雄英高校の超天才清楚系病弱美少女   作:サブ0119

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予約機能がうまくできてなかった


第13話 そんな顔をしないで

「ヒマリ!」

 

肩に触れても、反応がない。

 

「ヒマリ、聞こえるか?」

 

返事はなかった,

 

閉じられた瞼は動かず、少し前まで動いていた指も完全に力を失っている。

 

いつものとは違う。

 

「……ヒマリ」

 

ミリオは一度だけ、展開されたモニターへ目を向けた。

 

個性破壊弾についての資料。

 

何日もかけて組み上げられたらしい、大量の記録。

 

そして、その中心にあるのは――自分だった。

 

ミリオは口を結ぶ。

 

今は、それを問いただしている場合ではない。

 

すぐにヒマリの身体へ腕を回した。

 

慎重に力を入れ、車椅子から抱き上げる。

 

ヒマリの身体は抵抗することなく、ミリオの腕の中へ収まる。

 

白い髪が腕からさらりと垂れた。

 

それでも、目を覚ます気配はない。

 

ミリオはヒマリを胸元へ抱き寄せるように支え直した。

 

…普段ならこんな抱き上げ方をすれば、目を吊り上げて文句の一つや二つは飛んでくる。

 

『私を誰だと思っているのです?』

 

あるいは。

 

『もう少し淑女の扱いというものを学んではいかがです?』

 

「…………」

 

ミリオの表情から、完全に笑みが消える。

 

ミリオはヒマリを抱えたまま、部屋を出た。

 

腕の中の身体を揺らさないよう気をつけながら、足早に廊下を進んでいく。

 

「ヒマリ、もう少しだからな」

 

ミリオは腕の中のヒマリを一度だけ見下ろし、そのまま医務室へ向かった。

 

     ◇

 

どれほど経ったのか。

 

ヒマリの瞼が僅かに動き、ゆっくりと目を開ける。

 

ぼんやりとした視界に最初に映ったのは、見慣れない白い天井だった。何度か瞬きをするうちに視界が少しずつはっきりし、消毒液の匂いと周囲に並ぶ医療器具から、そこが雄英の医務室だと気づく。

 

「……ここは」

 

掠れた声が漏れる。

 

「ヒマリ」

 

そして、聞き慣れた声がした。

 

顔を向けると、ベッドの傍らに置かれた椅子へミリオが座っていた。

 

「……ミリオ」

 

「気分はどうだ?」

 

ヒマリは数秒黙り、自分の状態を確かめるように目を閉じる。

 

頭が重い。

 

身体にも力が入りにくい。

 

それでも、意識は先ほどよりはっきりしている。

 

「……少々、計算を誤りました」

 

「…………」

 

「まさか、この程度で意識を失うとは。どうやら睡眠時間と作業効率の配分に多少の――」

 

そこで言葉が止まる。

 

ミリオは笑っていなかった。

 

いつもなら呆れながらでも笑うはずの彼が、今はただ静かにヒマリを見ている。

 

「……ミリオ?」

 

「ヒマリ」

 

ミリオは静かに呼びかける。

 

「それはダメだ」

 

ヒマリが僅かに目を見開いた。

 

「……何がでしょう?」

 

「分かってるだろ?」

 

「私はただ、少々作業時間の見積もりを誤っただけです。それに、今回の解析で得られたものもあります。完全な無駄だったわけでは――」

 

「そういう話をしてるんじゃないよ」

 

ヒマリは言葉を失った。

 

「ここ何日、ちゃんと寝てなかったんだ?」

 

「寝てはいました」

 

「何時間?」

 

「…………」

 

昼間にも聞かれた質問だった。

 

その時と同じように、答えは返らなかった。

 

「飯もちゃんと食べてなかっただろ?」

 

「最低限は摂取しています」

 

「足りないから倒れたんじゃないのか?」

 

「それは……」

 

「ヒマリ」

 

名前を呼ばれ、言葉が続かなくなる。

 

「俺が病院に行ってる間も、ずっとやってたんだろ?」

 

「…………」

 

ヒマリは視線を逸らす。

 

「……時間は有限です」

 

