水星の魔女 ~もう一輪の百合の花~ 作:一般通過クルーゼさん
私たちがミオリネさんと会ったのは、スレッタさんとの再会を終え、彼女が身支度を整えてからだった。
案内された部屋へ入ると、ミオリネさんは端末から顔を上げた。髪は梳かれ、服も着替えている。襟元まで整えられた姿は、以前お会いした時と変わらなかったが、目元には疲れが残っていた。
「来てたのね」
「はい。お時間をいただき、ありがとうございます」
隣にはスレッタさんがいた。
ミオリネさんが端末を置くと、彼女はその顔を見た。ミオリネさんも一度そちらへ目を向け、小さく頷く。二人の間にあった短いやり取りを見てから、私は姿勢を正した。
「パンドラも、こっちに?」
「はい。グストンさんからの協力要請を、お受けしました」
「聞いてる」
ミオリネさんは私へ向き直った。
「それで、私に話があるんでしょ」
「……はい。あの時のことを、お話ししたく存じます」
彼女は少し黙ってから、スレッタさんへ顔を向けた。
「先に行ってて。後で合流する」
「あ、はい」
スレッタさんは頷き、私へ一度目を向けてから扉へ向かった。セセリアも、その後へ続く前に私を見る。
「待ってる」
「ありがとうございます」
扉が閉まるのを待ち、私はミオリネさんへ向き直った。
彼女は椅子へ腰を下ろし、向かいの席を示した。けれど、私は座る前に頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
返事はなかった。
顔を上げると、ミオリネさんは膝の上へ置いた手を見ていた。私はそのまま、言葉を続けた。
「貴女を監視していたこと。そして、そのことを責められた際、自分を正当化するために、貴女を傷つける言葉を重ねたことを、謝罪いたします」
彼女の指が、僅かに動いた。
「初めは、忠告のつもりでした。ですが、途中からは違いました。貴女だけが私を責める側にいることに、耐えられなくなったのです」
あの時の彼女の顔を覚えている。
傷つけていると分かるたび、私は言葉を緩めるのではなく、さらに重ねた。貴女も同じだと認めさせられれば、自分がしたことの重さまで変わるような気になっていた。
「貴女がスレッタさんを守るために、嫌われる覚悟で動いていたことは知っていました。それでも、お二人の関係を持ち出しました。貴女の判断を問い直すためではなく、私だけが責められることから逃れるために」
ミオリネさんの口元が、少し動いた。
笑ったのだと気づくまで、間があった。
「……あんたの言うとおりになったわ」
低く、乾いた声だった。
私は黙って続きを待った。
「スレッタのためだって、勝手に決めて。エアリアルから降ろして、私からも離して。あの子がどうしたいかなんて、聞かなかった」
膝の上で、彼女の手が握られた。
「地球へ行けば、話せると思った。交渉できると思った。そして自分が総裁になるんだって。そしたらスレッタの夢を守れるって……」
机へ置かれた端末の画面は、既に暗くなっていた。ミオリネさんはそこへ目を落とし、薄く口元を上げた。
「それで、あの街をあんなふうにして。スレッタも傷つけて。プロスペラを止めるどころか、こっちが利用されてた」
彼女はようやく顔を上げた。
「……これで満足?」
問いかける声に、棘はなかった。
私の返事を待って争うつもりもないようだった。その疲れた笑い方を見ながら、私は唇を結び、一度息を吸った。
「ミオリネさん。貴女は、満足なのですか?」
彼女の口元から、笑みが消えた。
私は言葉を足さず、その顔を見ていた。
やがてミオリネさんが目を伏せる。
「……そんなわけ、ないでしょ。
私が余計なことをしなければって、何度も考えた。スレッタを傷つけて、地球でも、あんなことになって」
彼女は自分の指を包み、ゆっくり握った。
「でも、何もしないで、あの子をプロスペラの言うとおりにさせておけばよかったかって聞かれたら、それも嫌なのよ」
声が少し掠れた。
「戻れたって、あの子を離そうとはすると思う。あの時、私に分かってたことだけで、もう一度決めろって言われたら……」
言葉が途切れた。
私はその先を待った。
ミオリネさんはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を漏らした。
「ほらね。あんたと一緒だったわよ」
今度の笑いは、先ほどより短かった。
私は目を逸らさなかった。
