水星の魔女 ~もう一輪の百合の花~   作:一般通過クルーゼさん

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第14話

 最初の報告が届いた時、私はコズミック・シードの執務室にいた。

 

 武装勢力の侵入。モビルスーツによる交戦。デリング総裁の負傷。

 

 情報は断片的で、訂正も多かった。私は確認された事実と、記憶から予測したことを分けながら、報告を読み進めた。

 

 襲撃そのものを、私は知っていた。

 

 スレッタさんがエアリアルで戦い、ミオリネさんを救うために人を殺す場面も、記憶にはある。

 

 ただし、それがこの世界でも同じように起きたと、報告だけで確認できるわけではない。

 

 会社については、前もって準備をしていた。

 

 出張と人員配置を見直し、重要資料の保全を確認し、事故や襲撃を想定した連絡手順を整えた。社員が危険な場所へ近づかずに済むよう、可能な範囲で予定も変えている。

 

 けれど、総裁へ警告することはしなかった。

 

 ミオリネさんにも、伝えなかった。

 

 クワイエット・ゼロへの不干渉は、あらゆる事件を見過ごせという命令ではない。学園で知った行動を報告する役目と、記憶の中の未来を明かすことも、同じではなかった。

 

 だから、何もしなかった理由を、契約だけに預けることはできない。

 

 介入すれば、計画へ影響を与えるかもしれない。私が何をどこまで知っているのか、改めて疑われるかもしれない。

 

 物語から外れた先で、大切な方々を守れる保証もない。

 

 理由はいくつも挙げられた。

 

 その中から、私は動かない理由を選んだ。

 

 父上と社員たちの安全が確認され、セセリアからも短い返事が届いた。それを読んで、ようやく息を吐いた。

 

 守りたい方々は、無事だった。

 

 続いて開いた報告には、別の誰かの被害が記されていた。

 

 私はその数字を見つめ、画面を閉じるまでに、少しだけ時間がかかった。

 

     

 

 

 

 

 

 事件から数日後、私は決闘委員会のラウンジで、自社の被害状況を確認していた。

 

 社員の人的被害はない。施設にも直接の損害はなく、当面の事業継続に支障はなかった。

 

「……よかった」

 

「何が?」

 

 隣でセセリアが顔を上げた。

 

「社員の無事が、全員分確認できました」

 

「そっか。じゃ、その難しい顔、もう少し何とかしたら?」

 

 私は自分の頬へ触れた。

 

「そのような顔をしていましたか」

 

「報告書、睨んでも変わんないよ」

 

 彼女はそう言って、端末へ視線を戻した。

 

 それで会話を終えればよかった。

 

 けれど、私は端末を片づけられなかった。

 

「セセリア。一つ、質問してもよろしいですか」

 

「何、改まって」

 

「仮に……仮にですよ。私が、ある事件の発生を事前に予測していたとします」

 

 彼女の指が止まった。

 

「会社と、大切な人たちを守る準備はした。ですが、事件そのものを防ぐためには動かなかった。その結果、ほかの誰かが傷ついたとしたら」

 

 私は膝の上で手を組んだ。

 

「貴女は、私を軽蔑しますか?」

 

 セセリアは端末を置き、こちらへ身体を向けた。

 

「……随分と具体的な、仮の話だねぇ」

 

「ええ」

 

「本当に防げたの?」

 

「分かりません」

 

「動いたら、あんたの大事なものにも危険があった?」

 

「その可能性は、ありました」

 

「で、同じ状況になったら?」

 

 私は少しだけ考えた。

 

「同じ判断をすると思います」

 

「即答じゃん」

 

「今も、会社と父上と、貴女を危険にさらす選択は、したくありませんので」

 

 セセリアは、しばらく私を見ていた。

 

「じゃあ、あたしに何て言ってほしいの?」

 

 私は答えられなかった。

 

「軽蔑するって言われたら、考え変える?」

 

「……いいえ」

 

「だったらそれ、判断の相談じゃないよね」

 

「そうですね」

 

 私は視線を落とした。

 

 正しいと言ってほしかったのだろうか。仕方がなかったと、許してほしかったのだろうか。

 

 考えていると、セセリアが小さく息を吐いた。

 

「あー。出た、あんたの悪い癖」

 

「何がでしょう?」

 

「いい子でいようとするやつ」

 

 私は顔を上げた。

 

「随分と身勝手な話をしている自覚は、ありますが」

 

「知ってるよ。そこは昔から」

 

「少しは否定していただきたいですね」

 

「嘘ついてほしいの?」

 

 私は苦笑した。彼女は笑わなかった。

 

