水星の魔女 ~もう一輪の百合の花~ 作:一般通過クルーゼさん
決闘が始まった。
正確には、決闘委員会による立ち会いと、双方の合意を確認する手続きが進められていた。
立会人を務めるシャディク先輩が、通信越しにグエル先輩へ確認を取っている。ところが、対戦相手の機体に搭乗していたのは、申請されたスレッタ・マーキュリーではなかった。
ミオリネ・レンブラン。
彼女が機体を動かしていると知ったとき、ラウンジには小さなどよめきが広がった。
「おいおい……何をやっているんだ、あいつは」
シャディク先輩が呟く。その声には、呆れと、わずかな心配が混じっていた。
私は画面の中でぎこちなく動くエアリアルを眺めながら、小さく息を吐いた。相変わらず、無茶をする人だ。
もっとも、ミオリネ・レンブランという少女が、そう簡単に他人の言うことを聞く性格でないことは知っている。
彼女はデリング・レンブランの娘であり、ホルダーの婚約者という立場を押し付けられた当事者でもある。だからこそ、自分の意思で決着をつけようとしたのだろう。
その気持ちは理解できる。ただし、気持ちだけでモビルスーツは動かせない。
グエル先輩が対戦相手の変更を了承し、決闘が始まる。
エアリアルの性能をもってしても、操縦技術の差までは埋められなかった。グエル先輩のディランザは、ミオリネの攻撃を難なく捌き、圧倒的な操縦技量でエアリアルを追い詰めていく。
「まあ、こうなりますよね」
私の呟きに、セセリアが顔を向けた。
「冷たいねー。お知り合いなんでしょ?」
「だからといって、勝てると申し上げるわけにもいきません」
「そりゃそうだけど。もうちょっと応援してあげてもいいんじゃない?」
「応援で勝てるのでしたら、いくらでもいたしますよ」
「正論って、時々すっごく嫌な感じするよねー」
その言葉には苦笑するしかなかった。やがて、戦況が変わる。
エアリアルの操縦席へ、スレッタ・マーキュリーが戻ってきたのだ。
グエル先輩は決闘相手の再変更を求め、シャディク先輩がこれを了承する。セセリアも委員会の端末を操作し、変更手続きを進めていた。
「まったく、忙しい決闘だねー。次は誰が乗るのかなぁ?」
「これで最後だと思いますよ」
「アンタが言うと妙に説得力あるんだよね、それ」
私は答えず、ディスプレイへ視線を戻した。スレッタが操縦を引き継いだ瞬間、機体の動きが変わった。
先ほどまでのぎこちなさが消え、エアリアルはまるで自分自身の手足であるかのように滑らかに動き始める。
姿勢制御、推進器の出力配分、重心移動。そのすべてが自然で、無駄がない。操縦者の意志と機体の動作が、ほとんど一つに溶け合っている。
そして、ついにその瞬間が訪れた。
エアリアルの背部から、十一基のビットステイヴが分離する。
ガンビット。GUND FORMATによって制御される、群体遠隔操作兵器。
私は息を呑んだ。
各ビットの配置が、驚くほど合理的だった。個々の射線が互いを妨げず、敵機の回避経路を制限しながら、次の攻撃へ滑らかにつながっていく。
単純な遠隔操作兵器ではない。従来のドローン制御とも異なる。
十一基がそれぞれ独立して動きながら、全体として一つの意志を持っているかのように振る舞う。操縦者が一つ一つの動きを指示しているとは思えないほど判断が速く、それでいて互いの連携に破綻がない。
私の頭の中で、さまざまな仮説が浮かんでは消えていく。
機体間通信の遅延はどう処理しているのか。各ビットの自律判断は、どこまで許容されているのか。操縦者の負荷を軽減するための予測制御があるとして、それだけでこの挙動を実現できるだろうか。
少なくとも、私が知るGUND FORMAT以外の技術体系では説明がつかない。
直後、ディランザの四肢が次々と切断されていく。