「ええ」
彼女の視線が、こちらへ戻る。
「私も、父上と皆さんに研究を続けていただきたかった。会社を守るために、もう一度同じ条件を示されたなら、簡単には別の答えを選べないと思います」
監視していたことを謝りながら、それでも、あの時の取引をすべて捨てるとは申し上げられなかった。
ミオリネさんが目を細めた。
「……だったら」
「それでも、貴女を傷つけてよかったことにはなりません」
私は彼女を見たまま答えた。
「選んだ理由を、なかったことにはできません。ですが、そのために何をしてもよかったとは、申し上げられません」
ミオリネさんは何も返さなかった。
会社を守りたかったことも、彼女を傷つけたことも、どちらも私のしたことだった。片方を示せば、もう片方が消えるわけではない。
私はもう一度、頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
長い沈黙の後、ミオリネさんが息を吐いた。
「……許してないから」
「はい」
「謝られたら、もういいって言わなきゃいけないわけじゃないでしょ」
「ええ」
「監視のことも、別よ。何を調べて、誰に渡したのか。ちゃんと説明してもらう」
「承知しております」
私の返事を聞くと、彼女は向かいの椅子へ目を向けた。
「座って。見上げてるの、疲れる」
腰を下ろすと、机を挟んで視線の高さが揃った。
ミオリネさんは背もたれへ身体を預けたが、すぐには話さなかった。私も待った。先ほど扉を出ていったスレッタさんの顔を思い出していた。
今、彼女はどのような気持ちで、ミオリネさんを待っているのだろう。
「それでも、貴女は前に進むのでしょう?」
ミオリネさんが私を見た。
「……あの子が、来たからね」
膝へ置かれていた手が、少し緩んだ。
「私が何をしたか知って、それでも、ここまで来た。自分で決めて来たって、言ったのよ」
彼女は一度、目を閉じた。
「だから、今度は聞く。あの子がしたい望みを」
私は小さく頷いた。
父上と社員の皆さんは、研究を続けたかった。私は、それを支えたかった。
スレッタさんには、やりたいことがあった。ミオリネさんは、彼女がそれを望める未来を守ろうとした。
私は、パンドラでエアリアルに挑んでみたかった。セセリアは行かないでと言い、それでも最後には、私を止めなかった。
膝の上へ置いた手に目を落とす。昨夜、彼女が握っていてくださった手だった。
「愛する方が進みたいと仰るなら、進ませてさしあげたくなるのですね」
ミオリネさんが、僅かに眉を寄せた。
「あんた、送り出す側みたいに言うのね」
私は少し黙り、それから頷いた。
「……今回は、私が送り出される側です」
「セセリア?」
「はい。止められました」
「でしょうね」
短い返事だった。
私は彼女へ視線を戻した。
「私たちは、もしかしたら似た者同士なのかもしれませんね」
「一緒にされたくないけど」
「……はい」
「でも、あの子のためだって言ってる時に、あの子より自分の考えを信じてたのは、確かよ」
ミオリネさんは背もたれから身体を起こした。
「だから、次は違うことをする」
私は彼女を見た。
先ほどまで膝へ置かれていた手が、机へ移る。指先が一度開き、それから揃えられた。
「アイリス」
「はい」
「スレッタに、力を貸して」
私は背筋を伸ばした。
「あの子が、自分で行きたいって決めたの。エリクトとも、お母さんとも、話したいって」
ミオリネさんは私を見ていた。
「キャリバーンのことも聞いた。あの子が乗るなら、少しでも負担を減らしたい。でも、私じゃ外で戦えない」
言葉が切れた。
彼女の指先が、机の表面を僅かに押した。
「あんたのこと、許してない。だからって、頼まないで済ませたくもない」
ミオリネさんが立ち上がった。
私も立とうとしたが、彼女が小さく首を振ったので、そのまま待った。
机を挟んで、彼女は一度唇を結んだ。
それから、私へ頭を下げた。
「お願い。あの子がエリクトと話せるところまで、道を開けて」
いつもと同じ声だった。
けれど、私の知っている彼女は、私にこうして頭を下げたことなどなかった。
「承知しました」
ミオリネさんが顔を上げる。
「スレッタさんがエリクトさんのもとへ辿り着けるよう、パンドラと、私の力を尽くします」
その目を見て答えた。
彼女はしばらく私を見つめていたが、やがて、机へ添えていた手を離した。
「……ありがと」