「あんた、誰にでも、その人が欲しがるアイリスになろうとするでしょ。先生の前では優等生。社員の前では頼りになる代表代理。お偉いさんの前では、感じのいいお嬢様」

 

「仕事には、役立っています」

 

「うん。でも、あたしにまでやらなくていいって話」

 

 彼女は、こちらへ少し身を寄せた。

 

「十二歳くらいの時、会食に来てたおじさん、覚えてる? 女の子が経営に口を出すなんて、って言ってた人」

 

「……ええ。覚えています」

 

「帰る頃には、すっかり気に入られてたよね。なのに、帰った途端、あの経営方針では十年以内に会社を傾けるでしょうね、って」

 

「よく覚えていますね」

 

「あんなににこにこしてたから、余計にね。勉強になりますって聞いてたの、失敗例としてでしょ?」

 

「参考になるお話もありましたよ」

 

「うわ。今も悪い顔しないんだ」

 

 私は、少し困って笑った。

 

「会食の目的は、果たせましたから」

 

「知ってる。だから、その後に聞いたじゃん。疲れなかった、って」

 

 私は、あの時の会話を思い出した。

 

 疲れていない、と答えた。相手が望む振る舞いをしていただけだから、と。

 

 するとセセリアは、私へ尋ねたのだ。では、私自身はどうしたかったのか。

 

「……あの時も、答えられませんでしたね」

 

「うん。あんたの希望、会話に入ってなかったもん」

 

 私は、組んでいた手を見た。

 

 相手の機嫌を損ねないように。期待を裏切らないように。望まれる言葉と表情を選ぶ。

 

 かつて、そうしなければならなかった。

 

 けれど、父上は、それをやめてもよいと教えてくださった。

 

 隣の彼女も、そんなことを求めてはいない。

 

「今回もさ。自分の判断は変えない。でも、あたしには嫌な顔されたくない。だから、どう答えてもらえば安心できるか、考えてるんじゃないの?」

 

 否定できなかった。

 

「……そうかもしれません」

 

「別に、あたしの顔色を見て決め直せとは言わない。ただ、軽蔑しないって言えば、起きたことが変わるわけでもないしねぇ」

 

「ええ」

 

「逆に、軽蔑するって言ったら、全部間違いになるわけでもないでしょ」

 

 セセリアは、私の目を見た。

 

「自分で決めたんなら、あたしに丸つけさせないでよ。代表代理様」

 

 私は、ゆっくりと息を吐いた。厳しい言葉だった。

 

「……申し訳ありません」

 

「謝ってほしいわけでもないんだけど」

 

「では、訂正させてください」

 

「何?」

 

 私は今度は、表情を整えようとせずに言った。

 

「判断を認めてほしいというより、貴女に嫌われたくなかったのだと思います」

 

 セセリアの動きが止まった。

 

「同じことが起きれば、私はまた、自分の大切なものを選ぶでしょう。それでも、貴女が私をどう思うのかは、気になってしまう」

 

 私は小さく苦笑した。

 

「まったく身勝手ですね」

 

「……はぁ」

 

 彼女は視線を逸らした。しばらくしてから、私の手の甲を指先でつつく。

 

「あたし、あんたが綺麗なお嬢様じゃないことくらい、知ってるよ」

 

「はい」

 

「頑固だし、性格悪いし。自分で決めたこと、なかなか曲げないし」

 

「随分と、ありますね」

 

「まだ言おうか?」

 

「今は、十分です」

 

 セセリアが、ようやく少し笑った。

 

「そのへん含めて、一緒にいるんでしょ。あたし」

 

 私は彼女を見た。

 

 どう返せばよいか、いつものようには分からなかった。だから、思ったことだけを口にした。

 

「……嬉しいです」

 

「そう。じゃ、もう今日は仕事終わりにしなよ」

 

「まだ、確認する報告が」

 

「社員全員、無事だったんでしょ。続きは明日」

 

 四年前にも、似た言葉を聞いた。

 

 私は端末を閉じた。

 

「そうですね。そうしましょう」

 

     

 

 

 

 

 セセリアは、知らない。

 

 私が誰の望む姿になろうとしていたのか。相手の期待を満たすことが、かつて、どのような意味を持っていたのか。

 

 十二歳の取引で、何を差し出したのかも。

 

 そのすべてを、今、話せるとは思わなかった。

 

 私はきっと、これからも言葉を選ぶ。嫌われたくないと思えば、彼女の望む自分を探してしまうのだろう。

 

 けれど、今日は一つだけ伝えられた。

 

 この人に、ここにいてほしいのだ。

 

「何?」

 

 見つめていることに気づき、セセリアが尋ねた。

 

「いえ。隣にいてくださって、ありがとうございます」

 