グエル先輩は必死に対応しようとしていたが、ガンビットの包囲網はそれを許さない。攻撃を受け止めることも、反撃に転じることもできず、ついには勝敗を決する一撃を受けた。
決着は、あまりにも鮮やかだった。
学園の頂点に立っていたホルダーが、編入初日の少女に敗れた。しかも、圧倒的な実力差を見せつけられる形で。
ラウンジが静まり返る。シャディク先輩も、ロウジも、しばらく言葉を発しなかった。
私はただ、ディスプレイを見つめていた。
頭の中では、すでに膨大な情報が組み上がり始めている。ビットの制御方式、機体間通信、運動予測、戦術的な最適化。そして、どうすればアレに対処できるか。
考えれば考えるほど、興味が尽きない。
「アイリス」
隣から声がした。
「アイリスってば」
「はい?」
振り向くと、セセリアが呆れたような顔でこちらを見ていた。
「顔」
「顔、ですか?」
「すっごい顔してる」
「どういう意味でしょう?」
「んー、なんていうか……好きな人でも見つけた?」
「似たようなものですね」
「うわ、否定しないんだ」
「ええ。素晴らしいものを見ましたから」
「はいはい、出ました。お嬢様の技術馬鹿」
セセリアは肩をすくめ、私の頬を指先で軽くつついた。
「アンタ、ほんっと分かりやすいよね。普段は何考えてるか分かんない顔してるくせに、こういうときだけ子供みたい」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。今なら何か高いものねだっても買ってくれそう」
「それとこれとは別ですよ」
「ちぇっ。残念」
彼女は大げさに唇を尖らせた。私は思わず笑ってしまう。
「セセリアは、私のことをよくご存じですね」
「そりゃ、これだけ付き合ってればねー。嫌でも覚えるっての」
「嬉しいです」
「そこ、喜ぶとこ?」
「ええ」
セセリアは何か言いかけ、結局、呆れたように笑った。
「ま、アンタが楽しそうならいいけどさ」
その言葉が、妙に温かかった。
「GUND-ARM……ガンダム」
不意に、エラン・ケレスの声が響いた。その言葉に、ラウンジの空気が変わる。
この世界において、その名は単なる機体の分類ではない。
オックス・アース。ヴァナディース機関。かつて狩られた魔女たち。そして、禁忌とされた技術。
人間と機械を接続するその技術は、人体に深刻な負荷を与える問題を抱えていた。かつて医療技術として生まれたものが兵器へ転用され、多くの犠牲者を生んだ。
その歴史を知る者にとって、ガンダムという名は決して軽いものではない。
シャディク先輩の表情から、先ほどまでの気安い笑みが消えていた。
「ロウジ」
「はい」
シャディク先輩の指示を受け、ロウジは傍らのハロを起動した。機体照合の結果、既存の登録情報と完全に一致するパーメット識別コードは見つからなかったらしい。しかし、彼の手が一つの古い記録の上で止まった。
「似ている機体が一つ」
ロウジの報告を聞いたシャディク先輩は、迷いなく一つの企業名を口にした。
「オックス・アースか」
「あり得ないですよ。だって、あれは……」
ロウジの言葉が途切れる。
彼が何を言いかけたのか、この場にいる者ならおおよその見当はつくだろう。
かつてヴァナディース機関を傘下に収め、GUND FORMATを用いたモビルスーツを開発していた企業。その研究施設は二十一年前に襲撃され、開発計画は歴史から葬られたはずだった。
シャディク先輩はロウジの戸惑いに答えず、画面の中のエアリアルを見据えた。
「あれが魔女のモビルスーツなら――放ってはおけないな」
私は何も言わず、画面に映るエアリアルを見つめた。
なるほど。やはりシャディク先輩は、あの機体の異質さに気付いている。
もっとも、彼が知っているのは、あくまでも過去のGUND-ARMに関する情報だ。エアリアルが何であるのか、その核心にまで辿り着いているわけではない。