私は頭を下げ、その言葉を受け取った。
「戻りましたら、監視についても、改めてご説明いたします」
「ええ。聞くから」
「はい」
ミオリネさんは端末を取り上げたが、すぐには画面を開かなかった。
「説明する人が帰ってこなかったら、困るでしょ」
私は彼女を見た。
ミオリネさんも、こちらを見ていた。
「スレッタだけじゃない。あんたも帰ってきて」
「はい」
私は深く頷いた。
部屋を出ると、セセリアが顔を上げた。
何も尋ねず差し出された手へ、私は指を添えた。後から出てきたミオリネさんは、私たちを一度見て、自分の端末を開く。
「私は、やることがあるから」
「はい。お時間をいただき、ありがとうございました」
彼女は短く頷き、廊下の先へ歩いていった。
その背中を見送ってから、セセリアが私の手を握った。
「話せた?」
「ええ。帰ってから、説明しなければならないことも残っています」
「ふうん」
彼女は私の顔を覗き込んだ。
「じゃ、ちゃんと帰らないと。謝り逃げになっちゃうよ」
「……はい」
私はその手を握り返した。
キャリバーンの起動試験には、立ち会った。
パーメットスコアが引き上げられるにつれ、通信に乗るスレッタさんの呼吸が変わっていった。苦痛を堪える声が聞こえ、私は無意識に手を握った。
機体の状態を示す数値の隣には、操縦者へかかる負荷が表示されている。私はその両方を見ていた。
やがて、必要なスコアへの到達が告げられた。
周囲から息を吐く音が聞こえた。通信の向こうでは、スレッタさんが呼吸を整えている。
私は画面から目を離せなかった。
耐えられるからといって、その時間を長くしてよいわけではない。
自分の端末を開き、パンドラの準備状況を確かめる。母機も、全十一基のドラグーンも、確認を終えていた。
その表示を閉じてから、私はようやく握っていた手を開いた。
コズミック・シードの宇宙艇へ移ったのは、出発の準備がひと通り整ってからだった。
乗り込むと、学園の格納庫で聞き慣れた声が迎えてくれた。
「代表代理、お待ちしていました」
「お待たせしました。皆さんも、ありがとうございます」
通路の先にいた父上は、私を見るなり手を振った。
白衣の代わりに、船内用の作業着を着ている。胸元には、研究室で使っているものと同じ筆記具が差してあった。
「父上」
「いらっしゃい、アイリス。セセリアさんも」
父上は私たちの顔を順に見て、少し笑った。
「直接、お祝いを言えるのを待っていましたよ」
隣で、セセリアの足が止まった。
「……通信で、もう言っていただいたんですけどぉ」
「ええ。でも、直接なら、二人の顔が一度に見られますから」
楽しそうに返され、セセリアが私を見た。
私は一度彼女の手を握り直してから、父上へ向き直った。
「改めて、ご報告いたします。セセリアと、婚約しました」
口にすると、顔が熱くなった。
隣からも、小さな声が続く。
「……しました」
父上は満足そうに頷いた。
「はい。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「詳しいお話は、帰ってからですね。今始めると、機体の確認より長くなりそうですから」
「お父様が聞きたいこと、どれだけあるんですかぁ……」
「それは、話してみませんと」
セセリアが顔を逸らした。その耳まで赤くなっているのを見て、私もつられて視線を落とす。
父上はしばらく私たちを眺めていたが、やがて私の肩へ手を置いた。
「それで、いよいよですね」
「はい」
「楽しみですか」
私は父上を見た。
セセリアの指が、僅かに動いた。
「……はい。楽しみです」
「ええ。僕もです」
返事はすぐだった。
父上は格納庫へ目を向けかけ、それから私へ視線を戻した。
「怖い方は?」
私は少し考えた。
「あります。帰れなければと考えると、以前よりも、ずっと」
肩へ置かれた手が、一度だけ動いた。
「僕も、機体の状態だけ見ていればよいわけではなくなりましたから」
父上は私の顔を見た。
「確認したいところが、増えました」
私は少し笑った。
「……ご心配をおかけします」
「ええ。ですから、帰ってきたら、機体と一緒に診せてください」
「私も、ですか」
隣で、セセリアが小さく息を吐いた。
「そこ、娘さんの顔が見たいって言ってもいいんですよ」
「今、そう言ったつもりでしたけれど」
父上は僅かに首を傾げた。
私は肩へ置かれた手に、自分の手を添えた。