「……また、そういうこと言う」

 

「今のも、悪い癖でしょうか」

 

 彼女は私の顔を見て、少しだけ考えた。

 

「それは、別にいいんじゃない?」

 

 そう言って、私の手へ指を絡める。

 

 私は、その手を握り返した。

 

 

 

 

 

 

 ある日、私は、ブリオン寮の格納庫で、セセリアを待っていた。

 

 整備架台には、搬入を終えたばかりのパンドラが立っている。白銀の装甲に淡い紫の差し色を施した機体は、厚い胸部と重量感のある四肢、大きな円盤状の背部ユニットによって、独特の威容を見せていた。

 

 大型ドラグーン三基と小型二基を背部に、残る小型六基を腰の左右と後方に備えた姿は、前世の記憶にあるプロヴィデンスガンダムを強く残している。

 

 もっとも、似ているのは主に外見だ。コックピットや操縦系統はアド・ステラの技術で組み直し、表示装置や操縦桿、ペダルの配置も、この世界で慣れたものを基に整えた。ドラグーンについても推進器と姿勢制御を見直し、重力下での運用を可能にしている。

 

 記憶にある姿を写すだけでは、私が使える機体にはならない。好きなものを、この世界で動くものへ作り変える。そのために、随分と時間を費やした。

 

「お待たせー」

 

 入口から声がした。振り向いた私は、セセリアの隣にいる方を見て、少しだけ動きを止めた。

 

「あら?ロウジさんも、ご一緒でしたか」

 

「はい。お邪魔しても、大丈夫でしょうか」

 

 ハロを抱えたロウジさんが、遠慮がちに尋ねる。私が答えるより先に、セセリアが口を開いた。

 

「一番見たいの、ロウジでしょ。だから連れてきた」

 

「もちろん、歓迎いたします」

 

「何、その間」

 

「いえ。少々、予想と異なりまして」

 

 セセリアは私の顔を眺め、それから口元を緩めた。

 

「ああ。二人きりで、自慢する予定だったんだ?」

 

「……貴女に、お見せしたかったものですから」

 

「見てるよ。ちゃんと来たじゃん」

 

 彼女は涼しい顔で私の横を通り、機体を見上げた。

 

「質問してくれる人もいた方が、説明する側は楽しいでしょ?」

 

「セセリアにも、ご質問していただければ」

 

「じゃあ、質問ー。何時間で終わる?」

 

「……それ以外で、お願いいたします」

 

 隣でロウジさんが、小さく頭を下げた。

 

「すみません。僕、後の方が――」

 

「いえ。ぜひ、ご覧になってください。以前、公開試験の映像にも、ご興味を持ってくださっていましたから」

 

 既に機体へ向いている視線を見て、私は微笑んだ。これほど楽しみにしてくださっていた方を、入口で待たせるわけにはいかない。

 

 私は二人を、整備架台の前へ案内した。

 

     

 

 

 

 

「P-ANDR。パンドラです」

 

 機体名の表示を見上げながら、ロウジさんが呟いた。

 

「映像で見るより、かなり大きいですね」

 

「背面の張り出しもありますからね」

 

「腰のドラグーンは、脚部と干渉しませんか?」

 

「取り付け部が可動します。分離する際も、脚を避けて外へ抜けるようにしています」

 

「整備する人、大変そう」

 

 セセリアの言葉に、私は頷いた。

 

「おっしゃるとおりです。初期案は、随分と叱られました」

 

「へえ。代表代理様にも、赤字入れる人いるんだ」

 

「大勢いらっしゃいますよ」

 

 端末を操作すると、架台脇のモニターに試験映像が映った。母機から離れたドラグーンが、地上の試験場へ広がっていく。腰から出た端末は低い位置から左右へ抜け、背部のものは上方へ展開していた。

 

 ロウジさんが、少し身を乗り出す。

 

「重力下でも、全部使えるんですよね」

 

「はい。そのために、推進系と姿勢制御を作り直しました」

 

「宇宙用を、そのまま飛ばしているわけではないんだ……」

 

「それでは、使える場所が限られますので。ただ、浮いているだけでも推進剤は消費しますから、必要のない端末まで出し続けることはありません」

 

 映像の中で、標的へ光が走った。一基が射撃している間に、別の端末が次の位置へ移る。母機が向きを変えても、端末は互いの進路を避けながら、それぞれの射撃位置へ向かっていた。

 

「細かな姿勢制御や衝突回避は、機体側で補助しているんですよね」

 

「ええ。操縦者が、すべての操作を直接行うわけではありません」

 

 ロウジさんは頷き、映像を見つめた。その横で、セセリアが私の顔を覗き込む。

 

