皆さんに見ていただいて嬉しいです。
文化祭を控えた雄英の校内は、普段より少しだけ騒がしかった。
廊下を行き交う生徒の手には、段ボールや工具、装飾に使うらしい色紙が抱えられている。開け放された教室からは話し声が漏れ、どこか遠くから何かを組み立てる音も響いてくる。
サポート科の工房を出たヒマリは、文化祭準備で賑わう廊下を車椅子で進んでいると角を曲がった先で、向こうから歩いてきた緑谷と目が合う。
「あ、明星先輩」
「おや、緑谷君」
ヒマリは車椅子を止め、緑谷はその顔色を確かめるように視線を向ける。
「体調、もう大丈夫なんですか?」
「開口一番それですか」
ヒマリは呆れたように眉を上げた。
「見ての通り、何の問題もありませんよ」
「でも、かなり無理してたって聞いたので……」
「随分と余計な情報が出回っているようですね」
「余計って……」
「安心しなさい。現在は睡眠時間も食事も、きちんと確保しています」
一拍置いて、ヒマリは付け加える。
「不本意ながら、周囲からの監視も厳しくなりましたからね」
「監視……」
緑谷が苦笑する。
「でも、それならよかったです」
「ふふん。当然でしょう。この私がいつまでも寝込んでいるなど、雄英全体にとって大きな損失ですからね」
「そこまで言えるなら、本当に大丈夫そうですね」
「どういう意味ですか?」
緑谷は慌てて首を横に振った。
「いや、悪い意味じゃなくて!」
「分かっていますよ」
少しからかっただけだと気づいたらしく、緑谷が肩の力を抜く。
ヒマリは彼の持っている小さなケースへ目を向けた。
「ところで、緑谷君はサポート科に何か用ですか?」
「あ、はい。発目さんにちょっと相談したいことがあって」
「発目さんに?」
「サポートアイテムのことで、見てもらいたいものがあるんです」
「なるほど」
「でしたら、あまり引き止めるのも悪いですね」
「ありがとうございます。明星先輩も、本当に無理しないでくださいね」
「分かっています」
「じゃあ、失礼します」
軽く頭を下げた緑谷が、サポート科の方へ歩いていく。
その背中を見送って車椅子を進めかけたところで、背後から聞き慣れた声がした。
「ヒマリ」
振り返ると、ミリオがこちらへ歩いてきていた。
「おや、ミリオ」
「おっ、ヒマリ。緑谷君と話してたのか?」
「ええ。発目さんのところへ行くそうですよ」
「そっか」
ミリオがそう答えたところで、ヒマリはその隣にいる小さな女の子に気づく。
白に近い髪と、額から伸びた小さな角。
女の子はミリオのそばに立ち、少し警戒するようにヒマリを見ていた。
「ヒマリ、紹介するよ」
ミリオが隣の女の子へ目を向ける。
「この子がエリちゃんだよ」
ヒマリは少女へ視線を向けた。
――この子が、エリちゃんですか。
「そうですか。初めまして、エリちゃん」
ヒマリが声をかけると、エリは少しだけミリオのそばへ寄った。
ミリオが続ける。
「エリちゃん。こっちがヒマリ。俺の友達で、サポート科の三年生なんだ」
「通形ミリオ」
「ん?」
「肝心なところが抜けていますよ」
「肝心なところ?」
「ええ」
ヒマリは得意げに胸を張った。
「この私こそ、雄英が誇る超天才清楚系病弱美少女技術者、明星ヒマリです」
エリが小さく首を傾げる。
「……天才?」
「ええ。しかも超がつきます」
「すごいの?」
「もちろんです」
「うん。俺も何度も助けてもらってるんだ」
ミリオがそう続けると、ヒマリは満足そうに胸を張った。
「ふふん。そうでしょう、そうでしょうとも」
エリは二人を交互に見た。
「……ヒマリ?」
「はい?」
「ヒマリ……」
確認するように名前を繰り返す。
「好きに呼んで構いませんよ」
エリは小さく頷くと、ヒマリの顔からゆっくりと視線を下ろした。
その目が、白を基調とした車椅子で止まる。
「あの……ヒマリさん」
「どうしましたか?」
「足……怪我してるの?」
