思いつきで書きました。
仮免許試験を終えてから、雄英高校の空気は少しずつ変わり始めていた。
正式に仮免許を取得した生徒が増え、今後は校外での活動も視野に入ってくる。当然、それに合わせてコスチュームや装備にも調整が必要になる。
放課後。
緑谷出久は、自分のコスチュームの一部を抱えながら、雄英高校のサポート科開発工房へ向かっていた。
隣には飯田天哉と麗日お茶子もいる。
「相変わらずすごい音だね……」
工房へ近づくにつれて、金属を削る音や機械の駆動音が大きくなっていく。
麗日が少し身構れたのも無理はない。
緑谷には、この場所について忘れられない記憶があった。
「発目さん、いるかな……」
「いるんじゃないか? 彼女なら放課後も開発に勤しんでいる可能性は高いだろう!」
飯田が眼鏡を押し上げる。
「でも緑谷くん、前にもここでなんか爆発しとらんかった?」
「う、うん……」
否定できなかった。
発目明。
サポート科1年。
体育祭で強烈な印象を残し、緑谷の新しい戦闘スタイルに合わせた装備の開発にも関わった少女だ。
彼女がいる以上、この扉の向こうで何が起きても不思議ではない。
緑谷は一度だけ息を整え、工房の扉を開いた。
「失礼しま――」
爆発音が響く。
「うわあっ!?」
反射的に三人が身を引く。
工房の奥から煙が上がり、その中心から聞き覚えのある声がした。
「失敗です!」
「やっぱり発目さんだ!」
煙の向こうから、ゴーグルを額へ押し上げた発目が姿を現した。頬には黒い煤がついているが、本人はまるで気にしていないようで、むしろ楽しそうだった。
「あれ? 緑谷くんじゃないですか! どうしたんですか? また私のベイビーを使いたくなったんですか!?」
「いや、今日は装備の調整をお願いしたくて……」
緑谷が持ってきた装備を見せた途端、発目の目つきが変わった。
「なるほど!」
一歩。
「仮免後の実戦を想定した――」
さらに一歩。
「新しい改良ですね!?」
「ち、近い近い近い!」
発目が顔を寄せてくる。
緑谷が慌てて後ろへ下がると、飯田が二人の間へ腕を差し込んだ。
「発目くん! 話をする際は適切な距離をだな――」
「いいですね! ちょうど試したい新型があるんですよ!」
「聞いているのか!?」
いつもの発目だった。
麗日が苦笑する。
その時だ。
「発目さん」
工房の奥から、静かな声が届く。
「後輩を実験台にするのであれば、せめて本人の同意を取ってからにしなさい。あなたの場合、その工程を頻繁に飛ばしますからね」
「あっ、ヒマリ先輩!」
発目が振り返る。
緑谷たちも、その視線を追った。
工房の奥には、機材や工具、床を這うケーブルが所狭しと並んでいた。
その間を、一台の白い車椅子が進んできた。
いや。
緑谷は途中で気づいた。
車輪が床についていない。
「浮いてる……?」
床からわずかに離れた状態で、車椅子はケーブルや工具箱を静かに越えてくる。
工房の入口付近まで来ると、低い駆動音が止んだ。
ゆっくりと車体が下がり、左右の車輪が床へ接する。
そこに座っていたのは、一人の女子生徒だった。
透き通るような白い髪。
整った顔立ちと、隙のない制服の着こなし。
そして何より目を引くのは、彼女が座っている車椅子だった。
一見すれば、白を基調とした高級な椅子にしか見えない。
しかし、先ほど確かに浮いていた。
外から見える配線も、むき出しの機械部品もなく、工房にある他の装置とは、明らかに雰囲気が違う。
「すごい……」
緑谷は思わず呟いた。
女子生徒の視線がこちらへ向く。
「おや」
わずかに目を細めた。
「1年生ですね」
「あっ、はい!」
緑谷は慌てて姿勢を正した。
制服から判断すれば上級生だ。
飯田と麗日も続いて頭を下げる。
「ヒーロー科1年A組の飯田天哉です!」
「麗日お茶子です!」
「緑谷出久です!」
「これはこれは、ご丁寧にどうも」
少女は優雅に微笑んだ。
落ち着いた声で、工房の騒がしさから切り離されたような、上品な雰囲気がある。
緑谷は一瞬、発目とはずいぶん違うタイプの人だと思った。
しかしその印象は、数秒後に消滅した。
「私ですか? よくぞ聞いてくれました」
誰もまだ聞いてはいなかった。
少女は胸元へ片手を添え、堂々と顎を上げる。
「この私こそ、雄英が誇る超天才清楚系病弱美少女技術者であり、雄英に咲く一輪の高嶺の花――明星ヒマリです!」
三人の間に静寂が広がり、工房の機械音だけが響く。
緑谷は瞬きをし、飯田は固まり、麗日は口を半開きにしたまま、発目とヒマリを交互に見た。