それは当然だろう。あの機体の秘密は、二十一年前の事件を知っているだけで解き明かせるようなものではないのだから。
「アンタッチャブル」
シャディク先輩がこちらを見た。
「君はどう思う?」
「何についてでしょう?」
「あの機体さ。何か知っているような口ぶりだったし、なら、何か分かるんじゃないかい?」
私は少し考えた。正確には、どこまで話すべきかを考えた。
エアリアルの秘密について、私が知る情報は少なくない。しかし、その知識の出所を説明することはできないし、説明したところで信じてもらえるとも思えない。
何より、私が知っているという理由だけで、他人の秘密を暴露するつもりはなかった。
「非常に興味深い機体ですね」
「それだけ?」
「ええ。少なくとも、現時点では」
シャディク先輩は私の顔をじっと見つめた。
彼の視線は柔らかい。けれど、その奥にあるものまで柔らかいとは限らない。
グラスレー社の養子として育ち、企業間の駆け引きを間近で見てきた青年だ。私が言葉を選んでいることくらい、とうに気付いているだろう。
「君は相変わらずだね、アイリス」
「何がでしょう?」
「肝心なところを教えてくれない」
「企業秘密ですから」
「学生同士の会話でも?」
「もちろんです」
私はにっこりと微笑んだ。
「我が社は、そういう会社ですので」
「なるほど。さすがはアンタッチャブルだ」
シャディク先輩は楽しそうに笑った。その横で、セセリアが小さくため息を吐く。
「先輩も懲りないですねぇ。アイリスが素直に喋るわけないじゃないですかぁ」
「君は何か知っているのかい?」
「さあ? 私、ただのか弱い女子生徒なんで。難しいことは分かんなーい」
「便利な主張ですね」
「でしょ? アイリスも見習ったら?」
「遠慮しておきます」
彼女は笑いながら、また私の頬を指先でつついた。
「で、アンタは何を隠してるわけ?」
「何も隠していませんよ」
「うっそだー。アンタのその笑顔、絶対何か知ってるときのやつじゃん」
「疑い深いですね」
「日頃の行いってやつ?」
セセリアはそう言いながらも、それ以上は追及してこなかった。
彼女は私が何かを隠していることに気付いている。それでも、無理に踏み込もうとはしない。私が話さないと決めたことについては、いつもそうだった。
だからこそ、私は彼女の隣にいると少しだけ気が楽になる。
セセリアは肩をすくめ、残っていた菓子を口へ放り込んだ。
決闘の結果が学園中に広まり始めると、ラウンジにも次々と問い合わせが入るようになった。
ホルダーが敗北したという事実だけでも十分な騒ぎだというのに、勝利した機体にはガンダムの疑惑まで持ち上がっている。決闘委員会としても、ただ結果を承認すれば済む話ではなくなっていた。
「うわー、面倒なことになったねぇ」
セセリアはそう言いながら、端末へ届いた問い合わせを手際よく処理していた。
口では面倒だと繰り返しているものの、彼女の仕事は正確だ。決闘の結果に関する照会と、機体の技術的な疑義に関する問い合わせを区別し、委員会の権限を超えるものについては回答を保留する。
余計な約束はしない。責任の所在も曖昧にしない。
こういうところを見るたび、彼女は経営に向いていると感心する。
「セセリア。随分とお忙しそうですね」
「誰かさんが、面白い決闘になるなんて言うからねー」
「私のせいですか?」
「責任の一割くらいはあるんじゃない?」
「理不尽ですね」
「世の中、理不尽なことばっかりだよ。アンタッチャブルのお嬢様なら、よーく知ってるでしょ?」
私は苦笑した。否定はできない。
もっとも、こうして皮肉を飛ばしながら仕事をこなしている彼女の姿は、私にとってなかなか魅力的だった。
「セセリアは優秀ですね」
「急に褒めてどうしたの? 何か頼みたいことでもある?」
「純粋な感想ですよ」
