水星の魔女 ~もう一輪の百合の花~ 作:一般通過クルーゼさん
決闘委員会のラウンジに、険悪な空気が漂っていた。
もっとも、その原因は私ではない。
私は端末を閉じ、これから始まる取り決めへ目を向けた。
ミオリネさんとシャディクさんの決闘だ。
起業に関する校則が変更され、株式会社ガンダムの手続きは足止めされている。その直後、シャディクさんは事業を譲り受けるという提案を持ち込んだ。
経営と実務はミオリネさんたちへ任せる。既存の会社を使えば、研究も続けられる。
だが、ミオリネさんは受け入れなかった。
そして、校則を元へ戻させるため、決闘を申し込んだのだ。
取り決めを進めているのは、ラウダ・ニールさんだった。
彼は双方を見渡し、戦術試験区域を指定した後、決闘方式を告げた。
「六対六の集団戦とする」
「集団戦!?」
リリッケさんが声を上げた。
マルタンさんも、慌てて身を乗り出す。
「待ってください。そんな数の機体、地球寮にないよぉ!」
切実な訴えだった。
エアリアルと、チュチュさんのデミトレーナー。それだけでは、六機を揃えることすらできない。
サビーナさんは、事前の準備や根回しまで含めて決闘なのだと応じた。
ラウダさんも、条件を変えるつもりはないらしい。兄が不利な条件でも戦ってきたことを持ち出し、ガンダムならば対応できるだろうと続ける。
ロウジさんが、小さく眉を寄せた。
「それは、条件を決める理由になるのでしょうか」
隣でセセリアが笑う。
「お兄様への愛情で人数まで増えるんだ。重たいねぇ」
私は返事を控えた。
地球寮とグラスレー寮では、揃えられる戦力が違う。六対六という同じ人数が、そのまま同じ条件になるわけではなかった。
ミオリネさんは黙って話を聞いていたが、やがて顔を上げた。
「こちらからも条件があるわ。中継を、グループの外にも配信して」
ラウダさんの表情が動いた。
ミオリネさんは構わず続ける。
「勝てば、御三家を相手に全部勝った機体とパイロットが、うちにいることになる。それを宣伝に使わない手はないでしょ」
私は、少しだけ口元を緩めた。
不利な条件を突きつけられても、勝った後に得られるものを探している。
「たくましいねぇ、ミオリネ社長」
セセリアが囁いた。
「社員も機体も足りないのに、広告の話は進むんだ」
「勝利が条件ではありますが、有効な宣伝にはなるでしょうね」
「負けたら、会社を譲るところまで外に流れるけど」
「ええ」
随分と、危険な広告だった。
シャディクさんは配信を認めた。
続いて、双方が要求するものが確認される。ミオリネさんは校則変更の撤回を、シャディクさんは株式会社ガンダムの譲渡を求めた。
ラウダさんが、その内容を記録する。
決闘が、正式に承認された。
取り決めが終わっても、地球寮の皆さんはすぐには動けなかった。
六機をどう揃えるか。誰を乗せるのか。
話し始めたところへ、グラスレー側のレネさんがリリッケさんを名指しし、出場するよう言い置いていった。
リリッケさんには、理由が分からないらしい。
それでも、出るよう言われたから出るという彼女に、マルタンさんはますます困った顔になった。
ミオリネさんが端末を開き、皆さんへ指示を出す。
「一度、手分けしましょう。私は作戦を考える。手伝ってくれそうな相手がいたら、声をかけて」
皆さんが動き出す。
スレッタさんも歩き出しかけたところで、ミオリネさんの視線がこちらへ向いた。
私と目が合う。
彼女は一瞬だけ考え、それからスレッタさんを呼び止めた。
「その前に、一人聞いてみるわ」
セセリアが、私の隣で楽しそうに笑った。
「よかったですねぇ、ミオリネ社長。頼りになりそうな出資者、まだ帰ってなくて」
「貴女も、こちら側ですよ」
「あたし、機体持ってないしー」
彼女がカップを持ち上げたところへ、ミオリネさんがやって来た。
「力を貸して」
開口一番、そう言われた。
