水星の魔女 ~もう一輪の百合の花~ 作:一般通過クルーゼさん
会社を設立することと、会社を経営することは、まったく別の話である。
必要な手続きを済ませ、資金を集めれば、会社はできる。
けれど、その後も従業員には給与を払い、設備を維持しなければならない。研究を続けるにも、お金がかかる。
何かを作っただけでは、その費用は戻ってこない。買ってくださる方が必要なのだ。
「随分と難儀な会社ですね」
私は端末の資料を眺めながら、そう呟いた。
株式会社ガンダム。
先日のインキュベーション・パーティーで、ミオリネ・レンブランさんが設立を宣言した会社である。
ペイル社とシン・セー開発公社の開発部門を買い取り、ガンダムと、その技術を守る。そのためのお金は集まった。私自身も、個人として少額ながら出資している。
ただ、開発部門を買った後に、何をするのか。
手元の資料には、肝心の売り物が書かれていなかった。
「何、難しい顔してんの?」
隣から、セセリアが声をかけてきた。
ブリオン寮のラウンジ。彼女はソファに深く腰掛け、菓子の袋を片手に私の端末を覗いている。
「株式会社ガンダムの資料を拝見していたんです」
「ああ、水星ちゃんたちの。売るもの決まった?」
「まだ、書かれていませんね」
「そっか。売り物より先に、会社が売れちゃったんだ」
「技術の可能性に期待した方も、多いのでしょう」
「うん。あんたも買ったしね」
セセリアは楽しそうに笑った。
「それで、今さら心配になったの?」
「少し、お話を伺ってみようかと」
「地球寮?」
「ええ」
「じゃあ、行くー?」
あっさりしたお返事だった。
私は彼女を見る。
「ご一緒してくださるのですか?」
「暇だし。ミオリネ社長が何始める気なのか、気になるじゃん」
「それは心強いですね。では、先方とのお時間の調整など、お願いしても?」
セセリアは菓子を摘まんだまま、私を見つめた。
「……約束してないんだ?」
「これから伺おうかと」
「へえ。あんたが思いついたら、向こうの予定も空くんだ。さすがアンタッチャブル」
「その調整をするのが秘書ですよ、セセリア」
「相手の会社、まだできてもいないんでしょー。誰に何を調整するの?」
「ミオリネさんへ、ご都合を伺っていただければ」
「知り合いじゃん。あんたが聞けば?」
「随分と手厳しい秘書ですね」
「急に用事作って、隣の友達に押しつける代表代理もいるからねぇ。お似合いでしょ?」
「そこには、異論ありませんね」
「……そういう意味じゃないんだけど」
彼女は袋の口を折り、立ち上がった。
「いなかったら帰ればいいじゃん。いたら、暇かどうか聞いて」
「お忙しければ、改めるということで」
「決まり。帰り、何か奢ってね」
「同行のお礼でしょうか?」
「秘書のご機嫌取り。長く働いてほしいんでしょ?」
「もちろんです」
「じゃ、頑張って」
私は笑って端末をしまった。
仕事を頼むつもりが、私の方へ課題が増えてしまった。
地球寮を訪れるのは、これが初めてだった。
建物の近くには整備用の資材が置かれ、奥からは動物の鳴き声が聞こえてくる。
「本当に、ここで会社やるんだ」
セセリアが周囲を見渡した。
「事務所の賃料は節約できますね」
「通勤時間もないしね。帰っても職場だけど」
「仕事と生活を分けるのは、難しそうです」
「今、住み込みの秘書とか考えなかった?」
「お引っ越しをご希望でしたら――」
「してない」
返事が早かった。
入口で呼び出すと、ほどなくして赤い髪の少女が顔を出した。
「あっ、アイリスさん! セセリアさんも!」
「ごきげんよう、スレッタさん」
「どーも。今、平気?」
「は、はい! えっと、今日は、どうしたんですか?」
「会社について、お話を伺いに参りました。ミオリネさんはいらっしゃいますか?」
「います! 今、みんなで会社の話をしていて……呼んできますね!」
彼女が奥へ駆けていく。
セセリアが私へ顔を寄せた。
「ほら。調整できたじゃん」
「スレッタさんが、してくださっているのですよ」
「優秀だねぇ。転職してもらう?」
「既に、お願いしている方がおりますので」
「そっか。あたし、危うく失業するところだった」