「よかったねぇ。ちゃんと聞いてくれる人、連れてきてあげて」

 

「セセリアも、聞いてくださっているでしょう?」

 

「うん。どっかに帰る隙がないなって」

 

「まだ、説明を始めたばかりですが」

 

「知ってる。だから心配してるの」

 

 私が苦笑すると、ロウジさんから帰還経路について質問が出た。別の映像を開く私を見て、セセリアは小さく肩をすくめたが、その場を離れようとはしなかった。

 

     

 

 

 

 

 説明を一区切りにした頃、セセリアは少し離れたところでパンドラを見上げていた。私は、その隣へ並んだ。

 

「いかがですか?」

 

「楽しそうだねぇ」

 

「機体の感想を、伺ったつもりでしたが」

 

「うん。設計した人の顔まで含めて、よくできてるんじゃない?」

 

 こちらへ向けられた笑みに、私は少しだけ困ってしまった。

 

「ロウジ連れてきて、正解だったでしょ」

 

「ええ。ですが、貴女にも見ていただけて、嬉しいですよ」

 

「さっきも聞いた」

 

「大切なことですので」

 

 セセリアは目を細め、それから再び機体へ視線を戻した。

 

「これ、あんたが作りたかったんだね」

 

「はい」

 

 装置が収まらず、冷却系を引き直し、重量が増えるたびに推進系を考え直した。研究員の皆さんと何度も設計を見直し、形になるまで随分とかかったけれど、やめたいとは思わなかった。

 

「私が、コズミック・シードの皆さんと作りたかったものです」

 

「そっか」

 

 短い返事だった。それでも、隣で同じものを見上げながら、その言葉を聞いてくださったことが嬉しかった。

 

     

 

 

 

 

「ランブルリングには、出るの?」

 

 帰り際に尋ねられ、私は少し考える素振りをした。

 

「申請はいたします。ただ、今回は展示だけになるかもしれません。搬入後の最終確認がございますので」

 

「さっきまで、すごい自信だったのに」

 

「自信と、確認を省いてよいかは別です」

 

 セセリアは端末を取り出すと、わざとらしく私を見た。

 

「申請するなら、普通に出してね。あたしに口で言ったら通る制度、ないんで」

 

「存じております」

 

「ロウジも、見たいからって検査を甘くしないように」

 

「しませんよ」

 

「真面目な人ばっかりで、秘書は安心だね」

 

「セセリアも、その一人ですよ」

 

「そこ、勝手に増やさないで」

 

 笑いながら二人を見送り、扉が閉まってから手元の端末を開いた。

 

 最終確認は、既に終えている。

 

 私はその結果を見つめた後、画面を閉じた。終わっていないとは言わなかった。けれど、セセリアがそう受け取るように話したことは、分かっていた。

 

 私の記憶では、オープンキャンパスの最中に、この学園が戦場になる。その全容を明かすつもりはなかった。根拠を説明できない警告を受け、誰がどう動くかを、私には読み切れない。

 

 代わりに、私はパンドラを持ち込んだ。展示担当の社員には退避手順を伝え、避難経路と機体の搬出経路も確かめてある。

 

 プラント・クエタの時と、似た準備だった。

 

 違うのは、今回は、守りたい人が事件の起きる場所にいることだ。だから、私もここにいる。

 

 その違いが、私の判断を変えていた。

 

     

 

 

 

 

 ランブルリング当日、学園は来賓と見学者で賑わっていた。

 

 展示の説明は担当者へお願いし、私は機体脇の作業区画で、セセリアからの通信を受けていた。

 

『結局、出ないんだ?』

 

「ええ。参加は見送ります」

 

『あんなに自慢したのに。ロウジ、動くところ見たがってたよ』

 

「機会は、また用意いたします」

 

『あたしじゃなくて、そっちに約束するんだ』

 

「セセリアにも、ご覧いただきたいですよ」

 

『説明付きでしょ。知ってる』

 

 通信の向こうで、ロウジさんが開始時刻を伝えた。

 

『じゃ、仕事してくる』

 

「はい。セセリア」

 

『何?』

 

「異常があれば、すぐに連絡してください。こちらも、繋がるようにしておきます」

 

 彼女は少し黙ってから、こちらを見た。

 

『……なに?どしたの?』

 

「大切な方がお仕事中ですので」

 

『あっそ。じゃ』

 

 通信が切れた後も、私はしばらく画面を見つめていた。それからパイロットスーツの襟元を確かめ、機体へ向かった。

 

     

 

 

 

 決闘委員会のラウンジでは、セセリアが開催の案内をしていた。

 

