ストックが切れてしまったので不定期になります。
文化祭を翌日に控えたサポート科の工房では、朝から慌ただしく作業が続いていた。
工具の音があちこちで響き、作業台の上には展示用の装置や部品が並んでいる。完成した機材を運び出す生徒もいれば、最後の調整に追われている生徒もいた。
そんな中、ヒマリは作業台の前で、展開したモニターを眺めている。
画面に表示されているのは、文化祭で展示する装置の動作確認結果だ。
「……ふむ。問題ありませんね」
最後の項目まで確認すると、ヒマリは満足そうに頷いた。
「これで私の担当分は完了です」
「明星、終わったのか?」
背後から声をかけてきたのは、パワーローダーだった。
「ふふん。何をおっしゃいますか」
ヒマリは得意げに胸を張る。
「この私が手がけた装置ですよ。予定通り、それも余裕を持って完成させるのは当然でしょう」
「そうか。なら、あとは展示前の確認だけだな」
「ええ。いつでも動かせる状態にしてあります」
パワーローダーは作業台の装置に目を向け、確認用の画面を覗き込んだ。
「……問題なさそうだな」
「当然です」
「ただ、明日は展示の方もあるんだからな。無茶するなよ」
「おやおや。先生までそのようなことを」
ヒマリは呆れたように眉を上げた。
「私は自分の体調くらい把握していますよ」
「そう言いながら、今日も工房で寝てただろ」
「……それとこれとは別の話です」
「どこが別なんだ」
「天才の高度な演算には、適切な休息が必要なのです」
「だったら最初から休息を取れ」
「…………」
ヒマリは何事もなかったようにモニターへ視線を戻した。
「とにかく、今日はもう作業を増やすなよ」
「分かっています」
「本当だな?」
「先生は少々心配性ですね」
「誰のせいだと思ってる」
それだけ言い残し、パワーローダーは別の生徒の方へ向かっていった。
ヒマリはその背中を見送り、改めて画面を確認する。
「さて……」
ヒマリはモニターを閉じかけ、ふと手を止めた。
一週間ほど前、廊下で出会った小さな女の子の顔が頭に浮かぶ。
白に近い髪と、額から伸びた小さな角。
初めはミリオのそばから離れようとしなかったものの、車椅子の機能を見せてからは、随分と興味を持ってくれたようだった。
『また、見せてね』
別れ際の言葉を思い出し、ヒマリは口元を緩める。
「……ふふ」
あの子には、まだ見せていない機能もある。
もちろん、すべてを見せるわけにはいかないが、簡単な機能であれば問題ないだろう。
「それにしても……」
ヒマリは小さく呟いた。
エリちゃんはあの日、文化祭の日もヒマリがいるのかを尋ねてきた。
あの様子なら、文化祭にも興味を持っているのだろう。
もっとも、文化祭をどの程度知っているのかは分からない。
「……まあ、退屈することはないでしょうね」
ヒマリは再び画面を開き、文化祭の案内資料へ目を通し始めた。
◇
昼過ぎになると、工房の外はいっそう賑やかになっていた。
展示用の看板を運ぶ生徒たちが廊下を行き交い、時折、準備の進み具合を確認する声が聞こえてくる。
ヒマリも工房を出て、出展場所へ向かった。
その途中、廊下の掲示板に貼られた文化祭の案内が目に入る。
各クラスの催しや展示について書かれた紙の中に、ひときわ目につくものがあった。
「……一年A組はライブですか」
以前から何か準備しているとは聞いていたが、どうやら本格的なものになるらしい。
廊下の向こうでは、一年A組の生徒たちが慌ただしく行き交っている。その中には、緑谷くんの姿もあった。
ヒマリはその姿を横目で見送る。
「随分と気合が入っていますね」
雄英の文化祭は、毎年多くの生徒がそれぞれの催しに力を入れている。
サポート科の展示も例外ではないが、今年の一年A組は特に注目を集めそうだ。
「……エリちゃんも、こういうものは好きなのでしょうか」
