水星の魔女 ~もう一輪の百合の花~ 作:一般通過クルーゼさん
決闘が始まった。
ダリルバルデが勢いよく前進し、エアリアルがそれを迎え撃つ。赤と白の二機が交錯し、戦術試験区域に兵器の光が瞬いた。
最初に私の目を引いたのは、ダリルバルデの反応速度だった。
姿勢制御に無駄が少なく、複数の兵装を連動させる動きにも淀みがない。機体本体と遠隔武装が、それぞれの役割に応じて動いている。
ジェターク社の技術力は、やはり侮れない。
しかし、その動きを目で追ううちに、私はわずかな違和感を覚えた。
機体の反応は速い。個々の動作も正確だ。にもかかわらず、グエル先輩の操縦を見ているという感覚が、どうにも薄いのである。
以前の決闘で、私はあの方と直接戦っている。加えて、先日取り寄せた決闘記録にも目を通していた。
感情的になりやすく、強引な攻撃も多い。けれど、その踏み込みには、相手を捉えたと判断した者の迷いのなさがあった。
今回のダリルバルデには、それが感じられない。
あの方ならさらに踏み込むと思われる場面で、機体は別の行動を選んでいた。
「……やはり」
「何?」
隣から、セセリアが尋ねてきた。
「少々、気になることがありまして」
「だから、何?」
「ダリルバルデの制御系です。どうやら、パイロットの操作よりも、機体側の判断が優先されているようですね」
「それって、駄目なの?」
「一概には申し上げられません」
私は首を横に振った。
「AIによる戦闘支援は、非常に有効な技術です。人間の反応速度には限界がありますし、複雑な状況判断を機械に補助させることにも、大きな意味があります」
「ふーん。じゃあ、いいことじゃん」
「適切に使われていれば、ですが」
もちろん、映像だけで内部の制御を断定することはできない。
しかし、事前に耳にしていた運用方針と、目の前の動きを照らし合わせれば、推測できることはある。
「グエル先輩にとっては、不本意でしょうね」
「まあ、グエル先輩、自分でやりたがりそうだし」
「ええ。ご自身の腕に、相応の自信をお持ちですから」
その自信は、根拠のないものではない。
傲慢で、短気で、何かと問題の多い方ではある。けれど、操縦技術に対する誇りまで、虚勢で片づけるつもりはなかった。
そのとき、戦闘区域に水が降り始めた。
人工の雨が二機を包み、モニターの向こうが白く煙る。エアリアルの放ったビームは、その中で大きく減衰した。
「……あら」
私は目を細めた。
散水設備の作動。
それがビーム兵器主体のエアリアルに、どのような不利益をもたらすのかは明白だった。
「排熱処理か」
シャディク先輩の言葉に、ロウジさんが端末へ視線を落とす。
「はい。この散水量だと、ビームの威力はかなり落ちます」
「ずいぶん都合よく降るんですねぇ」
セセリアが、皮肉っぽく呟いた。
私は答えず、モニターを見つめた。
……知っていますとも。
これは、偶然ではない。
私の知る物語と同じ出来事が、目の前で起こっていた。
ジェターク側による介入。その狙いどおり、エアリアルの射撃は十分な威力を発揮できなくなっている。
そこへ、ミオリネさんから通信が入った。
「異常もないのに、散水設備が動くわけないでしょ。ジェターク寮の仕業じゃないの?」
彼女は苛立ちを隠そうともせず、決闘の中断を要求した。
「設備を直してから再開しなさいよ。このまま続けるつもり?」
「決闘は平等じゃないよ」
エラン先輩は、静かに答えた。
「……何を言ってるの?」
「後ろ盾が違えば、用意できる機体も、支援する人員も変わる。今の状況が誰かの仕込みでも、それを用意できたことまで含めて、彼の力なんだ」
ミオリネさんは、一瞬だけ口を閉じた。
その顔から怒りが消えたわけではない。けれど、次に口を開いたときには、すでに抗議とは違う響きがあった。
「なら、私が手を貸すのも、スレッタの力に含まれるわよね」
