水星の魔女 ~もう一輪の百合の花~   作:一般通過クルーゼさん

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第12話

 決闘委員会のラウンジに、険悪な空気が漂っていた。

 

 もっとも、その原因は私ではない。

 

 私は端末を閉じ、これから始まる取り決めへ目を向けた。

 

 ミオリネさんとシャディクさんの決闘だ。

 

 起業に関する校則が変更され、株式会社ガンダムの手続きは足止めされている。その直後、シャディクさんは事業を譲り受けるという提案を持ち込んだ。

 

 経営と実務はミオリネさんたちへ任せる。既存の会社を使えば、研究も続けられる。

 

 だが、ミオリネさんは受け入れなかった。

 

 そして、校則を元へ戻させるため、決闘を申し込んだのだ。

 

 取り決めを進めているのは、ラウダ・ニールさんだった。

 

 彼は双方を見渡し、戦術試験区域を指定した後、決闘方式を告げた。

 

「六対六の集団戦とする」

 

「集団戦!?」

 

 リリッケさんが声を上げた。

 

 マルタンさんも、慌てて身を乗り出す。

 

「待ってください。そんな数の機体、地球寮にないよぉ!」

 

 切実な訴えだった。

 

 エアリアルと、チュチュさんのデミトレーナー。それだけでは、六機を揃えることすらできない。

 

 サビーナさんは、事前の準備や根回しまで含めて決闘なのだと応じた。

 

 ラウダさんも、条件を変えるつもりはないらしい。兄が不利な条件でも戦ってきたことを持ち出し、ガンダムならば対応できるだろうと続ける。

 

 ロウジさんが、小さく眉を寄せた。

 

「それは、条件を決める理由になるのでしょうか」

 

 隣でセセリアが笑う。

 

「お兄様への愛情で人数まで増えるんだ。重たいねぇ」

 

 私は返事を控えた。

 

 地球寮とグラスレー寮では、揃えられる戦力が違う。六対六という同じ人数が、そのまま同じ条件になるわけではなかった。

 

 ミオリネさんは黙って話を聞いていたが、やがて顔を上げた。

 

「こちらからも条件があるわ。中継を、グループの外にも配信して」

 

 ラウダさんの表情が動いた。

 

 ミオリネさんは構わず続ける。

 

「勝てば、御三家を相手に全部勝った機体とパイロットが、うちにいることになる。それを宣伝に使わない手はないでしょ」

 

 私は、少しだけ口元を緩めた。

 

 不利な条件を突きつけられても、勝った後に得られるものを探している。

 

「たくましいねぇ、ミオリネ社長」

 

 セセリアが囁いた。

 

「社員も機体も足りないのに、広告の話は進むんだ」

 

「勝利が条件ではありますが、有効な宣伝にはなるでしょうね」

 

「負けたら、会社を譲るところまで外に流れるけど」

 

「ええ」

 

 随分と、危険な広告だった。

 

 シャディクさんは配信を認めた。

 

 続いて、双方が要求するものが確認される。ミオリネさんは校則変更の撤回を、シャディクさんは株式会社ガンダムの譲渡を求めた。

 

 ラウダさんが、その内容を記録する。

 

 決闘が、正式に承認された。

 

     

 

 

 

 

 

 取り決めが終わっても、地球寮の皆さんはすぐには動けなかった。

 

 六機をどう揃えるか。誰を乗せるのか。

 

 話し始めたところへ、グラスレー側のレネさんがリリッケさんを名指しし、出場するよう言い置いていった。

 

 リリッケさんには、理由が分からないらしい。

 

 それでも、出るよう言われたから出るという彼女に、マルタンさんはますます困った顔になった。

 

 ミオリネさんが端末を開き、皆さんへ指示を出す。

 

「一度、手分けしましょう。私は作戦を考える。手伝ってくれそうな相手がいたら、声をかけて」

 

 皆さんが動き出す。

 