まったく危機感のない声だった。
談話室へ入ると、いくつもの視線がこちらへ向いた。
端末を操作していた男子学生の手が止まる。その隣の少年も、顔を上げた。
「……マジか」
「おい、ヌーノ」
「見えてる」
奥では、桃色の髪を大きく結い上げた少女が立ち上がった。
「スペーシアンが、何しに来やがった?」
「チュチュ!」
隣の少女が止めようとする。
しかし、チュチュさんは入口へ歩いてきた。
「呼んでねえよ。帰れ。こっちは見世物じゃねえぞ」
「突然お邪魔して、申し訳ございません。会社について――」
「話すことなんかねえって言ってんだろ!」
「……へえ」
セセリアが口を開いた。
「起業したんでしょ?」
「あ?」
「資本主義に、宇宙生まれも地球生まれもないんですけど。よかったですねぇ。平等ですよぉ」
チュチュさんの目がつり上がった。
「何が平等だ! あーしらが、どんな扱い受けてると思ってんだ!」
「じゃあ、お客さんも生まれた場所で追い返す?」
セセリアは首を傾げた。
「せっかく会社作っても、売る相手は嫌いじゃない人だけ。ずいぶん余裕ありますねぇ」
「誰が客だよ!」
「客どころか既に金を出した出資者」
彼女が、私を指した。
チュチュさんの視線が動く。
「あんたが?」
「ええ。私個人から、少額ですが」
「アイリスさん、出資してくださってたんですか!?」
スレッタさんが声を上げた。
「ありがとうございます!」
「これからを、楽しみにしておりますので」
私は微笑み返した。
セセリアがチュチュさんを見る。
「出したお金がどうなるか、聞きに来たんだって。宇宙生まれでも地球生まれでも、気になるところは同じじゃない?」
「金出したら、偉いってのかよ」
「偉いかどうかは知らないけど。話も聞かずに追い返して、ミオリネ社長に怒られるのは、あたしじゃないからねぇ」
「……っ」
「何の騒ぎよ」
奥から、聞き慣れた声がした。
ミオリネさんだった。
私たちの姿を認めるなり、眉をひそめる。
「……何であんたたちがいるの?」
「ごきげんよう、ミオリネさん。会社について、お話を伺えればと思いまして」
「来るなら、先に連絡くらいしなさいよ」
「ええ。秘書にも、そのように相談したのですが」
「……秘書?」
ミオリネさんがセセリアを見る。
彼女は片手を上げた。
「どうもーミオリネ社長。そういうことになったんで。よろしくぅ」
「本当に引き受けたの?」
「お試し。今のところ、急に出掛けるって言い出した人についてくるお仕事」
「ご連絡も、お願いしたつもりだったのですが」
「来るまでに、あんたが自分で連絡する時間もあったよねぇ」
「……その話、後でやって」
ミオリネさんが、チュチュさんへ顔を向けた。
「私が話すから。座って」
「でも、ミオリネ――」
「出資者にまで帰れって言うつもり?」
チュチュさんは、不満そうに舌打ちをした。
それでも入口から退き、元の席へ戻っていく。
ミオリネさんは、改めて私を見た。
「何を聞きたいわけ?」
「何を事業にするお考えなのか、伺えればと。出資した会社ですから、気になりますので」
「……あんたに見せた話が、クソ親父にまで届くのは御免よ」
真っ直ぐな目だった。
私は微笑みを崩さず、頷いた。
「外へ出せないお話であれば、そのようにおっしゃってください。伺ってよい範囲で結構です」
「クソ親父と取引した相手に、そう言われてもね」
「契約の内容については、お話しできません」
「でしょうね」
ミオリネさんは腕を組んだ。
警戒されるのは当然だ。
あの取引で得たのは、コズミック・シードへの不干渉だけではない。私もまた、約束を引き受けている。
その一部として、ミオリネさんと同じ経営戦略科へ通い、生徒側の連絡役を務めること。
本職の護衛や付き人は別にいる。私に求められたのは、同じ学園で過ごす者としての目と耳だった。
ただ、そのことを彼女へ明かすつもりはない。
「いずれ、コズミック・シードにも出資を相談したいと思ってる」
ミオリネさんが口を開いた。
「その前に、何をする会社かも分からないって言われたら困るものね」
「ご相談いただけるのであれば、計画を拝見します」