「アンタがそういうこと言うと、逆に怖いんだけど」
彼女は端末から目を離さずに笑った。私はその隣へ腰を下ろし、保存した戦闘映像を開いた。
シャディク先輩には、映像の取得についてすでに了承を得ている。追加したプログラムもロウジが確認しており、問題は見つかっていない。
これなら、安心して解析を始められる。まず確認したのは、ガンビットの展開直後の挙動だった。
各ビットの軌道を抽出し、時系列に沿って並べる。次に、ディランザの回避動作と照合する。
グエル先輩は決して無策ではなかった。むしろ、初見の兵器に対して可能な限り適切に対応していたと言っていい。それでも、回避先を塞がれ、反撃の機会を与えられなかった。
あの短時間で、ガンビットはディランザの運動特性を把握し、最適な包囲を完成させている。
恐ろしいほどの完成度だ。
「本当に素晴らしいですね」
「また始まった」
セセリアが横目でこちらを見た。
「よっぽど気に入ったんだねぇ」
「ええ。あの機体は、私の想像を超えていました」
「そりゃよかったね。もしかして、私より好き?」
私は端末から顔を上げた。
「そんなことはありませんよ。妬きましたか?」
「べっつにー」
素直じゃないとしておきましょう。可愛らしいですね。
そのとき、ラウンジの大型ディスプレイに新たな映像が表示された。決闘場へ、フロント管理社の警備部隊が進入。
スレッタ・マーキュリーとガンダム・エアリアルに対する拘束命令。
先ほどまでの勝利の余韻は、一瞬で消し飛んだ。
「あーあ」
セセリアが呟いた。
「せっかく勝ったのにねぇ」
私は画面の中のスレッタを見つめた。彼女は戸惑っていた。自分がなぜ拘束されるのか、何を疑われているのか、十分に理解できていないのだろう。
しかし、ベネリットグループにとって、あの機体がガンダムである可能性がある以上、調査を避けることはできない。
それからしばらく、私はラウンジに留まった。
セセリアは委員会の仕事を続け、私はエアリアルの戦闘映像を解析する。コズミック・シードの本社にもデータを送り、私たちが目指すものを共有する。
時折、彼女が私の画面を覗き込んでは、何をしているのかと尋ねてきた。そのたびに説明するのだが、専門的な話になりすぎると、決まって途中で止められる。
「はい、そこまで。難しい話は三分までって決めてるから」
「そのような取り決めがありましたか?」
「今決めた」
「またですか」
「アンタの説明、放っておくと授業一コマ分くらい続くじゃん」
「興味深い内容だと思うのですが」
「アンタにとってはね。私は今、お菓子食べながらのんびりしたいの」
「お仕事中では?」
「だから、のんびりしたいんじゃん」
なるほど。それは確かに、理解できなくもない。私は解析を一時停止し、彼女へ顔を向けた。
「では、少し休憩しましょうか」
「おっ、珍しく話が早い」
「セセリアがそう仰るので」
「ほんっと、私には甘いよねぇ」
「そうでしょうか」
「そうだよ。ほかの人が同じこと言ったら、絶対もっと面倒くさい説明するでしょ」
否定しようとして、やめた。実際、その通りだったからだ。セセリアは私の沈黙を見て、勝ち誇ったように笑った。
「ほらねー」
「まったく、よくご存じですね」
「そりゃそうでしょ。何年の付き合いだと思ってんの?」
彼女とは、幼い頃からの付き合いだ。互いに知らないことも、隠していることもある。それでも、こうして何でもない時間を共有できる相手は、私にとって貴重だった。
私は彼女の肩へ、もう一度そっと頭を預けた。
「また?」
「ご迷惑でしたか?」
「べっつにー。今度は何分?」
「五分ほどで」
「さっきも五分って言ってなかった?」
「では、合計十分ですね」
「そういうことじゃないんだけどなー」
呆れたように言いながらも、セセリアは私を押しのけなかった。
私は目を細める。
心地よい。
