水星の魔女 ~もう一輪の百合の花~   作:一般通過クルーゼさん

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第10話

 会社を設立することと、会社を経営することは、まったく別の話である。

 

 必要な手続きを済ませ、資金を集めれば、会社はできる。

 

 けれど、その後も従業員には給与を払い、設備を維持しなければならない。研究を続けるにも、お金がかかる。

 

 何かを作っただけでは、その費用は戻ってこない。買ってくださる方が必要なのだ。

 

「随分と難儀な会社ですね」

 

 私は端末の資料を眺めながら、そう呟いた。

 

 株式会社ガンダム。

 

 先日のインキュベーション・パーティーで、ミオリネ・レンブランさんが設立を宣言した会社である。

 

 ペイル社とシン・セー開発公社の開発部門を買い取り、ガンダムと、その技術を守る。そのためのお金は集まった。私自身も、個人として少額ながら出資している。

 

 ただ、開発部門を買った後に、何をするのか。

 

 手元の資料には、肝心の売り物が書かれていなかった。

 

「何、難しい顔してんの?」

 

 隣から、セセリアが声をかけてきた。

 

 ブリオン寮のラウンジ。彼女はソファに深く腰掛け、菓子の袋を片手に私の端末を覗いている。

 

「株式会社ガンダムの資料を拝見していたんです」

 

「ああ、水星ちゃんたちの。売るもの決まった?」

 

「まだ、書かれていませんね」

 

「そっか。売り物より先に、会社が売れちゃったんだ」

 

「技術の可能性に期待した方も、多いのでしょう」

 

「うん。あんたも買ったしね」

 

 セセリアは楽しそうに笑った。

 

「それで、今さら心配になったの?」

 

「少し、お話を伺ってみようかと」

 

「地球寮?」

 

「ええ」

 

「じゃあ、行くー?」

 

 あっさりしたお返事だった。

 

 私は彼女を見る。

 

「ご一緒してくださるのですか?」

 

「暇だし。ミオリネ社長が何始める気なのか、気になるじゃん」

 

「それは心強いですね。では、先方とのお時間の調整など、お願いしても?」

 

 セセリアは菓子を摘まんだまま、私を見つめた。

 

「……約束してないんだ?」

 

「これから伺おうかと」

 

「へえ。あんたが思いついたら、向こうの予定も空くんだ。さすがアンタッチャブル」

 

「その調整をするのが秘書ですよ、セセリア」

 

「相手の会社、まだできてもいないんでしょー。誰に何を調整するの?」

 

「ミオリネさんへ、ご都合を伺っていただければ」

 

「知り合いじゃん。あんたが聞けば?」

 

「随分と手厳しい秘書ですね」

 

「急に用事作って、隣の友達に押しつける代表代理もいるからねぇ。お似合いでしょ?」

 

「そこには、異論ありませんね」

 

「……そういう意味じゃないんだけど」

 

 彼女は袋の口を折り、立ち上がった。

 

「いなかったら帰ればいいじゃん。いたら、暇かどうか聞いて」

 

「お忙しければ、改めるということで」

 

「決まり。帰り、何か奢ってね」

 

「同行のお礼でしょうか?」

 

「秘書のご機嫌取り。長く働いてほしいんでしょ?」

 

「もちろんです」

 

「じゃ、頑張って」

 

 私は笑って端末をしまった。

 

 仕事を頼むつもりが、私の方へ課題が増えてしまった。

 

     

 

 

 

 

 

 地球寮を訪れるのは、これが初めてだった。

 

 建物の近くには整備用の資材が置かれ、奥からは動物の鳴き声が聞こえてくる。

 

「本当に、ここで会社やるんだ」

 

 セセリアが周囲を見渡した。

 

「事務所の賃料は節約できますね」

 

「通勤時間もないしね。帰っても職場だけど」

 

「仕事と生活を分けるのは、難しそうです」

 

「今、住み込みの秘書とか考えなかった?」

 

「お引っ越しをご希望でしたら――」

 

「してない」

 

 返事が早かった。

 

 入口で呼び出すと、ほどなくして赤い髪の少女が顔を出した。

 

「あっ、アイリスさん! セセリアさんも!」

 

「ごきげんよう、スレッタさん」

 