「今は、まだ検討中。正式な話じゃないから」
「承知しました」
ミオリネさんが空いている椅子を指した。
「座って。ちょうど、事業の話をしてたところよ」
信用されたわけではない。
それでも、彼女は話す必要があると判断した。
私は一礼し、席へ向かった。
「マルタン・アップモントです。寮長をしています。今日は、その……」
「お邪魔します。アイリス・シードです」
「はい。存じてます!」
マルタンさんが慌てて頭を下げる。
その横で、物静かな少年が飲み物を置いてくださった。
「ティル・ネイスです」
「ありがとうございます、ティルさん」
ニカ・ナナウラさんは、表示中の資料を私からも見える向きへ直してくれた。
リリッケさんは、同じ経営戦略科の一年生だという。
「先輩のこと、授業でも話題になりますよ!」
「それは、少々緊張しますね」
「へえ。そんな顔もできるんだ」
セセリアが横から言う。
「どういう意味でしょう?」
「そのまま。勉強になるねぇ、リリッケ」
「はい?」
「この人の謙遜、真に受けなくていいよ」
「セセリア」
彼女は笑って、カップを持ち上げた。
「ヌーノ・カルガンです。メカニック科で、ソフトウェアが専門です」
先ほど端末を見ていた少年が、短く名乗る。
「よろしくお願いいたします、ヌーノさん」
「……どうも」
「こいつ、先輩のファンクラブにも入ってるんですよ」
隣の少年が口を挟んだ。
ヌーノさんは、面倒くさそうに彼を見る。
「オジェロ。自分の紹介だけすれば?」
「俺はオジェロ・ギャベルです。よろしくお願いします」
悪びれた様子もなく、オジェロさんが笑う。
ヌーノさんは、私へ顔を戻した。
「技術関係の情報、まとまってるんで。特許とか、発表資料とか」
「ええ。運営の方が、よく整理してくださっていますね」
「……見てるんですか?」
「存在は、以前から承知しておりますよ」
「何それ。あたしも見たい」
セセリアが身を寄せてきたので、私は端末でサイトを開いた。
技術発表や特許に関する情報の間に、学園で撮影された写真が並んでいる。
セセリアは画面を送り、口元を緩めた。
「さっすがアイリス。盗撮だらけじゃん」
「仕方ありません。自分が目立つ風貌をしているのは、理解していますよ」
「そこ、自信満々に受け入れられるの、やっぱズレてるわ。驚かないの?」
「以前から知っておりましたので。何なら、セセリアも一緒に写っていますよ」
「うーわ、巻き込まれてるぅ」
彼女が画面へ顔を近づける。
ラウンジのソファに並んで座っているもの。廊下を歩いているもの。購買の袋を私が持ち、彼女が中を覗き込んでいるものまであった。
「よく撮るねぇ。暇なのかな」
「……しかし、この写真はよいですね」
私は一枚を開いた。
窓際で、二人が顔を見合わせて笑っている。
何を話していたときだろう。
普段、私が撮る写真には、私自身は写らない。こうして並んだ姿を見るのは、新鮮だった。
「セセリアとのツーショット、運営の方に確認してみましょう」
「何を?」
「写真をいただけるかどうかです」
「苦情じゃなくて?」
「そちらも、必要ですね」
私は笑みを浮かべた。
ファンクラブについては、以前からいくつかお願いをしている。
活動を理由に、周囲の方へ迷惑をかけないこと。
セセリアに関わることは、特に。
私自身が目立つことと、彼女まで勝手に撮影し、掲載してよいことは別だ。
運営の方には、改めて確認しておこう。
写真をいただいた後、こちらは掲載の経緯も伺わなければならない。
ふふ。
少々、お説教が必要そうですね。
「……アイリス」
「はい?」
「写真見てる顔じゃなくなったけど」
「気のせいですよ」
「うっそ。絶対、何か考えてる」
「後ほど、お話ししますね」
セセリアが私を見て、それから画面へ目を戻した。
ヌーノさんは、口を開きかけて閉じる。
「……俺、何もしてないですよ」
「ええ。承知しております」
「何の話してるのよ」
ミオリネさんの声が飛んできた。
「会社の話を聞きに来たんでしょ?」
「失礼しました」
私は端末を閉じた。
隣でセセリアが肩を揺らす。
「出資者の写真鑑賞、終わったって。どうぞ、ミオリネ社長」