 スレッタさんも歩き出しかけたところで、ミオリネさんの視線がこちらへ向いた。

 

 私と目が合う。

 

 彼女は一瞬だけ考え、それからスレッタさんを呼び止めた。

 

「その前に、一人聞いてみるわ」

 

 セセリアが、私の隣で楽しそうに笑った。

 

「よかったですねぇ、ミオリネ社長。頼りになりそうな出資者、まだ帰ってなくて」

 

「貴女も、こちら側ですよ」

 

「あたし、機体持ってないしー」

 

 彼女がカップを持ち上げたところへ、ミオリネさんがやって来た。

 

「力を貸して」

 

 開口一番、そう言われた。

 

 隣のスレッタさんが、緊張した面持ちで私を見る。

 

「六対六じゃ、地球寮の戦力が足りない。あんた、モビルスーツを開発してるんでしょ?」

 

「パンドラのことでしょうか?」

 

「そう。機体を貸してほしい。できれば、あんたにも乗ってもらいたいの」

 

 私が答えるより先に、セセリアがカップを置いた。口元には、意地の悪い笑みが浮かんでいる。

 

「ごめんなさいねぇ。うちの代表代理、その日、その時間、ちょうど会談のお約束がありましてぇ」

 

 ミオリネさんの眉が寄る。

 

「会談?」

 

「サリウス・ゼネリ様と。グラスレー本社で」

 

 彼女の視線が、まだラウンジに残っていたシャディクさんへ向いた。セセリアも、同じ方向へ顔を向ける。

 

「いやー、すごい偶然ですねぇ。シャディク先輩」

 

「いくつもの偶然を当ててきたアイリスには及ばないさ」

 

 シャディクさんは、涼しい顔で答えた。

 

 私は彼と目を合わせ、微笑んだ。

 

「偶然に助けられたことは、何度かございますね」

 

「今回も、何か起きると思う?」

 

「さて。皆さん、随分と準備をなさっているようですので」

 

 彼は笑みを崩さなかった。

 

 面会依頼は、決闘の取り決めより先に届いていた。用件を考えれば、会社として簡単に断れる相手でもない。

 

 その予定に決闘を重ねれば、正式な面会という形で、助っ人候補を学園から離せる。

 

「……ずいぶん念入りね」

 

 ミオリネさんが言った。

 

 シャディクさんは、曖昧に肩をすくめる。

 

 セセリアが私の予定表を開き、わざとらしく眺めた。

 

「親子で時間の使い方がとてもお上手でぇ。片方は決闘、片方はお茶会。どっちもお仕事が進みますねぇ」

 

「父さんは、君と話をしたがっていたからね」

 

「うんうん。聞きたいこと、いっぱいありそうですもんね。長くなりそうだなー」

 

 ミオリネさんは二人を睨み、それから私へ向き直った。

 

「なら、機体だけでも貸せない?」

 

 彼女が端末を取り出した。

 

「公開されてた試験映像を見たの。これ、使えない?」

 

     

 

 

 

 

 

 

 黒い宇宙を背景に、一機のモビルスーツが浮かんでいた。

 

 白を基調とした装甲。厚い胸部と、重量感のある四肢。背中には円盤状の大きなユニットを背負い、大小の遠隔武装が放射状に配置されている。

 

 前世の記憶にある、プロヴィデンスガンダム。

 

 その姿を強く残した機体が、試験用の照明に照らされていた。

 

 画面の隅に表示された文字は、P-ANDR。

 

 少し離れたところでハロを調整していたロウジさんが、その映像に顔を上げた。

 

「……コズミック・シードの非パーメット試作機ですね」

 

 ミオリネさんが振り向く。

 

「知ってるの?」

 

「はい。公開資料を読みました。P-ANDR、パンドラ。機体の制御にパーメットを使わず、多数の遠隔武装を運用するための試作機です」

 

 彼は近づいてきて、端末を覗き込んだ。

 