「どーも。今、平気?」

 

「は、はい! えっと、今日は、どうしたんですか?」

 

「会社について、お話を伺いに参りました。ミオリネさんはいらっしゃいますか?」

 

「います! 今、みんなで会社の話をしていて……呼んできますね!」

 

 彼女が奥へ駆けていく。

 

 セセリアが私へ顔を寄せた。

 

「ほら。調整できたじゃん」

 

「スレッタさんが、してくださっているのですよ」

 

「優秀だねぇ。転職してもらう?」

 

「既に、お願いしている方がおりますので」

 

「そっか。あたし、危うく失業するところだった」

 

 まったく危機感のない声だった。

 

 談話室へ入ると、いくつもの視線がこちらへ向いた。

 

 端末を操作していた男子学生の手が止まる。その隣の少年も、顔を上げた。

 

「……マジか」

 

「おい、ヌーノ」

 

「見えてる」

 

 奥では、桃色の髪を大きく結い上げた少女が立ち上がった。

 

「スペーシアンが、何しに来やがった?」

 

「チュチュ!」

 

 隣の少女が止めようとする。

 

 しかし、チュチュさんは入口へ歩いてきた。

 

「呼んでねえよ。帰れ。こっちは見世物じゃねえぞ」

 

「突然お邪魔して、申し訳ございません。会社について――」

 

「話すことなんかねえって言ってんだろ!」

 

「……へえ」

 

 セセリアが口を開いた。

 

「起業したんでしょ?」

 

「あ?」

 

「資本主義に、宇宙生まれも地球生まれもないんですけど。よかったですねぇ。平等ですよぉ」

 

 チュチュさんの目がつり上がった。

 

「何が平等だ! あーしらが、どんな扱い受けてると思ってんだ!」

 

「じゃあ、お客さんも生まれた場所で追い返す?」

 

 セセリアは首を傾げた。

 

「せっかく会社作っても、売る相手は嫌いじゃない人だけ。ずいぶん余裕ありますねぇ」

 

「誰が客だよ!」

 

「客どころか既に金を出した出資者」

 

 彼女が、私を指した。

 

 チュチュさんの視線が動く。

 

「あんたが?」

 

「ええ。私個人から、少額ですが」

 

「アイリスさん、出資してくださってたんですか!?」

 

 スレッタさんが声を上げた。

 

「ありがとうございます!」

 

「これからを、楽しみにしておりますので」

 

 私は微笑み返した。

 

 セセリアがチュチュさんを見る。

 

「出したお金がどうなるか、聞きに来たんだって。宇宙生まれでも地球生まれでも、気になるところは同じじゃない?」

 

「金出したら、偉いってのかよ」

 

「偉いかどうかは知らないけど。話も聞かずに追い返して、ミオリネ社長に怒られるのは、あたしじゃないからねぇ」

 

「……っ」

 

「何の騒ぎよ」

 

 奥から、聞き慣れた声がした。

 

 ミオリネさんだった。

 

 私たちの姿を認めるなり、眉をひそめる。

 

「……何であんたたちがいるの?」

 

「ごきげんよう、ミオリネさん。会社について、お話を伺えればと思いまして」

 

「来るなら、先に連絡くらいしなさいよ」

 

「ええ。秘書にも、そのように相談したのですが」

 

「……秘書?」

 

 ミオリネさんがセセリアを見る。

 

 彼女は片手を上げた。

 

「どうもーミオリネ社長。そういうことになったんで。よろしくぅ」

 

「本当に引き受けたの?」

 

「お試し。今のところ、急に出掛けるって言い出した人についてくるお仕事」

 

「ご連絡も、お願いしたつもりだったのですが」

 

「来るまでに、あんたが自分で連絡する時間もあったよねぇ」

 

「……その話、後でやって」

 

 ミオリネさんが、チュチュさんへ顔を向けた。

 

「私が話すから。座って」

 

「でも、ミオリネ――」

 

「出資者にまで帰れって言うつもり?」

 

 チュチュさんは、不満そうに舌打ちをした。

 

 それでも入口から退き、元の席へ戻っていく。

 

 ミオリネさんは、改めて私を見た。

 

「何を聞きたいわけ?」

 

「何を事業にするお考えなのか、伺えればと。出資した会社ですから、気になりますので」

 

