ようやく出会えた初恋の君へ 作:君は永遠になった
七緒が采岐島に戻り、シマ高の教師になってから1週間。
僕たちは高津さんが紹介してくれたアパートで仲良く同棲生活を送っていた。
おはようからおやすみまで、顔を合わせて伝えられる。
これほど幸せなことはない。
僕は朝が弱い方だけど、七緒の顔を見たらすぐに眠気が吹き飛んでしまうぐらいだ。
今日は8月23日。
シマ高も世間一般の高校と同じく夏休みの真っ只中だ。異動するには良いタイミングだったのかもしれない。
僕が役所で仕事している間、七緒は二学期からの仕事に向けてシマ高へ。まだやることが少ないのか、定時上がりの僕よりも早く家に帰っている。
帰って来てすぐに手料理が食べられる幸せが心に沁みる毎日だ。
「美味しいでしょ〜?」
「うん、美味しい。ありがとう、七緒」
「……真顔で言われると、恥ずかしいね」
その日の出来事を話しながら、同じ机で同じ料理を食べる。
何度も何度も思い描いていた光景が、目の前にあった。
油断すると泣きそうになる。僕は込み上げそうになった涙を抑え込むために、七緒に話題を振った。
「そうだ、七緒。30日に夏祭りがあるでしょ? 良かったら一緒に行かない?」
「……っ! い、行きたいっ! 和希と一緒に……お祭りかぁ」
目に見えて喜んでもらえた。
誘った甲斐があるというものだ。
「良かった。じゃあ、お祭りを楽しむために仕事頑張るよ」
「わ、私も。もうすぐ夏休みが終わって二学期が始まるし……気合い入れなきゃっ」
「ははっ、熱血教師だね」
「昭和パワーですから」
そう言って笑い合う。
七緒といると、つい笑顔が溢れてしまう。前の時代だったら考えられなかったな。
夕飯を食べ終えたので食器を洗い、順番に風呂を済ませる。
七緒と一緒に住み始めてから、寝る時は常に布団を並べて隣同士だ。
「……和希」
七緒は寝る前になると、やたら素直に甘えてくる。
一番気が抜けるタイミングなんだろう。
彼女のこんな表情を知っているのが自分だけだと思うと、自分でも引いてしまうような優越感が湧き上がってくる。
手を握って、体をくっつけて。
頭を撫でて、抱き締めて。
キスをしてから、静かに眠る。
いい大人にしては子供っぽいかもしれないけど、今はこれだけで胸が張り裂けそうなぐらい幸せだった。
もちろん、僕にだって男としての欲はある。七緒と『そういうこと』をしたい気持ちが無いはずがない。
それでも……今はまだ、と言った感じだ。
七緒にとっては過去のトラウマもあるだろうし、ゆっくりで良いと思っている。
僕がこんな気持ちを向ける女性はこの先の人生で七緒だけだし、七緒にとっても僕だけだと信じてるからだ。
「……愛してるよ。七緒」
「……私も、愛してる。和希」
夏だから人肌を合わせると少しばかり暑い。
それなのに離れたいなんて微塵も思わないんだから不思議だ。寝苦しいどころか安眠できるんだから。
「……幸せだなぁ」
先に寝てしまった七緒の顔を眺める。
満足するまで恋人の寝顔を堪能した後、窓から差し込む月明かりを頼りに日課となっているノートの書き込みを終わらせてから、僕も目を閉じて意識を手放した。
夏祭り当日。
数少ない娯楽の一つということもあってか、その日は島中が浮かれ気分だった。
役所の仕事も半日で終わってしまったぐらいだ。祭りにかける思いが違う。
多くの人たちが出店の方へ歩いて行くのを眺めながら、高津さんに貸してもらった浴衣を確認する。
黒色のシンプルなデザインだけど、結局はこういうのが一番落ち着くというものだ。高津家が貸してくれた浴衣なだけあって、肌触りがとても良い。高いんだろうなこれ。汚さないように気を付けよう。
「――和希っ! 待たせてごめんねっ」
祭り会場の前で待つこと10分。待ち人がやって来た。
せっかくのデートだから待ち合わせがしたいと提案してきた僕の恋人、七緒だ。
大きな白い花の柄が付いた水色の浴衣を着ている。帯は肌色で素人目にもわかるぐらい立派なものだった。
実家でお婆ちゃんに着付けてもらってから来ると言っていたけど、予想以上に似合ってるし可愛い。……いや、可愛すぎないかな? 天使?