何も考えず、ただこうしていられる時間。私にとっては、それだけで十分に贅沢だった。
やがて、セセリアが小さく息を吐いた。
「ねえ、アイリス」
「はい?」
「アンタさ、あの編入生のこと、前から知ってたの?」
私は少しだけ目を開いた。
「どうしてそう思われるんですか?」
「だって、タイミング良すぎでしょ。決闘の相手になる直前に名前を出すし、勝つことも分かってたみたいな顔してたし」
「偶然ですよ」
「ふーん」
彼女は納得していないようだった。
当然だろう。私自身、少々迂闊だったと思っている。
未来を知っていることに慣れすぎて、周囲からどう見えるかという視点が抜け落ちていた。これは反省すべき点だ。
「セセリア」
「ん?」
「もし、私が何かを隠していたら、どう思われますか?」
「今さら?」
即答だった。
「アンタが何か隠してるなんて、いつものことじゃん」
「そうでしょうか?」
「でも、別にいいんじゃない?」
「よろしいんですか?」
「何でもかんでも知ってなきゃいけない、なんて面倒くさいでしょ。アンタが話したくなったら話せばいいし、話したくないならそれでいいじゃん」
セセリアは、いつものように少し意地の悪い笑みを浮かべていた。
「ま、私に隠し事してるってことは、相当すごい秘密なんだろうけどねー」
彼女は笑いながら、私の頬を指先でつついた。私は小さくため息を吐き、それから笑った。
ラウンジを出たのは、夕方になってからだった。
セセリアの仕事が一段落したところで、私は彼女を夕食に誘った。もちろん、二つ返事で了承してくれたわけではない。
「えー、どうしよっかなー」
「何かご予定が?」
「別にないけど。アンタのお誘いって、たまに妙に高いお店だったりするじゃん。制服で行くと浮くんだよねぇ」
「今日は学園内のレストランにしましょう」
「へえ。珍しく庶民的」
「私も学生ですから」
「アンタが言うと、すっごい説得力ないんだけど」
そんなやり取りを交わしながら、二人でラウンジを後にした。廊下には、まだ決闘の話題で盛り上がる生徒たちの姿があった。
グエル・ジェタークの敗北。新たなホルダー。そして、ガンダム疑惑。学園の空気は、たった一度の決闘で大きく変わってしまったようだった。
「ねえ、アイリス」
隣を歩くセセリアが、不意に口を開いた。
「アンタ、これからどうするの?」
「どうする、とは?」
「あの機体のこと。あれだけ気に入ってたんだから、放っておく気ないでしょ?」
私は少し考えた。確かに、エアリアルには強い興味がある。しかし、だからといって、すぐに何か行動を起こすつもりはなかった。
「まずは、今日の戦闘記録を詳しく解析します。その上で、我が社の研究と照らし合わせてみようかと」
「ふーん。で、最終的には?」
「そうですね……」
私は少しだけ笑った。
「いつか、あの機体と競い合ってみたいですね」
「競い合う?」
「ええ。技術者として、純粋に」
セセリアは私の顔を見上げた。
「アンタ、ほんっと変わってるよね」
「そうでしょうか」
「普通、あんなの見たら怖いって思うでしょ。グエル先輩が手も足も出なかったんだよ?」
「だからこそ、興味深いのです」
「はいはい。技術馬鹿の考えることは分かんないわー」
そう言いながらも、彼女は楽しそうだった。
私はその横顔を眺め、少しだけ歩調を緩めた。セセリアも自然と速度を合わせてくれる。
こういう何でもない気遣いが、私は好きだった。
「セセリア」
「ん?」
「今日も、ご一緒できて嬉しかったです」
「またそういうこと言う」
「事実ですから」
「知ってるってば」
彼女は笑いながら、私の腕を軽く小突いた。
「ほら、早く行こ。お腹空いた」
「ええ」
私は頷き、彼女と並んで歩き出した。
夕食を終え、セセリアと別れた後、私は自室へ戻って端末を開いた。保存した戦闘映像を確認する。