「……あんたに見せた話が、クソ親父にまで届くのは御免よ」

 

 真っ直ぐな目だった。

 

 私は微笑みを崩さず、頷いた。

 

「外へ出せないお話であれば、そのようにおっしゃってください。伺ってよい範囲で結構です」

 

「クソ親父と取引した相手に、そう言われてもね」

 

「契約の内容については、お話しできません」

 

「でしょうね」

 

 ミオリネさんは腕を組んだ。

 

 警戒されるのは当然だ。

 

 あの取引で得たのは、コズミック・シードへの不干渉だけではない。私もまた、約束を引き受けている。

 

 その一部として、ミオリネさんと同じ経営戦略科へ通い、生徒側の連絡役を務めること。

 

 本職の護衛や付き人は別にいる。私に求められたのは、同じ学園で過ごす者としての目と耳だった。

 

 ただ、そのことを彼女へ明かすつもりはない。

 

「いずれ、コズミック・シードにも出資を相談したいと思ってる」

 

 ミオリネさんが口を開いた。

 

「その前に、何をする会社かも分からないって言われたら困るものね」

 

「ご相談いただけるのであれば、計画を拝見します」

 

「今は、まだ検討中。正式な話じゃないから」

 

「承知しました」

 

 ミオリネさんが空いている椅子を指した。

 

「座って。ちょうど、事業の話をしてたところよ」

 

 信用されたわけではない。

 

 それでも、彼女は話す必要があると判断した。

 

 私は一礼し、席へ向かった。

 

    

 

 

 

 

 

「マルタン・アップモントです。寮長をしています。今日は、その……」

 

「お邪魔します。アイリス・シードです」

 

「はい。存じてます!」

 

 マルタンさんが慌てて頭を下げる。

 

 その横で、物静かな少年が飲み物を置いてくださった。

 

「ティル・ネイスです」

 

「ありがとうございます、ティルさん」

 

 ニカ・ナナウラさんは、表示中の資料を私からも見える向きへ直してくれた。

 

 リリッケさんは、同じ経営戦略科の一年生だという。

 

「先輩のこと、授業でも話題になりますよ!」

 

「それは、少々緊張しますね」

 

「へえ。そんな顔もできるんだ」

 

 セセリアが横から言う。

 

「どういう意味でしょう?」

 

「そのまま。勉強になるねぇ、リリッケ」

 

「はい?」

 

「この人の謙遜、真に受けなくていいよ」

 

「セセリア」

 

 彼女は笑って、カップを持ち上げた。

 

「ヌーノ・カルガンです。メカニック科で、ソフトウェアが専門です」

 

 先ほど端末を見ていた少年が、短く名乗る。

 

「よろしくお願いいたします、ヌーノさん」

 

「……どうも」

 

「こいつ、先輩のファンクラブにも入ってるんですよ」

 

 隣の少年が口を挟んだ。

 

 ヌーノさんは、面倒くさそうに彼を見る。

 

「オジェロ。自分の紹介だけすれば?」

 

「俺はオジェロ・ギャベルです。よろしくお願いします」

 

 悪びれた様子もなく、オジェロさんが笑う。

 

 ヌーノさんは、私へ顔を戻した。

 

「技術関係の情報、まとまってるんで。特許とか、発表資料とか」

 

「ええ。運営の方が、よく整理してくださっていますね」

 

「……見てるんですか?」

 

「存在は、以前から承知しておりますよ」

 

「何それ。あたしも見たい」

 

 セセリアが身を寄せてきたので、私は端末でサイトを開いた。

 

 技術発表や特許に関する情報の間に、学園で撮影された写真が並んでいる。

 

 セセリアは画面を送り、口元を緩めた。

 

「さっすがアイリス。盗撮だらけじゃん」

 

「仕方ありません。自分が目立つ風貌をしているのは、理解していますよ」

 

「そこ、自信満々に受け入れられるの、やっぱズレてるわ。驚かないの?」

 

「以前から知っておりましたので。何なら、セセリアも一緒に写っていますよ」

 

「うーわ、巻き込まれてるぅ」

 

 彼女が画面へ顔を近づける。

 

 ラウンジのソファに並んで座っているもの。廊下を歩いているもの。購買の袋を私が持ち、彼女が中を覗き込んでいるものまであった。

 