「待ってないよ。浴衣、似合ってる。あとその髪型も……可愛いね」
「……あ、ありがとう。……和希も、似合ってるよ。カッコいい」
「そ、そうかな? ……じゃあ、行こうか」
照れ臭くなったので、七緒の手を取って歩き出す。
屋台の照明と太鼓の音。そして色々な人たちの声が聞こえてくる、祭りの方に向かって。
「なに食べようか。ご馳走様するよ」
「ええっ!? い、いいよ。自分の分は自分で……」
「僕がそうしたいんだ。そのために今日まで仕事を頑張ってきたんだからさ。七緒のシマ校異動へのお祝いもまだしてなかったし」
「……じゃあ、ご馳走してもらおうかな」
「うんっ。ありがとう。なに食べる?」
気合が入っているだけあって、出店の数は中々のものだった。
30……いや、40はあるかな。お面に射的に型抜きなんてものまである。食べ物はもちろんのこと、遊び関係の出店も充実していた。
「流石に人が多いね。老若男女問わずって感じだ」
「本当だね。シマ校生かなって子達もいるし、みんな楽しそう」
人混みではぐれないように手はしっかり繋いでおく。
祭りの熱気のせいか、お互いに手が熱かった。
「んーっ、美味しいっ。かき氷はやっぱりイチゴ味が好きだなぁ」
「夏って感じするよね」
「和希も食べる?」
「うんっ、一口貰おうかな」
プラスチック製のストローみたいなスプーンに乗せられた氷を口に含む。
シャリッとした食感と冷たさ、そしてイチゴの風味が口に広がっていった。
細かく言うならシロップの味自体は全部同じらしいけど、色と香りだけで味を連想するんだから面白い。
「あ、頭が……」
「ははっ、急いで食べるからだよ」
「美味しくてつい……」
その後も僕と七緒は屋台を巡った。
焼きそば、お好み焼き、イカ焼き、わたアメ、りんごアメ。祭りの定番と言えるような物は一通り食べた。色々食べすぎて太らないか心配になるぐらいだ。
まあ、幸せ太りなら良いか。自分でも少し痩せすぎだと思うし、もう少し肉を付けたいところだ。
「和希っ! こっちこっち!」
「待ってよ、七緒」
子供のようにはしゃぐ彼女に手を引かれ、人混みを抜けていく。
いよいよ祭りのメインイベント。打ち上げ花火が始まるのだ。
防波堤には人が集まり、目の前に広がる暗闇の海へと視線を向けている。
「――あっ、始まったよ」
七緒が僕の肩を叩きながら耳元で囁く。
ヒューっという風切り音が聞こえてすぐに、夜空には美しい火薬の花が咲き乱れた。
鼓膜に響く音と、鼻をくすぐる火薬の匂い。花が咲くたびにどよめく観衆の声。体全体で夏祭りを感じている気分だ。
「……綺麗だね」
「……う、うん。……そうだね」
僕の手を強く握りながら花火を見上げる七緒の横顔。
僕は花火よりも、そんな彼女の横顔を見つめてしまっていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、祭りもお開きとなった。
これから家に帰るであろう祭り参加者たちからは残念そうな声がちらほらと聞こえてくる。その気持ちが、痛いほどよく分かった。
まずは高津さんの家に借りていた浴衣を返して、その後七緒の実家に行き、同じように浴衣を返してから帰路に着いた。
高津さんも七緒のお婆ちゃんも、どこか微笑ましいものを見るような目を向けてきたように思う。そんなに浮かれてたかな、僕たち。少しだけ、恥ずかしかった。
しばらく歩くと、周りに人がいなくなる。
アパートまでもうすぐといったところで、これまで黙っていた七緒が不意に口を開いた。
「……楽しかったね。和希」