ガンダム・エアリアル。
十一基のビットステイヴ。
その圧倒的な制御性能。
私は映像を再生しながら、静かに息を吐いた。
「素晴らしい……」
前世では、ただの物語だった。画面の向こう側で動く、架空の兵器。
しかし、今は違う。
同じ世界に存在し、同じ物理法則の下で動いている。そして、私たちの技術で対抗することもできる。
先日、公表した我が社の試作機。
私が長い時間をかけて開発してきた、非パーメット式のモビルスーツ。
あの機体を完成させるために、どれほどの時間と資金を費やしてきただろう。まだ完成には遠い。解決すべき課題もある。
しかし、今日、ようやく目標が明確になった。
あの機体に、勝ちたい。ただ、それだけだ。
世界を変えたいわけではない。ガンダムを否定したいわけでもない。
GUND FORMATという技術そのものを、私は決して悪だとは思っていない。むしろ、あれほど素晴らしい技術を生み出した人々には、心から敬意を抱いている。
だからこそ、その技術に別の答えをぶつけてみたい。
人間の身体を機械へ接続するのではなく、機械を人間の意志に従わせる。
パーメットを使わずに。GUNDを使わずに。
それでも、あのガンダムと渡り合える機体を。
私たちが積み重ねてきた研究の先に、その答えがあるのだと証明したかった。
これは、企業の利益とも、ベネリットグループ内の序列とも関係がない。私自身の、純粋な好奇心だ。
研究者として、技術者として、あの機体に挑んでみたい。
ただし、勝つために何をしてもよいとは思わない。私が求めているのは技術的な到達点であって、戦場での殺し合いではない。
いつか、正々堂々と。
互いの技術と操縦を尽くして、あの機体と競い合うことができたなら、それはどれほど楽しいだろう。
自然と笑みが零れた。本当に、楽しみで仕方がない。
さて。そろそろ、仕事の時間だ。
私は再び端末を開き、ベネリットグループの予定表を確認した。
数日後に予定されている審問会。議題は、エアリアルに関するものだ。
現時点では、正式な招集通知は届いていない。しかし、今回の件がグループ全体の問題へ発展することは、ほぼ間違いないだろう。
コズミック・シードにも、いずれ出席要請が来るはずだ。
私は予定表へ仮の予定を入力し、必要な資料の準備を指示するメッセージを作成した。
魔女裁判。
スレッタ・マーキュリー。
ガンダム・エアリアル。
そして、デリング・レンブラン。
物語の幕は、すでに上がっている。
私はその舞台を、特等席から眺めるつもりだった。少なくとも、今はまだ。
前世の記憶があるからといって、誰かの人生を勝手に書き換える権利が私にあるわけではない。私が知っているのは、あくまでも一つの物語の結末だ。
ここに生きる人々は、物語の登場人物ではない。それぞれに意志を持ち、望みを抱き、自分自身の人生を生きている。
だから、私は彼らの選択を尊重したい。たとえ、その先に困難が待っていると知っていても。
もっとも、私自身の人生まで傍観するつもりはない。
私には、私の望みがある。研究したい技術がある。守りたい日常がある。そして、これからも隣にいてほしいと思う人がいる。
そのためなら、必要なときには自分の意志で動くつもりだ。
私は窓の外へ視線を向けた。
遠くに見える学園の施設には、まだ明かりが灯っている。
今日という日が、これから何を変えていくのか。それを知っているつもりでいても、実際に目の当たりにすると、胸の奥が落ち着かなかった。
人の夢。人の望み。そして、人の業。
そんなものを背負って生まれた私が、この物語の中で何を見ることになるのか。
それは、まだ分からない。
けれど、少なくとも退屈だけはしないだろう。
「……楽しみですね」
私は一人、微笑んだ。
水星から来た魔女。
ようこそ、この世界へ。
私はずっと、貴女たちを待っていた。