「よく撮るねぇ。暇なのかな」

 

「……しかし、この写真はよいですね」

 

 私は一枚を開いた。

 

 窓際で、二人が顔を見合わせて笑っている。

 

 何を話していたときだろう。

 

 普段、私が撮る写真には、私自身は写らない。こうして並んだ姿を見るのは、新鮮だった。

 

「セセリアとのツーショット、運営の方に確認してみましょう」

 

「何を?」

 

「写真をいただけるかどうかです」

 

「苦情じゃなくて?」

 

「そちらも、必要ですね」

 

 私は笑みを浮かべた。

 

 ファンクラブについては、以前からいくつかお願いをしている。

 

 活動を理由に、周囲の方へ迷惑をかけないこと。

 

 セセリアに関わることは、特に。

 

 私自身が目立つことと、彼女まで勝手に撮影し、掲載してよいことは別だ。

 

 運営の方には、改めて確認しておこう。

 

 写真をいただいた後、こちらは掲載の経緯も伺わなければならない。

 

 ふふ。

 

 少々、お説教が必要そうですね。

 

「……アイリス」

 

「はい?」

 

「写真見てる顔じゃなくなったけど」

 

「気のせいですよ」

 

「うっそ。絶対、何か考えてる」

 

「後ほど、お話ししますね」

 

 セセリアが私を見て、それから画面へ目を戻した。

 

 ヌーノさんは、口を開きかけて閉じる。

 

「……俺、何もしてないですよ」

 

「ええ。承知しております」

 

「何の話してるのよ」

 

 ミオリネさんの声が飛んできた。

 

「会社の話を聞きに来たんでしょ?」

 

「失礼しました」

 

 私は端末を閉じた。

 

 隣でセセリアが肩を揺らす。

 

「出資者の写真鑑賞、終わったって。どうぞ、ミオリネ社長」

 

 ミオリネさんは、深々と息を吐いた。

 

   

 

 

 

 

 

 

 壁面には、会社設立までの作業が並んでいた。

 

 定款。事業計画。各種申請。

 

 リリッケさんがまとめていたらしい。

 

「手続きと、仕事の割り振り。その前に、何を売るかって話になってたところよ」

 

 ミオリネさんが説明する。

 

「何を売るか決まってねえ会社で、何させる気なんだよ」

 

 チュチュさんが言った。

 

 ミオリネさんは腕を組む。

 

「普通に考えれば、兵器として売るのが現実的でしょうね。買収する開発部門も、そのための研究をしてきたんだから」

 

「だったら地球に売れよ。スペーシアンに、これ以上兵器持たせてどうすんだ!」

 

「そんな決め方で、採算が取れると思ってるの?」

 

「……また地球が戦場になるのは、嫌だな」

 

 アリヤさんが、静かに言った。

 

 その声に、私は彼女を見る。

 

 ゆったりとした話し方は変わらない。けれど、ただの心配事を口にしたようには聞こえなかった。

 

「でも、商売としては自然じゃね」

 

 ヌーノさんが肩をすくめる。

 

「金、稼がなきゃいけないんだろ」

 

「俺は嫌だぞ。人を殺すもので儲けるなんて」

 

 オジェロさんが顔をしかめた。

 

「じゃあ、何売るんだよ」

 

「それを考えてんだろ」

 

「今ある技術を使うなら、兵器が一番近いって話じゃん」

 

「近けりゃ、何でもいいのかよ」

 

 二人の視線がぶつかる。

 

 マルタンさんが口を開きかけたが、言葉を見つけられずに閉じた。

 

 私は机へ手を置いた。

 

「一つ、よろしいでしょうか」

 

 ミオリネさんがこちらを見る。

 

「何?」

 

「兵器として売る場合、何を販売するお考えですか?」

 

「ガンダムよ」

 

「完成した機体でしょうか。それとも、技術を他社へ提供するのでしょうか」

 

「……そこまでは、まだ」

 

「機体を売るのでしたら、量産の見通しを伺いたいですね」

 

「量産は、まだ無理よ」

 

 ミオリネさんは、すぐに答えた。

 

「開発元へ、確認されたのですね」

 

「シン・セーの代表には会ってきた。まず解析からだって」

 