彼女は返答を待たず、スレッタさんへ呼びかけた。
「雨は私が止める。それまで、何とか持ちこたえて」
ほどなくして、モビルクラフトが動き出した。
私は、その行動の早さに小さく息をついた。
委員会が止めないと分かれば、自分で止めに行く。エラン先輩の説明を、そのまま自分が動く根拠にしてみせたのである。
「……行っちゃったねぇ」
セセリアが呟いた。
「ええ。ご自分で止めるおつもりなのでしょう」
「まあ、待ってたって止まんないだろうしね」
「そうですね」
もっとも、感心してばかりもいられない。
ミオリネさんが設備へ辿り着くまで、スレッタさんは、この条件のまま戦い続けなければならないのだから。
モニターの中で、ダリルバルデが距離を詰めた。
防御と攻撃を連動させた動きが、エアリアルの迎撃を上回る。次の瞬間、白い機体の右腕が切り落とされた。
私はカップを置いた。
片腕を失っても、スレッタさんは機体を立て直し、なおも戦おうとしている。けれど、射撃を封じられたうえに腕まで失った状況は、決して軽くなかった。
「これも、勝たせるための準備というわけですか」
「何?」
「いえ。随分と念入りだと思いまして」
用意された高性能機と、機体を動かすAI。それに、相手の長所を削ぐための工作まで。
グエル先輩を勝たせたいという意図は、嫌というほど伝わってくる。
しかし、その中に、彼自身の判断が入り込む余地はどれほど残されているのだろう。
「操縦者が何をしたいのか。それを無視してしまえば、どれほど優秀な機体であっても、ただの檻になってしまいます」
「……檻、ねぇ」
「ええ。勝利を求めているのは同じでも、そのために自分の操作を取り上げられて、納得できる方ばかりではありませんから」
AIの力を借りた勝利に、意味がないと言いたいわけではない。
私自身、そのための技術を開発している。機体も兵装も、整備も戦術支援も、パイロット以外の誰かが用意するものだ。それらを使って勝つことを否定すれば、モビルスーツによる戦闘そのものが成り立たなくなる。
けれど、支援を受けて戦うことと、自分の意思に反して機体を動かされることは違う。
グエル先輩が望んでいるのは、前者であるはずだった。
「……グエル先輩、そういうの嫌いそうだもんね」
「私も、そう思います」
モニターの中では、エアリアルが必死に攻撃をしのいでいた。
ただ守っているだけではない。シールドを駆使して攻撃を受け流し、不利な条件の中でも反撃の機会を探している。
私はモニターから目を離さず、戦いの成り行きを見守った。
やがて、雨が止んだ。
ミオリネさんが、間に合わせたのである。
射撃能力を取り戻したエアリアルが、攻勢に転じる。ガンビットが散開し、複数方向からの攻撃がダリルバルデへ降り注いだ。
赤い機体は回避を重ね、遠隔武装を用いて防御する。しかし、次第に進路を制限され、その動きが追い込まれていく。
そして、ある瞬間、ダリルバルデの足が止まった。
目先の攻撃への対応を優先した結果、別方向からの射線へ機体を晒してしまったのである。
続く攻撃が、その隙へ集中した。
「あら?」
「今度は何?」
「少々、期待外れでしたので」
「何が?」
「ダリルバルデの意思拡張AIです」
私はモニターを見つめたまま、静かに続けた。
「あのような囮に釣られて足を止めるようでは、まだまだですね」
「……へえ?」
セセリアが、面白そうにこちらを見た。
「ずいぶん辛口じゃん」
「期待しておりましたので」
私は小さく肩をすくめた。
「反応速度や兵装制御は優秀です。ですが、戦術判断については、改善の余地が大きいようですね」
「あんたのところなら、引っかからないわけ?」
「必ず見抜ける、とは申し上げません。未知の相手に判断を誤る可能性は、どのようなシステムにもありますから」
そこで一度言葉を切り、赤い機体へ目を戻す。