「はい。戻りましたら、伺います」
「ええ。待っています」
父上は頷き、それから今度こそ格納庫へ顔を向けた。
格納庫には、パンドラとミーティアが並んでいた。
大きな砲身を目で辿り、支持部と接続箇所へ視線を移す。パンドラの白い装甲には、学園での戦闘による傷が残っていなかった。
交換された部品を見上げていると、主任技術者が端末を差し出した。
「点検結果です。全十一基、使用可能。予備の端末も準備してあります」
「ありがとうございます」
「ミーティアとの接続も、予定どおりです。代表から追加の確認が入りましたが」
私は父上を見た。
父上はパンドラを見上げていた。
「……後で伺います」
「説明なら、いくらでも」
嬉しそうに返され、セセリアが小さく笑った。
記録へ目を通してから、私は皆さんへ向き直った。主任の隣には推進系を担当する中堅の女性がいて、少し離れた位置では若い男性整備員がドラグーンの架台を確認している。
作業台の前にいたベテランの男性と、資料を持った年配の女性も、顔を上げた。
会社が苦しかった頃から、私の考えたものを形にしてくださった方々だった。
「皆さん」
私は端末を下ろした。
「ここまで、ありがとうございます。パンドラも、ミーティアも、私一人では形にできませんでした」
主任が小さく頷いた。
私は背後の機体を見上げる。
設計どおりに動かなかった箇所も、何度も作り直していただいた部品も、その中へ収まっていた。
「皆さんが作ってくださったものを、使ってきます」
「どうぞ」
主任が穏やかに答えた。
「そのために、仕上げましたから」
隣の女性が腕を組み、少し笑った。
「壊したところは、ちゃんと帰ってから教えてください。直す方にも、事情は必要ですからね」
「はい」
「できれば、パンドラの方は実物も持って帰ってくださいよ」
若い男性が顔を上げた。
「努力いたします」
「そこは、お願いします」
私は頷いた。
ベテランの男性が、機体の脚部へ手を置いた。
「別に乗り捨てても構わん。パイロットが無事に戻ってくれれば技術者冥利だ」
「……はい」
年配の女性は、機体ではなく私を見ていた。
「身体の方も、きちんと見てくださいね。機体が動くから、操縦できるからと、自分まで平気なことにしないように」
キャリバーンの試験中に聞いた呼吸が、耳の奥へ戻った。
「承知しました」
彼女は私の顔を確かめてから、セセリアへ視線を移した。
「では、こちらは、お預かりしています」
「……あたし、預けられる荷物じゃないんですけどぉ」
「では、一緒に待ちましょうか婚約者どの」
穏やかに返され、セセリアは言葉に詰まった。
主任は端末へ目を戻していたが、口元が緩んでいる。推進系の女性も、学園の格納庫で見た時と同じように笑みを深めていた。
若い男性が何か言いかけたところで、セセリアがそちらを見た。
彼は口を閉じ、ドラグーンの架台へ向き直った。
私は彼女の手へ触れた。
セセリアは私を一度見てから、その手を握った。
着替えと最終確認を終え、ヘルメットを抱えて格納庫へ戻った。
機体へ向かう途中で、セセリアが待っていた。パイロットスーツを上から下まで眺め、それから、抱えていたヘルメットへ目を落とす。
「いよいよだね」
「はい」
私は彼女の前で足を止めた。
近くでは整備班が最後の作業を続け、父上も少し離れた場所にいた。セセリアはそちらを一度見てから、私へ向き直る。
「長く待てるほど、気長くないよアタシ」
私は返事をせず、彼女を見た。
セセリアが手を伸ばし、スーツの胸元へ触れた。整えるほどの乱れはなかったが、その指先はそこを撫で、少し止まった。
「帰ったら、最初に会うって言ったよね」
「覚えています」
「お父様が先に捕まえて、機体の話始めても?」
「貴女のところへ、参ります」
「よろしい」
いつものように言って、彼女は口元を上げた。
けれど、その笑顔は長く続かなかった。
胸元へ置かれた指が、布を摘まむ。セセリアは一度目を伏せ、小さく息を吐いてから、もう一度顔を上げた。
今度は、先ほどよりもはっきり笑っていた。
「似合ってるよ、代表代理様」
少し明るすぎる声だった。
私はその顔を見つめた。口元は笑っているのに、眉が下がったままだった。次の言葉を出す前に、一度唇を結んでいる。
「セセリア」
「何?」
「無理に、笑っていただかなくても」
「無理くらい、させてよ」
彼女は笑顔のまま答えた。
私は口を閉じた。
