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作戦終了の報告が届くと、ヒマリはすぐに搬送先を確認する。
負傷者が出ていることは分かったが、誰がどの程度の怪我を負ったのかまでは確認せずに搬送先の病院名を見つけると、ヒマリはそのままモニターを閉じた。
そのまま車椅子を出口へ向けたところで、ちょうど工房へ戻ってきたパワーローダーが足を止めた。
「待て、明星。どこへ行く」
「病院です」
「誰が運ばれたか確認したのか?」
「……いいえ」
パワーローダーが眉を寄せる。
「しかし搬送先は分かりました。残りは後で確認します」
そう言って横を抜けようとしたヒマリに合わせ、パワーローダーも一歩ずれた。再び進路を塞がれ、ヒマリが不満そうに見上げる。
「先生」
「その状態でどこへ行くつもりだ」
「先ほど申し上げたでしょう。病院です」
「そうじゃない。そのまま行く気か?」
「ええ。必要なことは向こうで確認します」
「明星」
「何です?」
「少しは自分の顔色を見ろ」
ヒマリは一瞬だけ黙ったものの、すぐに視線を逸らす。
「この程度、問題ありません」
「お前のその台詞は信用できない」
「失礼ですね」
「いいから待て。俺も行く」
「……先生も?」
「お前をこのまま一人で行かせられるか。それに、病院で雄英側から話を通す人間もいた方がいい」
ヒマリは反論しかけたが、今ここで押し問答を続ける方が時間の無駄だと判断したのか、小さく息を吐いた。
「……分かりました。では、急いでください」
「分かったから、急かすな」
パワーローダーの呆れた声を聞きながら、ヒマリは工房の出口へ向かった。
◇
病院へ着いてからも、ヒマリが落ち着く様子はなく、パワーローダーが雄英側の人間として話を通している間も何度か時計へ視線を向け、ようやく病棟へ入れることになると、待っていたとばかりに車椅子を進めた。
「明星、そんなに急ぐな」
「急いでなどいません」
言葉とは裏腹に、車椅子の速度は緩まない。
「……せめて少し落ち着け」
「十分落ち着いています」
そう返したヒマリだったが、膝の上に置いた指先は冷え、呼吸も普段より僅かに浅くなっていた。長時間工房で作業した直後に雄英を出て、そのまま病院まで来た身体には確実に疲労が溜まっている。
それでもヒマリは速度を緩めないまま、教えられた場所へ向かって廊下を進んでいく。
角を曲がった先に、見慣れた金色の髪があった。
「――ミリオ」
呼びかけに気づき、ミリオがこちらを向く。
「…ヒマリ?」
顔や身体には戦闘の痕が残り、ところどころに手当てを受けた跡も見える。決して無傷ではなかったが、自分の足で立ち、ヒマリの姿を認めるといつものように笑った。
その姿を見た瞬間、病院へ来るまで張り詰めていたものが僅かに緩む。
「……ミリオ」
「どうしたんだ? こんなところまで――」
「あなた……!」
車椅子がミリオの前まで進む。
ヒマリの視線が、怪我の痕を確かめるように上から下へ動いた。決して無傷ではないが、自分で立って会話もできている。それを確認した途端、安堵より先に別の言葉が飛び出した。
「最後まで連絡一つ寄越さず――」
「え?」
「人をこんなところまで来させておいて――」
そこまで言ったところで言葉が途切れた。
責めるつもりで口を開いたはずなのに、その先に続ける言葉がうまく見つからない。ヒマリは僅かに顔を背けると、誤魔化すように息を吐いた。
「……本当に、あなたという人は」
「あ…ごめん、ヒマリ。連絡できなくて」
「当然です。大いに反省なさい」
「うん。悪かったよ」
素直に謝られてしまえば、それ以上責め続ける気にもなれなかった。
ミリオは怪我こそしていたものの、生きてここにいる。それまでずっと欲しかった答えを目の前で確認できたことで、普段なら見逃さないはずの小さな違いにまで意識が向かなかった。
「それよりヒマリ、急いで来たのか? ちょっと顔色悪くないか?」
「おやおや。今の状況で私の心配ですか?」
すぐにいつもの調子を取り戻し、ヒマリは胸を張る。
「ご安心を。この程度の移動でどうにかなるほど、この私は軟弱ではありません」
少し後ろにいたパワーローダーから無言の視線が飛んできた。
「……何です、その目は」
「何でもない」
「言いたいことがあるなら言いなさい」
「後でな」
「まったく」
不満そうに返してから、ヒマリは改めてミリオを見る。
「それで……エリちゃんは?」
ミリオの表情が少し和らいだ。
「ああ。助かったよ。ちゃんと保護できた」
「……そうですか」
張っていた肩から僅かに力が抜ける。
突入前、ミリオへ託した言葉が脳裏をよぎった。
『……あの子を――助けてあげてください』
