ようやく出会えた初恋の君へ 作:君は永遠になった
*注意*
この小説には映画『どこよりも遠い場所にいる君へ』のネタバレが含まれています。
まだ劇場で観ていないという方はブラウザバック推奨です。
ヒロインの七緒が可愛すぎるので、それだけでも観に行く価値があると思います! キャラデザを担当されているのが『超かぐや姫!』の方と同じなので、可愛さは保証されてますね!
ぜひ、劇場でご覧くださいっ!
君と出会ったあの夏から、もう10年近く時間が流れた。
今年で26歳。
随分と歳を取ったような気がする。
高校を卒業して本土の大学に入学した僕は、できる限りの力を振り絞って知識を身に付けた。
それも全て、
――
高校一年生だった僕の前に、彼女は突然現れた。
1974年の『過去』から。
正直、一目惚れだったと思う。
くりっとした猫目も、宝石みたいに綺麗な瞳も、透き通るような声も、意外と強気で……そして、優しいところも。
話して、触れ合って、笑い合った分だけ、どんどん彼女のことが好きになっていった。
ずっと一緒にいたいと思った。
1974年には帰らずに、この時代にいて欲しいと心から願った。
……でも、その願いは叶わなかった。
僕の目の前で、彼女は海へ飛び込んでしまったからだ。
自分のいた時代へ帰るために。
彼女は、七緒は言っていた。
僕のようになりたいと。僕のようにちゃんと逃げて、逃げて逃げて逃げ切って、それから自分の人生に向き合いたいのだと。
七緒は意志の強い女の子だ。こうと決めたら、テコでも動かない頑固者。そういうところも彼女の魅力だけど、この時ばかりは勘弁して欲しい部分ではあった。
でも、僕だって譲れなかった。
力ずくでも止める気だった。暴れても、泣かれても、腕を引っ張って連れ帰るつもりだった。
……けど、止められなかった。
10年経った今でも、あの瞬間のことを思い出す。
彼女の唇の感触を。
伝わってきた熱を。
バイバイと涙しながら告げてきた顔を。
そのどれもが、僕の中に焼き付いて離れない。
忘れられるはずがない。
多分この先、僕が誰かに恋をすることは一生ないんだろうなって、七緒がいなくなった次の日に思った。
その日は、一日中泣いた。
どうして手を離したのか、どうして止められなかったのか、自分のことを責めて責めて責め続けた。
一時的に本土に帰ってからも、心に根付いてた後悔は消えない。消えるはずがないと思っていた。
文化祭でピアノを弾くという約束を果たすために采岐島へ戻って来て、タイムカプセル委員の仕事をこなした――あの瞬間まで。
七緒は僕に、手紙を残していたのだ。
手紙の入った封筒には、そう書かれていた。
手渡してくれた
そこには過去に戻ってから七緒が何をしたかという内容と、僕への感謝が震える手で書かれたような筆跡で記されていた。
――世界で一番、幸せになってください。
手紙を読み終えたら、流し尽くしたと思っていた涙が溢れ出た。
胸の奥が苦しくて、切なくて、どうしようもない想いが込み上げてきた。
七緒に会いたい。
でも、会うことはできない。
彼女はもう――『どこよりも遠い場所』にいるのだから。
校長先生から聞いた話だと、七緒は僕がこの采岐島に来る2年前に病気で亡くなったらしい。
葬儀では島中の人々が悲しみ、別れを惜しんだという。
せめて僕も、その中にいたかった。
もう一度だけで良いから、顔を見たかった。
僕にできることは精々、彼女の墓に手を合わせることだけ。
丁寧に掃除されている綺麗な墓は、彼女の人望を表すかのようだった。
海がよく見える場所にあるので、見晴らしは最高だ。それこそ、泣きたくなるほどに。
青い空、白い雲、どこまでも続くような水平線。
墓参りの度に、彼女のことをより鮮明に思い出す。