 スレッタさんが頷く。

 

「お母さん、データは渡してくれたんですけど……まだ、分からないことが多いって」

 

「なるほど」

 

 私は表情を変えずに頷いた。

 

 あの女性が、何を渡し、何を渡さなかったのか。

 

 気になるところではある。けれど、今はその話をする場ではなかった。

 

「では、兵器の市場があっても、すぐに完成品を売れるわけではないのですね」

 

「そうよ。だから、何ができるか考えてるんでしょ」

 

「ええ。その研究期間を支える資金も、必要になります」

 

 ミオリネさんが眉を寄せる。

 

「開発部門を引き継げば、人件費と設備の維持費が発生します。販売までに必要な期間は、どの程度でしょう。研究が長引いた場合、残った資金でどこまで――」

 

「アイリス」

 

 隣から呼ばれた。

 

「はい?」

 

「まだ、何売るか決まってないって」

 

「それを決めるためにも、資金の見通しは必要ですよ」

 

「うん。でも、その質問、あんたも今は答えられないでしょ?」

 

 私は口を閉じた。

 

 セセリアはカップを持ったまま、壁面の資料へ顎を向ける。

 

「研究するものも決まってないのに、何日でできるか聞かれてもねぇ。できるまでお給料なしで、って会社にする?」

 

「そのようなお話ではありません」

 

「じゃあ、一回待ってあげたら? みんな、今から何するか決めるんだから」

 

 私は皆さんを見た。

 

 リリッケさんの指が、画面の上で止まっている。

 

 マルタンさんは、困った顔でこちらを見ていた。

 

「……少々、先へ進みすぎましたね」

 

「よかったですねぇ、ミオリネ社長。売り物の前に、会社が潰れる日まで決めなくていいって」

 

「セセリア」

 

「聞いてる方には、そういう道がいっぱい見えたと思うよ?」

 

 否定しづらい。

 

 ミオリネさんが、小さく息を吐いた。

 

「資金のことは考える。だけど今は、事業の話をさせて」

 

「承知しました」

 

 私は姿勢を改めた。

 

「ただ、兵器を売りたくないという意見は、きちんと聞いた方がよいと思います」

 

 チュチュさんがこちらを見る。

 

「……何だよ」

 

「作る方が、その使われ方を受け入れられない。そこで無理に進めれば、仕事を続けられなくなるかもしれませんから」

 

「金になってもか?」

 

 ヌーノさんが尋ねた。

 

「ええ。売上があっても、作る方がいなくなれば続きません」

 

「だからって、全員の言うとおりにはできないでしょ」

 

 ミオリネさんの言葉に、私は頷いた。

 

「そのとおりです。意見を聞くことと、すべてを採用することは違います」

 

 彼女と目を合わせる。

 

「何を目指す会社にするのか。皆さんの意見を聞いたうえで、決めるのは貴女ですよ。ミオリネ代表」

 

「……分かってる」

 

「選んだ方針によっては、参加をやめる方もいるでしょう。それも、受け入れなければならないかもしれません」

 

 ミオリネさんは、壁面の資料を見た。

 

 それから、地球寮の皆さんへ顔を向ける。

 

「事業内容は、私が考える。何も分からないまま決めるつもりはないから」

 

 先ほどまでとは、声が違った。

 

 自分が決めると、引き受けた声だった。

 

「その間に、進められる準備は進めるわよ。仕事、分けるから」

 

 彼女が端末を操作する。

 

 作業の一覧へ、担当と期限が加わっていく。

 

 私は、そこで口を挟むのをやめた。

 

    

 

 

 

 

 

 帰り際、ミオリネさんに呼び止められた。

 

「アイリス」

 

「はい」

 

「方針が決まったら、もう一回聞いてもらうわ」

 

「ええ。よろしければ」

 

「出資を相談するなら、何を説明すればいいかも聞きたい」

 

「正式な事業計画ができましたら、拝見します。会社として検討できる内容かどうかも、そのうえで判断いたします」

 

「分かった。次は、もう少し答えられるようにしとくから」

 

 私は微笑んだ。

 

「すぐに答えられなくても構いませんよ。何が分かっていて、何を調べているのか、教えていただければ」

 

「……注文、多いわね」

 