ミオリネさんは、深々と息を吐いた。
壁面には、会社設立までの作業が並んでいた。
定款。事業計画。各種申請。
リリッケさんがまとめていたらしい。
「手続きと、仕事の割り振り。その前に、何を売るかって話になってたところよ」
ミオリネさんが説明する。
「何を売るか決まってねえ会社で、何させる気なんだよ」
チュチュさんが言った。
ミオリネさんは腕を組む。
「普通に考えれば、兵器として売るのが現実的でしょうね。買収する開発部門も、そのための研究をしてきたんだから」
「だったら地球に売れよ。スペーシアンに、これ以上兵器持たせてどうすんだ!」
「そんな決め方で、採算が取れると思ってるの?」
「……また地球が戦場になるのは、嫌だな」
アリヤさんが、静かに言った。
その声に、私は彼女を見る。
ゆったりとした話し方は変わらない。けれど、ただの心配事を口にしたようには聞こえなかった。
「でも、商売としては自然じゃね」
ヌーノさんが肩をすくめる。
「金、稼がなきゃいけないんだろ」
「俺は嫌だぞ。人を殺すもので儲けるなんて」
オジェロさんが顔をしかめた。
「じゃあ、何売るんだよ」
「それを考えてんだろ」
「今ある技術を使うなら、兵器が一番近いって話じゃん」
「近けりゃ、何でもいいのかよ」
二人の視線がぶつかる。
マルタンさんが口を開きかけたが、言葉を見つけられずに閉じた。
私は机へ手を置いた。
「一つ、よろしいでしょうか」
ミオリネさんがこちらを見る。
「何?」
「兵器として売る場合、何を販売するお考えですか?」
「ガンダムよ」
「完成した機体でしょうか。それとも、技術を他社へ提供するのでしょうか」
「……そこまでは、まだ」
「機体を売るのでしたら、量産の見通しを伺いたいですね」
「量産は、まだ無理よ」
ミオリネさんは、すぐに答えた。
「開発元へ、確認されたのですね」
「シン・セーの代表には会ってきた。まず解析からだって」
スレッタさんが頷く。
「お母さん、データは渡してくれたんですけど……まだ、分からないことが多いって」
「なるほど」
私は表情を変えずに頷いた。
あの女性が、何を渡し、何を渡さなかったのか。
気になるところではある。けれど、今はその話をする場ではなかった。
「では、兵器の市場があっても、すぐに完成品を売れるわけではないのですね」
「そうよ。だから、何ができるか考えてるんでしょ」
「ええ。その研究期間を支える資金も、必要になります」
ミオリネさんが眉を寄せる。
「開発部門を引き継げば、人件費と設備の維持費が発生します。販売までに必要な期間は、どの程度でしょう。研究が長引いた場合、残った資金でどこまで――」
「アイリス」
隣から呼ばれた。
「はい?」
「まだ、何売るか決まってないって」
「それを決めるためにも、資金の見通しは必要ですよ」
「うん。でも、その質問、あんたも今は答えられないでしょ?」
私は口を閉じた。
セセリアはカップを持ったまま、壁面の資料へ顎を向ける。
「研究するものも決まってないのに、何日でできるか聞かれてもねぇ。できるまでお給料なしで、って会社にする?」
「そのようなお話ではありません」
「じゃあ、一回待ってあげたら? みんな、今から何するか決めるんだから」
私は皆さんを見た。
リリッケさんの指が、画面の上で止まっている。
マルタンさんは、困った顔でこちらを見ていた。
「……少々、先へ進みすぎましたね」
「よかったですねぇ、ミオリネ社長。売り物の前に、会社が潰れる日まで決めなくていいって」
「セセリア」
「聞いてる方には、そういう道がいっぱい見えたと思うよ?」
否定しづらい。
ミオリネさんが、小さく息を吐いた。
「資金のことは考える。だけど今は、事業の話をさせて」
「承知しました」
私は姿勢を改めた。
「ただ、兵器を売りたくないという意見は、きちんと聞いた方がよいと思います」
チュチュさんがこちらを見る。
「……何だよ」
「作る方が、その使われ方を受け入れられない。そこで無理に進めれば、仕事を続けられなくなるかもしれませんから」
「金になってもか?」
ヌーノさんが尋ねた。
