ようやく出会えた初恋の君へ 作:君は永遠になった
夏が終わり、秋に入った。
1984年はまだ四季がしっかりと残っているので、秋はほんのり肌寒い。
あと数十年で夏と冬の二極化になってしまうのかと思うとやるせない気持ちが湧き上がる。こればかりはどうしようもない事ではあるんだけど。
「1984年……
日課であるノートを書きながら、壁にかけてあるカレンダーへと目を向けた。
もう10月だ。この時代にやってきたのが6月の半ばだったので、もう4ヶ月近く過ぎたことになる。自分の居場所を作るのに必死だったからか、あっという間だった。
「和希。……また何か書いてるの?」
「おおっと、七緒。うん、ちょっとね」
背中に抱きついてきた七緒に驚きつつ、反射的にノートを閉じた。
僕としては七緒に見られたくない内容を書き記しているからだ。見せるのはもっと先。日本から四季が失われ始める頃だ。
「また隠した。……エッチなことでも書いてるの?」
「名誉を守るために全力で否定させてもらうよ。……まあでも、万が一そうだとしても七緒なら問題ないでしょ? エロいのは平気って前に高津さんの家で言ってたよね?」
「そ、それは……私たちが高校生の頃の話でしょ?」
困ったように笑う七緒を見て、懐かしい記憶が蘇る。
10年前――いや、今は1984年だから、正確には42年後の話か。ややこしいことこの上ないな。
「見せられない訳じゃないんだ。まだその時じゃないってだけ」
「いいですよー。別に興味ないし」
「拗ねた顔も可愛いね」
「なっ……ばかっ。……お風呂沸いてるから、早く入ってね。ご飯の準備しておくから」
「うんっ、ありがとう。七緒」
シマ校の教師として本格的に働き始めた七緒はとても楽しそうだ。
僕に過去から手紙を送ってくれた七緒と目の前にいる七緒では勤務期間が大きく違ってくる訳だけど、この変化がどう影響するのかはまだ分からない。
まあ、悪い方にはいかないだろう。むしろ采岐島にとっては良い方に影響するという確信があった。なにせ彼女は、この島を改革した伝説の救世主なのだから。
「……僕も、頑張ろう」
七緒とこの時代で幸せになる。
そのためなら、どんなことでも頑張れる気がした。
「ねぇ、和希……」
「あっ、ごめんっ。すぐにお風呂入るよ」
慌ててノートを片付けて椅子から立ち上がる僕に、七緒はどこか恥ずかしそうな表情で言葉を続けた。
「いや……その、明日は2人とも休みでしょ? だから、今日って……
「…………」
エプロン姿の上目遣い。
なんだこの可愛い生き物。あっ、僕の恋人か。なにそれ最高。
「……お風呂、一緒に入ろうか」
「うぇっ!? で、でも、ご飯の準備が……!」
「お風呂から上がったら二人でやろう。ほら、行くよ」
「〜〜〜っ! ちょっ、待って……!」
七緒の手を引いて風呂場へと向かう。
ああ、明日が休みで良かった。
和希と暮らし始めてから、少しだけ早起きになったと思う。
隣の布団で眠る彼の寝顔を見られるからだ。早起きは三文の徳と言うけど、私にとってはこれだけで充分すぎるほどに有り難い。
「……ふふっ、可愛い」
色素の薄いサラサラの髪を撫でると、自然と笑顔になってしまう。
大好きな人が無防備に晒している寝顔とは、どうしてこんなにも愛おしいのだろうか。飽きることもなく、ここ最近は毎日眺めている。和希が朝に弱いのもあって、私のやりたい放題だ。
「…………」
朝が肌寒くやってきたこともあり、私はよく和希の布団に潜り込む。
彼の体温と匂いに包まれると、心の底から安心できた。密着してもまるで飽きる気配がないのは、流石に朝が弱すぎると思うけど。
「……和希。……大好きだよ」
なんて、恥ずかしいことも言えてしまう。
我ながら浮かれ気分だ。一緒に住み始めてもう2ヶ月近く経つというのに、和希が側にいる幸せに慣れる気がしない。
顔を見れば優しい気持ちになるし、声を聞けたら嬉しいし、笑ってもらえたら幸せだ。
私は本当に、和希のことが大好きだ。
綺麗な灰色の瞳に見つめられると、心臓の鼓動が早まってしまう。もう26歳の大人だというのに、恋をしたばかりの子供みたいだ。
……ん? 灰色の瞳?