「出資者ですので」

 

「便利だねぇ。その金額で、随分喋れるんだ」

 

 セセリアが横から口を挟んだ。

 

「私の出資額を、公表するつもりはありませんが」

 

「じゃ、喋った分だけ追加したら? ミオリネ社長も、少しは喜んで聞くかも」

 

「お金もらっても嫌よ」

 

 ミオリネさんが即答する。

 

 セセリアは声を上げて笑った。

 

 私は、二人の意見が一致していることについては、深く考えないことにした。

 

     

 

 

 

 

 再び地球寮へ伺うことになったのは、それから数日後だった。

 

 今度は、ミオリネさんから連絡が来た。

 

 事業の方針を地球寮の皆さんへ説明するので、私にも聞いてほしいという。

 

 文面をセセリアへ見せると、彼女は口元を緩めた。

 

「よかったねぇ。今度は来ていいって」

 

「前回も、入れていただけたでしょう」

 

「うん。優しいねぇ、ミオリネ社長」

 

「今回も、ご一緒していただけますか?」

 

「行くよ。何売ることになったのか、気になるし」

 

「ありがとうございます」

 

「あと、あんたが何分で質問始めるか」

 

 私は、お礼を少し早まったかもしれない。

 

    

 

 

 

 

 地球寮の談話室では、ミオリネさんが映像を用意していた。

 

「説明する前に、これを見て」

 

 照明が落とされ、壁面に一人の老女が映る。

 

 カルド・ナボ。

 

 ヴァナディース機関で、GUNDの研究に携わっていた人物だ。

 

 語られたのは、兵器の性能ではなかった。

 

 宇宙で生きるには、人間の身体はあまりにも脆い。

 

 その身体を補い、生きられる場所を広げる。失われた機能を取り戻し、人の暮らしを支える。

 

 GUNDは、そのための技術だった。

 

 私は、黙って画面を見つめた。

 

 人間を宇宙へ適応させる。

 

 その願いを、私はよく知っている。

 

 生まれる前から遺伝子を編集し、強い身体を作ろうとした男がいた。

 

 私は、その研究の果てに生まれた。

 

 画面の中の研究者が選んだ道は、それとは違う。

 

 それでも、目指した先に、人間の暮らしがある。

 

 そのことから、目を離せなかった。

 

 映像が終わり、部屋が明るくなる。

 

 スレッタさんが、画面に映っていた女性について尋ねた。

 

 ミオリネさんはそれに答え、皆さんを見渡した。

 

「GUNDは、もともと医療のための技術だったのよ」

 

「……医療?」

 

 ヌーノさんが呟く。

 

「私たちは、そっちをやる。兵器として売るんじゃなくて、人の身体を支えるために使う」

 

 ニカさんが、もう一度画面を見た。

 

「元の研究に、戻るってこと?」

 

「そう。何が残っているか、どこまで使えるかは調べる。でも、方針はそれでいきたい」

 

 室内が静かになる。

 

 オジェロさんも、今度は口を挟まなかった。

 

「……故郷にも、いる」

 

 チュチュさんが言った。

 

「仕事で腕とか脚とか、なくした連中。ああいうのが使えるなら……」

 

 彼女は画面を見たまま、言葉を切った。

 

「そういう仕事なら、あーしもやる」

 

「チュチュさん……」

 

 スレッタさんの顔が明るくなる。

 

「私も、やりたいです。人を助けることに使えるなら、エアリアルも、きっと……」

 

 彼女は嬉しそうに、皆さんを見回した。

 

 私は何も言わず、その様子を見ていた。

 

「どうなのよ」

 

 ミオリネさんが、こちらを向いた。

 

「何か言いたそうな顔してるけど」

 

「ええ。先日より、はっきりしましたね。何をする会社なのか、よく分かります」

 

「……それで?」

 

「よく調べてこられたと思います」

 

 ミオリネさんの口元が、少し緩んだ。

 

「ベルメリアさんにも、話を聞いたの。知らないまま兵器だって決めなくて、よかったわ」

 

「ええ」

 

「それで。あんたが聞きたいのは?」

 

 待ち構えていらっしゃる。

 

 私は小さく笑った。

 

「最初に、何を作るお考えですか?」

 