 来賓席には、総裁の代理としてサリウス・ゼネリがいる。戦術試験区域では各社の機体が開始を待ち、周辺には見学者たちの姿もあった。

 

 案内を終えると、セセリアはマイクを下ろした。

 

「……展示だけって、ほんとかなぁ」

 

「パンドラですか?」

 

 ロウジが顔を上げる。

 

「うん。あんなに楽しそうだったのに」

 

「動かす前の確認は、大切ですから」

 

 開始の宣言が流れ、画面の中で機体が動き出した。セセリアは椅子へ腰を下ろし、頬杖をつく。

 

「さて。誰が最後まで残るかな」

 

     

 

 

 

 

 

 私はパンドラのコックピットで、中継を見ていた。

 

 周囲を映す表示には、公開されている対戦情報と、格納庫からの移動経路を並べている。機体は待機状態で、兵装の安全装置も、まだ解除していなかった。

 

 何度も試験を重ねた操縦席だ。それでも、本当に撃たれる場所へ出ることを、私はまだ知らない。

 

 操縦桿へ置いた手を、一度握り直した。

 

 画面の中では、エアリアルとファラクトへ複数の機体が向かい、チュチュさんのデミトレーナーも応戦していた。そこへラウダさんのディランザが割り込み、エアリアルへ接近していく。

 

 私は、画面から目を逸らさなかった。

 

     

 

 

 

 

 

 最初の異変を見た時、セセリアは、それを決闘の中の出来事として理解しようとした。

 

 見慣れない機体が割り込み、ラウダのディランザが攻撃を受ける。続いて放たれたビームは構造物を貫き、その先まで伸びていた。

 

「……外壁?」

 

 セセリアが身体を起こすと、ハロが出力の異常と、防護機構への負荷を告げた。ロウジは機体情報を確認し、表情を変える。

 

「学園の出力制限がありません。実戦用の兵装です」

 

「管理会社は?」

 

「通報は出ています。でも、まだ対応が――」

 

 画面の中で、別の機体が撃たれた。

 

 いつもの決闘とは、壊れ方が違った。セセリアは一瞬息を止め、それからマイクを掴んだ。

 

『緊急事態宣言!ランブルリングは中止!戦術試験区域内の参加者は、直ちに退避してください!』

 

 普段の気怠げな声ではなかった。

 

『観覧中の方も、係員の指示に従って避難を!戦闘区域へ近づかないでください!』

 

 ロウジが避難案内を呼び出している間にも、モビルスーツ型の兵器が次々と動き始めた。

 

 その時、セセリアの端末が鳴った。表示されているのは、アイリスの名前だった。

 

「今、ちょっと忙しいんだけど!」

 

『分かっています。そちらは、ご無事ですか』

 

「まだね。あんたは?」

 

『格納庫です。放送を携帯端末へ切り替えて、退避してください』

 

「こっちが止めたら、案内が――」

 

『止めずに移動できるように、切り替えてください。ロウジさん、可能ですか?』

 

 静かな声だった。ロウジがこちらを見て、頷く。

 

「移動しながら送れます。端末とハロで、回線を維持します」

 

「……分かった」

 

 セセリアは携帯端末を引き寄せ、放送の切り替えを始めた。

 

「聞いた? 退避するから。あんたも、格納庫から出なよ」

 

『はい。こちらも動きます』

 

     

 

 

 

 

 展示担当者の退避を確かめ、私はパンドラを架台から離した。

 

「ブリオン寮所属、P-ANDR。緊急出庫します。搬出路から離れてください」

 

 格納庫の外から警報が響き、床を伝わって振動が届く。正面の画面では、ガンヴォルヴァが試験区域から周辺へ広がりつつあった。

 

 私は兵装の安全装置を解除し、機体を外へ進めた。

 

 射線の先には建物があり、人がいる。試験場で繰り返した射撃とは、条件が違う。

 

 避難経路を画面へ重ね、ラウンジのある区画へパンドラを向けた。

 

     

 

 

 

 

 ラウンジを出ようとしたところで、近くの着弾が窓を震わせた。

 

 セセリアは反射的に身を低くする。

 

「ロウジ!」

 

「こっちです!」

 

 携帯端末へ映った外部映像には、襲撃機が一機いた。その銃口が向いている先に、自分たちのいる区画がある。

 

 セセリアがロウジの腕を掴み、窓から離れようとした瞬間、画面を光が横切った。

 

 銃を持った腕が機体から離れ、続いて脚部から火花が散った。襲撃機は踏ん張れず、前のめりに舗装へ叩きつけられた。

 

『その通路は使わないでください。東側の階段へ』

 

「……アイリス?」

 

『はい。外へ出るまで、こちらで見ます』

 