太陽のような笑顔で――あと100回だって笑って欲しかったことを。
僕は七緒に、何をしてあげられただろうか。
考えても答えは出ない。
きっとこの先、永遠に納得できる答えなんて手に入らない。
だから僕は、この采岐島のために働こうと決めた。
せめて少しでも、七緒が守ったものを、長く残していけるように。
そんな僕も、働き始めて3年。
我ながら驚くほどに働き者だった。休みなんてなくても辛くなかったし、むしろ幸せだった。七緒のために生きられているって思うと、幸せだった。
命を削って本気を出せば、意外と大きなことを達成できる。
僕は自分の身をもってその事を知った。この3年間で一体何本の缶コーヒーとエナジードリンクを消費したことか。給料の半分はそれらに注ぎ込んだという強い自信があった。
そのお陰で……なんて調子に乗る訳じゃないけど、過疎化問題への解決策も現実的な形になってきたと思う。
古くから島のまとめ役をしてきた高津さん――と言うより、高津家が味方になってくれているのも僕にとってはありがたい幸運だった。高津さんには本当に頭が上がらない。
交渉して、プレゼンして、判子を貰って。
目標としていたプロジェクトが動き始めた。
リーダーなんて柄じゃないからサポート役に徹してきたけど、一番の功労者はお前だと周りから言われた時は……柄にもなく素直に喜んでしまった。
仕事仲間達とこれまで断り続けてきた酒を飲み交わして、朝まで騒いだ。
騒いで、騒いで、騒ぎまくった。
家に送ってもらい、ベッドで泥のように眠って、朝起きてこう思った。
――……疲れたなって。
今まで休まずに動き続けてこられたのは、目標があったからだと気付いた。
もちろん、今回のプロジェクトは始動することが決まっただけ。成功した訳じゃない。
それでも、なんというか、気が抜けてしまったのだ。張り詰めてきた緊張の糸が、呆気ないほど簡単に切れてしまったのを自覚した。
僕は次の日、仕事を辞めた。
考え直せ。お前がいなくてどうする。いくらでも待てるから。
みんな色々な言葉を使って引き止めてくれた。
とても、嬉しかった。
無理矢理に退職した罪悪感を無視しながら、まずは本土に戻って父さんと母さんのところへ帰った。
仕事を辞めたこと。新しい場所に行こうと思っていること。今の僕の中にある考えを全て話した。2人とも、泣きながら頷いてくれた。僕を抱き締めて、愛してると言ってくれた。
とても、嬉しかった。
中学・高校と同じ青春を過ごした親友、
理由は直接話したら殴ってでも止められそうだったからだ。申し訳ないけど、もう意思が変わることはない。これまでありがとうと伝えたら、泣きながら「……俺の台詞なんだよ」って言われた。
とても、嬉しかった。
大切な人達に伝えるべき事を伝え終わってから、また采岐島に戻って来た。
台風が近付いて来ているのを理解させるかのような強い雨の下を歩いて、高津さんの家を訪れる。
相変わらず大きな屋敷に足を踏み入れ、相変わらずガラの悪い顔をした高津さんに出迎えられた。
「……和希。……いや、なんも言わねぇぞ」
高津さんは鋭い目で僕を睨みながら、温かいご飯を食べさせてくれた。
僕がこれから――
高津さんは本当に何も言わなかった。僕が仕事を辞めたことなんて、島ネットワークで既に知っているはずなのに。
ただ一緒にご飯を食べて、皿洗いをして、初めて一緒に煙草を吸った。
その時に食べた料理と、一緒に吸った煙草の味を、僕は絶対に忘れないだろう。
一時間にも満たない短い滞在だったけど、とても楽しい時間だった。
「……これ、もってけっ」
出て行こうとした僕に、高津さんがぶっきらぼうな態度で何かを投げ渡してきた。キャッチすると中々の重量感。やはりと言うべきか、彫刻家・高津椿制作の木彫りの彫刻だった。