 映像の中では、背面の固定具が開いていた。

 

 大型の三基と、小型の八基。計十一基のドラグーンが短い噴射を繰り返し、母機の周囲へ広がっていく。

 

 上方へ回るもの、左右へ大きく離れるもの、母機を越えて前へ出るもの。それぞれが異なる軌道を取り、配置された標的へ向きを変えた。

 

「これだけの数を、パーメットなしで?」

 

 ミオリネさんの問いに、ロウジさんが頷く。

 

「公開されている説明では、そうなっています。遠隔武装の名称はドラグーン。母機との位置関係を保ちながら、それぞれ別の標的を狙っていますね」

 

 光が走る。

 

 十一基は射線をずらし、複数の角度から標的を捉えた。射撃を終えた端末もその場には留まらず、次の配置へ滑らかに移っていく。

 

「すみません。少し戻していただいても?」

 

 ミオリネさんが再生位置を戻す。

 

 ロウジさんは母機と端末の動きを見比べ、しばらく黙っていた。

 

「……全部を手動で操作しているわけではないと思います」

 

「どうして?」

 

「母機が姿勢を変えても、端末同士の距離や射線が修正されています。十一基へ個別に指示を出し続けながら、母機まで操縦するのは難しいはずです」

 

 そこで、彼は私へ目を向けた。

 

「高度なAIで、移動や照準を補助しているんですか?」

 

「制御の一部は、機体側で担っています」

 

「やはり……。操縦者が攻撃対象や配置を指定し、細かな姿勢制御を機体側へ任せる方式でしょうか」

 

 私は微笑むだけに留めた。

 

 ロウジさんは、それを答えとして押し通そうとはしなかった。再び画面へ視線を戻し、今度はパンドラ本体を見つめる。

 

「ただ、その構成なら演算系への負荷が大きいはずです。演算装置だけでなく、電源と冷却設備も必要になります」

 

「それで、大きいわけ?」

 

 ミオリネさんが、厚い胴体を指した。

 

「その影響はあると思います。装甲だけで、この形になっているようには見えません。必要な設備を収めるため、軽量化へ踏み切れなかったのではないでしょうか」

 

 彼はそこまで話してから、私へ向き直った。

 

「どうして、パーメットを使用しないんです? 負荷を減らす方法としては、その方が自然だと思うのですが」

 

「さすがですね」

 

 公開映像と資料から、よく考えていらっしゃる。

 

「我が社は、パーメットへの依存から、別の選択肢を模索する目的で、この試作機を開発しています」

 

 ロウジさんが、小さく頷いた。

 

「既存の方式で軽くするより、別の方式が成立するかを優先しているんですね」

 

「はい。パーメットを否定するつもりはありません。利用する利点も理解しています。ただ、それしか技術基盤がないというのも、恐ろしいことですから」

 

 私は、母機を囲む十一基の端末へ目を向けた。

 

「データストームをはじめ、まだ解明されていない部分もあります。別の方法を持ち、その利点と不利を比較できることには、意味があると考えています」

 

「だから、重量や消費電力を負担してでも、まず動かしている……」

 

「そのとおりです」

 

 ロウジさんは、もう一度パンドラを見た。

 

「現時点で最も効率のよい機体を作るというより、次の設計に必要なものを調べる機体なんですね」

 

「ええ。操縦者とAIの役割分担も含め、最終調整中です」

 

 セセリアが、二人の顔を見比べた。

 

「よかったねぇ、ロウジ。今日は答え合わせまでしてくれるじゃん」

 

「はい。とても参考になります」

 

「そのうち会社見学でもお願いしたら? 説明する方も楽しそうだし」

 

「ご希望でしたら、公開できる範囲でご案内しますよ」

 

「ほら。ミオリネ社長より先に、約束取れそう」

 

「……その話、今じゃなくていい?」

 

 ミオリネさんの声に、ロウジさんが少し身を引いた。

 

「すみません」

 