 映像へ、白い機体が入ってきた。

 

 腰から分離した小型端末が一定の高さまで上がり、向きを変えて建物の角へ飛ぶ。昨日、見せてもらったばかりの機体だった。

 

「最終確認、残ってるんじゃなかったっけ?」

 

『必要な確認は、済んでいます』

 

「……へぇ。いつ?」

 

 返事までに、わずかな間があった。

 

『後で、お話しします』

 

 セセリアは唇を引き結んだが、問い返すより先に、ロウジが腕を引いた。

 

「行きましょう。まだ近くにいます」

 

「……分かってる」

 

 端末を持ち直し、セセリアは歩きながら放送を再開した。

 

『退避経路を変更します。東側階段から、内側の避難区画へ向かってください!』

 

 画面の中では、パンドラが建物の前へ立っていた。

 

     

 

 

 

 

 最初の一機を止めた後で、私は呼吸が浅くなっていることに気づいた。

 

 意識して息を吐き、次の機影を捉える。武器を破壊し、追撃に使う脚や推進器を止めれば、追加で撃つ必要はなかった。

 

 ただし、狙った場所へ撃てるとは限らない。射線へ人が入れば引き金を戻し、端末を別の位置へ動かした。

 

 ガンヴォルヴァの進路に合わせ、頭の中で座標を更新していく。

 

 ドラグーンは、指定した点から次の点へ、直線を描いて移動した。射撃位置で姿勢を変え、撃ち終えれば、また別の座標へ向かう。

 

 エアリアルのガンビットとは、動き方が違った。あちらは互いに呼応しながら滑らかに軌道を変え、機体を守る動きさえ、生き物の群れを思わせる。

 

 パンドラの兵装は、もっと無機質だった。直進と鋭い切り返しを繰り返しながら、それぞれの射撃位置へ向かう。私はその配置を切り替え、避難する方々の前から脅威を取り除いていった。

 

 やがて、避難区画への収容を示す表示が一つ増えた。セセリアとロウジさんが、そこへ入ったのだ。

 

『アイリス』

 

 通信が入り、私はすぐに応答した。

 

「はい。ご無事ですか?」

 

『入った。ロウジも一緒』

 

「……よかった」

 

 ようやく、操縦桿を握る力が少し緩んだ。

 

『で、あんたは?』

 

「周辺の脅威を確認しています」

 

『一人で全部やろうとしてないでしょうね』

 

「そのつもりは――」

 

『だったら、こっちにも情報回して。避難する人が残ってるなら、案内するから』

 

 私は把握している位置情報を送った。通信の向こうで、セセリアがロウジさんへ確認している。

 

 それから、少し声を落とした。

 

『嘘ついた分の話は、帰ってからね』

 

「……はい」

 

『帰ってこないと、聞けないんだけど』

 

「帰ります。必ず」

 

『そう。じゃ、今はそれでいい』

 

 回線が避難案内へ切り替わった。私はその声を聞きながら、次の機影へ視線を向けた。

 

     

 

 

 

 

 

 

 負傷者を運んでいるという通信を受けたのは、それから間もなくだった。

 

 画面の中に、チュチュさんのデミトレーナーが映っていた。近くにはディランザがいて、負傷したラウダさんを運ぼうとしている。

 

 そこへ向かえば、セセリアのいる区画から離れる。

 

 私は二つの位置を見比べた。彼女の入った避難区画は閉鎖され、今は安全が確保されていた。

 

 すべてを救うとは、決めていない。だからといって、目の前の救援要請を無視すると決めたわけでもなかった。

 

「こちら、P-ANDR。退避経路を送ります。その交差点へは出ないでください」

 

 パンドラを前へ進め、建物の間を抜けると、デミトレーナーへ銃口を向けるガンヴォルヴァが見えた。

 

「伏せてください!」

 

 通信を入れると同時に左腕を上げる。複合兵装防盾へ射撃を受け、機体が横へ押された。警告音を聞きながら姿勢を戻し、小型ドラグーンを敵の側面へ走らせた。

 

 指定した位置へ届いた瞬間に旋回させ、銃を持つ腕を撃つ。ライフルごと前腕が落ちたところへ、別の端末から膝を撃ち抜くと、敵機は踏ん張る力を失って沈んだ。

 

『助かった! 誰だか知らねえけど!』

 

「コズミック・シードのアイリスです。お怪我は?」

 

『あんたかよ!?』

 

「お話は後で。そこから右へ退いてください」

 

 チュチュさんは一瞬こちらを見たが、すぐに機体を動かした。

 

『そいつ、学園に持ってきたばっかのやつだろ! 動かして平気なのかよ!』

 