「そこは、これから絞る。引き継ぐ研究で何ができるか、確認してから」

 

「でしたら、開発する方だけでなく、実際に使う方や、医療に携わる方のお話も伺いたいですね」

 

 ニカさんが頷いた。

 

「私たちが作れるものと、必要とされるものが、同じとは限らないですもんね」

 

「ええ。それに、身体の一部として使うのであれば、渡して終わりにはできません」

 

 私はチュチュさんへ目を向けた。

 

「地球へ届ける場合も、調整や修理をどこで受けられるのか、考える必要があります」

 

「……直せなくなったら、困るしな」

 

「はい。部品を継続して供給できるか。その費用を誰が負担するか。故障した間に代わりを用意できるかも――」

 

「はい、そこまで」

 

 セセリアが言った。

 

 振り向くと、彼女は頬杖をついていた。

 

「まだ最初の一個も作ってないのに、もう壊れた後?」

 

「使い続けていただくためには、必要なことですよ」

 

「うん。親切だねぇ。何年先まで一緒にいてくれる会社なんだ」

 

「セセリア」

 

「でも、それ全部、今決めるの?」

 

 私は口を閉じた。

 

 リリッケさんが、慌てて何かを書いている。

 

 マルタンさんは、また不安そうな顔になっていた。

 

 ミオリネさんが尋ねる。

 

「全部、自分たちで用意しなきゃいけないの?」

 

「いいえ。協力先を探す方法もありますし、既にある設備を使えるかもしれません」

 

「ほら。先にそれ言ってあげたら?」

 

 セセリアが笑った。

 

「今の話だと、工場と病院と修理屋、まとめて作らなきゃいけないじゃん。ミオリネ社長、一人で足りる?」

 

「増える予定はないわよ」

 

「じゃあ、なおさら大変だねぇ」

 

 私は一度、息を吐いた。

 

 どこで困るかが見えると、その先まで説明したくなる。

 

 資金が足りなくなったときも、契約の直前に問題が見つかったときも、もっと早く知っていればと思ったからだ。

 

 けれど、今の皆さんに、全部を一度に渡す必要はない。

 

「失礼いたしました。まずは、最初に何を作るか、ですね」

 

「そう。それを調べるところから始めるの」

 

 ミオリネさんが答えた。

 

「できることを確かめて、必要な相手を探す。足りなきゃ、どうするか考える」

 

「ええ。その順番でよいと思います」

 

「方針は、変えないから」

 

 彼女は私を見た。

 

「難しいから兵器に戻す、なんて話にはしないわ」

 

 私は頷く。

 

「でしたら、その方針で事業計画を作ってください」

 

「作るわよ」

 

「楽しみにしております」

 

「その顔で待たれると、締め切り増えた気がするんだけど」

 

「いつ頃、お話を伺えそうでしょう?」

 

「今、聞くな」

 

 セセリアが笑った。

 

     

 

 

 

 

 話が一区切りついたところで、私は席を立った。

 

 皆さんは、まだ画面の前に集まっている。

 

「まず、何が残ってるか見ないとね」

 

「ソフトの資料も、全部欲しい」

 

「使う人の話って、故郷の連中にも聞いていいんだよな?」

 

「ええ。ただ、何を聞くかは整理してからよ」

 

 ニカさんとヌーノさん、チュチュさんの問いに、ミオリネさんが答える。

 

 スレッタさんも、その輪の中にいた。

 

 私が来たときとは、違う会話になっている。

 

「よいお話を伺いました」

 

 声をかけると、ミオリネさんが振り返った。

 

「厳しいことばっかり言ってたくせに」

 

「必要だと思ったことですので」

 

「分かってる。……腹は立つけど」

 

「では、最後に一つだけ」

 

「まだあるの?」

 

 彼女が身構えたので、私は微笑んだ。

 

「ご自分で調べて、方針を選ばれたことには、敬意を払います」

 

 ミオリネさんは口を閉じた。

 

「引き継ぐ部門が兵器を作っていたから、同じものを売る。それ以外の道を、見つけてこられましたから」

 

「……私が決めろって言ったの、あんたでしょ」

 

「ええ」

 

「だったら、見てなさいよ」

 

「はい」

 

 隣から、セセリアの声がする。

 