「ただ、少なくとも、パイロットが危険を察知しているのに、その判断を押しのけて足を止めるような設計は避けます」
「グエル先輩なら分かったってこと?」
「ええ。あの方なら、今の誘導には気づいたのではないかと。先日の決闘記録を見る限り、相手の動きへの反応は非常に優秀です。強引な戦い方を好みますが、周囲が見えていないわけではありません」
むしろ、近接戦闘における判断は速い。
機体性能を把握し、相手との距離を測り、自分が有利になる間合いへ持ち込む。そのために何を切り捨て、どこで危険を冒すかを、あの方は戦いながら選んでいる。
「ですが、今回は、その技量が十分に反映されていないようですね」
「もったいないって?」
「非常に」
もし、ダリルバルデの機体性能に、グエル先輩自身の判断が加わっていたなら。
この決闘は、もっと違うものになっていただろう。
我が社の操縦補助AIならば、まずグエル先輩に接近戦闘の主導権を委ねる。
相手の動きに即応し、自分の間合いへ踏み込んでいく。それがあの方の長所なのだから、AIはそこを妨げないように働くべきだ。
周辺状況を精査し、敵機の挙動の変化を監視する。死角からの攻撃を検出し、必要な情報を操縦者へ伝える。
そして、遠隔武装を管理する。
グエル先輩が正面の敵に集中している間に、退路を塞ぎ、回避方向を限定し、近接攻撃の機会を作るのだ。
もちろん、ただ別々の仕事をすればよいわけではない。遠隔武装が勝手に射線を塞いだり、追い込むつもりの相手を逃がしたりしては意味がない。
操縦者の戦術意図を読み取り、その行動を支える必要がある。
学習を重ねれば、どのような状況で踏み込み、どの間合いで攻撃するのかも把握できる。その癖に合わせて兵装を動かせば、人間とAIの連携は、さらに洗練されていくだろう。
そうした設計が、我が社の目指すところだった。
「なるほど」
考えを巡らせるうちに、別のことまで腑に落ちた。
「ジェターク社が、我が社を欲しがった理由が分かります」
「は?」
セセリアがこちらを向いた。
「何、それ。どういうこと?」
「以前から、ジェターク社は我が社の技術に強い関心を示しておりました。特に操縦補助AIの分野では、何度も接触がありましたので」
「へえ。初耳なんだけど」
「お話ししておりませんでしたか?」
「聞いてない」
「それは失礼しました」
私は微笑んだ。
技術提携の打診。共同開発への参加要請。資本関係の構築を前提とした交渉。
表向きは友好的な提案でも、その条件を受け入れれば、我が社の技術と経営に対するジェターク社の影響力が強まることになる。
当時のコズミック・シードは、今ほど大きな企業ではなかった。
技術力には自信があったが、規模や資本力で対抗できる相手ではない。提案を断れば別の形で接触があり、距離を置こうとすれば、取引先やグループ内の関係を通じて圧力がかかった。
通常の企業間交渉を続けるだけでは、いずれ独立性を守れなくなる。
そう判断して私が選んだのが、デリング・レンブラン総裁との取引だった。
ベネリットグループには所属したまま、他社による経営や技術開発への不当な介入を受けない。その立場を保証していただく代わりに、我が社もまた、取り決めに基づく責任を負う。
そうして得たのが、現在の立場である。
グループ内部でも、容易には手を出せない企業。
アンタッチャブル。
あまり上品な呼び名ではないが、実際のところ、随分と役に立っていた。
「つまり、ジェターク社がしつこかったから、デリング総裁と直接取引したわけ?」
事情の概略を聞いたセセリアが、呆れたように尋ねた。
「ええ。正確には、ジェターク社だけが理由ではありませんが、決断を早める大きな要因になったことは確かですね」
「相変わらず、やることが派手だねぇ」
「必要なことでしたので」
私はモニターへ視線を戻した。
高性能な機体と、優秀なパイロット。そして、両者を十分に結びつけられていない意思拡張AI。