「ええ。売上があっても、作る方がいなくなれば続きません」
「だからって、全員の言うとおりにはできないでしょ」
ミオリネさんの言葉に、私は頷いた。
「そのとおりです。意見を聞くことと、すべてを採用することは違います」
彼女と目を合わせる。
「何を目指す会社にするのか。皆さんの意見を聞いたうえで、決めるのは貴女ですよ。ミオリネ代表」
「……分かってる」
「選んだ方針によっては、参加をやめる方もいるでしょう。それも、受け入れなければならないかもしれません」
ミオリネさんは、壁面の資料を見た。
それから、地球寮の皆さんへ顔を向ける。
「事業内容は、私が考える。何も分からないまま決めるつもりはないから」
先ほどまでとは、声が違った。
自分が決めると、引き受けた声だった。
「その間に、進められる準備は進めるわよ。仕事、分けるから」
彼女が端末を操作する。
作業の一覧へ、担当と期限が加わっていく。
私は、そこで口を挟むのをやめた。
帰り際、ミオリネさんに呼び止められた。
「アイリス」
「はい」
「方針が決まったら、もう一回聞いてもらうわ」
「ええ。よろしければ」
「出資を相談するなら、何を説明すればいいかも聞きたい」
「正式な事業計画ができましたら、拝見します。会社として検討できる内容かどうかも、そのうえで判断いたします」
「分かった。次は、もう少し答えられるようにしとくから」
私は微笑んだ。
「すぐに答えられなくても構いませんよ。何が分かっていて、何を調べているのか、教えていただければ」
「……注文、多いわね」
「出資者ですので」
「便利だねぇ。その金額で、随分喋れるんだ」
セセリアが横から口を挟んだ。
「私の出資額を、公表するつもりはありませんが」
「じゃ、喋った分だけ追加したら? ミオリネ社長も、少しは喜んで聞くかも」
「お金もらっても嫌よ」
ミオリネさんが即答する。
セセリアは声を上げて笑った。
私は、二人の意見が一致していることについては、深く考えないことにした。
再び地球寮へ伺うことになったのは、それから数日後だった。
今度は、ミオリネさんから連絡が来た。
事業の方針を地球寮の皆さんへ説明するので、私にも聞いてほしいという。
文面をセセリアへ見せると、彼女は口元を緩めた。
「よかったねぇ。今度は来ていいって」
「前回も、入れていただけたでしょう」
「うん。優しいねぇ、ミオリネ社長」
「今回も、ご一緒していただけますか?」
「行くよ。何売ることになったのか、気になるし」
「ありがとうございます」
「あと、あんたが何分で質問始めるか」
私は、お礼を少し早まったかもしれない。
地球寮の談話室では、ミオリネさんが映像を用意していた。
「説明する前に、これを見て」
照明が落とされ、壁面に一人の老女が映る。
カルド・ナボ。
ヴァナディース機関で、GUNDの研究に携わっていた人物だ。
語られたのは、兵器の性能ではなかった。
宇宙で生きるには、人間の身体はあまりにも脆い。
その身体を補い、生きられる場所を広げる。失われた機能を取り戻し、人の暮らしを支える。
GUNDは、そのための技術だった。
私は、黙って画面を見つめた。
人間を宇宙へ適応させる。
その願いを、私はよく知っている。
生まれる前から遺伝子を編集し、強い身体を作ろうとした男がいた。
私は、その研究の果てに生まれた。
画面の中の研究者が選んだ道は、それとは違う。
それでも、目指した先に、人間の暮らしがある。
そのことから、目を離せなかった。
映像が終わり、部屋が明るくなる。
スレッタさんが、画面に映っていた女性について尋ねた。
ミオリネさんはそれに答え、皆さんを見渡した。
「GUNDは、もともと医療のための技術だったのよ」
「……医療?」
ヌーノさんが呟く。
「私たちは、そっちをやる。兵器として売るんじゃなくて、人の身体を支えるために使う」
ニカさんが、もう一度画面を見た。
「元の研究に、戻るってこと?」
「そう。何が残っているか、どこまで使えるかは調べる。でも、方針はそれでいきたい」
室内が静かになる。
オジェロさんも、今度は口を挟まなかった。
「……故郷にも、いる」