「いいえ?」
ヒマリは少しだけ首を傾げた。
「なぜ、そう思ったのです?」
「だって……車椅子に乗ってるから」
「なるほど。そういうことですか」
「これは私専用の、世界最高峰の特等席ですよ」
「……とくとうせき?」
「ええ。移動も作業も、ほとんどこれ一台で済みます。私に合わせて調整してありますからね」
エリが車椅子へ目を向ける。
「ヒマリが自分で作ったんだよ」
ミリオがそう付け加えた。
「……自分で?」
「ええ。設計から調整まで、私が手を入れています」
エリはしばらく車椅子を見つめた。
「……すごい」
「ふふん。当然でしょう」
「せっかくですから、特別にこの機能を見せて差し上げましょう」
「……?」
ヒマリが操作部へ手を伸ばすと、低い駆動音とともに車体がわずかに持ち上がり、車輪が床から離れる。
エリが目を大きくした。
「……浮いた」
「ふふん。この通りです」
「とべるの?」
「そこまではできませんよ」
「……そっか」
少し残念そうな声に、ヒマリは小さく笑った。
「ですが、これで十分でしょう?」
そう言って車椅子を床へ戻す。
車輪が接地すると、エリはミリオのそばから車椅子を覗き込んだ。
「さわってもいい?」
「ええ。ただし、そこには触らないように」
ヒマリが操作部を指すと、エリは素直に頷いた。
「うん」
避けるようにして、白いフレームへそっと指を触れる。
しばらく眺めていたエリが、収納された部分を指差した。
「これは?」
「モニターです」
「もにたー?」
「見た方が早いでしょう」
ヒマリが操作すると、薄型モニターが展開し、続いてキーボードが膝上へ滑り出す。
「わ……」
エリが画面を覗き込んだ。
「これ、何に使うの?」
「設計図を描いたり、調べものをしたり。色々できますよ」
「これも、ヒマリさんが作ったの?」
「もちろんです」
「……すごい」
「ふふん。もっと言っても構いませんよ」
ミリオが横で笑う。
「ヒマリ、調子に乗ってないか?」
「事実を認めてもらっているだけでしょう」
エリはもう一度モニターを覗き込んだ。
「ほかにもあるの?」
「当然です」
ヒマリは少しだけ顎を上げる。
「分からないことがあれば聞きなさい。私で答えられることなら、教えて差し上げますよ」
「難しい話はほどほどにな、ヒマリ」
「失礼ですね。エリちゃんに合わせるくらいできますよ」
「それなら安心かな」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ」
「……なかよし?」
不意にエリが口を開いた。
「え?」
「ヒマリさんと、ルミリオンさん」
ミリオは頷いた。
「そうだね。とっても仲良しだよ」
「ミリオ!」
「ん?」
ヒマリは一瞬言葉に詰まった。
「……そういうことを、本人の前で堂々と言わないでください」
「本当のことだろ?」
「だからといって、わざわざ言う必要はないでしょう」
言いながら、ヒマリは車椅子を少し前へ進めた。
ミリオもその隣を歩き出す。
エリはミリオのすぐそばを歩きながら、何度かヒマリを見上げていた。
「ヒマリさん」
「何でしょう?」
「明日も、いるの?」
「明日?」
「ぶんかさい」
「ええ。もちろんいますよ」
「そっか」
エリは小さく頷いた。
少し先で、別の生徒たちが大きな資材を運んでくる。
ヒマリは車椅子を端へ寄せ、エリもミリオのそばで足を止めた。
資材が通り過ぎてから、ミリオが時計を見る。
「そろそろ行こうか。まだ見て回るところもあるからね」
「……うん」
エリは頷いたものの、すぐには動かなかった。
もう一度、ヒマリを見る。
「ヒマリさん」
「はい?」
「また、見せてね」
ヒマリは一度だけ目を瞬いた。
「ええ」
いつものように顎を上げる。
「期待していなさい」
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