その組み合わせを見ていると、ふと一つの可能性が浮かんだ。
「もし、あの機体の基本設計が早い段階でまとまっていて、制御系の完成を待っていたのだとしたら……」
「何?」
「我が社の技術があれば、ダリルバルデは数年前には完成していたのかもしれませんね」
「……数年前?」
「ええ。もちろん、実際の開発工程を確認したわけではありません。制御系以外にも課題はあったでしょうから、推測にすぎませんが」
少なくとも、開発期間を縮められる可能性はあったはずだ。
単に有望な技術を手に入れるだけではない。既存の計画を前倒しし、他社に先駆けて成果を出せるかもしれない。
そう考えれば、あれほど執拗だった理由にも納得がいく。
「だから、あんなに欲しがってたのかもって?」
「ええ。もっとも、だからといって、我が社を差し出す理由にはなりませんが」
「そりゃそうでしょ」
「ふふ。ご理解いただけて何よりです」
父上や研究員たちが積み重ねてきた成果を、他社の都合だけで手放すつもりはない。
技術を適切な条件で提供することと、その研究を続ける場所ごと奪われることは、まるで違うのだから。
「……でもさ」
セセリアが、ふと口を開いた。
「AIが全部やってくれるなら、わざわざ上手いパイロットを乗せる必要なくない?」
「おっしゃるとおりです。完全な自律戦闘を目指すのであれば、そもそもの設計思想が変わりますね」
「じゃあ、グエル先輩が乗ってる意味って?」
「少なくとも、今の運用では、あの方を乗せる利点を十分に生かせていません」
「……あんたのところなら、どうするわけ?」
「接近戦闘はグエル先輩に。AIには、周辺状況の監視と遠隔武装の運用を任せます」
私は画面上のダリルバルデを示した。
「グエル先輩が目の前の敵と戦っている間、AIには、それ以外の戦場を見てもらうのです」
「……へえ」
「先ほどの囮も、複数方向からの攻撃を継続して追えていれば、危険を察知しやすくなります。その情報を先輩に伝え、必要なら遠隔武装で援護する。お互いの判断が食い違った場合に、どう調整するかも含めて設計します」
セセリアはしばらく画面を眺めていたが、やがて小さく頷いた。
「何か、あんたらしい考え方だね」
「そうでしょうか?」
「うん。全部自分でやるんじゃなくて、できるやつに任せるってことでしょ?」
私は少しだけ目を瞬かせ、それから笑った。
「……ええ。まさに、そのとおりです」
企業経営も、技術開発も、基本は同じだ。
優秀な人間がいるのなら、その能力を発揮できる環境を整える。そのうえで、足りないところを別の人間や技術で補う。
すべてを一人で抱え込む必要などない。
しかし、目の前のダリルバルデでは、そうなっていなかった。
優秀なパイロットを乗せながら、その判断を使わず、機械の選択に従わせようとしている。
私には、それがひどく歪なものに見えた。
やがて、ダリルバルデの動きが変わった。
それまでとは、踏み込みが違う。
攻撃を避けるために距離を取るのではなく、相手の攻撃を承知のうえで、その内側へ入っていく。
「ようやく、ですね」
「何が?」
「グエル先輩です」
内部で何が起きたのか、ここから見えるわけではない。
それでも、今の動きには覚えがあった。
判断に迷えば、こちらが押し潰される。安全な距離を保とうとすれば、踏み込みで追いつかれる。
以前、私が対峙したグエル・ジェタークの戦い方だった。
ダリルバルデが、エアリアルへ迫る。
雨はすでに止み、エアリアルは射撃能力を取り戻している。ダリルバルデも、それまでの攻防で無傷では済んでいない。
その状況で、なおも赤い機体は前へ出た。
機体の力を生かした攻撃が、白い機体へ叩きつけられる。
エアリアルも、正面から受け続けることはしない。相手の勢いを利用して体勢を崩し、反撃へつなげようとする。
しかし、ダリルバルデはそこで止まらなかった。