隣のスレッタさんが、緊張した面持ちで私を見る。
「六対六じゃ、地球寮の戦力が足りない。あんた、モビルスーツを開発してるんでしょ?」
「パンドラのことでしょうか?」
「そう。機体を貸してほしい。できれば、あんたにも乗ってもらいたいの」
私が答えるより先に、セセリアがカップを置いた。口元には、意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「ごめんなさいねぇ。うちの代表代理、その日、その時間、ちょうど会談のお約束がありましてぇ」
ミオリネさんの眉が寄る。
「会談?」
「サリウス・ゼネリ様と。グラスレー本社で」
彼女の視線が、まだラウンジに残っていたシャディクさんへ向いた。セセリアも、同じ方向へ顔を向ける。
「いやー、すごい偶然ですねぇ。シャディク先輩」
「いくつもの偶然を当ててきたアイリスには及ばないさ」
シャディクさんは、涼しい顔で答えた。
私は彼と目を合わせ、微笑んだ。
「偶然に助けられたことは、何度かございますね」
「今回も、何か起きると思う?」
「さて。皆さん、随分と準備をなさっているようですので」
彼は笑みを崩さなかった。
面会依頼は、決闘の取り決めより先に届いていた。用件を考えれば、会社として簡単に断れる相手でもない。
その予定に決闘を重ねれば、正式な面会という形で、助っ人候補を学園から離せる。
「……ずいぶん念入りね」
ミオリネさんが言った。
シャディクさんは、曖昧に肩をすくめる。
セセリアが私の予定表を開き、わざとらしく眺めた。
「親子で時間の使い方がとてもお上手でぇ。片方は決闘、片方はお茶会。どっちもお仕事が進みますねぇ」
「父さんは、君と話をしたがっていたからね」
「うんうん。聞きたいこと、いっぱいありそうですもんね。長くなりそうだなー」
ミオリネさんは二人を睨み、それから私へ向き直った。
「なら、機体だけでも貸せない?」
彼女が端末を取り出した。
「公開されてた試験映像を見たの。これ、使えない?」
黒い宇宙を背景に、一機のモビルスーツが浮かんでいた。
白を基調とした装甲。厚い胸部と、重量感のある四肢。背中には円盤状の大きなユニットを背負い、大小の遠隔武装が放射状に配置されている。
前世の記憶にある、プロヴィデンスガンダム。
その姿を強く残した機体が、試験用の照明に照らされていた。
画面の隅に表示された文字は、P-ANDR。
少し離れたところでハロを調整していたロウジさんが、その映像に顔を上げた。
「……コズミック・シードの非パーメット試作機ですね」
ミオリネさんが振り向く。
「知ってるの?」
「はい。公開資料を読みました。P-ANDR、パンドラ。機体の制御にパーメットを使わず、多数の遠隔武装を運用するための試作機です」
彼は近づいてきて、端末を覗き込んだ。
映像の中では、背面の固定具が開いていた。
大型の三基と、小型の八基。計十一基のドラグーンが短い噴射を繰り返し、母機の周囲へ広がっていく。
上方へ回るもの、左右へ大きく離れるもの、母機を越えて前へ出るもの。それぞれが異なる軌道を取り、配置された標的へ向きを変えた。
「これだけの数を、パーメットなしで?」
ミオリネさんの問いに、ロウジさんが頷く。
「公開されている説明では、そうなっています。遠隔武装の名称はドラグーン。母機との位置関係を保ちながら、それぞれ別の標的を狙っていますね」
光が走る。
十一基は射線をずらし、複数の角度から標的を捉えた。射撃を終えた端末もその場には留まらず、次の配置へ滑らかに移っていく。
「すみません。少し戻していただいても?」
ミオリネさんが再生位置を戻す。
ロウジさんは母機と端末の動きを見比べ、しばらく黙っていた。
「……全部を手動で操作しているわけではないと思います」
「どうして?」