音楽についてどの程度知っているのか。
賑やかな場所は平気なのか。
そもそも、文化祭という催し自体をどんなものだと思っているのか。
考え始めたところで、ヒマリは自分の思考に気づいた。
「…………」
別に、そこまで考える必要はない。
明日、エリちゃんがどこを回るのかも決まっていないのだ。
「……我ながら、少々気が早いですね」
そう呟き、車椅子を進めようとしたところで、
「ヒマリ!」
聞き慣れた声が響く。
振り返ると、廊下の向こうからミリオが歩いてきていた。
「おや、ミリオ」
「こんなところにいたのか」
「ええ。出展場所の確認へ向かうところです」
「そっか。準備の方は順調そうだね」
「もちろんです。私が担当しているのですから」
「ハハハ、そうだね」
ミリオは笑いながらヒマリの隣に並び、歩き出した。
「ところで、あなたは何をしていたのです?」
「俺? ちょっと校内を見て回ってたんだ」
「文化祭の準備ですか?」
「そんなところだよ。みんな忙しそうだったなぁ」
「明日が本番ですからね」
ヒマリは廊下の先へ視線を向ける。
「それにしても、今年は一年A組が随分と目立っていますね」
「ああ、ライブをやるんだってね」
「ええ。相当な準備をしているようですよ」
「楽しみだな」
ミリオは笑う。
「エリちゃんにも見せてあげたいんだよな〜」
その名前を聞き、ヒマリは顔を上げた。
「……エリちゃんですか」
「うん。明日は色々見て回るつもりなんだ」
「そうなのですね」
「せっかくの文化祭だからさ。エリちゃんにも楽しんでもらえたらいいなって」
ヒマリは小さく頷いた。
「ええ。そうですね」
ミリオは掲示板の案内を眺めながら続ける。
「それでさ、ヒマリ」
「何でしょう?」
「明日、俺たちと一緒に回らない?」
「…………」
ヒマリの車椅子が停止した。
「ヒマリ?」
「……一緒に、ですか?」
「うん。俺とエリちゃんと、三人で」
ミリオはいつものように笑っていた。
「この前、エリちゃんと楽しそうに話してただろ? だったら一緒に回った方が、もっと楽しいと思ってさ」
「…………」
ヒマリは返事をしなかった。
いや、正確には、返事が少し遅れた。
明日の文化祭。
エリちゃん。
ミリオ。
三人で一緒に回る。
その光景が頭に浮かび、ヒマリは思わず口元を緩めた。
「……なるほど」
どうにか平静を装いながら、口を開く。
「あなたの提案は理解しました」
「うん」
「しかし、ミリオ。少々確認したいことがあります」
「何だい?」
「私のような超天才を同行させるとなれば、当然ながら、その恩恵は計り知れないものになりますよ?」
「そうだね」
「…………」
あっさりと肯定され、ヒマリは言葉を止めた。
「……もう少し考えてから答えてもよろしいのですよ?」
「いや、ヒマリが一緒なら心強いと思うよ」
ミリオは不思議そうに首を傾げた。
「それに、俺もヒマリと一緒に回りたいしね」
「…………!」
ヒマリは反射的に緩んだ口元を閉じた。
ミリオはそんな様子に気づいたのか、少し顔を覗き込む。
「どうした?」
「……何でもありません」
ヒマリは顔を背けたまま答える。
「あなたは本当に……」
「俺?」
「……いいえ。こちらの話です」
小さく息を整え、改めてミリオへ向き直る。
「仕方ありませんね」
ヒマリはいつものように胸を張った。
「そこまでおっしゃるのであれば、この私が特別に同行して差し上げましょう」
「おっ、いいのか?」
「ええ」
「そりゃよかった!」
ミリオが嬉しそうに笑う。
その顔を見たヒマリは、一瞬だけ視線を落とした。
「……まったく」
「ん?」
「あなたは少々、無防備に喜びすぎではありませんか?」
「嬉しいんだから仕方ないだろ?」
「…………」
「ヒマリ?」
「……何でもありません!」