「いいわ。大体分かったから。それで、試験でこれだけ動いてるなら、決闘にも使えない?」

 

 彼女は、今度は私へ尋ねた。

 

「お貸しできません」

 

「AIの調整が終わってないから?」

 

「それも理由の一つです。標的の配置も、試験の進め方も、事前に定めています。相手が妨害し、母機や端末が損傷する混戦とは条件が違いますから」

 

 ロウジさんが、考えながら口を開いた。

 

「一基が故障した場合、残る端末も配置を変える必要がありますね。誤った情報を基に、ほかの端末まで動いてしまう可能性も……」

 

「はい。異常が起きた際に、どこまで機体側へ任せ、どの段階で操縦者へ判断を戻すか。その評価も必要です」

 

「……動いているところだけ見ても、分からないわけね」

 

 ミオリネさんは少し考え、それから映像を閉じた。

 

「分かった。未完成の機体を使えると言わせても、仕方ないものね」

 

「申し訳ありません」

 

「別を探すわ。その代わり、ちゃんと見てなさいよ。私たちが勝つところを」

 

「はい。必ず拝見します」

 

 二人が出ていくと、私はシャディクさんへ向き直った。

 

「それでは、当日はお父上に、よろしくお伝えください」

 

「ああ。有意義な話になるといいね」

 

 彼は、最後まで涼しい顔で笑っていた。

 

     

 

 

 

 

 

 

 グラスレー本社へ向かう車両の中で、セセリアは学園から届いた対戦情報を眺めていた。

 

「大丈夫かなぁ、水星ちゃんたち」

 

「戦力は、揃えられたようですね」

 

「数はね。半分以上、パイロット科じゃないけど」

 

 表示されている名簿には、見覚えのある名前が並んでいた。

 

 スレッタさんとチュチュさん。そして、ザウォートへ乗る四人。

 

 機体を集めたうえで、それを動かす方々まで確保した。ミオリネさんは、できることを一つずつ進めたのだろう。

 

 セセリアは画面を閉じ、こちらを見た。

 

「アイリスが出られたら、勝ってた?」

 

「さて。どうでしょう」

 

「さっきまで、機体が未完成だから駄目ですって言ってたもんねぇ」

 

「ええ。それに、出られたとしても、協力はしなかったかもしれません」

 

 彼女の眉が、少しだけ上がった。

 

「どうして?」

 

「彼女たちが、自分で選んだ決闘です。その選択の先にある戦いへ、部外者が深く関わってしまうのも、どうかと思いまして」

 

「ふーん」

 

 気のない返事だった。

 

 セセリアは背もたれへ身体を預け、私を横目で見る。

 

「助っ人を探すのも、その子たちが選んだことなんじゃないの?」

 

「……おっしゃるとおりですね」

 

「都合のいいとこだけ聞いて、立派な話にしないでよ」

 

 私は苦笑した。

 

 断った理由を、彼女たちのためだったことにするつもりはない。

 

 私自身が引き受ける範囲を選んだ。その結果は、私の判断として受け止めるべきだった。

 

「それに」

 

「それに?」

 

 私は、少しだけ口元を緩めた。

 

「私が出て、すべてを圧倒してしまっては、花婿さんの見せ場がなくなってしまいますから」

 

 セセリアが目を丸くした。

 

 次の瞬間、堪えきれなくなったように吹き出す。

 

「……っ、あはは! 何それ!」

 

「何か、おかしなことを申し上げましたか?」

 

「自信満々じゃん! 相手、御三家なんだけど!」

 

 彼女は笑いながら、私の肩を叩いた。

 

「グラスレー寮、集団戦じゃ負け知らずだよ? それを全部圧倒するって?」

 

「私と彼らでは、性能が違いますから」

 

「機体の話? そんなに自信あるんだ」

 

「ええ」

 

 私は頷いた。

 

 機体も、パイロットとしても。

 

 そして、何より。

 