「……えっと」
麗日が最初に口を開く。
「超天才……?」
「清楚系」
「病弱……?」
飯田が続ける。
「美少女技術者です」
ヒマリが満足そうに補足した。
「長いので一度で覚えられなくても仕方ありません。私ほど情報量の多い美少女ともなれば、自己紹介一つ取っても常人の処理能力を超えてしまいますからね」
「自分で全部言うんだ……」
麗日の呟きに、緑谷は無言で頷いた。
先ほどまでの上品で大人しそうな印象はどこにも残っていない。
「ヒマリ先輩、すごいんですよ!」
発目が当然のように会話へ入ってきた。
「私のベイビーも見ただけですぐ問題点を見つけるんです! この前なんて三秒くらい見ただけで――」
「二・八秒です」
「そう、それです!」
「そこ訂正するんだ……」
「当然でしょう、麗日さん。技術者にとって数値の正確性は重要ですよ」
さらりと名前を呼ばれ、麗日が目を丸くした。
「あれ? うち、名前……」
「先ほど自己紹介したでしょう?」
「あ、そっか」
ヒマリは小さく笑うと、緑谷が抱えている装備へ視線を落とした。
「それで、緑谷くんは装備の調整ですか?」
「はい。仮免も取れたので、これから実戦を想定すると今のままで大丈夫なのか、一度見てもらいたくて」
「なるほど」
ヒマリはそう答えると、今度は車輪を使って緑谷のそばまで移動する。
緑谷は装備を差し出した。
ヒマリは受け取らず、まず目だけで全体を確認する。
「発目さんが関わっていますね」
「分かるんですか!?」
「分かりますとも。彼女の設計は良くも悪くも自己主張が激しいので」
「褒められました!」
「半分ほどは褒めていませんよ」
「でも半分は褒めてます!」
「……あなたは本当に前向きですね」
呆れた声とは裏腹に、ヒマリの口元には笑みがあった。
発目も特に気にした様子はなく、緑谷の持ってきた装備を作業台へ置く。
二人はそのまま自然に並んだ。
「ここ、ちょっと変えたいんですよ!」
「ちょっと、で済む設計ではありませんね。発目さん、また機能を足すことしか考えていないでしょう」
「だって機能は多い方がいいじゃないですか!」
「重量という概念をご存じですか?」
「軽量化します!」
「最初からしてください」
テンポよく言葉が飛び交う。
緑谷はそのやり取りを見ながら、少しだけ安心した。
発目が「先輩」と呼んでいるものの、必要以上にかしこまってはおらず、ヒマリの方も注意はするが、発目の発想そのものを否定することはなかった。
「明星先輩も、サポート科なんですよね?」
「ええ。3年です」
ヒマリは緑谷へ向き直った。
「もっとも、同じサポート科というだけで私と発目さんを一括りにするのは、少々危険ですが」
「危険……?」
「方向性が違います」
「ヒマリ先輩はすごく細かいんですよ!」
発目が割り込んでくる。
「私が新しいベイビーを作ると、すぐ安全率とか耐久性とか、配線がどうとか、ここは整備しづらいとか――」
「どれも重要でしょう!」
「でも動けば楽しいですよ!」
「あなたは一度『安全第一』という言葉を辞書で引きなさい!」
初めてヒマリの声が少し大きくなった。
麗日が吹き出し、飯田も口元を緩める。
発目だけは楽しそうに笑っている。
「仲いいんですね」
麗日が言うと、ヒマリは一瞬だけ発目を見た。
「まあ、放っておくと何を作るか分からない後輩ですから」
「私はヒマリ先輩の車椅子をもっと……」
「お断りします」
即答だった。
「まだ何も言ってませんよ!?」
「あなたが私の美しい車椅子へロケットブースターを取り付けようとしている未来が見えました」
「いいですねそれ!」
「却下です」
「まだ設計図も描いてないのに!」
「描かなくて結構です」
緑谷たちは思わず笑った。
その一方で、緑谷の視線は再び車椅子へ向かっていた。
白を基調とした滑らかな外装に、通常の車輪と先ほど見た浮遊機能。背もたれやアームレストも市販品には見えず、これだけの機能を詰め込んでいるはずなのに、無骨さがほとんどない。
「あの、明星先輩」
「はい?」
「その車椅子って……先輩が作ったんですか?」
「ええ、もちろん」
「やっぱり!」
緑谷が一気に身を乗り出した。
「さっき浮いてましたよね!? でも今は車輪で動いてるってことは切り替え式で、工房みたいに床に障害物がある場所だけ浮上するんですか!? 推進方式は? 姿勢制御はどうやって――」
「緑谷くん! 先輩に対して一度に質問しすぎだ!」