ようやく出てきたのは、それだった。

 

「今ある資料だけでは分からないことが多すぎる。だからこそ、少しでも早く可能性を絞る必要があります」

 

「うん」

 

「今の段階では、できる保証などありません。そもそも可能なのかどうかさえ分からない」

 

「うん」

 

「ですが、不可能だとも決まっていません」

 

ヒマリはミリオを見る。

 

「なら、調べる価値はあるでしょう」

 

「それは分かるよ」

 

「でしたら――」

 

「でも」

 

その一言で止められる。

 

「俺のためなら、ヒマリが倒れてもいいってことにはならないよ」

 

「…………」

 

ヒマリの唇が僅かに開く。

 

何かを言おうとして。

 

閉じる。

 

もう一度、口を開きかけるが言葉は出なかった。

 

普段なら、いくらでも理屈を並べられる。

 

けれど今の言葉に対して、何を返せばいいのか分からなかった。

 

ミリオは続ける。

 

「俺の個性が戻る方法を探してくれてたことは、嬉しいよ」

 

ヒマリの指先が動く。

 

「でもさ」

 

ミリオの表情は変わらない。

 

「そのためにヒマリが何日も寝ないで、飯もまともに食べないで、それで最後に倒れるなら……俺は喜べないよ」

 

「…………」

 

「ヒマリが自分でやりたいと思って調べることまで、やめろとは言わない」

 

「でも、自分がどうなってもいいみたいなやり方はダメだ」

 

「私は、自分がどうなってもいいなどとは――」

 

そこまで言って、ヒマリは黙る。

 

睡眠を削り、食事を後回しにし、頭痛がしても作業をやめなかった。

 

そして最後には、ミリオの目の前で意識を失っている。

 

それでは、自分の身体を大切にしていたとは言えない。

 

「…………」

 

ヒマリは視線を落とす。

 

ミリオの顔から、まだ笑みは戻っていない。

 

ヒマリはその表情を見て、ほんの僅かに眉を寄せる。

 

「……そんな顔を、しないでください」

 

ミリオは真っ直ぐと視線を向ける。。

 

ヒマリは目を逸らした。

 

「似合いませんよ」

 

声はいつもより小さい。

 

「あなたは……いつも、馬鹿みたいに笑っている方が似合っています」

 

少しだけ間があった。

 

「じゃあ」

 

ミリオが答える。

 

「もうこんな無茶はしないでくれ」

 

「…………」

 

ヒマリは何も言わない。

 

「今日はもう終わりだよ」

 

「ですが、まだ途中の――」

 

「ヒマリ」

 

「…………」

 

ヒマリはしばらく黙ったあと、小さく息を吐く。

 

「……分かりました」

 

「うん。じゃあ、今日は休もう」

 

     ◇

 

翌日。

 

ヒマリの身体は、朝から熱を持っていた。

 

ベッドへ横になったまま、ほとんど身体を動かさない。眠っているように見えても呼吸は浅く、時折眉を寄せては、うっすらと目を開ける。

 

ミリオはベッドの傍らに座り、そんなヒマリの看病をしていた。

 

「ヒマリ」

 

呼びかけると、少し遅れて瞼が持ち上がる。

 

「……何です?」

 

声にはいつものような張りがない。

 

「大丈夫か?」

 

「……見れば分かるでしょう。熱があるだけですよ」

 

「だけって……」

 

「この程度で大袈裟に騒ぐ必要はありません」

 

そう言って、ヒマリは再び目を閉じる。

 

普段なら、多少の体調不良程度で弱音を吐くような人物ではない。熱があろうが咳が出ようが、

 

『この程度、超天才清楚系病弱美少女たる私にとっては些細なことです』

 

などと言って平然としている。

 

いつものように強がってはいるが、その声にはもう余裕がなかった。

 

「今日は何もしないで休むんだぞ」

 

「……分かっています」

 

「ならいいけど」

 

「さすがに今の状態で作業をするつもりはありませんよ」

 

そこまで言うと、ヒマリは小さく息を吐いた。

 

少ししてミリオが水を差し出すと、ヒマリはゆっくりと身体を起こそうとする。

 