脚部の装備まで使い、崩された間合いへ再び食らいついていく。
「ふふ」
私は思わず笑みをこぼした。
やはり、そうでなくては。
先ほどまでの、個々の動作は整っているのに戦い方が噛み合わない感覚が薄れている。
今のダリルバルデには、多少の危険を冒してでも相手を捉えるという、一貫した意図があった。
「何、嬉しそうじゃん」
「ええ。ようやく、拝見したかったものが見られましたので」
「グエル先輩の操縦?」
「お二人の本気ですよ」
短く答えた、その間にも二機の位置は入れ替わる。
スレッタさんは、決して押されるままではなかった。片腕を失った機体を操りながら、相手の攻撃を受け流し、次の一手を探している。
対するグエル先輩も、回避されることを織り込んで追撃を重ねた。
……お二人とも、諦める気はないようですね。
そのことが、動きを見ているだけで伝わってくる。
自分の腕で勝とうとするグエル先輩と、エアリアルを信じて戦うスレッタさん。
私はカップに伸ばしかけた手を止め、そのままモニターへ見入った。
そして、最後の攻防が訪れた。
エアリアルが、残された左腕にビームサーベルを振り上げ、ダリルバルデへ突進する。
上段から斬り下ろす。
そう見えた次の瞬間、その切っ先が、ダリルバルデのブレードアンテナへ向けて突き出された。
グエル先輩も反応した。
左腕を差し入れ、サーベルを受け止める。自らの腕を犠牲にしてアンテナを守り、その間に、右手の武器を反撃へ転じさせた。
しかし、スレッタさんはそこでサーベルを手放した。
自由になったエアリアルの左手が、ダリルバルデの右腕を押さえる。
赤い機体は、左腕をサーベルに貫かれ、右腕も封じられていた。
その懐へ、エアリアルが突進の勢いを残したまま飛び込む。
白い機体の胸部が頭部へぶつかり、ダリルバルデのブレードアンテナをへし折った。
私は、わずかに息を止めていたことに気づいた。
決着だった。
勝者、スレッタ・マーキュリー。
グエル・ジェタークは敗れ、ホルダーの座は彼女のものとなった。
「終わったね」
セセリアが呟いた。
「ええ。見応えのある決闘でした」
私は微笑んだ。
「エアリアルの性能も、スレッタさんの操縦技術も、非常に興味深いものでした。それに、グエル先輩も」
「……負けたのに?」
「ええ。勝敗だけが、すべてではありませんので」
モニターには、戦いを終えた二機が映っている。
グエル先輩は、最後の突きにも対応していた。左腕を犠牲にアンテナを守り、右手の武器で勝負を決めようとしていたのである。
その反撃を、スレッタさんが封じた。
サーベルによる攻撃に固執せず、残された手で相手の腕を押さえ、胸部をぶつけてアンテナを折る。その一連の判断は、素直に見事だった。
けれど、敗れた側の技量まで、それで消えてなくなるわけではない。
「少なくとも、最後のグエル先輩は、ご自身の力で勝とうとなさっていました」
「まあ、グエル先輩の動き、途中から変わったもんね」
「ええ」
私は頷いた。
AIの判断に任せたままではなく、自分で戦うことを選んだ。
その結果、勝利を得ることはできなかった。けれど、だからといって、その選択まで否定されるべきだとは思わない。
自分の意思を他人に奪われることが、どれほど恐ろしいものなのか。
それを、私は知っている。
望まれる役割を果たすために、自分が何をしたいのかさえ、口にしなくなることも。
だからこそ、あの赤い機体が最後に見せた、不器用なまでの抵抗を、私は好ましく思った。
グエル先輩は、傲慢で、短気で、何かと問題の多い方だ。
その評価が、今日の決闘一つで覆るわけではない。
それでも、操縦技術に対する誇りと、それを最後まで手放さなかったことには、敬意を払いたい。
私は冷め始めた紅茶へ手を伸ばした。
少なくとも、最後の瞬間まで戦おうとしたのは、AIではなく、グエル・ジェターク自身だったのだから。