 人としても、私と彼らでは性能が違う。

 

 そうした違いを生むために、私の身体は設計された。

 

 空間を捉える能力も、情報を処理する速さも。人の言葉や表情から、その意図を読み取ることさえ、どこまでが私自身のものなのか、確かめようがない。

 

 優れたものとして作られた身体を使い、望まれたとおりの成果を出す。

 

 私が勝つという自信の底には、今も、あの男の仕事が残っていた。

 

「アイリス?」

 

 呼ばれて、顔を上げた。

 

「どうしました?」

 

「こっちの台詞。口では自信満々なこと言ってるのに、何で暗い顔してんの?」

 

 セセリアは、もう笑っていなかった。

 

 私は自分の手へ目を落とし、それから彼女へ微笑んだ。

 

「……少し、考え事を」

 

「圧倒する自分を想像して、落ち込んでたわけ?」

 

「随分と、器用な人間ですね」

 

「うん。あんた、そういう変なことできそうだから」

 

 私は小さく笑った。

 

 セセリアはしばらくこちらを見ていたが、それ以上は尋ねなかった。代わりに、私の手へ自分の手を重ねる。

 

「まあ、自信あるならいいんじゃない。完成してから、ちゃんと見せてよ」

 

「パンドラを、ですか?」

 

「そ。すべてを圧倒するんでしょ?」

 

「……覚えていらっしゃるのですね」

 

「秘書だからねぇ。代表代理様のご立派な発言、忘れないようにしないと」

 

 指先へ、軽く力がかかった。

 

「でも、今日は機体じゃなくて、おじいちゃんが相手だよ。そっちまで圧倒しようとして、話長くしないでね」

 

「善処いたします」

 

「うわ。長くなるやつだ」

 

 彼女は呆れたように笑ったが、重ねた手は離さなかった。

 

     

 

 

 

 

 

 

 

 サリウス・ゼネリ様は、挨拶を終えるなり本題へ入った。

 

「アイリス君。君ならば、何か知っているのではないか?」

 

「何についてでしょう?」

 

「デリングのことだ」

 

 私は、まだ口をつけていない紅茶へ一度目を落とした。

 

 予想していた用件だった。

 

「総裁についてでしたら、長年お付き合いのあるサリウス様の方がお詳しいのでは?」

 

「昔のあの男ならな。かつて禁じたガンダムを、今になって認めた。その理由を、君はどう考える?」

 

「研究の継続を認めることと、安全性が確認されていない製品を販売することは、別の判断だと思います」

 

「技術の可能性を評価した、と?」

 

「一つの考え方としては。総裁ご自身から、理由を伺ったわけではありませんが」

 

 老人の目が、僅かに細くなった。

 

「君も、あの会社へ出資しているそうだな」

 

「個人として、少額ですが」

 

「コズミック・シードとしては?」

 

「審査へ紹介する準備を進めていました。ただ、校則変更で事業開始の見通しが変わりましたので、その確認が必要になっています」

 

「随分と慎重だな」

 

「個人の興味と、会社の投資判断を混同するわけにはいきませんから」

 

 横でセセリアが端末へ視線を落とした。

 

 記録しているのか、それとも決闘の進行が気になるのか。今は尋ねないでおこう。

 

「だが、ガンダムのことだけではない」

 

 サリウス様の声が、少し低くなった。

 

「コズミック・シードも、デリングが認めた例外だ」

 

 私はカップを静かに置いた。

 

「ベネリットに所属しながら、研究方針への介入も、技術資産の移管も、他社が容易に要求できない。その立場を、君は十二歳のときに手に入れた」

 

「弊社と総裁との取り決めです」

 

「何を差し出した?」

 

「守秘義務がございます」

 

「私に対してもか?」

 

「はい。契約の内容を、相手の立場によって明かすわけにはいきませんので」

 

 サリウス様は、しばらく黙っていた。

 

 それから、隣のセセリアへ目を向ける。

 