チュチュさんが言った。
「仕事で腕とか脚とか、なくした連中。ああいうのが使えるなら……」
彼女は画面を見たまま、言葉を切った。
「そういう仕事なら、あーしもやる」
「チュチュさん……」
スレッタさんの顔が明るくなる。
「私も、やりたいです。人を助けることに使えるなら、エアリアルも、きっと……」
彼女は嬉しそうに、皆さんを見回した。
私は何も言わず、その様子を見ていた。
「どうなのよ」
ミオリネさんが、こちらを向いた。
「何か言いたそうな顔してるけど」
「ええ。先日より、はっきりしましたね。何をする会社なのか、よく分かります」
「……それで?」
「よく調べてこられたと思います」
ミオリネさんの口元が、少し緩んだ。
「ベルメリアさんにも、話を聞いたの。知らないまま兵器だって決めなくて、よかったわ」
「ええ」
「それで。あんたが聞きたいのは?」
待ち構えていらっしゃる。
私は小さく笑った。
「最初に、何を作るお考えですか?」
「そこは、これから絞る。引き継ぐ研究で何ができるか、確認してから」
「でしたら、開発する方だけでなく、実際に使う方や、医療に携わる方のお話も伺いたいですね」
ニカさんが頷いた。
「私たちが作れるものと、必要とされるものが、同じとは限らないですもんね」
「ええ。それに、身体の一部として使うのであれば、渡して終わりにはできません」
私はチュチュさんへ目を向けた。
「地球へ届ける場合も、調整や修理をどこで受けられるのか、考える必要があります」
「……直せなくなったら、困るしな」
「はい。部品を継続して供給できるか。その費用を誰が負担するか。故障した間に代わりを用意できるかも――」
「はい、そこまで」
セセリアが言った。
振り向くと、彼女は頬杖をついていた。
「まだ最初の一個も作ってないのに、もう壊れた後?」
「使い続けていただくためには、必要なことですよ」
「うん。親切だねぇ。何年先まで一緒にいてくれる会社なんだ」
「セセリア」
「でも、それ全部、今決めるの?」
私は口を閉じた。
リリッケさんが、慌てて何かを書いている。
マルタンさんは、また不安そうな顔になっていた。
ミオリネさんが尋ねる。
「全部、自分たちで用意しなきゃいけないの?」
「いいえ。協力先を探す方法もありますし、既にある設備を使えるかもしれません」
「ほら。先にそれ言ってあげたら?」
セセリアが笑った。
「今の話だと、工場と病院と修理屋、まとめて作らなきゃいけないじゃん。ミオリネ社長、一人で足りる?」
「増える予定はないわよ」
「じゃあ、なおさら大変だねぇ」
私は一度、息を吐いた。
どこで困るかが見えると、その先まで説明したくなる。
資金が足りなくなったときも、契約の直前に問題が見つかったときも、もっと早く知っていればと思ったからだ。
けれど、今の皆さんに、全部を一度に渡す必要はない。
「失礼いたしました。まずは、最初に何を作るか、ですね」
「そう。それを調べるところから始めるの」
ミオリネさんが答えた。
「できることを確かめて、必要な相手を探す。足りなきゃ、どうするか考える」
「ええ。その順番でよいと思います」
「方針は、変えないから」
彼女は私を見た。
「難しいから兵器に戻す、なんて話にはしないわ」
私は頷く。
「でしたら、その方針で事業計画を作ってください」
「作るわよ」
「楽しみにしております」
「その顔で待たれると、締め切り増えた気がするんだけど」
「いつ頃、お話を伺えそうでしょう?」
「今、聞くな」
セセリアが笑った。
話が一区切りついたところで、私は席を立った。
皆さんは、まだ画面の前に集まっている。
「まず、何が残ってるか見ないとね」
「ソフトの資料も、全部欲しい」
「使う人の話って、故郷の連中にも聞いていいんだよな?」
「ええ。ただ、何を聞くかは整理してからよ」
ニカさんとヌーノさん、チュチュさんの問いに、ミオリネさんが答える。
スレッタさんも、その輪の中にいた。
私が来たときとは、違う会話になっている。
「よいお話を伺いました」
声をかけると、ミオリネさんが振り返った。
「厳しいことばっかり言ってたくせに」
「必要だと思ったことですので」