「行ってほしくないって、もう言った。今も、そう思ってる」
スーツを摘まむ指へ、少し力がこもった。
「でも、ここでまた引っ張ったら、アンタ、いつまでも行けないでしょ」
「……はい」
「笑って送り出したいくらいは、あたしにもあるんだけど」
私はヘルメットを近くの台へ置き、彼女の手を両手で包んだ。
「ありがとうございます」
「うん」
返事の後で、彼女の笑顔が少し崩れた。
私はそっと身を寄せた。
セセリアは退かず、背中へ腕を回してくれた。胸元へ額が触れ、握っていた手が私の脇へ回る。
「今、甘えるんだ」
「今も、です」
「ほんと、欲張りだねぇ」
彼女の声を近くで聞きながら、肩へ頬を寄せた。
昨夜と同じ温かさだった。
スーツ越しで、触れる場所も少ない。それでも、背中へ回された腕の力が分かった。
「……帰ってきてね」
その声を聞いてから、私は身体を離した。セセリアの目が、私の顔を確かめるように動く。
「本当に、帰ってきてよ」
「帰ってきます」
私は彼女を見つめた。
「まだ、お約束の続きがございますから」
頬が僅かに赤くなった。
「……覚えてるなら、いいけど」
彼女の手が首元へ添えられた。
私は顔を近づけ、そっと口づけた。
短く触れて離れると、セセリアは赤い顔のまま私を見ていた。
「続きは、帰ってから」
「はい」
「今の、皆さんにも見られてるからね」
私は瞬きをした。
顔を向けかけると、胸元を軽く押される。
私は彼女を見て、笑った。
セセリアも笑い返した。
今度の笑顔にも、不安は残っていた。それでも彼女は胸元から手を離し、一歩だけ横へ退いた。
機体へ向かう道が空く。
私はヘルメットを取り、彼女へ向き直った。
「行ってまいります」
セセリアは唇を結び、一度頷いた。
それから、もう一度、口元を持ち上げた。
「うん。いってらっしゃい」
声の最後が、少し震えていた。
私はその顔を見て、深く頷いた。
昇降用の足場へ上がる前に、父上へ向き直った。
父上は私の顔を見ると、何も言わずに両腕を広げた。私は少し迷い、それから、その胸へ身を寄せた。
幼い頃から知っている抱き方だった。
何かできた時も、できなかった時も。自分から近づけば、父上はこうして受け止めてくださった。
「……行ってきます。父上」
「はい。いってらっしゃい、アイリス」
背中へ回った手が、一度だけ私を抱き締めた。
「はい」
身体を離すと、父上は笑っていた。
私は頷き、足場へ向かった。
乗り込む前に振り返ると、セセリアと目が合った。彼女は私を見たまま、手を上げる。
私も手を上げた。
コックピットへ座ると、見慣れた表示が順に立ち上がった。
身体を座席へ固定し、整備班からの報告を聞きながら、機体各部の反応を確かめる。背部と腰部の接続表示が揃い、十一基のドラグーンが待機状態へ移った。
ミーティアとの接続欄は、まだ空いていた。
その表示を脇へ送り、母機の確認を続ける。右腕のユーディキューム、左腕の複合兵装防盾、推進系統、姿勢制御。いずれも正常だった。
キャリバーンの位置が示される。その向こうには、クワイエット・ゼロがあった。
ミオリネさんたちが内部へ向かうために、私たちは外で敵を引き受ける。
進路を確かめ、スレッタさんへ通信を繋いだ。
「こちらパンドラ。準備できています」
『はい。こちらも、大丈夫です』
返ってきた声に耳を澄ませた。起動試験の時に聞いた、苦しげな呼吸を覚えている。
「先に出撃します。私が呼んだら、エリクトさんのところへ」
『お願いします!』
「ええ」
私は正面へ視線を戻した。
外部映像へ切り替えると、格納庫の足場が映った。
父上とセセリア、そして機体から離れて待つ皆さんの姿がある。セセリアはこちらを見上げていた。
カメラを向けると、気づいたように手を上げる。唇が動き、それから、また笑った。
先ほどと同じように、一度唇を結んでから作った笑顔だった。
私はその顔を見つめ、操縦桿へ手を添えた。
個別回線を開く。
「セセリア」
『……何?』
「行ってきます」
『いってらっしゃい』
格納庫の扉が開いた。
開口部の向こうへ機体を進める。足場に立つ人たちが遠ざかり、やがて視界の端へ移った。私は一度だけその姿を確かめ、正面へ視線を戻した。
「アイリス・シード、パンドラ。出ます!」
ちなみにAI曰く、長い口づけと首筋へのマーキングは、性的描写らしいです。初心ですね。まだまだ人類にはほど遠いのかもしれません。