「無理しなくていいよ」

 

「水くらい、自分で――」

 

身体を起こそうとするが、腕に思うような力が入らず僅かに傾いたところを、ミリオがすぐに背中から支える。

 

「ほら」

 

「…………」

 

ヒマリは何も言わず、そのまま支えを受け入れた。

 

数口だけ水を飲むと、再び枕へ身体を預ける。目を閉じるまでに、そう時間はかからなかった。

 

     ◇

 

昼を過ぎた頃。

 

眠っている時間は増えていたが、眠りは浅く、時折苦しそうに眉を寄せて目を覚ます。

 

「……暑いですね」

 

掠れた声が聞こえ、ミリオが顔を上げる。

 

「朝より熱、上がってるみたいだな」

 

「そう、ですか……」

 

ヒマリはぼんやりと天井を見つめた。

 

「水、飲むか?」

 

「……少し」

 

朝とは違い、自分で身体を起こそうとする気力も残っていなかった。

 

ミリオが身体を支えながら水を渡すと、ヒマリは僅かに口をつける。二口ほど飲んだところで顔を背けた。

 

「もういいかい?」

 

「……ええ」

 

それだけ答えて、再び横になる。

 

額にかかった白い髪を気にする様子もない。

 

ミリオが冷やしていたものを替えて戻ってきても、ヒマリは目を閉じたままだった。

 

しばらくすると呼吸が少し落ち着き、そのまま再び浅い眠りへ落ちていく。

 

     ◇

 

日が傾く頃には、起きている時間の方が短くなっていた。

 

ヒマリは目を閉じたまま、浅い呼吸を繰り返している。

 

少しして、ゆっくりと瞼が開いた。

 

「水、飲めそうか?」

 

「…………」

 

少し間を置いて、僅かに頷く。

 

昼よりも飲める量は少なかった。

 

口をつけても一口、二口で止まり、そのまま力を抜いて枕へ戻る。

 

「もういいかい?」

 

「……ええ」

 

掠れた声でそれだけ答えると、ヒマリは再び目を閉じる。

 

しばらくして、呼吸がゆっくりと浅いものへ戻っていく。

 

     ◇

 

夜になる頃には、熱は三十八度台後半まで上がっていた。

 

ヒマリはほとんど目を覚まさなくなっている。

 

眠り続けているというより、目を開けてもすぐに意識が沈んでしまうようだった。

 

ミリオはベッドの傍らから離れず、時折ヒマリの様子を確かめていた。

 

「…………」

 

浅い呼吸が続いている。

 

額へ浮いた汗で、白い前髪が僅かに肌へ張りついていた。

 

冷やしていたものを替えようとミリオが立ち上がる。

 

その時だった。

 

「……ミリオ」

 

小さな声に、足を止める。

 

振り返ると、ヒマリの目が薄く開いていた。

 

「どうした?」

 

「…………」

 

焦点の合わない視線が、ゆっくりとミリオを探す。

 

「……ミリオ?」

 

「うん」

 

「…………」

 

しばらく見つめたあと、ヒマリがもう一度口を開く。

 

「……本当に?」

 

ミリオの表情が僅かに変わる。

 

「本当だよ。ここにいる」

 

「…………」

 

それでもヒマリの視線は離れなかった。

 

本当にそこにいるのか確かめるように、ぼんやりとミリオを見つめている。

 

やがて瞼がゆっくりと落ちていく。

 

ミリオが再び動こうとした、その時。

 

布団の上にあったヒマリの手が僅かに動いた。

 

何かを探すように指先が伸びるが、思うように力が入らない。

 

ミリオが気づいて身体を寄せると、指先が服の端へ触れた。

 

そのまま、弱く掴む。

 

「ヒマリ?」

 

「…………」

 

だが返事はない。

 

ミリオが僅かに身体を動かすと、服を掴んだ指に力が入る。

 

しかしそれは、ほんの僅かな力だった。

 

「……ミリオ」

 

「うん」

 

「…………」

 

唇が動く。

 

一度目は、声にならなかった。

 

浅く息をしてから、もう一度。

 