「はい」

 

『だったらいいけどよ!』

 

 デミトレーナーがディランザの脇へ戻る。私は二機を守れる位置へ移り、退避する方向へ頭部を向けた。

 

 その時、複数の機影が、こちらへ進路を変えた。

 

     

 

 

 

 

 

 

「……あの白いの、邪魔だね」

 

 ルブリス・ウルのコックピットで、ソフィは表示を睨んでいた。

 

 ガンヴォルヴァの信号は残っているが、何機かは既に武器や移動手段を失っていた。学生たちを追わせようとしても、あの機体が間へ入り、攻撃を止めている。

 

『ソフィ、作戦中追わない』

 

 ノレアの声が入った。

 

「分かってるよ。それにぃ、お姉ちゃん、まだ遊んでくれるみたいだし」

 

『あれが自由に動き回れば、作戦の邪魔になる』

 

「じゃ、止めとけばいいじゃん」

 

 ソフィはガンヴォルヴァの割り当てを変え、ノレアも同じ標的を指定した。

 

 計四機が、学生を追う進路から外れる。パンドラを挟み込むように広がっていくのを見届け、ソフィは目の前のエアリアルへ意識を戻した。

 

「そっちの相手、お願いね」

 

     

 

 

 

 

 

 四機とも、パンドラを狙っていた。

 

 こちらが動けば、相手も進路を修正する。退避する機体を追うためではない。

 

 背後では、チュチュさんたちが、まだ遮蔽物へ入り切らずにいた。

 

『おい!四機来てんぞ!』

 

「確認しています。そのまま退避を」

 

『一人で――』

 

「離れてください」

 

 正面の一機が撃った。

 

 パンドラを右へ滑らせると、その先へ側面の一機が銃口を向けた。別の一機は高所へ上がり、残る一機が低い位置から距離を詰めてくる。

 

 逃げる方向を絞られている。私は背後の退避経路を画面の端へ置き、四機へ意識を向けた。

 

 十一基を、一斉に分離させる。

 

 腰から離れた六基が低く左右へ抜け、背面の五基が上方と前方へ散った。噴射の光が空間に短い直線を描き、指定した座標へ達した端末から、鋭く方向を変えていく。

 

 正面の敵へ大型一基と小型二基を向け、側面の一機は大型二基で挟む。高所へ上がった敵には小型三基を送り、最後の三基を、低く迫る機体の左右へ振り分けた。

 

 母機へ向いていた銃口の一つが、前へ出た大型ドラグーンを追う。別の敵も、側面へ抜ける小型端末へ向き直った。

 

 相手が動くたび、私は次の座標を指定した。照準を避ける端末と、射線を取る端末を入れ替えながら、四機それぞれの武器と駆動部を捉えていく。

 

 チュチュさんたちは、射線の外へ出ていた。

 

 四機が攻撃へ移る、その直前に、私は引き金を引いた。

 

 紫がかった光が、異なる角度から走った。

 

 正面の一機はライフルと膝を撃ち抜かれ、側面の一機は前後から武器と推進器を貫かれた。高所の敵も、右腕と脚部を同時に失って姿勢を崩す。

 

 低く迫っていた最後の一機には、小型端末三基の光が集中した。武器の基部、腰部の駆動系、背部の推進器が砕け、機体は踏み込む勢いのまま前へ倒れた。

 

 四機の銃口が、ほとんど同時にこちらから外れた。

 

 私は射撃を止めた。落下する機体の下に人がいないことを見届け、ドラグーンを呼び戻す。

 

 舞い上がった粉塵の向こうに、動こうともがく機体が見えた。しかし、武器も移動手段も失った以上、追ってはこられない。

 

     

 

 

 

 

『……マジかよ』

 

 チュチュさんの声が聞こえた。デミトレーナーの頭部が、倒れた四機を見渡している。

 

『四機、いっぺんに……』

 

「そのまま退避してください」

 

『今の、全部あんたが動かしたのか?』

 

「ええ」

 

 短く答えて、私はパンドラの向きを変えた。

 

 チュチュさんは少し黙った後、低く息を吐いた。

 

『とんでもねえもん、持ち込んでやがったな』

 

「今日は、それが役に立ちました」

 

『……おう。助かった』

 

 今度は、彼女も言い返さなかった。デミトレーナーが前へ出ると、私はその後ろへパンドラをつけた。

 

     

 

 

 

 

 

 避難区画で映像を見ていたロウジが、端末へ顔を近づけた。

 

「……四機、同時に対応?」

 

 セセリアも画面から目を離せずにいた。

 

 敵が迫った時には、下がれと言いかけた。その直後、パンドラの周囲へ兵装が散り、四機がまとめて崩れたのだ。

 