「母機が姿勢を変えても、端末同士の距離や射線が修正されています。十一基へ個別に指示を出し続けながら、母機まで操縦するのは難しいはずです」
そこで、彼は私へ目を向けた。
「高度なAIで、移動や照準を補助しているんですか?」
「制御の一部は、機体側で担っています」
「やはり……。操縦者が攻撃対象や配置を指定し、細かな姿勢制御を機体側へ任せる方式でしょうか」
私は微笑むだけに留めた。
ロウジさんは、それを答えとして押し通そうとはしなかった。再び画面へ視線を戻し、今度はパンドラ本体を見つめる。
「ただ、その構成なら演算系への負荷が大きいはずです。演算装置だけでなく、電源と冷却設備も必要になります」
「それで、大きいわけ?」
ミオリネさんが、厚い胴体を指した。
「その影響はあると思います。装甲だけで、この形になっているようには見えません。必要な設備を収めるため、軽量化へ踏み切れなかったのではないでしょうか」
彼はそこまで話してから、私へ向き直った。
「どうして、パーメットを使用しないんです? 負荷を減らす方法としては、その方が自然だと思うのですが」
「さすがですね」
公開映像と資料から、よく考えていらっしゃる。
「我が社は、パーメットへの依存から、別の選択肢を模索する目的で、この試作機を開発しています」
ロウジさんが、小さく頷いた。
「既存の方式で軽くするより、別の方式が成立するかを優先しているんですね」
「はい。パーメットを否定するつもりはありません。利用する利点も理解しています。ただ、それしか技術基盤がないというのも、恐ろしいことですから」
私は、母機を囲む十一基の端末へ目を向けた。
「データストームをはじめ、まだ解明されていない部分もあります。別の方法を持ち、その利点と不利を比較できることには、意味があると考えています」
「だから、重量や消費電力を負担してでも、まず動かしている……」
「そのとおりです」
ロウジさんは、もう一度パンドラを見た。
「現時点で最も効率のよい機体を作るというより、次の設計に必要なものを調べる機体なんですね」
「ええ。操縦者とAIの役割分担も含め、最終調整中です」
セセリアが、二人の顔を見比べた。
「よかったねぇ、ロウジ。今日は答え合わせまでしてくれるじゃん」
「はい。とても参考になります」
「そのうち会社見学でもお願いしたら? 説明する方も楽しそうだし」
「ご希望でしたら、公開できる範囲でご案内しますよ」
「ほら。ミオリネ社長より先に、約束取れそう」
「……その話、今じゃなくていい?」
ミオリネさんの声に、ロウジさんが少し身を引いた。
「すみません」
「いいわ。大体分かったから。それで、試験でこれだけ動いてるなら、決闘にも使えない?」
彼女は、今度は私へ尋ねた。
「お貸しできません」
「AIの調整が終わってないから?」
「それも理由の一つです。標的の配置も、試験の進め方も、事前に定めています。相手が妨害し、母機や端末が損傷する混戦とは条件が違いますから」
ロウジさんが、考えながら口を開いた。
「一基が故障した場合、残る端末も配置を変える必要がありますね。誤った情報を基に、ほかの端末まで動いてしまう可能性も……」
「はい。異常が起きた際に、どこまで機体側へ任せ、どの段階で操縦者へ判断を戻すか。その評価も必要です」
「……動いているところだけ見ても、分からないわけね」
ミオリネさんは少し考え、それから映像を閉じた。
「分かった。未完成の機体を使えると言わせても、仕方ないものね」
「申し訳ありません」
「別を探すわ。その代わり、ちゃんと見てなさいよ。私たちが勝つところを」
「はい。必ず拝見します」
二人が出ていくと、私はシャディクさんへ向き直った。
「それでは、当日はお父上に、よろしくお伝えください」
「ああ。有意義な話になるといいね」
彼は、最後まで涼しい顔で笑っていた。