「……私を、一人にしないで……」

 

ミリオの目が僅かに見開かれる。

 

ヒマリは目を閉じたままだった。

 

服の端を掴んだ指だけが離れない。

 

「うん」

 

ミリオは椅子へ座り直した。

 

「ここにいるよ」

 

「…………」

 

返事はない。

 

それでも、安心したのか、掴んでいた指から少しずつ力が抜けていく。

 

やがて呼吸も先ほどより穏やかになり、そのまま眠りへ落ちていった。

 

ミリオは服の端を握ったままの手を外さず、静かにその傍へ座っていた。

 

     ◇

 

翌朝。

 

窓から差し込む光に、ヒマリはゆっくりと目を開ける。

 

「…………」

 

数度瞬きをし、視線を横へ向けると、そこにミリオがいた。

 

「おはよう、ヒマリ」

 

「……おはようございます」

 

声はまだ掠れている。

 

「気分は?」

 

「最悪ですね」

 

ミリオが僅かに笑う。

 

「そりゃよかった」

 

「どこを聞いてそう判断したのです?」

 

「ちゃんと文句言えるくらいには元気になったってことさ」

 

「……随分と雑な判断ですね」

 

ヒマリは呆れたように息を吐き、それから少しだけ黙った。

 

意識を失う直前のことを思い返す。

 

モニターに並んでいた解析結果。途中で途切れた仮説。そして、身体から力が抜けていった感覚。

 

目を覚ましたあとに見た、笑っていないミリオの顔まで思い出し、ヒマリは僅かに視線を落とした。

 

「…………」

 

しばらくして、ヒマリが口を開く。

 

「ミリオ」

 

「ん?」

 

「…………」

 

声が続かない。

 

ヒマリは一度口を閉じ、僅かに視線を逸らす。

 

それから。

 

「…………申し訳、ありませんでした」

 

ミリオが黙る。

 

ヒマリは続けた。

 

「あなたに心配をかけたことも……」

 

一度、言葉を切る。

 

「あんな顔をさせてしまったことも」

 

昨日の、笑っていないミリオが頭に残っている。

 

「私が間違っていました」

 

静かな声だった。

 

少しの間を置いて、ヒマリが顔を上げる。

 

「ただ、一つだけ訂正しておきます」

 

「うん」

 

「あなたの個性を取り戻す方法を調べたことそのものを、間違いだったとは思っていません」

 

ミリオは何も言わず聞く。

 

「方法がある可能性を知りながら、何もしないという選択を私はできません」

 

声には、いつもの芯が戻っていた。

 

「今後も調べます」

 

「……そっか」

 

「ええ」

 

ヒマリは一度目を伏せる。

 

「ですが」

 

布団の上で、自分の手を見る。

 

「そのために、自分の身体を使い潰そうとしたことは……間違いでした」

 

ミリオの表情が少しだけ和らぐ。

 

「昨日ちゃんと怒ったからね」

 

「……ええ。十分すぎるほど理解しました」

 

「ヒマリが分かってくれたなら、それでいいよ」

 

そう言って。

 

ミリオが笑った。

 

いつもの笑顔だった。

 

ヒマリはその顔を見つめる。

 

数秒。

 

「……何だい?」

 

「いいえ」

 

ヒマリは僅かに肩の力を抜いた。

 

「やはり、そちらの方が似合っていますね」

 

「何が?」

 

「こちらの話です」

 

「そうか?」

 

「そうなのです」

 

それ以上は説明しなかった。

 

ミリオも追及しない。

 

昨夜。

 

高熱に浮かされながら、ミリオの服の端を弱く掴んだことも。

 

何度もそこにいるのか確かめたことも。

 

そして。

 

――私を、一人にしないで。

 

そう口にしたことも。

 

ミリオは、昨夜のことを何も話さなかった。

 

今のヒマリの反応を見る限り、昨夜のことは覚えていないらしい。

 

ヒマリはそんなことも知らず、いつもの笑顔に戻ったミリオへ目を向ける。

 

この笑顔だけは、昔からどうにも調子が狂う。

 

まだ二人が今より幼かった頃から。

 

ずっと。




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