「君は、彼女の秘書だそうだな」

 

「はい。まだ、お試しですけど」

 

「その取り決めについては?」

 

「教えてもらってませんよ。秘書になったら何でも聞けるかと思ったんですけどねぇ」

 

 彼女は涼しい顔で答えた。

 

「残念ながら、あたしに聞いても、時間ばっかりかかると思います」

 

 私は危うく笑いそうになった。

 

 サリウス様も皮肉には気づいたのだろう。しかし、会談を切り上げるつもりはないらしい。

 

「二つの例外に、共通する意図があるのではないか。私は、そう考えている」

 

「その推測を、私から裏づけることはできません」

 

「否定もしないのだな」

 

「総裁のご判断を、私が勝手に説明すべきではありませんから」

 

「まったく、厄介な娘だ」

 

「よく言われます」

 

 老人は溜息をつき、椅子へ身体を預けた。

 

「シャディクも、君への対応には気を遣っているようだ」

 

「本日の予定には、そのお気遣いを感じました」

 

 サリウス様の視線が、もう一度鋭くなる。

 

 私は穏やかに微笑んだ。

 

「ただ、私を学園から離しても、株式会社ガンダムの方々が何をなさるかまでは、変えられませんよ」

 

「勝つと思うか?」

 

「勝つために、私へ協力を求めに来られました。お断りした後も、別の方法を探されたのでしょうね」

 

 サリウス様は、それ以上尋ねなかった。

 

     ◇

 

 会談を終えたときには、決闘も終わっていた。

 

 帰りの車両へ乗り込むなり、セセリアが端末を差し出してくる。

 

「結果、見る?」

 

「先に映像を拝見したいですね」

 

「好きだねぇ。嫌な時間から順番に見たいんだ」

 

「せっかくですから」

 

「はいはい。お茶会に付き合った秘書にも、画面半分ちょうだいね」

 

 私は端末を二人の間へ置いた。

 

 ロウジさんが用意してくださった記録には、会場の全景と、各機を追う映像が揃っていた。

 

 グラスレー側は、ミカエリスと五機のベギルペンデ。

 

 地球寮はエアリアル、チュチュさんのデミトレーナー、そして四機のザウォートだった。

 

 開始の合図と共に、エアリアルが前へ出る。

 

 後方ではデミトレーナーが長いライフルを構え、その間でザウォートが位置を取ろうとしていた。

 

 グラスレー側は、その形が整うのを待たなかった。

 

 ミカエリスはエアリアルへ正面から向かわず、構造物を挟みながら、後方のチュチュさんへ距離を詰めていく。

 

 エアリアルが救援へ向きを変えたところへ、ベギルペンデが入った。

 

 盾を前へ出して進路を塞ぎ、抜けようとすれば射撃で牽制する。もう一機が側面を押さえ、エアリアルと後続のザウォートを切り離した。

 

 残る三機が、その後続へ襲いかかる。

 

 四対三。

 

 数だけなら地球寮が勝っている。だが、ザウォートの動きは揃わなかった。

 

 一機が退いたところへ、別の一機が重なる。銃口を上げる動きが遅れ、その僅かな間へベギルペンデが踏み込んだ。

 

 武器を撃たれ、関節を捉えられ、二機が相次いで崩れる。

 

 ティルさんの機体は、まだ動いていた。

 

 射撃を避けながらリリッケさんの側へ寄り、迫る敵へ銃口を向ける。だが、その動きに合わせて別の敵機が側方へ回った。

 

 正面への対応を迫られたところを撃たれ、ザウォートが地面へ叩きつけられる。

 

 リリッケさんの機体も、続いて倒れた。

 

「……速いね」

 

「エアリアルが戻る時間を、与えていませんね」

 

 後方では、チュチュさんのライフルがミカエリスを追っている。

 

 シャディクさんは遮蔽物へ隠れ、照準から外れた。その直後、機体とは別の角度から、有線のビームブレイサーが迫る。

 