「うんっ。楽しかった。本当に」
こんなにはしゃいだのはいつ以来だろうか。
七緒のことを言えないぐらい、祭りを楽しんでしまった。
「和希と一緒に夏祭り。……夢じゃ、ないよね?」
「……七緒」
気付けば、七緒の手は震えていた。
声も、肩も、足も、小刻みに震えている。
僕はすぐに彼女を抱き締めた。落ち着かせるように優しく、それでいて力強く。
「夢じゃないよ。僕も同じ気持ちだけどね。七緒と一緒に夏祭りに行けたんだ。幸せすぎてどうにかなりそう」
「……和希」
「なに? ……んんっ」
顔を見ようとしたらキスをされた。
毎日しているような軽いものではなく、もっと『深いキス』だった。
七緒の手が僕の後頭部を押さえているので逃げられない。いや、逃げるつもりもないけど。
そのまま数十秒。僕たちは同じ体勢でキスをした。
遠くから僅かに聞こえてくる祭り帰りの人たちの声が、どこか違う世界のものに感じた。
「……はぁ。……ごめんね、急に、こんな」
ようやく唇が離れると、七緒は申し訳なさそうな顔と声で謝ってきた。
暗いから分かりにくいけど、顔は多分真っ赤になっているはずだ。
僕が確実に真っ赤になっているので、そうでないと少し悔しい。
「い、いや、嬉しいよ? 驚いただけで……」
七緒の方からキスをしてくれることは珍しくないけど、こんなキスは初めてだった。まだ、感触が残っている。
見せないようにしていた欲望が、湧き上がってくるのを感じた。
「い、家に入ろうか。疲れたでしょ? お風呂に入って早く寝よ――」
「和希……。私……」
家に入ろうとした僕の背中に、七緒がぴったりと体を密着させてきた。
柔らかくて温かくて、理性が一気に壊されてしまいそうな破壊力だ。
浴衣じゃなくてTシャツ1枚な分、密着度も上がっていた。それこそ、七緒の心臓の鼓動が伝わってくるぐらいに。
「な、七緒。その……ごめん、離れてくれないかな。……僕も、男だから」
「……やだ。離れない」
七緒はそう言うと、更に抱き締める力を強めた。
体温と汗の匂いが容赦なく理性にヒビを入れてくる。ダメだ、こんな邪な気持ちを抱いちゃいけない。
「このままだと……我慢できなくなるから。お願い、離れて欲しい」
「……我慢、しなくていいよ?」
「えっ……?」
自分でもマヌケだと思う声を出してしまった。
七緒は体を離すと、僕の手を引いて家に入る。ドアを閉めてから玄関で再度キスをしてきた。
「私、和希と……
「……七緒」
七緒の方から言わせてしまったことを男として恥じながらも、そう思っていてくれたことに喜びを隠せなかった。
七緒を抱き締めて、今度は僕からキスをする。軽いものではなく、深いものを。
「……僕も、七緒がいい。七緒とじゃなきゃ、嫌だ」
「…………嬉しい」
部屋の明かりも付けずに、僕たちはただ反応のままにお互いを求め合った。
七緒はやはりトラウマが関係しているのか初めの方は不安そうな顔をしていたけど、すぐに安心したようで身も心も委ねてくれた。
夢中になっていたから行為の記憶は曖昧だ。
でも、幸せだったことだけは鮮明に覚えている。
何年も募らせた七緒への想いを、欲望に変えてぶつけた。七緒の方も、同じ気持ちだったんだと思う。
これが夢ではないのだと、僕たちはお互いの体に一晩中刻み込んだ。
「――……おはよう。和希」
翌朝。
恥ずかしそうに掛け布団で顔を隠す七緒を見て、僕の理性はまた壊れたのだった。
一緒に夏祭り行ってくれぇ(涙目)。
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