翼を広げる二羽の鳥。これは……
「……アイツに、よろしくな」
そう言って、高津さんは背を向けて家の中に入って行った。
見送りをするタイプじゃない。それに、十分に背中は押してもらえた。やはりあの人は、優しい人だ。
僕は限界まで頭を下げてから、長い間お世話になった高津家を出た。
雨が、そして風が強くなっている。
傘も差さずに歩いているマヌケなんて僕ぐらいのものだ。
みんな家の中に避難しているか、台風対策を頑張ってるというのに。
豪雨と強風に襲われていても、僕の足取りは軽かった。
鼻歌混じりにスキップでもしたい気分だ。
実際、鼻歌は少しやっていたと思う。
車のいない道路を通り、舗装されていない土道へと突入。
懐かしさすら覚えながら荒れた道を抜けて、学生時代によく訪れていた侵入禁止エリアへと入った。
――『神隠しの入り江』。
僕と七緒が出会った、この場所に。
当然ながら今は台風直撃の真っ最中。
あの頃感じていた風景の美しさなんて見る影もない。海は荒れ、草木は暴れ、風は鼓膜を切り裂くような轟音を響かせている。
僕が目指すのは、左側にある大岩の上。
階段と呼ぶには少々心許ない岩の段差を一歩ずつ踏み締めながら、一番上にある鳥居を通り抜けて頂上へ到着した。
ここで僕は、七緒と別れた。
あの日も、こんなふうに台風がきていたのを覚えている。
七緒がこちらの時代にやってきた時も台風だったらしい。もしも、
思えば、この場所に一人で来るのは初めてだった。
来てしまえば、僕は自分を止められなくなると分かっていたから。
「…………」
ズボンのポケットから、手紙を取り出す。
七緒に貰った手紙だ。僕の一番の、宝物。
何度も何度も繰り返し読んだせいでシワだらけだし、こんな天気に取り出したもんだからずぶ濡れ、雨で文字も滲んでしまっていた。
でも、それでいい。
書いている内容なんて、もう全部覚えてる。
高津さんからお守りも貰った。
これまでの仕事で勝手に増えていた貯金は全額、采岐島へ寄付したし、何ひとつ後悔はない。
「…………七緒」
彼女の顔を思い出す。
彼女の声を思い出す。
和希って、何度でも呼ばれたかった。
大好きだよって、何度でも伝えて欲しかった。
彼女の笑顔を思い出す。
彼女の涙を思い出す。
七緒って、何度でも呼びたかった。
大好きだよって、何度でも伝えたかった。
目の前にある落下防止用の鎖を跨いで、崖の淵に立つ。
あと一歩前に出るだけで、荒れる海へと真っ逆様だ。
分かってる。
こんなことに意味がないってことぐらい。
分かってる。
こんなことを七緒が望んでいないってことぐらい。
……それでも、もう一度。
もう一度、君に会いたい。
こちとら10年間引きずってるんだ。気持ち悪いのは今更。
何度も、何度も妄想した。君と再び出会えた世界を。
君と一緒に、生きていく未来を。
笑えるぐらいに女々しいなって自分でも思う。
呆れてしまうほど、恐怖心はなかった。
あの日、あの瞬間に、掴めなかった彼女の手を掴みにいくように――僕は崖から飛び降りた。
耳を通り抜ける風切り音と体全体を襲う浮遊感。
全ての内臓が背中側へと引っ張られ、呼吸ができなくなった。
数秒もしないうちに暗い海が眼前に迫る。
気を失いかけるほどの衝撃を受けて、僕は海に着水した。
痛い。当然だ。
肺に残っていた空気は全て吐き出され、どっちが上か下かも分からない。
見苦しく手足を振り回すことだけはせずに、僕は海中を流された。
「――……ッ!」
目を閉じているのに、光が見えた。
ゆっくりと手を伸ばす。
まぶたの裏に焼きついている、彼女の笑顔を思いながら。
もう少しで手が届きそうになったところで、僕の意識は完全に途絶えた。