「よかったねぇ。ミオリネ社長、見てていいって。次はもうちょっと、黙って見てあげたら?」

 

 私は、そのご提案については、善処するとだけ答えておいた。

 

    

 

 

 

 

 帰り道、セセリアは飲み物を片手に、隣を歩いていた。

 

「今日は、いかがでしたか?」

 

「前より、まとまってたんじゃない?」

 

「ええ。そう思います」

 

「ミオリネ社長も、ちゃんと調べてきてたしね。あんたに叱られるの、嫌だったのかな」

 

「叱ったつもりはありませんよ」

 

「うん。ずっと優しい顔してたもんねぇ。質問も優しければ、もっと人気出るのに」

 

 私は苦笑した。

 

「やはり、多すぎましたか」

 

「早いんだよ」

 

 セセリアは、あっさりと答えた。

 

「あんたには、次に困ることが見えてるんでしょ。でも、あの子たち、今やっと何するか決めたところじゃん」

 

「……ええ」

 

「十個まとめて渡されたら、どれから拾うか分かんないでしょ。あんたみたいに、すぐ次を考えられる人ばっかりじゃないし」

 

 私は今日の話を思い返した。

 

 修理。調整。部品の供給。

 

 どれも必要だ。いずれは、避けて通れない。

 

 ただ、そのすべてを今日答えていただく必要はなかった。

 

「順番を考えるべきでしたね」

 

「うん。あんたが全部片づけるなら別だけど」

 

「私どもの会社ではありませんから」

 

「そう。よその会社。あんたの宿題まで増えたら、あたしが困るじゃん」

 

「セセリアが?」

 

「仕事終わんないでしょ。ご飯行けなくなる」

 

 私は、思わず笑った。

 

「止めていただいて、助かりました」

 

「どういたしまして。じゃ、今日はちゃんと終わり?」

 

「ええ」

 

「なら、よし」

 

 彼女の手が、私の腕へ触れた。

 

 私は歩調を合わせる。

 

「ただ、必要な指摘まで遠慮するつもりはありませんよ」

 

「すればいいじゃん」

 

 気のない返事だった。

 

「そのために呼ばれたんでしょ。ミオリネ社長だって、褒めてほしいだけなら、あんた呼ばないと思うけど」

 

 私は彼女を見た。

 

 セセリアは、前を向いたまま続ける。

 

「一個答える前に、次の問題出さなければいいんじゃない? 試験官でも、もう少し待ってくれるよ」

 

「……努力いたします」

 

「うん。あたしも、暇だったら止めてあげる」

 

「秘書として?」

 

「友達としてでもいいけど。仕事にしたいなら、残業代つけて」

 

「お食事で、いかがでしょう」

 

「内容によるかなー」

 

「随分と、条件がお厳しいですね」

 

「普段の仕事より簡単でしょ。あたし一人、喜ばせればいいんだから」

 

 そのとおりだった。

 

 私は端末を開き、近くの店を探す。

 

 セセリアが横から画面を覗いた。

 

「……ねえ。その前に、何かやることなかった?」

 

「お食事の予約でしょうか?」

 

「ファンクラブ。あたしが写ってるやつ」

 

「ああ。運営の方へ、ご連絡しておきますね」

 

「写真欲しいって?」

 

「それもございますが、勝手に掲載した件について、少々」

 

 セセリアが、私の顔を見た。

 

「……そっちも、楽しそうだねぇ」

 

「約束は守っていただかなければなりませんから」

 

「あたしの写真くらいで、あんまり大げさにしないでよ」

 

「承知しております。まずは、お話を伺います」

 

「その『まずは』が怖いんだけど」

 

 私は笑って、運営の方へ短い連絡を送った。

 

 掲載中の写真について、確認したいことがある。

 

 詳しい話は、後ほど。

 

 そして店の空席を確かめると、セセリアが肩へ触れてきた。

 

「今日の仕事、終わりって言ったよね?」

 

「ええ。こちらも、今ので終わりです」

 

「じゃ、そっちばっかり見てないで。ご飯、行くよ」

 

 私は端末をしまい、彼女の腕へ手を添えた。

 

 写真をいただく話も、運営の方へのお説教も、後でよい。

 

 今は、隣を歩く彼女に、きちんと付き合うことにした。

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