ。
「なんでもないわ」
明らかになんらかの意図の下での接触。しかし彼女は訳を言わない。
「…なんだよ、だから」
しかしその行動は雄弁だった。「貴方を監視している」と語るように、すっと隣に肩を並べてくる。
「用事があるのでしょう。付き合うわ」
「何故?」
「貴方は友人の慮りに一々理由を聞くほど野暮な人だったかしら」
慮りといいつつ皮肉染みた発言は乙黒らしい。俺は甘んじてその行動を受け入れ歩き始める。
それにしても、乙黒と二人になるのはかなり久しぶりだ。友達の友達というほど関係性が薄いわけではないが、雑談を頻繁に交わすほどの仲だった気はしない。昼休みに図書室に行き、椅子に座っていた彼女の隣になんとはなしに座って、たまに小説の感想会を行う。それが乙黒歩奈美との主な関係性だ。
「ちょっと寄り道するけどいいのか?」
「程度にもよるけれど問題ないわ。用事はなに?」
「気になってた小説を買いにな」
元々、一つの物事に深く入り込む
呼吸とでも言うのだろうか。乙黒の読書に対する姿勢は、まるで大自然の中に身を置くかのような、小説の世界観の中で自然に呼吸をするかのような、そんな印象だ。
対して、俺は読書をするに当たり一ページ一ページを読むという行為を機械的なストロークに置き換え、自分の興味・関心が満たされるまで深度を落とすことを意識していた。
自然体で小説に溶け込む乙黒に対し、文章の深度の高い読み取りを目指す俺。相反するような読書スタイルの俺と乙黒だったが、互いに共通して自身の想像を深めることを目的とした読書であったために思考の深度、同程度のペース、チョイスする小説のセンスと、俺たちは意図せず息のあった読書を行っていた。
俺と乙黒は互いが互いの良き隣人だった。
ふと、その良き隣人との距離が縮まる。道が混雑してきたからだろうが、普段はちょうど椅子一つ分開けて座って読書をしていたのでその慣れない距離感に思わず肩を揺らしてしまう。
「混雑してきちゃったな」
「あら、手でも繋ぐ?」
「…忙しない子供じゃないぞ、俺は」
まるで親が子供とはぐれないように行うそれのように、差し出された手が俺を待っていたが勿論それを努めて無視する。
混雑を抜けて、やがて人通りが少なくなってくる。しかしなぜか隣人との距離感は変わらず、俺と彼女の肩はぴったりと接触していた。気恥ずかしさも勿論あったがそれよりなにより純粋に疑問の感情が強く、理由のわからない距離感に一度身を反対方向に引いてみる。
「どうしたの?前から人は来ていないわよ」
しかし、ズリリと体を再度寄せられ元の近すぎる距離感に戻ってしまう。その行動に今度は言い知れない恐怖の感情が湧いてくる。な、なんだこいつ…。自分の行動のおかしさに気づいていないのだろうか。
「いや、別に…なんでもないですけど」
そうして再度左に一歩分程ズレる。パーソナルスペースから乙黒がいなくなり何とも言えない恥ずかしさから逃げる事に成功、するかに思えたがなんということだろう、乙黒がその開いた空間の間を埋めるがごとく体を寄せられてしまう。
「…」
懲りずに俺はまたもう一歩左にズレる。そしてまた乙黒が身を寄せてくる。距離が近すぎるのでまた一歩左にズレる。そしてまた乙黒が…。その繰り返し。
遂に俺はズレることのできない壁際にまで追い詰められてしまった。そして俺を無言で壁際まで追い詰めた乙黒は「ドン!」と片手を壁に付ける。いわゆる壁ドンというやつである。しかし乙黒の行うコレはどう見ても人を口説くために行われるそれではなく、俺を逃がさないため行っているようだった。
「次郎君。貴方、何か隠してるわね」
少しどちらかの体がよろめけばキスしてしまいそうな、そんな距離感で乙黒は俺の目を正面から睨み、そう言った。