グラスレー本社へ向かう車両の中で、セセリアは学園から届いた対戦情報を眺めていた。
「大丈夫かなぁ、水星ちゃんたち」
「戦力は、揃えられたようですね」
「数はね。半分以上、パイロット科じゃないけど」
表示されている名簿には、見覚えのある名前が並んでいた。
スレッタさんとチュチュさん。そして、ザウォートへ乗る四人。
機体を集めたうえで、それを動かす方々まで確保した。ミオリネさんは、できることを一つずつ進めたのだろう。
セセリアは画面を閉じ、こちらを見た。
「アイリスが出られたら、勝ってた?」
「さて。どうでしょう」
「さっきまで、機体が未完成だから駄目ですって言ってたもんねぇ」
「ええ。それに、出られたとしても、協力はしなかったかもしれません」
彼女の眉が、少しだけ上がった。
「どうして?」
「彼女たちが、自分で選んだ決闘です。その選択の先にある戦いへ、部外者が深く関わってしまうのも、どうかと思いまして」
「ふーん」
気のない返事だった。
セセリアは背もたれへ身体を預け、私を横目で見る。
「助っ人を探すのも、その子たちが選んだことなんじゃないの?」
「……おっしゃるとおりですね」
「都合のいいとこだけ聞いて、立派な話にしないでよ」
私は苦笑した。
断った理由を、彼女たちのためだったことにするつもりはない。
私自身が引き受ける範囲を選んだ。その結果は、私の判断として受け止めるべきだった。
「それに」
「それに?」
私は、少しだけ口元を緩めた。
「私が出て、すべてを圧倒してしまっては、花婿さんの見せ場がなくなってしまいますから」
セセリアが目を丸くした。
次の瞬間、堪えきれなくなったように吹き出す。
「……っ、あはは! 何それ!」
「何か、おかしなことを申し上げましたか?」
「自信満々じゃん! 相手、御三家なんだけど!」
彼女は笑いながら、私の肩を叩いた。
「グラスレー寮、集団戦じゃ負け知らずだよ? それを全部圧倒するって?」
「私と彼らでは、性能が違いますから」
「機体の話? そんなに自信あるんだ」
「ええ」
私は頷いた。
機体も、パイロットとしても。
そして、何より。
人としても、私と彼らでは性能が違う。
そうした違いを生むために、私の身体は設計された。
空間を捉える能力も、情報を処理する速さも。人の言葉や表情から、その意図を読み取ることさえ、どこまでが私自身のものなのか、確かめようがない。
優れたものとして作られた身体を使い、望まれたとおりの成果を出す。
私が勝つという自信の底には、今も、あの男の仕事が残っていた。
「アイリス?」
呼ばれて、顔を上げた。
「どうしました?」
「こっちの台詞。口では自信満々なこと言ってるのに、何で暗い顔してんの?」
セセリアは、もう笑っていなかった。
私は自分の手へ目を落とし、それから彼女へ微笑んだ。
「……少し、考え事を」
「圧倒する自分を想像して、落ち込んでたわけ?」
「随分と、器用な人間ですね」
「うん。あんた、そういう変なことできそうだから」
私は小さく笑った。
セセリアはしばらくこちらを見ていたが、それ以上は尋ねなかった。代わりに、私の手へ自分の手を重ねる。
「まあ、自信あるならいいんじゃない。完成してから、ちゃんと見せてよ」
「パンドラを、ですか?」
「そ。すべてを圧倒するんでしょ?」
「……覚えていらっしゃるのですね」
「秘書だからねぇ。代表代理様のご立派な発言、忘れないようにしないと」
指先へ、軽く力がかかった。
「でも、今日は機体じゃなくて、おじいちゃんが相手だよ。そっちまで圧倒しようとして、話長くしないでね」
「善処いたします」
「うわ。長くなるやつだ」
彼女は呆れたように笑ったが、重ねた手は離さなかった。
サリウス・ゼネリ様は、挨拶を終えるなり本題へ入った。
「アイリス君。君ならば、何か知っているのではないか?」
「何についてでしょう?」
「デリングのことだ」