 デミトレーナーの右腕が破壊された。

 

 長い銃身が下がり、姿勢が崩れる。それでも、チュチュさんは残った腕で武器を握り直し、迫る敵へ振りかぶった。

 

 そこへ、別のベギルペンデが攻撃を加える。

 

 脚部を失ったデミトレーナーが、地面へ倒れた。

 

 エアリアルは救援へ向かえない。

 

 その進路には、盾と銃口が待っていた。

 

     

 

 

 

 

 

 

 残されたエアリアルを、六機が囲んだ。

 

 射線を重ねず、逃げ道を塞ぐ位置へ広がっていく。数に任せて一斉に接近するような、雑な包囲ではなかった。

 

 スレッタさんがガンビットを展開する。

 

 そのとき、ベギルペンデの装備が開いた。

 

「……懐かしいものを、持ち出してきましたね」

 

 私の声に、セセリアが顔を向けた。

 

「知ってるの?」

 

「アンチドートです。GUNDフォーマットのリンクを妨害する、対ガンダム用の装備ですよ」

 

 画面の中で、ガンビットの動きが乱れた。

 

 母機を守るために広がっていた端末が、その役目を失う。エアリアル本体も、それまでとは明らかに動きが変わっていた。

 

「かつてのガンダムに対しても、使われていたものです。対抗手段を、今も更新していたのでしょうね」

 

「水星ちゃんには、初めて見るやつか」

 

「対処に慣れているようには、見えませんね」

 

 エアリアルは、まだ動いていた。

 

 だが、ガンビットによる防御と支援を失い、六機の攻撃へ機体一つで対応しなければならない。

 

 正面の射撃を避けた先へ、別の銃口が向く。

 

 盾で受ければ側面へ回られ、踏み込もうとすれば進路を塞がれる。スレッタさんは機体を旋回させ、わずかに残された隙間へ逃れようとしていた。

 

 そこへ、一筋の光が伸びた。

 

 左腕が撃ち抜かれる。

 

 装甲の破片と共に腕が離れ、エアリアルの姿勢が崩れた。

 

「……念入りだねぇ」

 

 セセリアが呟いた。

 

「人も機体も揃えて、ガンダムを止める道具まで用意して。そのうえで、あんたは本社へご招待」

 

「使えるものは、すべて使ったのでしょう」

 

「親切なお茶会だったね。おかげで、こっちは座って見てるだけ」

 

 私は答えず、画面を見つめた。

 

 記憶にある戦いだ。

 

 それでも、エアリアルの肩口から火花が散るたびに、次の射撃を目で追ってしまう。

 

 機体が身を低くして攻撃をしのぐ。

 

 逃げた先へ、また別の敵が回り込む。

 

 そして、その装甲の内側に、青い光が灯った。

 

     

 

 

 

 

「……何、変えたの?」

 

 セセリアが画面へ顔を近づける。

 

 停止していたガンビットが、再び姿勢を整えた。

 

 端末がエアリアルの前へ広がり、その間へ青い光が生じる。迫る射撃が遮られ、続いて、ベギルペンデ側の展開していた装備が閉じていった。

 

 私は、記録を僅かに戻した。

 

 同じ箇所を、もう一度見る。

 

 確かに、アンチドートの展開が崩れている。

 

「向こうの装備まで止めた?」

 

「そう見えます。ただ、どのような干渉が起きたのかは、この映像だけでは断定できません」

 

 私は記録を再開した。

 

 エアリアルが、前へ出る。

 

 ガンビットが左右へ散り、別々の射線を作った。正面へ盾を向けたベギルペンデの側方へ、一基が回り込む。

 

 守る向きを変えた、その一瞬。

 

 エアリアル本体が間合いを詰め、ビームサーベルを振り抜いた。

 

 別の機体が援護へ入ろうとする。だが、その進路にも、すでにガンビットが待っていた。

 