「分かってる。……腹は立つけど」
「では、最後に一つだけ」
「まだあるの?」
彼女が身構えたので、私は微笑んだ。
「ご自分で調べて、方針を選ばれたことには、敬意を払います」
ミオリネさんは口を閉じた。
「引き継ぐ部門が兵器を作っていたから、同じものを売る。それ以外の道を、見つけてこられましたから」
「……私が決めろって言ったの、あんたでしょ」
「ええ」
「だったら、見てなさいよ」
「はい」
隣から、セセリアの声がする。
「よかったねぇ。ミオリネ社長、見てていいって。次はもうちょっと、黙って見てあげたら?」
私は、そのご提案については、善処するとだけ答えておいた。
帰り道、セセリアは飲み物を片手に、隣を歩いていた。
「今日は、いかがでしたか?」
「前より、まとまってたんじゃない?」
「ええ。そう思います」
「ミオリネ社長も、ちゃんと調べてきてたしね。あんたに叱られるの、嫌だったのかな」
「叱ったつもりはありませんよ」
「うん。ずっと優しい顔してたもんねぇ。質問も優しければ、もっと人気出るのに」
私は苦笑した。
「やはり、多すぎましたか」
「早いんだよ」
セセリアは、あっさりと答えた。
「あんたには、次に困ることが見えてるんでしょ。でも、あの子たち、今やっと何するか決めたところじゃん」
「……ええ」
「十個まとめて渡されたら、どれから拾うか分かんないでしょ。あんたみたいに、すぐ次を考えられる人ばっかりじゃないし」
私は今日の話を思い返した。
修理。調整。部品の供給。
どれも必要だ。いずれは、避けて通れない。
ただ、そのすべてを今日答えていただく必要はなかった。
「順番を考えるべきでしたね」
「うん。あんたが全部片づけるなら別だけど」
「私どもの会社ではありませんから」
「そう。よその会社。あんたの宿題まで増えたら、あたしが困るじゃん」
「セセリアが?」
「仕事終わんないでしょ。ご飯行けなくなる」
私は、思わず笑った。
「止めていただいて、助かりました」
「どういたしまして。じゃ、今日はちゃんと終わり?」
「ええ」
「なら、よし」
彼女の手が、私の腕へ触れた。
私は歩調を合わせる。
「ただ、必要な指摘まで遠慮するつもりはありませんよ」
「すればいいじゃん」
気のない返事だった。
「そのために呼ばれたんでしょ。ミオリネ社長だって、褒めてほしいだけなら、あんた呼ばないと思うけど」
私は彼女を見た。
セセリアは、前を向いたまま続ける。
「一個答える前に、次の問題出さなければいいんじゃない? 試験官でも、もう少し待ってくれるよ」
「……努力いたします」
「うん。あたしも、暇だったら止めてあげる」
「秘書として?」
「友達としてでもいいけど。仕事にしたいなら、残業代つけて」
「お食事で、いかがでしょう」
「内容によるかなー」
「随分と、条件がお厳しいですね」
「普段の仕事より簡単でしょ。あたし一人、喜ばせればいいんだから」
そのとおりだった。
私は端末を開き、近くの店を探す。
セセリアが横から画面を覗いた。
「……ねえ。その前に、何かやることなかった?」
「お食事の予約でしょうか?」
「ファンクラブ。あたしが写ってるやつ」
「ああ。運営の方へ、ご連絡しておきますね」
「写真欲しいって?」
「それもございますが、勝手に掲載した件について、少々」
セセリアが、私の顔を見た。
「……そっちも、楽しそうだねぇ」
「約束は守っていただかなければなりませんから」
「あたしの写真くらいで、あんまり大げさにしないでよ」
「承知しております。まずは、お話を伺います」
「その『まずは』が怖いんだけど」
私は笑って、運営の方へ短い連絡を送った。
掲載中の写真について、確認したいことがある。
詳しい話は、後ほど。
そして店の空席を確かめると、セセリアが肩へ触れてきた。
「今日の仕事、終わりって言ったよね?」
「ええ。こちらも、今ので終わりです」
「じゃ、そっちばっかり見てないで。ご飯、行くよ」
私は端末をしまい、彼女の腕へ手を添えた。
写真をいただく話も、運営の方へのお説教も、後でよい。
今は、隣を歩く彼女に、きちんと付き合うことにした。