私は、まだ口をつけていない紅茶へ一度目を落とした。
予想していた用件だった。
「総裁についてでしたら、長年お付き合いのあるサリウス様の方がお詳しいのでは?」
「昔のあの男ならな。かつて禁じたガンダムを、今になって認めた。その理由を、君はどう考える?」
「研究の継続を認めることと、安全性が確認されていない製品を販売することは、別の判断だと思います」
「技術の可能性を評価した、と?」
「一つの考え方としては。総裁ご自身から、理由を伺ったわけではありませんが」
老人の目が、僅かに細くなった。
「君も、あの会社へ出資しているそうだな」
「個人として、少額ですが」
「コズミック・シードとしては?」
「審査へ紹介する準備を進めていました。ただ、校則変更で事業開始の見通しが変わりましたので、その確認が必要になっています」
「随分と慎重だな」
「個人の興味と、会社の投資判断を混同するわけにはいきませんから」
横でセセリアが端末へ視線を落とした。
記録しているのか、それとも決闘の進行が気になるのか。今は尋ねないでおこう。
「だが、ガンダムのことだけではない」
サリウス様の声が、少し低くなった。
「コズミック・シードも、デリングが認めた例外だ」
私はカップを静かに置いた。
「ベネリットに所属しながら、研究方針への介入も、技術資産の移管も、他社が容易に要求できない。その立場を、君は十二歳のときに手に入れた」
「弊社と総裁との取り決めです」
「何を差し出した?」
「守秘義務がございます」
「私に対してもか?」
「はい。契約の内容を、相手の立場によって明かすわけにはいきませんので」
サリウス様は、しばらく黙っていた。
それから、隣のセセリアへ目を向ける。
「君は、彼女の秘書だそうだな」
「はい。まだ、お試しですけど」
「その取り決めについては?」
「教えてもらってませんよ。秘書になったら何でも聞けるかと思ったんですけどねぇ」
彼女は涼しい顔で答えた。
「残念ながら、あたしに聞いても、時間ばっかりかかると思います」
私は危うく笑いそうになった。
サリウス様も皮肉には気づいたのだろう。しかし、会談を切り上げるつもりはないらしい。
「二つの例外に、共通する意図があるのではないか。私は、そう考えている」
「その推測を、私から裏づけることはできません」
「否定もしないのだな」
「総裁のご判断を、私が勝手に説明すべきではありませんから」
「まったく、厄介な娘だ」
「よく言われます」
老人は溜息をつき、椅子へ身体を預けた。
「シャディクも、君への対応には気を遣っているようだ」
「本日の予定には、そのお気遣いを感じました」
サリウス様の視線が、もう一度鋭くなる。
私は穏やかに微笑んだ。
「ただ、私を学園から離しても、株式会社ガンダムの方々が何をなさるかまでは、変えられませんよ」
「勝つと思うか?」
「勝つために、私へ協力を求めに来られました。お断りした後も、別の方法を探されたのでしょうね」
サリウス様は、それ以上尋ねなかった。
◇
会談を終えたときには、決闘も終わっていた。
帰りの車両へ乗り込むなり、セセリアが端末を差し出してくる。
「結果、見る?」
「先に映像を拝見したいですね」
「好きだねぇ。嫌な時間から順番に見たいんだ」
「せっかくですから」
「はいはい。お茶会に付き合った秘書にも、画面半分ちょうだいね」
私は端末を二人の間へ置いた。
ロウジさんが用意してくださった記録には、会場の全景と、各機を追う映像が揃っていた。
グラスレー側は、ミカエリスと五機のベギルペンデ。
地球寮はエアリアル、チュチュさんのデミトレーナー、そして四機のザウォートだった。
開始の合図と共に、エアリアルが前へ出る。
後方ではデミトレーナーが長いライフルを構え、その間でザウォートが位置を取ろうとしていた。
グラスレー側は、その形が整うのを待たなかった。