 一つの射撃を避けた先へ、別の銃口が向く。そちらへ盾を回せば、エアリアルとの距離が詰まる。

 

 母機も端末も、相手の動きによって生まれた隙を逃さなかった。

 

 六機で作っていた包囲が、複数の射線によって切り分けられていく。

 

「……すごいね」

 

 セセリアの声には、素直な感嘆があった。

 

「ええ。機体の変化だけではありません。スレッタさんも、よく対応されています」

 

「花婿さんの見せ場、ちゃんとあったじゃん」

 

「そのようですね」

 

 セセリアが、こちらへ目を向けた。

 

「どう?すべてを圧倒する予定の代表代理様」

 

「大変、参考になります」

 

「そこで喜ぶんだ」

 

 私は小さく笑い、再び画面へ視線を戻した。

 

 先ほどまでとは違い、自分の手を確かめる必要はなかった。

 

 目の前の機体と、その中にいる少女が、何をするのか。

 

 今は、その続きを見たかった。

 

 ベギルペンデが、一機、また一機と戦列を離れていく。

 

 だが、ミカエリスは止まらなかった。

 

 ガンビットの射線を避け、構造物と僚機を挟みながら、シャディクさんは距離を詰めている。

 

 エアリアルが別の敵へ向き直った瞬間、射撃が走った。

 

 左脚が破壊される。

 

 接地して踏ん張る力を失い、機体の姿勢が崩れた。推進器が噴いたが、追いすがるミカエリスを引き離せない。

 

 右腕のビームブレイサーが向けられる。

 

 私は、戦場全体を映す画面へ目を移した。

 

 その端に、動く機影があった。

 

 デミトレーナーが、上体を起こしている。

 

 失った脚の代わりに機体を支えていたのは、倒されたはずのザウォートだった。

 

「……まだ動けたんだ」

 

 セセリアが息を漏らす。

 

 武器を失い、自分たちでは敵を倒せなくなっても、すべての駆動部が止まったわけではなかった。

 

 残った腕を使い、チュチュさんの機体を支える。

 

 長いライフルが、ゆっくりと向きを変えた。

 

 機体が揺れるたびに、支える側が姿勢を直す。狙撃に必要なのは、立つことではない。銃口を合わせ、その瞬間まで保つことだった。

 

 ミカエリスは、エアリアルへ迫っている。

 

 勝利を確実にしようと、シャディクさん自身が接近していた。

 

 その頭部へ、長い銃身が向けられる。

 

 光が走った。

 

 戦場を横切った一撃が、ミカエリスのブレードアンテナを捉えた。

 

 決闘終了。

 

 勝者を示す表示が、映像へ重なる。

 

 私は、ようやく息を吐いた。

 

「お見事です」

 

 セセリアはしばらく画面を見ていたが、やがて笑った。

 

「残念だったねぇ、シャディク先輩。お茶会に呼ぶ相手、もっと増やさないと駄目だったみたい」

 

「最後まで、皆さんが役割を果たしましたね」

 

「花婿一人の出番じゃなかったね」

 

「ええ」

 

 エアリアルの反撃がなければ、あの射撃まで繋げられなかったかもしれない。

 

 それでも、最後に撃ったのはチュチュさんで、その機体を支えたのは仲間たちだった。

 

 私はミオリネさんへの連絡を開いた。

 

 勝利へのお祝いと、皆さんの健闘を称える言葉。

 

 セセリアが横から覗き込む。

 

「……質問、ないんだ」

 

「本日は、お祝いだけにしておきます」

 

「よかったねぇ、ミオリネ社長。決闘に勝つと、赤字なしのお返事もらえるって」

 

 私は笑い、そのまま送信した。

 

 それから、窓の向こうへ視線を移した。

 

 サリウス様の問いが、まだ耳に残っていた。

 

 何を差し出した。

 

 会社を守るために、私が手放したもの。

 

 その答えは、四年前の執務室にある。

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