「…………あっ、か、和希。お、起きて……」
「僕も大好きだよ。七緒」
和希はとても愉快そうな顔で私を見ていた。
口元は緩み、からかう気なのが一目で分かる。
いや、私が油断していたのが悪いんだけど。
「い、今のは……ていうか、なんで起きてるのっ。いつもはこんなのじゃ、起きないくせに……」
「今日ぐらいはすぐに起きるよ。だって……七緒と一緒に出掛ける予定だからね」
「それは……そうだけど」
今日はシマ校の文化祭。
通称『碧海祭』が行われる日だ。
一般にも開放されているので、和希にも来て欲しいとお願いしていた。
彼はそのために今日は有休まで使ってくれたのだ。
休みだからいつもより起きないだろうという私の油断が隙を生んでしまった。恥ずかしい、穴があったら入りたい。そんな私の気持ちを見透かすように、和希は私を強く抱き締めた。
「ふふっ、七緒は可愛いなぁ」
「……ばかっ」
「学校では熱血教師なのに、家だとこんなに可愛いんだね」
「っ……! も、もう起きるよっ! そろそろ準備しないと……ほら、布団から出るっ!」
「えーっ、もっとからかいたかったのになぁ。残念」
無理矢理にでも起きないといつまでもイジメられてしまう。
和希にこういう意地悪さがあるということは一緒に住み始めてから知った。全然嫌いじゃないけど……恥ずかしいものは恥ずかしい。特に今は朝だし、これから学校だし、そういうのは夜に――。
「七緒? どうしたの? 準備しないの?」
「す、するっ! 和希も、ちゃんと着替えてよねっ!」
ダメだ。変なことを考えている暇はない。
文化祭とは言え教師である私にとっては仕事だ。多少緩む気持ちはあっても、最低限の節度は持たなければ。
よし、大丈夫。ちゃんと仕事に意識を切り替えられた。
「へへっ、楽しみだね。碧海祭」
「……はぁ」
私の恋人には、色々な意味で敵わない。
天候にも恵まれ、碧海祭は思わず気分が高揚してしまう賑わいとなった。
生徒に教師に一般の方と、右を見ても左を見ても人だらけだ。
ずらりと並んでいる出店の前に多くの人たちが列を作っている。
生徒たちが元気よく掲げるプラカードには担当する店を表すイラストが描かれていて、とても微笑ましい光景だった。
教師として見回りの役割を果たすべく、私も人の流れに身を任せながら足を動かす。
……隣に並んで歩いている男性が自分の恋人だと、周りにバレないよう気を遣いながら。
「手を繋げないのは寂しいけど、七緒と一緒に碧海祭に出られたのは嬉しいな」
出店で買った焼きそばを頬張る私の恋人は、絶妙な距離を空けながら隣を歩いている。一緒に歩いているように見えるし、そうでないようにも見える絶妙な間隔で。
「小野川先生ーっ! うちの出店にも寄ってってー!」
「はーいっ。じゃあ食べていこうかな」
たこ焼きの出店をしている生徒から声を掛けられたので、財布を取り出しながら足を止める。和希も同じように歩みを止めて、人の流れから外れてくれた。
生徒と同僚たちの手前、直接やり取りできないもどかしさはあるけど、こういうのもなんか新鮮で悪くない気がしてきた。
たこ焼きと焼きそばを食べてから、私たちは文化祭を見て回る。
青く澄んだ秋晴れの下で、青春の1ページに参加。しかも隣には和希がいてくれる。それだけで胸が幸せで満たされた。
「――やあ、和希くん。七緒さん」
人混みから外れて休憩していると、聞き覚えのある声が耳に届いた。
顔を向けてみると、そこには男性と女性、そして二人の子供であろう少年が立っていた。
女性と少年については記憶にないけど、男性は別だ。和希がお世話になっている人物、高津さん。この人がいなければ和希はこの時代で生きていくことができないところだった。和希だけでなく、私にとっても大恩人に当たる人だ。
「お、お久しぶりです。碧海祭に来て頂き、ありがとうございます」
「和希くんに誘われてね。せっかくだから家族で足を運んでみたよ。母校の文化祭に参加するなんて何年振りかな」
「ほら、挨拶しなさい」
「……」
奥様に促されて、少年が私たちにペコリと頭を下げる。
私も和希も反射的に挨拶を返した。小学6年生ぐらいかな? 子供とは思えないぐらい堂々としている。
「無理にでも時間を作って正解だった。誘ってくれた和希くんには感謝しなければね」
「やめてください。僕は何もしてませんよ。それに、相変わらずご夫婦の仲がよろしいようで何よりです」
「自慢の嫁だからね」
高津さんの言葉を聞いて奥様が恥ずかしそうに俯いた。可愛い。
「では、そろそろ行くとしよう。七緒さんとの時間をこれ以上奪うのは忍びないのでね」
「こっちの台詞ですよ。家族水入らずで文化祭を楽しんでください」
「お互い、幸せなだね」
「……ええ、本当に。また近い内に伺います」
「ああ、楽しみにしているよ」
もう一度頭を下げあってから、高津さんたちは人混みの中へと消えていった。
島のまとめ役をしてきた一族なだけあって、相変わらず雰囲気のある人たちだ。
「……はぁ、緊張した。高津さんの奥様、初めて見たなぁ。お子さんも、思ったより大きかったんだね」
「うん。あの子は高津さんの……じゃなくて、椿さんのお父さんになる子だね。時系列的に考えて」
「あー、確かに。そう考えると目つきが少し似てたかも」
「未来の人気彫刻家の生みの親だね。椿さんに聞いた話だと『クソ親父』になるらしいけど」
そういえば高津さん、お父さんの話をする時は決まって不機嫌になってたっけ。
「家族って難しいんだね」
「本当にね。……七緒と一緒にいて一つだけ残念なことがあるとしたら、子供を作れないことだろうなぁ」
「……和希」
寂しそうに呟いた彼の横顔を見て、思わず手を握ってしまいそうになった。
和希は元々、この時代に存在していなかった人間だ。
違う時代の人間同士で子供を作る危険性を考慮して、私たちの間に子供は作らないと約束した。
和希がいればそれで良いと何度か言っているんだけど、和希の方が責任を感じてしまっているようだった。彼の優しさが、彼を苦しめてしまっている。
私にできることは、彼に寄り添うことだけ。
「……七緒。手、繋いじゃってるよ?」
「平気、見えないようにしてるから」
「悪い先生だな」
「でも、嬉しいでしょ?」
「……うん。……ありがとう」
彼と一緒に生きていける。
私にとってはそれだけで、何よりも幸せなことなのだから。
高津さんの物語が読みたい方は『まだいない君に星の舟を』を読むことをおすすめします!
映画を観た方にも強くおすすめしたい作品です!前半が高津さんの物語で、後半は七緒が登場しますので!
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