「十一基の端末も、個々に動いているように見える……」

 

 ロウジの指が画面の上で止まった。

 

「まさか……AI主導じゃ、ない?」

 

「どういうこと?」

 

 セセリアが顔を向けても、ロウジは映像を見つめたままだった。

 

「いや、そんなことって……パーメット無しで?」

 

「ロウジ、どういうことー?」

 

 声を重ねられ、彼はようやく顔を上げた。

 

「すみません。細かな制御をAIが補助しているのは、説明されたとおりだと思います。でも、誰が端末の配置を決めているのかは、別の話で……」

 

 ロウジは、四機が接近してきた時の位置を指した。

 

「僕は、操縦者が標的や攻撃方針を決めて、AIが配置を組み立てているんだと思っていました」

 

「違うの?」

 

「分かりません。ただ、今のは、操縦者が端末ごとの行き先まで決めているように見えます」

 

「つまり、アイリスが?」

 

 ロウジは、慎重に頷いた。

 

「端末を見て敵が向きを変える。その瞬間に、別の端末が射線を取る。そういう細かな変更が、四機それぞれに対して起きています。機体を動かしながら、その全部を把握しているとしたら……」

 

 言葉が途切れた。

 

 画面の中では、パンドラが退避する二機へ歩調を合わせていた。先ほどの射撃も、それを守るために行ったものだった。

 

「普通に操縦するだけでも、そんな余裕はないはずです」

 

 セセリアはしばらく黙り、白い機体を見つめた。それから、通信表示へ指を伸ばす。

 

「帰ったら、本人に聞いて」

 

「……はい」

 

 ロウジが頷いたのを見て、セセリアは通信を開いた。

 

「アイリス」

 

『はい』

 

「無事?」

 

『はい。怪我はありません』

 

「そう」

 

 そこでようやく、息を吐けた。

 

「昨日、自慢してた意味は分かった」

 

『ご覧になっていたのですか』

 

「四機まとめて倒したら、目立つでしょ。宣伝、しなくてよかったねぇ」

 

『そのつもりで撃ったわけではありませんが』

 

「知ってる」

 

 画面の中で、パンドラが周囲へ頭部を巡らせる。セセリアは少し声を落とした。

 

「ロウジ、質問増えたって」

 

『それは、楽しみですね』

 

「帰ってからだよ」

 

 わずかな間を置き、返事が来た。

 

『……はい』

 

 セセリアは回線を切り替えた。避難の案内は、まだ続いていた。

 

     

 

 

 

 

 

 

 やがて、襲撃側の動きが変わった。

 

 遠方の機体が進路を変え、こちらから離れていく。私は追わず、負傷者を運ぶ二機の退避を優先した。

 

 別の画面では、複数のガンヴォルヴァが、それまでとは異なる動きを見せ始めていた。エアリアルのいる方向へ機首を向ける姿に、記憶の中の出来事が重なる。

 

 だが、その先を確かめるために近づく理由はなかった。チュチュさんたちが避難区画へ通じる角を曲がるのを見届け、私もパンドラを下げた。

 

 大きな射撃音が途絶えても、すぐに静かになったわけではない。警報が鳴り、煙が流れ、各所から救援要請が届いていた。

 

 私は帰投に支障がないことを確かめ、セセリアへ通信を繋いだ。

 

「聞こえますか」

 

『聞こえてる。こっちの避難区画は、全員無事』

 

「ありがとうございます。こちらも、帰投します」

 

『途中で、仕事増やさないでよ』

 

「必要な対応があれば、連絡はいたします」

 

『そう。じゃ、勝手に一人で決めないこと』

 

「承知しました」

 

 少しの沈黙の後、彼女が言った。

 

『説明の続き、聞いてあげるから』

 

「いえ。大変、ありがたいお話です」

 

 通信の向こうで、セセリアが少し笑った。

 

『その後で、あたしの話も聞いてもらうからね』

 

 私は目を伏せた。

 

 嘘をついたことも、黙って危険な場所へ出たことも、きっと尋ねられるだろう。それでも、帰った後の約束があることが、今は嬉しかった。

 

「はい。伺います」

 

『じゃ、待ってる』

 

 通信が切れ、私は操縦桿へ手を置き直した。

 

 四機を止めた瞬間より、セセリアから無事だと返事が届いた時の方を、はっきり覚えていた。守れたものはある。守れなかったものも、これから知らされるのだろう。

 

 それを確かめる前に、勝ったとは思えなかった。

 

 私はパンドラの向きを変えた。

 

 今は、帰らなければならない。説明を待っている方と、お説教を用意している方がいるのだから。

 

 

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