ミカエリスはエアリアルへ正面から向かわず、構造物を挟みながら、後方のチュチュさんへ距離を詰めていく。
エアリアルが救援へ向きを変えたところへ、ベギルペンデが入った。
盾を前へ出して進路を塞ぎ、抜けようとすれば射撃で牽制する。もう一機が側面を押さえ、エアリアルと後続のザウォートを切り離した。
残る三機が、その後続へ襲いかかる。
四対三。
数だけなら地球寮が勝っている。だが、ザウォートの動きは揃わなかった。
一機が退いたところへ、別の一機が重なる。銃口を上げる動きが遅れ、その僅かな間へベギルペンデが踏み込んだ。
武器を撃たれ、関節を捉えられ、二機が相次いで崩れる。
ティルさんの機体は、まだ動いていた。
射撃を避けながらリリッケさんの側へ寄り、迫る敵へ銃口を向ける。だが、その動きに合わせて別の敵機が側方へ回った。
正面への対応を迫られたところを撃たれ、ザウォートが地面へ叩きつけられる。
リリッケさんの機体も、続いて倒れた。
「……速いね」
「エアリアルが戻る時間を、与えていませんね」
後方では、チュチュさんのライフルがミカエリスを追っている。
シャディクさんは遮蔽物へ隠れ、照準から外れた。その直後、機体とは別の角度から、有線のビームブレイサーが迫る。
デミトレーナーの右腕が破壊された。
長い銃身が下がり、姿勢が崩れる。それでも、チュチュさんは残った腕で武器を握り直し、迫る敵へ振りかぶった。
そこへ、別のベギルペンデが攻撃を加える。
脚部を失ったデミトレーナーが、地面へ倒れた。
エアリアルは救援へ向かえない。
その進路には、盾と銃口が待っていた。
残されたエアリアルを、六機が囲んだ。
射線を重ねず、逃げ道を塞ぐ位置へ広がっていく。数に任せて一斉に接近するような、雑な包囲ではなかった。
スレッタさんがガンビットを展開する。
そのとき、ベギルペンデの装備が開いた。
「……懐かしいものを、持ち出してきましたね」
私の声に、セセリアが顔を向けた。
「知ってるの?」
「アンチドートです。GUNDフォーマットのリンクを妨害する、対ガンダム用の装備ですよ」
画面の中で、ガンビットの動きが乱れた。
母機を守るために広がっていた端末が、その役目を失う。エアリアル本体も、それまでとは明らかに動きが変わっていた。
「かつてのガンダムに対しても、使われていたものです。対抗手段を、今も更新していたのでしょうね」
「水星ちゃんには、初めて見るやつか」
「対処に慣れているようには、見えませんね」
エアリアルは、まだ動いていた。
だが、ガンビットによる防御と支援を失い、六機の攻撃へ機体一つで対応しなければならない。
正面の射撃を避けた先へ、別の銃口が向く。
盾で受ければ側面へ回られ、踏み込もうとすれば進路を塞がれる。スレッタさんは機体を旋回させ、わずかに残された隙間へ逃れようとしていた。
そこへ、一筋の光が伸びた。
左腕が撃ち抜かれる。
装甲の破片と共に腕が離れ、エアリアルの姿勢が崩れた。
「……念入りだねぇ」
セセリアが呟いた。
「人も機体も揃えて、ガンダムを止める道具まで用意して。そのうえで、あんたは本社へご招待」
「使えるものは、すべて使ったのでしょう」
「親切なお茶会だったね。おかげで、こっちは座って見てるだけ」
私は答えず、画面を見つめた。
記憶にある戦いだ。
それでも、エアリアルの肩口から火花が散るたびに、次の射撃を目で追ってしまう。
機体が身を低くして攻撃をしのぐ。
逃げた先へ、また別の敵が回り込む。
そして、その装甲の内側に、青い光が灯った。
「……何、変えたの?」
セセリアが画面へ顔を近づける。
停止していたガンビットが、再び姿勢を整えた。
端末がエアリアルの前へ広がり、その間へ青い光が生じる。迫る射撃が遮られ、続いて、ベギルペンデ側の展開していた装備が閉じていった。
私は、記録を僅かに戻した。
同じ箇所を、もう一度見る。