ミリオは首を傾げたが、それ以上は追及しない。
「もっとも、私にも展示の担当がありますので、時間の調整は必要ですが」
「そっか。じゃあ、ヒマリの都合に合わせようか」
「ふふん。ご安心を。この程度の予定調整、私にかかれば造作もありません」
ヒマリは話題を変えるように口を開く。
「それで、明日の予定はどの程度決まっているのです?」
「ああ、まだ細かくは決めてないんだ」
「おや」
「エリちゃんが見たいものを見て回れたらいいかなって」
「なるほど」
ヒマリは少し考え込んだ。
「では、まず一年A組のライブは外せませんね」
「うん。俺もそう思ってたよ」
「それから、各クラスの催しも確認しておく必要があります。展示の内容によっては、エリちゃんが楽しめるものもあるでしょう」
「そうだね」
「加えて、移動経路や混雑状況も考慮しなければなりません」
ミリオが笑う。
「もう計画を立て始めてるのか?」
「当然でしょう」
ヒマリは得意げに顎を上げた。
「せっかく三人で回るのですから、時間を無駄にするわけにはいきません」
「ハハハ、頼もしいなぁ」
「ふふん。もっと褒めても構いませんよ」
「じゃあ、お願いしようかな」
「ええ。任せなさい」
ヒマリは満足そうに頷いた。
しかし、ミリオはそこで一つ付け加える。
「あ、でもさ」
「何でしょう?」
「予定はあんまり詰めすぎない方がいいと思うよ」
「……ほう?」
「エリちゃんが途中で気になるものを見つけるかもしれないしね」
…確かに、それは考慮すべき点だ。
事前にすべての催しを決めてしまえば、当日になって興味を持ったものを見に行く余裕がなくなる。
「……なるほど。一理ありますね」
「だろ?」
「では、主要な催しだけを優先し、それ以外は状況に応じて変更できるようにしましょう」
「うん。それならいいと思うよ」
「ふふん。柔軟な計画変更も、優秀な設計者には欠かせない能力ですからね」
「さすがヒマリ」
「当然です」
そう答えた後、ヒマリはふと思い出した。
「そういえば、ミリオ」
「ん?」
「エリちゃんは、以前お見せした車椅子のことをまだ気にしているのでしょうか?」
「ああ、そうそう」
ミリオは笑って頷いた。
「ヒマリと別れた後も、あの椅子の話をしてたよ」
「……そうなんですか?」
「うん。浮いたのがすごかったって」
ヒマリは思わず口元を緩める。
「ふふん。やはり、あの程度の機能でも子供には十分な驚きがあるようですね」
「エリちゃん、楽しそうだったよ」
「それは何よりです」
「ヒマリのことも、また会いたそうにしてたしね」
「…………」
ヒマリは一度、目を瞬いた。
「……そうですか」
「うん」
「でしたら、明日も何か見せて差し上げましょう」
「いいのか?」
「ええ。ただし、安全に動かせる機能に限りますよ」
「そりゃそうだね」
「子供の興味を引く程度であれば、そう難しいことでもありません」
言いながら、ヒマリは少し考える。
簡単な画面表示なら、エリにも操作できるかもしれない。
もっとも、明日は文化祭そのものを楽しんでもらうのが先だろう。
車椅子の機能については、時間がある時にでも見せればいい。
「……まあ、そのあたりは明日の様子を見て決めましょう」
「そうだね」
ミリオが頷いたところで、ヒマリは時計へ目を向けた。
「おっと。そろそろ展示場所の確認へ行かなければ」
「ああ、そうだったね」
「まったく。あなたと話していると、つい時間を忘れてしまいます」
「ハハハ、ごめんごめん」
「別に謝る必要はありませんよ」
ヒマリは車椅子を止め、ミリオを見上げた。
「では、私はこれで」
「うん。また明日な、ヒマリ」
「ええ」
ミリオは少し歩きかけてから振り返った。
「あ、ヒマリ」
「何でしょう?」
「明日、楽しみにしてるよ」
「…………」