約束通り、ミリオはエリを助けた。
ヒマリはしばらく黙っていたが、やがていつものように少し顎を上げる。
「よくやりましたね、ミリオ。あなたにしては実に上出来です」
「俺にしては?」
「この私から素直な称賛を受けられるだけでも光栄でしょう。細かいことを気にしてはいけません」
「ハハハ! そっか」
聞き慣れた笑い声に、ヒマリの口元にも自然と笑みが浮かぶ。
「ですが、連絡を寄越さなかった件については別ですからね」
「そっか。そこはちゃんと反省しないとな」
「当然でしょう」
「うん。次はちゃんと連絡するよ」
「よろしい」
ほんの僅かな間だけ、いつもの二人に戻ったような空気が流れた。
だからこそ、ヒマリは気づかなかった。
ミリオが、いつも通りに笑おうとしていたことに。
「……ヒマリ」
「何です?」
少し静かになった声に、ヒマリが顔を上げる。
「まだ、何も聞いてないんだよな」
「何をでしょう?」
ミリオはすぐには答えず、一度視線を落とした。その反応を見て、ようやくヒマリの表情から笑みが薄れる。
「……ミリオ?」
「あのさ。サーが――亡くなったんだ」
ヒマリの動きが止まった。
言葉の意味はすぐに理解できた。それでも何かを返すまでには、少し時間が必要だった。
「……ナイトアイさんが?」
「ああ」
静かに頷いたミリオを前に、ヒマリの指先が僅かに動く。
「…………そう、ですか」
ようやくそれだけを返したヒマリは、しばらくミリオを見つめたまま何も言えなかった。
その時、病院で顔を合わせた直後に自分が口にした言葉が蘇る。
『最後まで連絡一つ寄越さず――』
『人をこんなところまで来させておいて――』
あの時は、ただ無事だったことに安堵していた。
けれどミリオは、その時すでに長く師事してきた人を失っていたのだ。
「……ミリオ」
「うん?」
「先ほどは……その……」
謝らなければならないと思った。
何も知らなかったとはいえ、あんなことを言うべきではなかった。
「私……」
それでも、続く言葉が出てこない。
ミリオは少しだけヒマリを見つめたあと、穏やかに笑った。
「大丈夫だよ、ヒマリ」
「…………」
「心配して来てくれたんだろ?」
図星を突かれ、ヒマリは僅かに視線を逸らす。
「……それとこれとは、別の話です」
「そっか」
「ええ。ですから、その……」
もう一度謝ろうとして、それでも最後まで言葉にはできなかった。
ミリオも、それ以上は追及しない。
少しの沈黙を挟み、ヒマリは改めてミリオを見る。
「……あなた自身は、大丈夫なのですか?」
「俺?」
「怪我です。先ほどから大丈夫だと仰っていますが、本当にそれだけですか?」
ミリオは一瞬だけ答えを止めた。
「……怪我の方は大丈夫なんだけどさ」
そう言いながら、ミリオは一度、自分の手へ視線を落とした。握ってから開くという何でもない動作を見ても、ヒマリにはまだその意味が分からなかった。
やがてミリオが顔を上げる。
「俺、個性なくなっちゃったんだ」
「…………え?」
その一言だけは、理解が追いつかなかった。
「……今、何と?」
「透過が使えなくなった」
ヒマリは何も言えず、ただミリオを見つめた。
「エリちゃんに弾が撃たれてさ。俺が代わりに受けたんだ」
個性に作用する薬物、死穢八斎會、そしてエリの身体。これまで聞かされていた情報が、嫌になるほど綺麗に繋がった。
「……個性破壊弾」
「ああ」
目の前にいるミリオは、先ほどと変わらずそこに立っていた。怪我の痕こそあるものの、言葉を交わし、いつものように笑っている。
だからこそ、ヒマリは気づけなかった。
「使えないというのは……現時点で、という意味ですか? 一時的な作用である可能性は。検査では個性因子に何か――」
「ヒマリ」
名前を呼ばれ、次の質問が止まる。
「まだ分からないんだ。今は、戻るかどうかも分からない」
「…………そう、ですか」
ここで何を尋ねても答えは出ない。それくらい分かっているはずなのに、次々と質問が浮かんでくる。
ヒマリは一度目を閉じてから、ゆっくり息を吐いた。
「でもさ」
ミリオの声に顔を上げる。
「エリちゃんは助かった。それは、本当によかったと思ってるよ」
けれど失ったものがあまりにも大きい。それでも、エリを助けられたことを喜んでいるのだけは、ミリオの声から伝わってくる。
しばらく彼を見つめたあと、ヒマリは僅かに顎を上げる。
「……そうですか。あなたがそう言うのでしたら、私からは何も言いません」
「うん」
「ただし勘違いしないでください。個性を失ったからといって、あなたが別人になったわけではありません」
ミリオが少し目を見開く。
「ですから、先ほどの件も帳消しにはなりませんよ」