確かに、アンチドートの展開が崩れている。
「向こうの装備まで止めた?」
「そう見えます。ただ、どのような干渉が起きたのかは、この映像だけでは断定できません」
私は記録を再開した。
エアリアルが、前へ出る。
ガンビットが左右へ散り、別々の射線を作った。正面へ盾を向けたベギルペンデの側方へ、一基が回り込む。
守る向きを変えた、その一瞬。
エアリアル本体が間合いを詰め、ビームサーベルを振り抜いた。
別の機体が援護へ入ろうとする。だが、その進路にも、すでにガンビットが待っていた。
一つの射撃を避けた先へ、別の銃口が向く。そちらへ盾を回せば、エアリアルとの距離が詰まる。
母機も端末も、相手の動きによって生まれた隙を逃さなかった。
六機で作っていた包囲が、複数の射線によって切り分けられていく。
「……すごいね」
セセリアの声には、素直な感嘆があった。
「ええ。機体の変化だけではありません。スレッタさんも、よく対応されています」
「花婿さんの見せ場、ちゃんとあったじゃん」
「そのようですね」
セセリアが、こちらへ目を向けた。
「どう?すべてを圧倒する予定の代表代理様」
「大変、参考になります」
「そこで喜ぶんだ」
私は小さく笑い、再び画面へ視線を戻した。
先ほどまでとは違い、自分の手を確かめる必要はなかった。
目の前の機体と、その中にいる少女が、何をするのか。
今は、その続きを見たかった。
ベギルペンデが、一機、また一機と戦列を離れていく。
だが、ミカエリスは止まらなかった。
ガンビットの射線を避け、構造物と僚機を挟みながら、シャディクさんは距離を詰めている。
エアリアルが別の敵へ向き直った瞬間、射撃が走った。
左脚が破壊される。
接地して踏ん張る力を失い、機体の姿勢が崩れた。推進器が噴いたが、追いすがるミカエリスを引き離せない。
右腕のビームブレイサーが向けられる。
私は、戦場全体を映す画面へ目を移した。
その端に、動く機影があった。
デミトレーナーが、上体を起こしている。
失った脚の代わりに機体を支えていたのは、倒されたはずのザウォートだった。
「……まだ動けたんだ」
セセリアが息を漏らす。
武器を失い、自分たちでは敵を倒せなくなっても、すべての駆動部が止まったわけではなかった。
残った腕を使い、チュチュさんの機体を支える。
長いライフルが、ゆっくりと向きを変えた。
機体が揺れるたびに、支える側が姿勢を直す。狙撃に必要なのは、立つことではない。銃口を合わせ、その瞬間まで保つことだった。
ミカエリスは、エアリアルへ迫っている。
勝利を確実にしようと、シャディクさん自身が接近していた。
その頭部へ、長い銃身が向けられる。
光が走った。
戦場を横切った一撃が、ミカエリスのブレードアンテナを捉えた。
決闘終了。
勝者を示す表示が、映像へ重なる。
私は、ようやく息を吐いた。
「お見事です」
セセリアはしばらく画面を見ていたが、やがて笑った。
「残念だったねぇ、シャディク先輩。お茶会に呼ぶ相手、もっと増やさないと駄目だったみたい」
「最後まで、皆さんが役割を果たしましたね」
「花婿一人の出番じゃなかったね」
「ええ」
エアリアルの反撃がなければ、あの射撃まで繋げられなかったかもしれない。
それでも、最後に撃ったのはチュチュさんで、その機体を支えたのは仲間たちだった。
私はミオリネさんへの連絡を開いた。
勝利へのお祝いと、皆さんの健闘を称える言葉。
セセリアが横から覗き込む。
「……質問、ないんだ」
「本日は、お祝いだけにしておきます」
「よかったねぇ、ミオリネ社長。決闘に勝つと、赤字なしのお返事もらえるって」
私は笑い、そのまま送信した。
それから、窓の向こうへ視線を移した。
サリウス様の問いが、まだ耳に残っていた。
何を差し出した。
会社を守るために、私が手放したもの。
その答えは、四年前の執務室にある。