飯田が止める。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
ヒマリは怒るどころか、少し得意げに髪を払った。
「ふふん。いいでしょう」
「え?」
「優れた技術を前に興味を抑えられない。その気持ちは理解できます。何しろこれを作ったのは私ですからね」
アームレストを指先で軽く叩く。
「ただし、説明を始めれば日が暮れます。今日はあなた自身の装備を直しに来たのでしょう?」
「あ……はい」
「目的を忘れてはいけませんよ」
「すみません……」
「謝る必要はありません。好奇心そのものは悪いことではありませんから」
そう言ってから、ヒマリは発目の方を見る。
「発目さん」
「はい!」
「緑谷くんの装備を確認します。あなたが元の設計者なのでしょう?」
「もちろんです!」
「では、まず本人から使用状況を聞きましょう。勝手に新機能を追加するのは禁止です」
「えー」
「禁止です」
「一個だけ!」
「ダメです」
「じゃあヒマリ先輩が確認した後で!」
「話を聞いていましたか?」
発目はすでに作業台へ向かっていた。
ヒマリは額へ手を当てる。
「まったく……」
そう言いながらも、その車椅子はすぐに発目の隣へ移動した。
緑谷も慌てて追いかける。
作業台へ装備を広げると、発目は早速工具を手に取り、ヒマリは横から細部を確認していく。
「あ、ここなんですけど――」
「待ちなさい。先に緑谷くんの使用感です」
「はい!」
「緑谷くん。まず、実際に使っていて一番気になる部分から話してください」
「えっと……最近は脚を中心に戦うことが増えたので――」
緑谷が説明を始める。
ヒマリは途中で口を挟まず、時折、装備へ視線を落としながら聞いている。
緑谷が一通り話し終えると、数秒だけ考えた。
「なるほど。でしたら、まず――」
「新しい噴射機構ですね!」
「発目さんは黙っていなさい」
「はい!」
返事だけはいい。
ヒマリはため息をついた。
「今の話を聞く限り、大幅な変更より先に既存部分の耐久性と可動域を見直すべきでしょう。新機能を増やして操作を複雑にする段階ではありません」
「あ……」
緑谷は自分の装備を見る。
確かに、新しい機能ばかりに意識が向いていた。
「実戦では、機能の多さがそのまま強さになるわけではありません。必要な時に必要な機能が確実に働くこと。その方が重要です」
「はい!」
緑谷は頷いた。
「ありがとうございます、明星先輩!」
「ふふん。素直な後輩は嫌いではありませんよ」
ヒマリは満足そうに微笑む。
「この雄英最高峰の頭脳を持つ私が、少しだけ知恵を貸してあげましょう」
「少しだけ、ですか?」
麗日が聞く。
「もちろんです。私の時間は非常に貴重ですからね」
そこでヒマリは胸を張った。
「対価として、私の美しさを三回ほど褒め称える権利を差し上げます」
「権利なんですか!?」
緑谷が思わず聞き返す。
「光栄でしょう?」
「対価なのにこっちが褒めるん……?」
麗日の疑問に、ヒマリは涼しい顔で頷いた。
「当然です」
飯田が眼鏡を押し上げながら、小声で緑谷へ言った。
「緑谷くん」
「うん」
「非常に個性的な先輩だな」
「うん……」
そこだけは、緑谷も即答できた。
だが、その直後。
「発目さん、そこは外さないでください」
「え?」
「固定具です。今それを外すと――」
がしゃん、と部品が落ちた。
「あっ」
発目が固まる。
ヒマリは目を閉じた。
「……言ったでしょう?」
「大丈夫です! 直せます!」
「あなたのその根拠のない自信だけは評価しますよ」
ヒマリはそう言いながら、作業台へ車椅子を寄せる。
その横顔からは、先ほどまでの大仰な自己紹介が嘘のように余計な表情が消えている。
落ちた部品を確認し、発目へ工具を指定し、緑谷へ使用時の感覚をもう一度尋ねる。
緑谷はしばらく、その様子を見つめていた。
「超天才清楚系病弱美少女技術者……」
小さく呟く。
隣の麗日が振り向いた。
「緑谷くん、もう覚えたん?」
「インパクトが強すぎて……」
「ふふん」
離れた場所から声が飛んできた。
「ようやく私の素晴らしさを理解し始めたようですね、緑谷くん」
「聞こえてた!?」
「当然です」
ヒマリは得意げに笑った。
「天才ですから」
その言葉がどこまで本気なのか。
少なくともこの時の緑谷には、まだ分からなかった。
ただ一つ分かったのは――発目明とはまた違う意味で、サポート科にはとんでもない先輩がいる、ということだった。
不定期で進めていきます。