「先ほど?」
「連絡です」
「ああ……」
「次に同じことをしたら、今度こそ許しませんからね」
ミリオは少しだけ笑った。
「分かった。次はちゃんと連絡するよ」
「当然です」
「ごめんな、ヒマリ」
「謝罪は受け取っておきます」
それからヒマリはいつものように胸を張り、少し強い口調で続ける。
「それと今日は大人しく休みなさい。個性云々以前に、その怪我で余計なことをするのは禁止です」
「ヒマリに言われるとなぁ」
「今は私の話をしていません」
「またそれか」
「何度でも言います」
ようやくミリオがいつもの調子に近い笑い声を漏らし、ヒマリもそれに合わせて笑った。
少なくとも、ミリオの前にいる間は。
「ヒマリ」
「はい?」
「来てくれてありがとう」
返事が一拍だけ遅れた。
「……当然でしょう。あなたが連絡を寄越さないのが悪いのです。私に礼を言う前に、次からはそのあたりを改善なさい」
「うん。気をつけるよ」
「よろしい」
その頃になって、少し離れたところにいたパワーローダーが二人のところへ戻ってきた。
「明星。そろそろ戻るぞ」
「もうですか?」
「そうだ」
「私はまだ――」
「病院へ来る前に何て言ったか忘れたか?」
「……記憶力まで心配されるとは心外ですね」
「だったら帰るぞ」
反論しかけたヒマリだったが、結局それ以上は言わずミリオへ向き直った。
「では、今日はこれで失礼します」
「ああ。またな、ヒマリ」
その言葉にほんの一瞬だけ動きが止まったものの、すぐに小さく頷く。
「ええ。また」
車椅子を反転させ、パワーローダーとともに廊下を進み始める。
途中、一度だけ振り返ると、ミリオはまだそこに立っていた。こちらに気づいて軽く手を上げたため、ヒマリも僅かに手を上げてから前を向いた。
◇
雄英へ戻った頃には、外はすっかり暗くなっていた。
本来なら、そのまま休むべき時間だった。それでもヒマリが「端末をそのままにしてきました」と譲らず、パワーローダーも最後には折れて、工房へ寄ることだけを許した。
「五分だぞ」
入口で念を押され、ヒマリは面倒そうに振り返る。
「分かっています」
「五分経ったら問答無用で連れ出すぞ」
「先生は私を何だと思っているのでしょうね」
「放っておくと寝食を忘れて作業する生徒」
「ずいぶん偏った認識です」
「事実だろ」
ヒマリが反論しなかったため、パワーローダーは小さく息を吐いた。
「俺は職員室に報告してくる。終わったら呼べ」
「分かりました」
扉が閉じると、工房にはいつもの静けさが戻った。
朝から使っていた作業台も、置いたままのカップもそのままで、何一つ変わっていない。ヒマリはいつもの位置へ車椅子を止めると、閉じていたモニターを展開した。
作戦終了後に届いていた報告が、未確認のまま残っている。
もう急いで読む必要はなかった。知りたかったことは、本人の口から聞いた。
それでも画面を閉じることができず、しばらく表示された文字を見つめているうちに、病院で最初に見たミリオの姿が浮かんできた。
怪我をしていても、自分の足で立って笑っていた。それだけで安心してしまった。
『最後まで連絡一つ寄越さず――』
自分の声が蘇る。
『人をこんなところまで来させておいて――』
アームレストに置いていた指先が僅かに曲がった。
あの時、ミリオはすでに、長く師事してきた人を失い、自分自身の個性まで失っていた。
それでも、ヒマリを見て笑っていた。
謝ろうとして、結局最後まできちんと言葉にすることもできなかった。
「……まったく。何を言っているのでしょうね、私は」
誰もいない工房では、返事など返ってこない。
少し前まで、連絡が来ないことばかり考えていた。無事でいてくれさえすればいいと思っていたのに、実際にその姿を見た途端、張り詰めていたものが緩んで、あんな言葉をぶつけてしまった。
ヒマリはゆっくり目を伏せる。
エリは助かった。そのために多くの人が戦い、そして失われたものもあった。
「……随分と、理不尽な話ではありませんか」
静かな声が、誰もいない工房へ落ちる。
アームレストの上で指を握ったまま、しばらく俯いていたヒマリは、もう一度だけ病院で笑っていたミリオを思い浮かべた。
「……奪うのなら」
一度、言葉が途切れる。
「私からだけにしておけば、よかったでしょうに」
それ以上は何も言わなかった。
やがて廊下の向こうからパワーローダーの足音が近づいてくると、ヒマリは顔を上げ、モニターの画面に薄く映った自分へ視線を向けた。
いつものように口元を上げる。
けれど、その笑みは最後まで、いつもの形にはならなかった。
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