ヒマリは一瞬言葉を詰まらせたものの、すぐにいつもの笑みを浮かべた。
「ふふん。期待していなさい」
「うん!」
ミリオが手を振り、廊下の向こうへ歩いていく。
ヒマリはその背中を見送り、ようやく車椅子を進めた。
「……本当に」
誰に聞かせるでもなく呟く。
「あなたという人は……」
続きを口にすることはなかった。
◇
夕方。
展示場所の確認を終えたヒマリは、再び工房へ戻っていた。
昼間の騒がしさも少し落ち着き、作業を終えた生徒たちが片付けを始めている。
ヒマリも自分の作業台へ戻ると、文化祭の資料を開いた。
「さて……」
モニターに校内の案内図が表示される。
それぞれの展示場所と催しの予定を確認し、移動に必要な時間を大まかに見積もっていく。
最初に確認したのは、一年A組のライブだった。
「ここは確定として……」
予定に印をつけ、次の項目へ目を移す。
展示。
体験型の催し。
各クラスが用意している企画。
気になるものを一つずつ確認していくうちに、画面にはいくつもの候補が並び始めた。
「……ふむ」
ヒマリは指を止めた。
少々、多すぎる。
すべてを回ろうとすれば、相応の時間が必要になるだろう。
それに、
『エリちゃんが途中で気になるものを見つけるかもしれないしね』
「……確かに、その通りですね」
ヒマリは候補をいくつか外し、予定の間隔を空けていく。
「……よし」
必要な予定だけを残し、画面を切り替える。
続いて確認したのは、校内の休憩場所だった。
文化祭当日は、普段よりも多くの人が行き交う。
移動に時間がかかることも考えられるし、途中で休みたくなることもあるだろう。
ヒマリは案内図にいくつか印をつけていく。
「このあたりなら、移動距離も短く済みますね」
候補を比較し、必要な情報をまとめる。
一通り確認し終えたところで、ヒマリは画面を眺めた。
「……ふふん」
悪くない。
むしろ、なかなか良い計画ではないだろうか。
ミリオが言うように、当日の変更にも対応できる。
これならエリも、気になるものを見つけた時に遠慮なく立ち寄れるはずだ。
「我ながら完璧ですね」
満足そうに頷き、保存しようとしたところで、画面の端に表示された時刻が目に入った。
「……おや」
思っていたよりも時間が経っている。
ヒマリは少しだけ眉を上げた。
「……いけませんね」
パワーローダー先生から、今日は余計な作業を増やすなと言われたばかりだ。
もっとも、これは文化祭を円滑に回るための計画であって、工房の作業とは別の話なのだが。
「…………」
そこまで考えて、ヒマリは画面を閉じる。
言い訳を考える必要はない。
明日の準備は、すでに十分できているのだから。
展開していたキーボードを収納し、車椅子の背もたれへ身体を預ける。
ふと、昼間の会話が思い出された。
『俺もヒマリと一緒に回りたいしね』
「…………」
ヒマリは片手で口元を覆った。
「……まったく」
誰もいないことを確かめるように、周囲へ視線を向ける。
幸い、近くに人はいなかった。
「……ああいうことを、何のためらいもなく……」
小さく呟いてから、ヒマリは首を振る。
ミリオにとっては、ごく普通の誘いなのだろう。
昔からそうだった。
誰に対しても自然に声をかけ、何の気負いもなく笑う。
そして、こちらがどれほど振り回されているのかも知らずに、また笑うのだ。
「……困った人ですね」
そう言いながらも、その声に不満はなかった。
ヒマリは車椅子を動かし、工房の出口へ向かう。
明日は文化祭。
エリちゃんと、ミリオと。
三人で校内を回る約束をした。
「……さて」
扉の前で一度だけ立ち止まり、ヒマリは得意げに微笑んだ。
「明日は、なかなか忙しくなりそうですね」
そう呟いて、工房を後にした。
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